おとぎ話にいざ参戦
▽ 肉体への適合が完了しました。
目が眩む程の閃光が止み、再び例の声が響く。
固く閉じていたまぶたをゆっくりと持ち上げながら先程の何倍も暗く見える世界に脳を慣れさせる。
「くっそ眩しい!!!!
来るなら来るって言ってよね!!!」
「………あれ?
なんかずっとカタカタ言ってるんだけど」
そう言ってあたりを見回すが、音源らしきものは見つからない。
しばらくそうしていると、どうやら自分の首の動きと連動して音が鳴っているようだった。
ふと足元を見下ろしてみると、そこには骨だけの足が。
制服やローファーはいつの間にか姿を消し、代わりに真っ白な布を纏っていた。
「は!?!?!?
なにこれ骨…!?」
慌てて地面にデコレーションをして鏡を作り、覗き込む。
そこにはよく見るタイプの形をしたベタな骸骨が映っていた。
「え、ちょい待ち
転生ってやっぱ人間じゃなくなんだねうける」
「ってか骸骨だし人間か!!
まー1回死んでるしねー」
ここでもポジティブを発動させた彼女は、自分の骨格をまじまじと見て自分はストレートではなくナチュラルだということに気がついたのだった。
ひとしきり骸骨の自分を楽しみ、カタカタとなる関節で曲を奏でたりしてみた。
骸骨もそれなりに楽しいではないかと思い始めたころ、ふと手を止めて考え込む。
骸骨、つまりメイクができない。
髪が生えていない。
禿げている。
「ちょっ、無理無理無理無理
しぬしぬ普通にどすっぴんしぬ」
すぐさま自分にデコレーションをして元の姿に肉付けする。
途中で自分の匙加減で肉がつけられることに気づいた彼女は初期設定より一回り小さい顔と太ももを作ったのだった。
「うわ最っっっ高
ぱーふぇくとぎゃるの誕生すぎてしぬ」
ついでにちゃっかりプリンになりかけていた髪の根本を完全に染めて金髪にし、キューティクルをプラスした。
地面に先程より大きめの鏡を作り鑑賞会を始めた頃、ザッザッという砂を蹴る音と共に聞き覚えのあるカタカタという音が聞こえてきた。
誰かがこちらに向かって来ているようだ。
「え、まって第一村人発見的な!?
いったん一緒に自撮りしよ!!!!」
心を踊らせながら音のする方向に体を向けると、そこにいたのはボロ布を纏った2体の骸骨だった。
「救世主様っ!!!」
「めしあ???
なにそれー韓国コスメ???」
「救世主様…!
この度は我々の呼びかけにお応えくださいまして
ありがとうございます…!」
「どうか、どうかこの村をお救いくださいませ!」
青白く光るペンダントを下げた骸骨がルーナの足元に跪きながら声を響かせた。
どこからか現れた骸骨たちはどうやらルーナのことを知っているらしかった。
その声には怒りや悲しみ、様々な感情が渦巻いているのが伝わってくる。
何が何だか、そもそもこの骸骨は何者かと慌てふためいていたルーナも、その気迫に押されたのか落ち着いた様子でまじまじと彼らの姿を見つめた。
頭からつま先までくまなく眺めた後、ふと思いついてペンダントを下げた骸骨、次にもう一体の骸骨に触れる。
▽ アルド
不死屍。
セメテリー村の現村長。
状態異常: 魔力欠乏 消滅まであと20%
▽ コール
不死屍。
セメテリー村在住。
状態異常: 魔力欠乏 消滅まであと23%
「え、なにあんたら不死屍なの??
なーんだ早く言ってよー!!!」
「ってか大丈夫そー?
消滅とか出てるけど???
1回死んでんだよね?あんたら」
ルーナの一言にアルドとコールは驚いたのか頬あたりの関節を鳴らしながら顔を見合わせた。
骨格がありありと見える口元はあんぐりと開けられていた。
「救世主様、もしかして鑑定のスキルをお持ちなのですか……!?」
「持ってるよー!!
これ便利だよねー」
「ほら、こーやってポチッとするとパッと出てくるんだよ」
そう言って得意げに先ほど表示された画面の
「消滅」という文字のあたりに指先を押し付ける。
▽ 不死屍の消滅
不死屍が一定量の魔力を失う、または長期間供給が行われなかった場合に起こる。
肉体及び魂が完全に消滅して真の死を迎える。
魔力の欠乏は耐え難い空腹が伴う。
別名: 不死屍の餓死
「え、なにお腹すいてんの??
死んでんのに?うけるー」
「ってか、なんでそんなになるまで食べなかったの?
ダイエット中???」
たった今この地に降り立ったとは思えぬほど的確に自身たちの状態異常を指摘された不死屍達はやはりルーナが救世主であると確信したようだった。
金色に輝く髪、(カラコンによる補正はあるものの)透き通って見える瞳、そしてどことなく自分たちと同じ類の物のように思えるオーラ。
そして、この世に持つ者が数名しかいないと言われている天賦の才に属すスキルの1つである鑑定を持っていると言うのだ。
この逸材を壊滅寸前の村に縛り付けてしまうのは少しばかり憚られる気もしたが、思ってもみない幸運であるのは間違いなかった。
「実は、救世主様を呼び出した理由は他でもなく、この村と我々の命が危機に晒されているからなのです。」
「実におこがましく図々しい、手荒な手段であったと心得ております。
ですが、どうしてもこの村を守りたいのです、!」
アルドの悲痛な叫びは葉と葉が擦れる森の音に溶けて反響していく。
ルーナはその様子を、何も言わずにじっと見つめていた。
試されている__________
アルドはそう感じていた。
彼らが救世主様にお使えするのに相応しい者であるかということを。
この人死ぬ前絶対イケメンだったじゃん
だって骨格からしてイケメンだもん_________
ルーナはそう思っていた。
この骸骨たちに今すぐデコって自分好みのイケメンに仕上げてやりたい、と。
「忠誠でも土地でも魂でも何でも差し出します!
ですからどうか、救世主様のお力を貸していただけないでしょうか、!!」
「救世主様のお力があれb...」
一心不乱に訴えるアルドの口を、柔らかく白い掌で覆い隠す。
これ以上謝られても懇願されても、彼女は既に手伝うと決めているのだから全く意味が無いのだ。
それになんと言っても彼らが最初に出会った人、
いや、魔物なのだ。
手伝う目的はもちろん主従関係なんてものではなく、純粋に彼らとマブになりたいという一心から。
そんな彼女の純粋な心はいつしかオーラとして現れ、白く優しく光るものを纏い始めた。
まるで月の光のように、優しく、美しい。
「救世主じゃなくてさ、ルーナって呼んでよ!」
「うちアルドともコールともマブになりたいんだよねー」
アルドの口元から手を離し、ゆっくりとした口調と動きで彼らの手を取った。
肉体を持つ者のみが帯びる温かな体温がひんやりとした骨の表面をじんわりと伝う。
「何でもしてくれるなら、これから仲良くするって約束しよー!」
「土地とか魂とかもらっても困るしー
元々この村助けるって決めてたし!」
無邪気に微笑みながら民の手を取る彼女の姿はさながら本物の女神のようであった。
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正式にセメテリー村の長となったルーナと不死屍たちは、早速村へと向かっていた。
鼻歌まじりで足取りも弾むように軽いルーナとは対象的にアルドとコールは筋肉のなくなった顔からもわかるほどに動揺していた。
その理由は主に2つある。
1つは、彼女の名前である。
「ルーナ」という名前は死者を導き救いを与える月の女神の名であり、言うなれば全ての命無き者の頂点に君臨しているのだ。
殊に、不死屍の纏うオーラや属性は「月」由来のものであり、彼らの間ではシンボルとして崇められるものなのである。
彼らにとっては雲の上の上のような存在の女神の名をこの若干十数歳の娘が冠し、セメテリー村の救世主として現れた。
たまたま召喚の条件に合う者がたまたま女神の名を得る、などというただの偶然には思えなかった。
そしてもう1つの理由は、その「ルーナ」という女神は架空の存在であり、実際には存在しないとされているものだということだ。
崇め祀っていると言ってもおとぎ話程度の認識であり、実在していると信じている者の方が少ないほどだ。
しかし、ルーナが彼らの手を取った瞬間。
彼ら自身に新たにステータスの項目、「加護」が追加された。
これにはコールも気がついたようで、お互いに目線を送りながら、2~3歩後ろをついてくるルーナに勘付かれないようステータスを見るための良いタイミングを見計らう。
ルーナが道端の花に目を向けた瞬間、最小限の動作で内容を確認する。
▽ 加護
月の女神 ルーナ の加護 ブロンズ
・進化効率上昇 (小)
・状態異常軽減、魔力補填 (中)
・命無き者に限り魂託生を付与
「ありえない…!!」
「ん?何か言ったー?」
「いっ、いえ、もうすぐ村が見えます、!」
アルドは思わず漏れてしまった声をどうにか誤魔化した。
コールも気が気ではないようで、喉あたりの関節が鳴って生唾を飲むような音がした。
空想の存在だと思っていた女神の加護が自分に備わっているのだ。
状態異常や魔力に関してまで干渉できるのは、余程強力な魔力を持つ者のみなのである。
しかも、未だ見たことがない「魂託生」という効果も付与されている。
これがどのような作用を引き起こすのかは、きっとルーナ自身の「鑑定」のスキルに頼らなければならなくなるだろう、と容易に推測できた。
_____もしや本当に女神様なのか…?
_____そうだとしたら我々は、壮絶な争いの火種を撒いてしまったのかもしれない…
アルドは焦燥と同時に高揚していた。
生前よりも心躍るような体験と未来が待っているような予感が胸を踊らせた。