スーパー小石ちゃん!!
「ここがセメテリー村になります。
ご覧の通り荒れ果ててすっかり廃退していてお恥ずかしい限りなのですが…」
村に到着した一行はもはや家とも呼べぬような崩れかけの丸太の塊が立ち並ぶ平地を眺めていた。
筋肉はおろか皮膚もない彼らにとっては家の建設などの重労働は並の人間より過酷なものなのだろう。
辛うじて雨風はしのげるであろう造りはしているが、これなら祖父が1時間で仕上げたペットのゴンの犬小屋の方がまだ豪華に見える。
「なんてゆーか、すっごいボロいね
ここで寝るのはいやー」
ギャルはだいぶ容赦がなかった。
特に物事の容姿や造形についてはかなりシビアなタチである。
先ほどの天女のような笑みとは一変、汚物と対峙しているかのような視線と表情に不死屍たちは言葉を喉につまらせた。
「こことかさー、どうしたらこんな穴あくわけ?」
目についた家屋らしきものの壁に手をついて、人の頭より一回り大きな穴に腕を突っ込んだ。
腕は見事に屋内に吸い込まれる。
「外から丸見えじゃーん?
プライバシーの侵害ーって感じー」
そう言いながら腕を引き抜き、穴の中央のかつて壁があったであろう辺りの宙に手をかざす。
そのままの体制でまだ残っている壁を隅から隅までさらに穴が開いてしまうほどに凝視し始めた。
ルーナの不可解な行動に不死屍たちは首を傾げつつも、3~4m後ろから動向を見守っている。
たっぷりと時間を使い不死屍もいよいよ声をかけようかと思い始めた頃、ルーナは大きな深呼吸をして次は自分の掌一点を見つめた。
「よし、こんなもんでいいかなー」
そう独り言を零すと同時にルーナの体に白く光るオーラが発現し、間もなく家屋も同じ光を発し始めた。
あまりに突然の出来事に不死屍たちは喉元の関節をコキリと鳴らす。
「れっつ!デコレーション!」
次の瞬間、家屋は眩い光に包まれた。
その光は増幅を続け、家屋はおろかルーナまでも完全に包み込むまで巨大化した後に一瞬にして消え去った。
不死屍は手で顔を覆っても眼の奥が痛いほどに強力な光が消えたことを確認し、恐る恐るルーナの方に向き直る。
そこには先程とは見違えるほどの清潔さと頑丈さを備えた立派な一軒家が建っていた。
赤茶のレンガが規則正しく並べられた壁は、これまでの家と打って変わって雨風などもろともしないほどに頑丈だ。
屋根に使われていた板はしっかりと整頓され、材質そのものが鋼板へと変貌していた。
先程まで穴のあった位置には、見たことのない透明な材質のものが取り付けられている。
不死屍たちの生活とは相容れないほどの高級品、ガラスである。
この一瞬にして起こった出来事にアルドは動揺を隠せずにいた。
未だかつてこのような物量や材質に干渉するほどの、言ってしまえば物事の原理そのものを変えるようなスキルや魔法には出会ったことがなかった。
コールの方は余りの驚きに腰を抜かしているようだ。
「ほらー、こっちの方が100よくなーい?
それにしてもうち天才すぎ??」
新築と言っていいその家の完成度をまじまじと見つめながら仁王立ちしているルーナは不死屍たちの動揺に全く気づいていなかった。
▽ デコレーション Lv. 10/99 未覚醒
+ 創造効率増加 ( 5% )
レベルアップを知らせる音が鳴って、自動でステータス画面が現れる。
どうやらレベルアップの通知はある程度上がったところでまとめて通知が来る仕組みのようだ。
スキル名の下には、レベルアップの効果なのか「創造効率増加」という項目が追加された。
当の本人は効率が上がったところで何の恩恵があるのかイマイチイメージが沸かないようで、首を傾げながら宙を見つめた。
しばらくそうしていたが、すぐに考えるのやめたらしい。
一瞬でも疑問に思ったことがあればすぐに検索をかける癖があるThe・現代っ子を発揮して、知らないことは分からないと決め打ったようでさっそく「創造効率増加」を鑑定にかけた。
▽ 創造効率増加 ( 5% )
スキル「デコレーション」の使用から完成までの時間を5%短縮する。
尚、必要時間は付与する物の質量に比例する。
▽ スキル進化
スキルのレベルが一定数に達し、新たな効果が追加されること。
進化するのは固有スキルのみ。
「スキルって進化するんだー!
じゃあ使いまくれば鬼強くなる的な!!??」
「もういっそここにある家ぜーんぶリフォームしちゃおー!
匠・ルーナ参戦!的な!!」
日々スマホの通信制限に頭を悩ませていたルーナにとって「使えば使うほど」という7文字は魅惑のフレーズなのであった。
また、新たに判明した育成要素は幼少期、某卵型育成ゲームガチプレイヤーであったギャルの心に火をつけた。
▽ ぐー○る Lv. 15/99
+ 自動鑑定 ( 書記体系 )
さっそくもう一方のスキルも育成が成功したようで、通知音とともに2枚目の画面が表示された。
これも迷わず鑑定する。
▽ 自動鑑定 ( 書記体系 )
無意識下でスキルを持続的に発動することで、
すべての国の言語で読み、書き、発語ができるようにする追加効果。
▽ 言語
ほとんどの国でそれぞれ独立した言語が発達している。
セメテリー村が属するリュミエール国の公用語はジャポネ語 ( =日本語 )。
「まじ!?
うちのスキルちゃんたち天っっ才!
らぶすぎ!!」
「ってか、国ごとに言葉ちがうの!?
あっっぶなー
アルドとコールが通じる人でよかったー」
アルドは、見えない何かを操作してまた新たに転生者が知り得ない情報を入手して見せたルーナにまたも驚きを隠せないようだった。
もう何でもアリなのだと割り切る他はなく、コールもやれやれと肩をすくめる。
「アルド、それにしてもルーナ様、独り言デカくないか?
あれじゃもう聞こえるように言ってるとしか思えないが、、、」
「静かに、、!
ルーナ様に聞こえるだろ、、!」
「よっしゃ!
このままボロ家完全リフォームしちゃおー」
「………でもまあ、たしかにデカイな」
その後も、廃れ、荒れ果て、空気の淀みを感じるほどに活気を失ったセメテリー村は、匠・ルーナによって大改造リフォームが行われた。
とは言っても村ごと魔改造している訳なので再開発と言った方が良いだろうか。
開けた広場に立ち並んだ十数軒の家とも言えないような木材の塊を次から次へと立派な洋風の一軒家へと増築させていく。
匠顔負けのリフォーム術は、ルーナ自身のセンスと趣味嗜好がふんだんに盛り込まれていた。
九軒目を改造し終えたルーナは一息ついてあたりを見回した。
「ってか、他の不死屍いなくない??
激ヤバ鬼カワな家になったの早く見てほしいんだけどー」
廃れているとは言っても村は村。
しかし、未だ村民の姿形もない光景が広がる。
少なくとも家屋は十数軒あったことから、20~30人はデコレーションをした際の強い発光で誰かしらが顔を出して様子を伺いにくるかと思っていたが、そんな気配もない。
これまでデコレーションをしてきた九軒の家からも誰一人として外に出てこなかった。
一瞬のうちに閃光につつまれ、明らかに高くなった天井、すきま風が通らなくなった壁、見たことのない材質の窓。
中に居る者が気が付かないはずがなかった。
「申し訳ございません、ルーナ様。
実はこの村に居る者は全て近くの鉱山に魔力石を採りにいっておりまして……」
「もうすぐ魔力石が尽きる故、女子供も行かせねばならないのです。」
アルドが進言した後、コールがそれに付け加えて言った。
「へー、魔力石ってそんな大事なんだー」
「ええ、私たち不死屍の栄養源ですから。
摂取しなければ消滅してしまいます。」
アルドの言葉にルーナのまぶたがピクリと動く。
「え、それ、この村にご飯無いってこと??」
「申し訳ございません!!我々もできる限りの策は講じているのですが、この村周辺に住む魔物は不死屍より強力なため成す術なくといったことに……」
「ここ数ヶ月は特に魔力石の盗難の被害が多く、魔力を供給できないために戦っても怪我人が増えるだけでより被害が拡大するという悪循環が起きているのです。」
「ルーナ様をこちらに招いたにも関わらず、まともなもてなしもできず無礼であることは重々…」
アルドとコールはその場で跪いて頭を地面スレスレまで下げた。
ルーナが魔力石の有無で弱き生き物の生死を弄ぶような人物ではないということは分かっていた。
無いに等しい資源を無理矢理奪い取ろうとする、この国の王のような残虐さを含んでいるはずがないということも分かっていた。
頭で理解していても、反射的に体が流れるように動き、謝罪の言葉が無意識に発されてしまったのは弱い種族の性なのだろう。
かくはずのない冷や汗が背中を伝うような、嫌な感覚が這い上がってくる。
「だーかーらー、うちらはもうマブなんだからさー!かしこまったやつまじやめてー」
「ってか、よく我慢できるねー
うちお腹すいたらすぐスルメとか干し梅とか食っちゃうからさ」
こう見えてギャルの舌はおじさん仕様である。
行きつけのスーパーやコンビニに置いてあるおつまみ系スナックは全て制覇している。
店員からは舌がおじさんなギャルで「おじタンギャル」として認知されていた。
地面を擦る音がして、二人の視界の端に砂埃で所々白く汚れたローファーが映った。
硬い質感の二人の頭に柔らかなルーナの手が乗せられる。
思わず顔を上げた二人の目に最初に映ったのは、怒りと威圧に溢れたオーラを纏うルーナの姿だった。
女神の名にふさわしい、美しくも静かな怒り。
しかし、それが自分たちに向けられたものではないことはすぐに感じ取ることができた。
ルーナの視線は二人の背後にある生い茂った木々に向けられている。
「もしかしたらアルルとコーの友達かもーってそっとしといたけど……」
「ア、アルル…?」
「コー…」
ギャルの愛称をつけて呼ぶ文化はこの世界にも適用されるらしい。
二人は突然のことに困惑しているが、ルーナは表情を崩さず森林を見つめ続けている。
彼女にしてみれば愛称などなんてことのない日常の一つに過ぎないようだ。
「あんたらでしょ、コソドロ」
ルーナの呼びかけに答えるように、木々の後ろに揺れる影が現れた。
先程までは微塵も感じなかった禍々しいオーラが付近を包む。
「さっきからチラチラ見てるけどさー、まじ今すぐ出てこないと月に代わってお仕置きするよ???」
今のルーナが言うこのセリフはかなり意味合いが変わってくる部分はあるものの、実際に月の女神の名を冠しているという点ではまさに彼女のためのものであるように感じられる。
木々の葉が擦れる音とともに地面が擦れるような音があたりを包む。
森の中にはかなりの数が潜んでいたようで、村を中心に半円を描くように未だ姿を表さない魔物たちに包囲されていた。
気が付かぬうちにこれほどまでの数の得体のしれない魔物の侵入を許していたという事実に不死屍の二人は悪寒と目眩のような感覚を覚えた。
事態は想定より危険な状態にあったらしい。
いつこの村全体が襲撃され、魔力石はおろか不死屍事態が滅亡していた可能性が大いにあったという事実が重く二人にのしかかった。
当の魔物たちは一向に姿を見せる気配がなく、どんな種族の魔物が敵意を持っているのかわからないままになっている。
一秒、また一秒と膠着状態のまま時間だけが過ぎていく。
秒針が一周し終わる程度の沈黙が続いた後、痺れを切らしたのか二人の間を抜けて森へと近づいていった。
日頃からメイクやヘアセット、SNSの更新と忙しい朝を送っていた彼女はせっかちな性格に育ったらしく、その足取りは苛立ちを孕んでいた。
「早く出てこいって……言ってんじゃん!!!」
最も近くに生えている木から数メートルというところで立ち止まり、住宅街であれば五軒先まで聞こえるほどの声量で吠える。
語尾が強く発せられると同時にそれまで漂っていたオーラが更に強く、濃くなった。
仲間である不死屍たちがあまりの威圧感に失神しかけてしまう程に。
白くて絹のようになめらかでありながら、無数のトゲが仕込んであるような恐ろしさのあるオーラが辺りを包む。
デコレーションをしていない家屋たちがオーラに耐えかねて崩れ落ちる音がした。
地響きが更にルーナが放つ威圧感を増長させる。
好戦的な相手の勝負を受ける気になったのか、ルーナのオーラに圧倒されたのか、それまで動ぜずの姿勢を貫いてきた魔物たちが次々と姿を表した。
が、誰の目から見てもそれが後者の理由であることは明白だった。
「おっっっっっそいんだけどー????
言われてすぐ動けないやつと言われても動けないやつは男も女もモテないっつーの」
鋭く尖ったネイルが乗った輝く人差し指を魔物たちに突き出し、まるでGを見るかのような視線を送る。
「なしよりのなしでマジ萎えるんですけどーーーーー」
「あーーーーまじBANしてーーーーー
とりま土下座で魔力石おごりなー?」
彼女、キレるとギャルみが強くなるタイプのギャルなのである。
そして彼女、早口で捲し上げるタイプのギャルなのである。
「わ…我々を脅すなど、不死屍の分際でそのようなことをして許されるとでも思っているのか…!!」
苦し紛れとも思える抵抗を示しながら姿を表した魔物は牛の頭に筋骨隆々な人間の身体という、なんとも異世界らしい姿形をしていた。
リーダーと見られる首にアジアン調の飾りを大量に付けた、一際大柄な者を筆頭に続々と影からその巨体が姿を現した。
その数はおよそ30といったところだろう。
ルーナは所狭しと筋肉の塊のような生物が並ぶボディービルの大会のような光景から、重機やらメロンやらを使った筋肉の形容表現があったことを頭の片隅で思い出した。
しかし、ボディービル大会と違うのは、今の彼らが武者震いではない恐怖からくる震えに襲われているということだ。
「だるーーーー
侍みたいなしゃべり方やめて実家思い出すじゃん萎えたーーー」
「ってか、震えすぎじゃね?
ビビってるならさっさとドゲロっちゃえばいーじゃん」
そう言いながら、彼らの咆哮に興味を示すことなく次のネイルデザインを考えながら爪をいじる。
ちなみに「ドゲロっちゃえば」とは「土下座して今までしてきた悪事を白状してしまえば」の略である。
ようやく魔物たちに興味を示したのか、爪から正面に立つ牛の頭に焦点を合わせる。
睨みつけるわけでもなく、ただ冷ややかに淡々と目の前を見つめるその瞳に、魔物たちは覗けば覗くほど深く底の無い海を眺めるような感覚に陥っていた。
しかし、そこに濁りは一切なく、透き通っているが故の恐怖があった。
「黙れ!!!
そもそも貴様、何者なのだ!!急に現れたと思えばオーラで脅すなどと無礼をはたらいて…!」
「いや、逆にあんたらが誰だし
ここうちらの村なんですけどーー?ふほーしんにゅーーーー」
下瞼を指でひっかけて引き、舌を出して小学生スタイルの煽りをみせたルーナに魔物たちはよほどの怒りを覚えたのか先程よりも更に声を荒げて答える。
「我らは貴様らよりも遥かに格上かつ高貴な魔物、ミノタウロスである!!!
種族もろとも殲滅されたくなければ、今すぐ我らにひれ伏すがいい!!」
咆哮に呼応するように周囲のミノタウロスたちが雄叫びを上げ、独特のリズムで地面を踏み鳴らし始めた。
ラグビーの試合などで行われるハカによく似た独特の雰囲気と迫力を纏っている。
地響きが起こるたびにミノタウロスたちが纏うオーラが形を色濃くし、増幅していく。
どうやら能力を底上げする儀式のようなものらしく、時が経つにつれて充満していたルーナのオーラを侵食する勢いを持ち始めていた。
「ミノ…なに?
ってか、ドンドンうっさいんだが!!情緒不安定!?」
突然の舞踊に軽く引きながらも彼らのオーラに指先でそっと触れる。
ピリリと爪先がしびれる感覚がして、鑑定結果が表示された。
▽ ミノタウロスのオーラ
ミノタウロスが纏うオーラ。土属性。
伝統的な舞踊を行うことでドーピングのような効果を生む。(種族全体に適用)
鑑定の結果を受けて、更に画面の「ミノタウロス」と書かれた部分を再度指先で触れる。
▽ ミノタウロス
リュミエール国内を支配領域としている種族。
牛の頭部を持つ巨人。
物理攻撃を得意とするが、土属性以外の魔法攻撃に耐性がない。
「へぇー、いいこと聞いちゃったー」
またもや見えない何かを操作してニヤリと怪しい笑みを浮かべるルーナに不死屍の二人は困惑していた。
恐らくこのままではミノタウロスとの戦闘は免れない。
ミノタウロスといえば、最近あらゆる村に侵攻しては領土を奪い物資や村民を恣にしているという噂が立っているほどに凶暴な種族なのだ。
今までは不死屍たちが村一丸となってかかっても一匹や二匹戦闘不能にするのが限度だった。
ただしそれは、”今まで”の話である。
今彼らの目の前にいる救世主は彼らに恐れを見せるどころか、勝ち誇ったような余裕に溢れた表情を向けているのだ。
「喧嘩とかきらーい
痛いの無理なんだよね普通に」
「でもまぁ、マブのためだし、しょーがないっすねー」
そう言うと足元に落ちていた小石を拾い、手のひらでぎゅっと包みこんだ。
例のごとくまばゆい光が生まれ、拳から漏れ出す。
突然の不可解な行動にミノタウロスたちも動揺しているようで、地面を踏みしめる力が少しばかり緩くなったように感じた。
ゆっくりと拳を開くと先程までの閃光は姿を消し、小石よりも二回りほど大きい球体が出来上がっていた。
鈍い光を発したそれは、ルーナの魔力を纏っているようだった。
「デコレーションってさー、元になるものがあれば何でも付けられるらしいんだよねー」
「だからさー、試してみていい?
うち特性ミノタウロスが苦手な魔法でデコレーションした小石ちゃん」
ルーナの発言に地響きの震源が動きを止めて幾分ぶりの静寂が訪れる。
ミノタウロスたちの視線が一斉にルーナの手元に集まる。
「そんでー、その小石ちゃんに投げたら30個に分裂してミノタウロスめがけて飛んでいく魔法でデコレーションしたスーパー小石ちゃん!!」