お座敷童子編01-10『吉祥天と夜行彩葉』
side 彩葉
毘沙門堂。
京は山科にある門跡が最も有名だろうか。
名称からも推察できるように、その本尊は『毘沙門天』である。
秋口に訪れると参道の美しい紅葉が目を楽しませてくれるだろう。
そんな毘沙門堂、別名毘沙門天堂は全国の津々浦々に大小様々な形で建立されている。
そのうちの一つが夜行本家一の丸の北にあった。
山科とは比べるべくもないが普段から綺麗に手入れはされている。
儀式に供養に祭事など、不定期ではあるものの、様々な用途で使われているからだ。
そのため、なんとか応接室と呼べる程度の形にはできていた。
彩葉が毘沙門堂に到着すると吉祥天は彩葉を追いかけるようにふらりと行き先を変えた。
そしてただでさえかたつむりな歩みだったのが、さらに緩やかになっている。
(敵対の意思はないと示してくれたのかしら。
何にせよ色々と助かるわね。)
やがて鬼一が帰投し、ついに待ち人ならぬ待ち神来たる。
下座にはすでに彩葉がおり、後方左右にそれぞれ鬼一と小太郎が控えている。
どうやら小太郎は間に合ったようだ。
大男二人に囲まれた彩葉は随分小さく見えることだろう。
吉祥天の気配が扉の前に訪れた。
頃合いを察した彩葉は片膝を床につく。
右手を肘から曲げて左側の鎖骨に添え、左手も同様に右側の鎖骨に添えて頭を垂れる。
後ろの二人も同様にしていることは気配でわかった。
キィ、と小さく扉が鳴いた。
頭を上げてはならない。
着物が畳を擦る音が聞こえる。
目の前で音が止まる。
「面を上げてたも。」
まだ頭を上げてはならない。
「今日は妾からお願いに参ったのじゃ。
ほれ、頭を上げてたもれ。」
張りつめた空気が弛緩する。
二度目の赦しを得て、三人はゆるゆると頭を上げる。
だが絶対に目を合わせてはならない。
その躰は小さかった。
『式』で視ていたので驚きこそなかったものの、座敷童子にしても一回り小さい。
「畏み、畏み、申し上げることをお許し下さいませ。」
「許すのじゃ。」
「寛大なるお言葉に感謝申し上げます。
まずはどうぞ着座くださいませ。」
「う、うむ。これはすごいの・・・」
一目で上座とわかるその席は雛壇のように高い。
上品に飾り付けられた席の周囲には季節の花が散りばめられていた。
吉祥天が坐したところで彩葉が改めて挨拶する。
「非才ながら『第一管区』に封じられております、夜行家当主夜行彩葉にございます。
この度は拙宅まで御来駕賜りましたこと、恐悦至極にございます。
つきましては末代までの誉とさせて頂きたく、伏してお願い申し上げます。」
「うむ、許す。夜行は善く治めておると主人より聞いておるぞ。」
「お耳汚しをお詫び申し上げます。」
「毘沙門堂に招いてくれたことにも礼をいうのじゃ。」
「僅かなりとも御心平らかになりましたら、拙には無情の喜びにございます。」
「たいしたものじゃ。よくできた姉じゃのー。」
『姉』という単語に思わず反応しそうになるのをぐっと堪える。
考察は後だ。
「・・・恐れ入ります。」
「うん?おお!これは『○和』の芋ようかんではないか!
妾の大好物なのじゃ♪
食べてもいいかえ?」
「お口に合えばよろしいのですが。
どうぞ、お召し上がりくださいませ。」
「うむうむ、是非に馳走になろう。
ほれ、そちも一緒に食べよ。」
「では、御相伴に預かります。」
彩葉は全く味を感じなかった。
作ってくれた方に申し訳なく思った。
吉祥天は芋ようかんを切り、小さな口に何度も運ぶ。
うまいうまいと喜ぶ姿は年相応の人の子のように見えた。
「うむ、美味であった!馳走になったの。」
「お口汚しにならなかったようで幸いです。
献上品も御用意しておりますので、のちほどご笑納戴けましたら幸いにございます。」
「うむうむ、実に大儀じゃ。」
緑茶を口に含みながら、ここまではなんとか及第点だろうと自己評価し、改めて気を引き締める。
「さて、そちも気になっておるであろうこの容姿についてじゃ。」
「はい。」
「なぜこうなったかは妾の口からは一切言えぬ。
許してたも。
じゃが現状の説明はできるのじゃ。
『ツヴェルフ』はつい先ほど『一回休み』になっての。
前回は四年で復帰したのであろ?
今回はもっと長くなりかねん。じゃが妾はそんなに待ちとうない。
よって妾が、厳密には妾の分体が『ツヴェルフ』の『躰』に宿ることで『一回休み』の期間を短くすることにしたのじゃ。
ここまではよいかの?」
彩葉は頭をフル回転して情報を把握しようと努めた。
甘い芋ようかんを食べてよかった。
「浅学を恥じ入るばかりではございますが、ひとつ腑に落ちない点がございます。
僭越ながら質問をお許しいただけますか?」
「うむ、なんで聞いてたも。」
「ありがとうございます。
分体が宿ることで期間が短くなる、というのはどういうことでございましょう。
そのよう事例は寡聞にして存じ上げないものでございまして。」
「ぬぅ・・・すまんな、妾の説明不足じゃ。
まず先に妾が詫びるべきであった。」
吉祥天は湯飲みを持ち上げた。
彩葉はそれを小休止の合図と受け取り、思考の海に沈んだ。
『ツヴェルフと吉祥天の関係』
『一回休みになった原因』
そして『姉』という言葉がどうにも引っ掛かる。
ともあれ、やはりピースが足りない。
「妾はその・・・なんじゃ・・・ツヴェルフを・・・じゃな。」
殺した?気に入った?助けた?
「うむ・・・眷属にしたのじゃ。」
眷属・・・?
眷属にするというのは簡単なものではない。
なにせ主も従も永遠ともいえる時を共に過ごすのだ。
そして例え主であっても眷属との主従関係を解消することはできない。
語弊はあるが、離婚が許されない結婚関係を永遠に続けるようなものだ。
そこに愛があるとは限らない。
まして同性であるならば尚。
口にするのは憚られるが、二人が愛し合っているということもないだろう、多分。
疑問が多いが、それを問うことができる立場ではない。
人と神々との間には断崖とも言える格差があるのだ。
「すまぬ、まず詫びるのが先であったわ。
本来の主である|そちの預かり知らぬところで眷属にしたことは軽率であった。
どうか許してたもれ。」
吉祥天は深く頭を下げた。
「拙の如きに頭を下げてはなりませぬ。
どうか、お戻り下さい。
その上で話を聞いて頂ければ幸いです。」
「そうか、気を遣わせたな。」
彩葉は吉祥天が理解のある神でよかったと心底思った。
「滅相もございません。
私はツ、ツヴェルフの主ではありますがそれは『主』と『民』に近しい関係にございます。
主であるからと民の一挙手一投足に口出しするものではないと心得ます。
また、恥ずかしながらツヴェルフと直接会ったことは一度もございません。
私が目くじらを立てる道理はないと心得ております。」
「さようか・・・」
「はい、現状は理解できました。
つきましては今後の吉祥天様の御意向を賜りたく願います。」
「うむ、今後であるな。
ツヴェルフが蘇るまでこの躰で過ごすのはよいとして、じゃ。
妾を夜行に置いてたも。」
「・・・毘沙門天様はご承知であらせられますか?」
「問題ないのじゃ。」
「・・・申し訳ございません。
私一人で判断できる内容を超えておりますれば、即断致しかねる事をお許し下さい。
これより早急に確認して参ります。
お許しいただけるのであれば、本日は拙宅に御逗留いただけますか?
明朝には明確にお答えできると存じます。」
「うむ、そちにも都合があるであろうことは心得ておる。
すまんが今日は世話になろうかの。」
「ではすぐにお部屋にご案内致します。
供回りの者はご入用でしょうか?」
「全てそちの気が済むようにしてよいぞ。」
「委細承知仕りました。」
その後、吉祥天を客室へと案内し、いとまをいただいた。
彩葉はすでに疲れ果てていたが、明日の朝に期限を切ったのは自分自身だ。
ため息をぐっと堪えて、彩葉とぼとぼと外に向かった。
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ちゃむだよ? >_(:3」∠)_
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