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近未来

創造したもの

作者: 薙月 桜華

   創造したもの

             薙月 桜華


 あるところに一人の少女が居ました。名前をカレンというそうです。彼女はショートの髪型が似合う元気な女の子でした。

 カレンはアパートの一室に住んでいました。彼女の部屋には眠るためのベッドや勉強をするための机。机の上には何もかかれていない紙と鉛筆と鉛筆削り。本棚には文字がいっぱい書いてある本があり、ぬいぐるみやおもちゃが箱の中にありました。

 カレンは机の上で勉強をしませんでした。昼間からただ何も書かれていない真っ白な紙に彼女の頭に広がる世界を映し出そうと鉛筆を走らせるのです。

 カレンの行動は自由であり、不自由はありませんでした。彼女が空腹を訴えれば、すぐに食事が部屋に運ばれてきます。運んでくるのは彼女から見れば無機質な女性型ロボットでした。このロボットは彼女の身の回りの世話をしてくれました。

 夜遅くなるとカレンは好きなぬいぐるみを抱きながら眠ります。必要ならばロボットが彼女にお話を聞かせ、子守唄を歌ってくれました。

 この生活はカレンにとって楽しくもありましたが同時に寂しくもありました。彼女の世界には自分以外の人間が居ないからです。唯一外と繋がっている扉は開けてはいけないことになっていました。開けようとすればロボットが止めにかかるのです。

 カレンがある時、「自分以外の人間はあの扉の向こうに居るの。」と扉を指差しながらロボットに聞いてみました。ロボットは答えは「分かりません。」と言うだけです。ロボット自身が知らないとなると、どうしようもありません。

 カレンは考えました。この部屋と外とをつなぐ扉。その扉から出れば、自分以外の人間に会えるのではないかと考えました。彼女はロボットが自分から離れた隙を狙って、扉を開けて部屋を出ました。扉の先、彼女の目に映ったのは真っ白い壁が囲む通路。その通路の先にある扉を開けると彼女の部屋と同じ構造の部屋でした。何も無いこと意外は彼女の部屋と同じです。

 カレンは怖くなりました。自分以外の人間が居るだろうと思われた外へ通じる扉を開けた先は何も無い部屋。彼女はその場で周りを見ます。他に外へ通じていそうな扉は見当たりません。彼女は自分の息が荒くなっている事が分かりました。考えてみれば、早く戻らなければあのロボットに見つかってしまいます。

 カレンは何も無い部屋の扉に手をかけました。

「カレン様。どちらですか。」

 扉の先からロボットの声が聞こえました。ロボットはカレンを探しているようです。彼女が扉の隙間から通路を見れば、彼女の部屋からロボットがこちらに向かってくるのが見えました。

 カレンはすぐにクローゼットの中に隠れました。直後扉が開き、ロボットが部屋の中に入ってきます。カレンはここで見つかっては困るとじっとしました。身体は動かないものの心臓が玉のように身体の中を跳ね回ります。

 ロボットがカレンを探しています。ロボットは台所を見るとお風呂場へ向かっていきました。この部屋から出るなら今しかありません。彼女はクローゼットから出ると扉を開けて通路に入りました。ゆっくり扉を閉めると反対側の扉から自分の部屋に入りました。

 カレンは目をつむり、大きく深呼吸をしました。目を開けた時、彼女の望んだものはそこにはありませんでした。目の前にあるのは先ほどと同じ何も無い部屋でした。

 カレンは混乱しました。確かに先ほど何も無い部屋を出て自分の部屋に入ったはずです。しかし、目の前には先ほどと同じ何も無い部屋。これは一体どういうことでしょうか。彼女は扉に張り付き、目を見開きます。

「カレン様。どこに居るのですか。」

 カレンを探す声、その声が部屋の奥から聞こえてきました。

 耐えられなくなったカレンは顔を覆い、その場にしゃがみこみました。そこへ近づくロボットの声。

「カレン様。みーつけた。」

 「みーつけた。」の部分だけ異様に低い声にカレンは驚き顔を上げます。顔を上げた直後、彼女は後悔しました。見てはいけないものが目の前にあったのです。普段見るロボットの顔は中心から左右にに分かれ、その間から一つの顔が現れていました。その顔は普段の顔からは想像も出来ないほど怖い顔をしています。

「あれほど扉の先に行くなと言いましたのに。あなたは見てはいけないものを見てしまいましたね。」

 カレンの目の前に見えるものすべてが見てはいけないものに見えました。彼女は腰に力が入らなくなり、その場に座り込みます。

「ご、ごめんなさい。もうしませんから。もうしませんから。」

 カレンはロボットから離れようと後退しますが、背後は扉なので進みはしません。ゆっくりとロボットが近づいてきます。

「もうこんな事は終わりにしましょう。」

 ロボットの顔は元に戻り、にっこりと笑いました。それがカレンの中にあるロボットの最後の記憶でした。

 カレンが次に気が付いたとき、彼女は何も無い自分の部屋に倒れていました。ロボットは居ません。カレンはこの部屋は自分の部屋では無いと思い、部屋の外へ続く扉を開きました。しかし、その先はただの壁でした。

「ど、どういうことなの。」

 カレンは部屋を見渡します。。彼女が使っていた机も、本棚も本もおもちゃもぬいぐるみもそこにはありませんでした。何も無い部屋に一人取り残され、出入り口は閉じられてしまったのです。

『もうこんな事は終わりにしましょう。』

 カレンはロボットの言葉を思い出します。彼女はロボットに見捨てられたのでした。一人閉じられた空間に放り出されたのです。この部屋から出ようと考えても方法はありませんでした。出口が存在しないのですから。

 カレンは諦め部屋の真ん中に座ります。物が無いためか部屋が広く感じられました。

「みんな無くなっちゃった。無くなっちゃった。あははは、あはははは。」

 カレンはその場に仰向けになり、天井へ向かって笑いました。笑い声はいつしか泣き声に変わり、部屋を満たしました。

 カレンは起き上がり部屋を見渡します。何もありません。彼女は部屋にあるはずの物が見えるように必死に記憶を辿ります。すると、彼女の目には机や本棚、ぬいぐるみやおもちゃが入った箱が見えました。その姿はぶれることなく存在し続けます。

 カレンは机に触れました。確かに机の感触がありました。そこに存在するのです。彼女は次に好きなぬいぐるみを箱の中から引っ張り出しました。肌触りはぬいぐるみそのものです。

 カレンはぬいぐるみを抱きしめたまま床に寝転がりました。彼女の涙が頬を濡らし、床を濡らしました。彼女の心は……。



「もうやめて。見ていられない。」

 荒谷鈴花はディスプレイから目を逸らした。

「それでは実験記録の再生を終了します。このデータの保存先は……。」

 鈴花は保存先を指定すると、コーヒーを淹れた。これ以上は見ていられない。データの解析は他の人間に任せよう。彼女はこれ以上関わりたくないと思った。

 この実験自体がそもそも間違いだったのだ。人工生命が人間らしい振る舞いをするか。元はそんな内容だった。しかし、提供されたものは振る舞いどころではなかった。このデータの出所は知らされていないが、そう簡単に創れるものではない。

 「カレン」と名づけられた生命は、カレンとその空間を補助する目的で同居させた生命をロボットと呼んだ。そこでずれが発生する。ロボットと呼ばれた生命は平静を装いながらも内部ではエラーが頻発していたのだろう。だから、勝手な行動を起こしたのだ。結果として存在すべきものがすべて消えてしまった。カレンはそれらを部屋の中に存在するものとして認識し、彼女の視界に再び登場させた。驚くべきことにカレンが認識した物体には感触もあったようだ。

 鈴花が再びディスプレイを見れば、次の段階に進んでいた。

『被験者データを初期化しますか y/n』

 鈴花はコーヒーを飲みながら、yと打ってリターンキーを叩いた。


 カレンは見えるべきものを補完したのだろうか、それとも創造したのだろうか。

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