お座敷童子編01-09『敵襲?』
side 夜行彩葉
彩葉が齢十五にして第九十八代夜行家当主の座を襲名したのは昨年の蝉が鳴く季節だった。
あれから半年と少しの時が過ぎたものの、未だにその引き継ぎは終わっていない。
思い返せば長い戦いだった。
彩葉は伊織と共に生を受けた。いわゆる双子だ。
夜行は嫡子を認めない。
直系の全ての子に平等に当主教育を施す。
そしてその教育は苛烈だ。
身体的、精神的な成長を阻害しない限り、拷問ともいえる体罰すら容認される。
飯を抜くなどの罰はないが、気を失うまで走らされる事はままある、といったように。
無能であることが決して許されないのだ。
非公式ではあるが、日本は『第一』から『第七』の計七つの『管区』に区分される。
これらは海上における管区とは全く別物で、島々を含めた陸地に限られる。
各管区にはそれぞれ、夜行家のような出自の家が封じられている。
それらの家を総して『護封七家』と呼んだ。
夜行家は『第一管区関東及び青木ヶ原全域』に封じられており、青木ヶ原の『妖穴及び幻妖界裏関東』の管理を任されていた。
妖穴とは現世と幻妖界を繋ぐ洞穴だ。
島根の黄泉比良坂が有名だろう。
そしてその青木ヶ原の一角に厳重な結界が貼られた区域があり、さらに三つの区画に分かれている。
最も狭いのが『封印区画』だ。
これは主に『妖穴』を封印するための区域である。
『封印区画』周囲をぐるりと取り囲むように広がるのが現世における『夜行本家』だ。
それはもはや城塞と言って差し支えない規模である。
そしてその片隅に『護封学校』という極めて端的な名称の学校があった。
『護封学校』
樹海の、さらに結界内にある学校という時点で想像に難くないだろう。
当然ながら一般人お断りである。
そもそも一般に知られてはいないが。
ここには六歳から十歳の『護封七家』及びその『分家』の子女が集められる。
彼らにとって最初で最後の義務教育が行われる場だ。
一般的な小中学校へ通うことは禁止されている。
一言で述べるなら、『超法規的措置』だろう。
本来九年掛けて行う義務教育をたった四年で行う。
それに加え、体術・武術・呪術・結界術・符術などの特殊科目を学ぶことになる。
到底まともな教育スケジュールと呼べるものではない。
繰り返すが『無能であることは許されない』のだ。
余談ではあるが『分家』の者には別のカリキュラムが用意されている。
尤も、『地獄』が『多少ましな地獄』になる程度の差ではあるが。
スケジュールがタイトであることには当然ながら理由がある。
夜行家を見ればわかるが、『七家』は総じて代替わりが早い。
体力的な理由はもちろんだが、それ以上にとにかく死亡率が高いのだ。
その詳細についてはここでは割愛するが、一刻も早く時期当主が必要であったり、当主のスペアを用意しておきたかったりと、その時々の各家に深刻な事情があることが多い。
当時、そんなピカピカの一年生を迎えた彩葉は拍子抜けしていた。
夜行家での常軌を逸した教育が原因であることは言うまでもないだろうが。
そういう訳で在学四年間は七家の面々と『友達』になるなど、彩葉にとって最も輝かしく公私ともに充実した日々だった。
たった2年間ではあるが、かわいい弟と机を並べた事は掛け替えのない、宝物のような思い出だった。
人間誰しも得意・不得意はあるものだ。
それは夜行教育を受けた彩葉も例外ではない。
彼女は術師として極めて高い適正に恵まれた。
特に符術においては幼少の頃からその才を遺憾なく発揮し、教師をして『100年に1度の才』と言わしめた。
対して武術・体術のような身体を動かす科目については、苦手ということないが、自慢できるかというと微妙なところだった。
湯飲みを置き、ほぅと息をつきながら思い出を一旦胸にしまう。
(そろそろ休憩も終わりかな?)
振り子時計をちらりと見た。
この時計は彩葉が生まれるよりずっと前から置かれているもので、さすがに最近はちらほらと不具合が出ている。
その度に彼女自らちょくちょく手を加えていたのだが、興が乗ってしまい、つい余計な機能を色々と付与してしまっていた。
中でもお気に入りは一時間置きに飛び出して時を告げてくれる黄色い鳥のギミックだ。
動かなくなったのを機に、これ幸いと鳥に護符と呪術を施して『護法童子』にしてしまった。
(あ、一時だ。)
秒針が『十二』と重なった瞬間、時計の上方にある小さな扉が開く。
間をおかず黄色い鳥が飛び出し、部屋を一周舞うと彩葉の肩に止まる。
「彩葉様、十三時になりました。」
「ふふ、ありがと。戻っていいわよ。」
常であればすぐに飛び立つはずが、ぴくりとも動かない。
「あら、どうしたのかしら。」
「『二の丸』の護法童子が異常な妖気を検知しました。
『二の丸』の護法童子が異常な妖気を検知しました。」
彩葉はまず、『二の丸』という場所に眉を顰めた。
夜行本家はざっくり分けて四層で構成される。
最も中央に位置するのは『本丸』だ。
とはいえ戦国時代にイメージする城ような高層物ではなく、広い本邸とはいえ平屋建てだ。
『本丸』をぐるりと取り囲むように内側から『一の丸』、『二の丸』、『三の丸』と曲輪が続く。
ここで問題になるのが、侵入者が見咎められることなく『三の丸』をすり抜けている点だ。
夜行本家のセキュリティは科学、術式の両面において世界最高峰と自負している。
一言で表現するなら、ありえない。
これは直接式を飛ばして直近で確認するしかない。
そう判断した彩葉は隠密性を捨てて解析に特化した『式』を飛ばした。
「鬼一、『二の丸』に侵入者よ。
第一発見者は私。どう思う?」
実のところ、彩葉はそれほど危機感を抱いていなかった。
「ほぉ、手練れですな。
速度はいかがですかな?」
「徒歩の半分ぐらいかしら。」
「なるほど、恐らくいたずらでありましょう。
ですが、油断をせず状況を整えるのが上策かと。」
鬼一は彩葉の推察を綺麗に補強した。
「屋敷の警戒レベルを一段階、いえ念のため二段階上げなさい。それから・・・」
彩葉がテキパキと小間使い達に指示を出していると、座敷童子がふらふらと執務室に入ってきた。
「お館様ー。なんかびんびんするー。」
「侵入者がいるからそれじゃないかしら。」
「そうなんだー。だいじょぶそう?」
「まだ・・・ちょっと待ちなさい。『式』が接触したから観てみるわ。」
式を経由して送られてきた情報に疑問符が浮かぶ。
「ねぇアイン。君のとこの子みたいよ?」
「え、どーゆーこと?」
「座敷童子の・・・小さいわね。十一番か十二番だと思うのだけど。」
「んん?二人とも幻妖界にいるはずだけど。・・・ってゆーかお外にいるの?」
「ええ、桜並木をカタツムリみたいに進んでるわ。」
「かたつむり・・・『ツヴェルフ』かな?
でもなんでだろ。あ、お館様!ちゃんと名前で呼んであげてよー。」
「なんか恥ずかしいのよね・・・」
「え?私たちの名前が恥ずかしいって言ってるの?
戦争だよお館様。
足の小指をぶつける呪いをかけるんだからね。」
「地味に痛いからやめなさい。
それにしても、外でもピンピンしてるみたいだけど。」
「んーーーー!・・・ん?」
「何か気づいた?」
「いや、関係あるかわかんないけど、ツヴェルフは時々吉祥天様と遊んでたみたいだよ。」
「一体どんな流れでそうなるのよ・・・」
「あ、ツヴェルフに念話とどかないや。」
「傀儡化されたのかしら。
とりあえず、相手は吉祥天様という前提で動きましょう。
最悪の場合は『百鬼夜行』で対抗するわ。
鬼一は私を守りなさい。」
「御意。」
「表面上は粛々と通常業務をこなしなさい。
吉祥天様はここに向かっている・・・というより普通に考えれば目的は私でしょうね。
鳳凰の間に誘導します。」
「僭越ながら。」
「何?」
「吉祥天様のご夫君は毘沙門天様であらせられたと記憶しております。
されば『毘沙門堂』でお目通りされてはいかがかと。」
「よく言ってくれたわ、鬼一。
命を下します。
皆は取り急ぎ毘沙門堂を整えなさい。
『風間』はここに居ない者に以下の命を伝えなさい。
くれぐれも最上位の賓客を遇するものと心得よ。
粗相は許されません。
以上です、散りなさい。」
彩葉の命令が確定したと判断するや否や、側仕えや小間使いは部屋から飛び出した。
また、影から彩葉を警護していた『風間』も面々も静かに散った。
「あ!思い出したよお館様!」
「何を思い出したのかしら?」
「吉祥天様はおいものようかんが好きだってー。」
「おいものようかん・・・芋ようかんでしょうか。」
「金色なのがいいって言ってたよ。」
「さすがに間に合いませんね。」
「『抜け穴』の使用をお許し頂ければ自分が参りますが。」
「『天狗の抜け穴』ですか。小天狗で使えるものはいますか?」
「残念ながら。」
「・・・折角ですから『舟○』の芋ようかんにしましょう。
護衛は小太郎に任せるので、鬼一はすぐに向かって下さい。」
「ふむ、肉壁ぐらいにはなりますかな。」
「仲良くしろとは言わないけど、ほどほどにね。」
「御意。
オン アロマヤ テング スマンキ ソワカ
オン ヒラヒラケン ヒラケンノウ ソワカ
『我が道、詭道にして天狗道なり』
御前、失礼致します。」
鬼一の姿がかき消えた。
「うおおおおお!かっけえええええええ!
鬼一の兄貴、マジっぱねーっす!
濡れるわー。」
「ちょっとアイン、そんな言葉どこで覚えたのよ。」
「いやー、ネットって素晴らしいですねー。
それでは、さよなら、さよなら、さよならー。」
アインも立ち去った・・・
「あの子達の思考はだけは全く読めないわ。」
彩葉は小太郎と合流し、毘沙門堂へと向かった。
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ちゃむだよ? >_(:3」∠)_
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