お座敷童子編01-05『もう一回休み』
「ちっ、アインめが余計なことをしおるわ。」
吉祥天は目を細めて少女を見つめる。
少女は吉祥天には目もくれず、伊織へ飛びついた。
伊織の頬に触れ、ほっと息をつく。
吉祥天は訝しんだ。
泣きじゃくるだろうと想像していた。
ところが少女は着物の汚れをパンパンと叩く。
そしていそいそと伊織の隣に潜り込んだ。
ぴったりと伊織に寄り添う少女を見て、吉祥天はまるで心中のようだと思った。
「童、其の方・・・」
「はうっ!吉祥天様!?」
少女びくんと体を震わせる。
「そにままでよい、落ち着いて、為したいように為すがよい。」
「は、はうぅ。」
隠行している『目』に気づくのは少女には難しい。
「童、其の方は間も無く死ぬ。」
「はい、私は伊織と死にます。」
「で、あるか。」
少女はせめて一緒に死んであげたいと願った。
「吉祥天様、お願いがあります。」
「・・・申せ。」
吉祥天にはそのお願いが容易に予想できた。
「伊織が召されたら、すぐに私をお休みさせてください。
私は耐えられそうにないのです。」
「・・・ちっ。」
宇迦の言葉、ノルンの目的、僕と認めた妖、そして伊織。
吉祥天はそれぞれの思惑を深く考えた。
宇迦とノルンの思惑は一致している。
それはすなわち可能な限り伊織を延命することだ。
ならば。
「童、伊織は死なせぬ。」
「えっ?」
「詳しい事情は省くが、神々の意向により伊織はギリギリまで延命することになっておる。
だがそれも、いずれは限界を迎えるじゃろう。
その時をもって、伊織の魂に手を加え、病の原因を断つ。
結果、伊織を完治させる。
ここまではよいか?」
「はい。」
「お主は早急な完治を願うじゃろうが、妾たちの事情でそれは叶わぬのじゃ。
すまぬ、許してたもれ。」
「伊織は、元気に、なるの、ですね?」
「吉祥天の名にかけて約束しようぞ。」
少女は唇を噛んで涙を堪えた。
「宇迦之御魂神の名にかけて、僕も約束するよ。」
「おや、宇迦ちゃんも来ておったか。」
「さすがにギリギリみたいだからね、お邪魔したよ。」
「うかちゃん、かわいいお名前です。」
「わかるわかる?
お吉ちゃん、君の僕いい子じゃなーい。
僕にちょうだい?」
「ふん、至らぬところも多いがの。じゃがやらぬ。」
「素直じゃないなー。」
「喧しいわ。この話は仕舞いじゃ。」
少女は吉祥天に見捨てられないことにほっとした。
「さて、あまり時間もないし本題にといこうか。
お吉ちゃん、『祝福』を『守護』に昇華できる?」
「妾と伊織の『縁』は薄い。
が、まぁ、気合いでなんとかしようぞ。」
「それなんだけどさ。ねぇ、君。」
突然うかちゃんに問われて少女ははっとした。
「は、はいっ。」
「伊織君のために一肌脱ぐ気はないかな?」
「おい、宇迦」
「まあまあ、とりあえず話をさせておくれよ。」
吉祥天は宇迦の意図を察して止めようとしたが、少女の意思を尊重してあげたいとも思った。
結果、吉祥天は沈黙した。
「さて、みんなが幸せになる話をしようじゃないか。
伊織君を延命する理由は置いておこう。
これは君には関係のないことだからね。
そう決まったと思ってくれていいよ。」
「はい、わかりました。」
「うんうん、いい子いい子。
では肝心な延命するための方法だね。
一度はお吉ちゃんの『祝福』を与えることで延命したんだ。」
「でも、もう限界?」
「そうそう。なのでさらに強い『祝福』を与えたいんだよ。」
「吉祥天様のお話にありました。」
「うんうん。『祝福』には四つの段階があってね。
『祝福<守護<恩寵<寵愛』という感じ強力になるんだ。
尤も、『寵愛』なんてものはね、神が生涯で一度与えるかどうかレアものだか気にしなくていいよ。」
「寵愛・・・」
「さっきお吉ちゃんが言ったように、彼女一人では『守護』が限界なんだ。」
「私がお手伝いすれば『恩寵』にできますか?」
「そう!その通りだよ!」
「伊織のためになりますか?」
「もちろんだとも!」
「やります!」
「よーし、頑張っちゃおうねー!」
「おい待つのじゃ、それでは詐欺師と変わらぬ。全部説明せよ。」
「おっと、つい先走っちゃったよ。宇迦ちゃんうっかり。」
「ふん、まったく。」
一見不機嫌そうに見える吉祥天だが、そわそわと落ち着きのない様子だ。
そんな吉祥天を宇迦は暖かい目で見つめていた。
「さて、君が伊織君に『恩寵』を与えるのに必要な条件は三つ。
ひとつ、彼を愛すこと。」
「愛?」
「そう、まだわからないかな?」
「わかりません。
・・・伊織はふたつ、私に宝物をくれました。
でも、私は何も返していないのです。
伊織が助かるなら愛します。
宝物みっつ分、私は伊織を愛します。」
「ふふ、お吉ちゃん、どう思う?」
「十分であろ。釣りがきそうじゃ。」
「うん、じゃあ次ね。
ふたつ、資格を得る、つまり神格を得ること。
「神様になるのですか?」
「はは、そうだよ。」
「私は何にでもなります。」
「ふーん、何にでもねー。
だってさ、お吉ちゃん。」
「い、いちいち妾に振るでないわ!」
吉祥天はむくれているが、その口元は緩んでいた。
そんな吉祥天を宇迦は暖かい目で見つめていた。
「はは、ごめんごめん。
話を戻そうか。
君には酷だけど、今すぐ神格を得るのはさすがに無理があるんだ。」
宇迦の言葉に少女の眉がへにょっと下がる。
「でも、君は運がいい!
君とお吉ちゃんの縁はまさに運命といっていい。
幸運を象徴する座敷童子が幸運を司る吉祥天縁を繋ぎ、絡め合い、ともに幸運を紡ぐ。
二人の出会いは必然だったと僕は確信してやまない。
ああ、こんなにも美しくも力強い絆を僕はかつて見たことが」
「おい、ばか、やめよ。落ち着け阿呆。」
「おっと、僕としたことがつい興奮してしまったよ。宇迦ちゃんまたしてもうっかり。
さて・・・つまり君たち二人はとても相性が良いんだ。
君がお吉ちゃんの眷属になることで、一部の権能を行使可能になる。
そのうちの一つが『疑似神格化』というもので、一時的にではあるけれど、神格を得ることができるんだよ。」
少女は目をキラキラと輝かせている。
「かっこいいです。」
「うはは、かっこいいか、そうかいそうかい。
よし、次は」
「おい詐欺師、ちゃんと『代償も』説明せよ。」
「ひどっ!
まぁ、代償といっても大したものじゃないよ?
他の神々の眷属になれないとか、不運に関連する諸々に嫌われるとか、それぐらいじゃない?
ねぇお吉ちゃん、他になにかある?」
「強いて言えば妾と『繋がる』ことであろ。
妾がその気になれば、其の方の思考や行動の全てを把握できるの。」
「大丈夫です。
私は伊織を助けてくれる吉祥天様が好きです。
私を見てくれるのは嬉しいです。」
「お、おう。」
「くふふ、ごちそうさま。
では最後にみっつ。
君は間も無く死ぬ。
お吉ちゃんがこっそりと結界で守ってくれているから、今はそれほど苦しくないだろうけど。」
「余計なことを言うでないわ・・・」
「吉祥天様・・・ありがとうございます。」
「・・・うむ。」
「さて、君の死を代償にして『祝福』の付与を大規模儀式化するんだ。
儀式執行者はお吉ちゃん。
生け贄は君。
そして僕が君を殺す、殺し続ける。
それはとても永く苦しいものだよ。言葉にすると陳腐だけどね。
まぁ、どんなに言葉を重ねて説明したとしても」
「はい、私はやります。
どうか私に伊織を救わせてください。」
「だよね。ああ、君は美しい。」
「是非もないか。妾も腹を括ったぞ。」
「うん、お吉ちゃんも彼女同様に辛いだろうけど頑張ってね。
僕にできることはあまりないけどね・・・」
「いや、場を整えてくれたこと、礼を言う。」
「うかちゃん、伊織のためにありがとうございます。」
「ふふ、こちらこそだよ。」
宇迦之御魂神の神威が高まり、金色の瞳が光を帯びる。
「・・・さぁ、儀式を始めよう。」