04 クリフォトの樹は結構貴重ですよ
「見てただろ!? 一滴も飲んでねぇよ!」
なぜか怒り出す魔導士のお客様。
いや、もうお客様ではありませんね。
「今は油断しただけだ。降伏しろ。次は当ててやる」
「うーん。最終通告ですが……次に攻撃されたら、お客様ではなく『敵』と扱います。今なら昼間からの酔いのせいにできますよ」
「だから俺は飲んでねぇっての!」
冷静そうに見えたのですが、残念です。
隣のつぶれて寝てしまっているお連れ様も、そのつもりでしょうか。
まあ、後で構いませんね。
「おらぁ! 死ねェッ! 灼熱の炎!」
全く、木製のカウンターにそのような炎魔法を近づけるなんて、どのような心づもりなのでしょう。
焦げていないか心配です。
私は攻撃魔法を発動した赤魔導士に向かって、人差し指を向けました。
「残忍な悪魔の嚥下」
これはお客様のご注文を復唱するように、はっきりと詠唱するのがコツです。
間違えると、ものすごく気性の荒いツバメが無数に出てきてしまうという怖い技です。
さて、私の右手の人差し指の先から、契約済みの悪魔が出てきます。
今回は闇魔法なので、サタンのサッちゃんです。
久しぶりに私に会えたので喜んでいますね。
他の者たちも元気にやっているでしょうか。
さァ、どうぞよろしくお願い致します。
私の指の先端から、まるで油が滴るように、黒くて濃密な霧が現れ始めます。
初めは微かですが、あっという間に黒い霧が形を変え、絡み合いながら蠢動し始めます。
一つの大きな生き物のようですね。
角が頭部に生え、尖った耳と裂けた口。
目は赤く、宝石のようにキラキラと輝いています。大きなお口がキュートです。
魔界の森でスカウトしたかいがありました。
サッちゃんは私の指の先から完全に分離すると、空中でふわりと一回転しました。
そして――。
「うわ!? あっ、ああああぁぁぁあっ! ああ、あ、あっ」
赤魔導士を頭の先からがぶりと食べてしまいました。
サッちゃん、おなかすいていたんですかね。
以前よりも、嚥下が速い気がします。
それとも、気合い入れていいとこを見せてくれたのでしょうか。
可愛い子ですね。
後にはチリ一つ残りませんでした。
さすがのサッちゃんです。
満足したようにサッちゃんは私の爪をひと舐めすると、指に帰ってくれました。
それにしても驚きました。
木製のカウンターの上で炎なんて!
あり得ません。
私は一枚板のカウンターを確認します。
そして、小さく叫び声をあげました。
端の方が黒焦げになっています。
このカウンターは百万年に一本しか生えない、クリフォトの樹で作った貴重な物なのに。
全く、最近の若者は、火で木が燃えると習わないのでしょうか?
言語道断です。
私は深呼吸をして心を落ち着かせながら、ワイングラスを磨きます。
夜からはカフェメニューを下げ、完全にバーになるのです。
グラスを十も磨いた頃でしょうか。
「ん……あれ? 赤魔導士さんは……?」
カウンターで寝ていた剣士のお客様が、むくっと起き上がりました。
「別の場所に行かれたようですよ」
と、私は事実をお伝えします。
「えぇぇっ!? 俺の財布も、貴重品も、アイテムも、全部預けてたのに……!? 帰ってくるって言ってました!?」
「いいえ。もう帰ってこなさそうでしたよ」
と、私は事実をお伝えしました。
「うわぁ……どうしよ。すみません! 俺、無一文なんです! っていうか、荷物、全部なくなっちゃった」
「ふむ」
攻撃してくる気配はありません。
どうやら、赤魔道士の暴走のようです。
というか、彼は無銭飲食のようです。
どうしましょう。
これは初めてのケースです。
私は首をひねって考えました。
困った。
今度は中指のナッちゃんの出番でしょうか。
悪には鉄槌をというのが、私の密かなポリシーなのですが。
「こっ、ここで! 働かせてください!」
おや。
おやおやおや。
「働きたいと言われたのは初めてですねぇ」
「あっ、そうなんですか!? すみません、俺は剣もからっきしなんで、掃除くらいしかできないと思うんですけど」
「掃除?」
「ああ。はい、俺は五人兄弟だったもんで、人並みの簡単なことしかできないんですが」
「ほうほう」
「あっ。あと、料理はわりとできると思います。母ちゃんいなかったから、兄ちゃんと家のこと全部やってましたから……まあ、それも、たいしたものとかできなくて、庶民の家庭料理って感じですけど……」
「採・用!」
素晴らしいですね。
料理ができる人材が来てくれました。
「私は酒と飲料は作れても、料理はからっきしなんですよ」
「ええっ、そうなんですか! 意外です。マスターは何でもできそうな感じでしたから」
マスター。
良い響きですね。
何度言われてもいい。
なかなか見どころのある青年じゃないですか。
「俺、ルーカスっていいます!」
「よろしくお願いしますね」
もう少し仲良くなったら、ルーちゃんとでも呼びましょうか。
私は、新人従業員のルーカスに、リルの実を絞った冷たい水を出してやりました。
「うまい! 染み入りますッ。いい匂いしますね」
「ええ。リルの実がちょうど半分残っていたので」
「ありがとうございます~」
幸せそうなルーカスは、大柄な犬さながらの忠実さがありそうです。
忠実な下僕は大好きです。
(さて、住み込みなのは当然として)
何年ほどかけて返済して頂きましょうか。
私はクリフォトの樹の一枚板の値段を伝えるべく、ゆっくりと口を開きました。