お座敷童子編01-02 『寵愛のはじまり2』
ーーー『妾は吉祥天、幸運と美と富を顕す一柱なのじゃ。』
side 吉祥天
ある日、不意に無垢なる叫びを聞いた。
奇妙ことにそれは現世ではなく、穢らわしい妖の棲む幻妖界からであった。
(ほっほっほ。妖の分際で妾に祈るかえ。
面白い。暇潰しにはなるであろ。どれ、観てやるとするかの。)
とはいえ忌々しい『天部』の制約により、自ら降臨することはできない。
そこでいつものように『目』を飛ばすことにした。
薄汚れた古民家だった。
小娘が一心不乱に祈りを続けている。
(まさか座敷童子とはの。
庭に出るだけでも辛かろうに。)
青褪めて紫色に変色した唇をぶつぶつと動かす姿は吉祥天の心を打った。
(清いの。)
ふらりと立ち上がり、肩を落としてとぼとぼと母屋へと戻る姿は殉教者を思わせた。
吉祥天はそんな後ろ姿を厳しい表情で見つめていた。
(やれやれ、冷やかしで来てみれば随分と危ういじゃないか。)
息も絶え絶えで母屋へ戻った少女はぺたりと座り、禅を組んで瞑想を始める。
随分と慣れた様子から、何度も繰り返していることが伺える。
(哀れな。狂しておるな。
穢らわしい妖であれど妾の敬虔な僕には違いないからの。)
「妾に祈る汝は何者じゃ。」
少女はビクリと肩を震わせてキョロキョロと周囲を見回す。
「わ、私は『お座敷童子』です。吉祥天様?」
「然り。妾は吉祥天じゃ。して、童は何を祈る?」
「伊織が回復するように祈っています。」
「伊織とは・・・ふむふむ・・・なんと、夜行の倅とはの。」
「伊織を知ってるのですか?」
「妾に知らぬものなどない、と言いたいところではあるのじゃが、童の記憶を読み取っただけじゃ。」
「すごいなぁ。」
「然もあろう。しばし待て。
妾が直々に伊織の様子を見てきてやろうぞ。」
「ありがとうございます。ありがとうございます。」
「ふふ、まだ何もわかっておらぬのじゃ。ゆるりと待つがよいぞ。」
「はい!」
米つきバッタのように土下座する少女に苦笑しながら、吉祥天の『目』は伊織のもとへと飛ぶ。
伊織の病室はすぐに見つかった。
医療用ベッドに横たわる童が伊織で間違いないだろう。
(これは不味そうじゃの・・・)
手足は枯れ木のように細く、真っ青な顔は美少年の面影こそ残っているもののやつれきっている。
体重もだいぶ落ちているようだ。
(ふむふむ・・・魂か?
なんじゃこれは・・・異物?憑いておるのか?
いや、それにしては聖属性と呪属性が・・・融合しておるのか?
あり得んじゃろう・・・
うむ、これは妾の手に負えぬな。)
吉祥天は早々に匙を投げ渡す相手に念話を繋ぐ。
「もしもーし、吉祥じゃ。宇迦ちゃん、お返事たもれ。」
「・・・んー?お吉ちゃん?久しぶりー。」
「久しいの。面倒ごとになりそうなものを見つけてしもうてな。
ちょいと顔を貸してたも。」
「ふーん、いいよ。どこ?」
「幻妖界にある妾の『目』を探したも。」
「んー、みっーっけ。私も『目』を飛ばしたよ。ってうわ、なにこれひどい。」
宇迦は伊織の姿ではなく、その魂を観て絶句した。
「魂が妙なんじゃ。妾には上手く言えぬ。宇迦ちゃんなら何かわかるかえ?」
「・・・私を呼んで正解だよ、お吉ちゃん。うまく擬装してるけど『邪神』がいる。」
「放置したらどうなるんじゃ?」
「この子が死んで・・・天津甕星がこんにちわ。」
「最古の邪神ではないか。」
「しかもこれ、下手したらもっと大物が天津甕星に擬態してるかも。」
「冗談じゃろ。現世に影響はあるかえ?」
「まずこっちで大戦になるでしょ。
そしたらまぁ、漏れるよね。」
「これ幸いと暴れる輩が現世に向かいかねんか。」
「その程度で済めばいいけどねー。ほんじゃ、とっとと封印しよ?」
「うーむ、それがじゃな・・・」
吉祥天はこれまでの経緯を説明する。
「じゃからこの童はできれば生かしたいんじゃがの。」
「お吉ちゃんに仏心があったとは・・・」
「ふん。たまたま僕になったのが妖だったというだけじゃ。
勘違いするでないわ。」
「そーゆーことにしとくよ。」
「ちっ。して、妙案はないかえ?」
「まー、なくはないけど。それはそれで面倒なことになるというかー。」
「なんじゃ。歯切れが悪いの。」
「『西』」
「察したのじゃ・・・あの夜行嫌いか。」
「ま、背に腹案件だから押し通すしかないよね。
いや、むしろ・・・うん、全部話したら協力させてくれって言うとおも。」
「ふむ、ならば専門家でもあることじゃし、一旦宇迦ちゃんに任せるぞえ?」
「あいあい、宇迦におまかせー。」
そう言い残し、宇迦ちゃんこと宇迦之御魂神の『目』は消え去った。
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ちゃむだよ? >_(:3」∠)_
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