03 おやおや、困りましたね
「マスターごめんね! こいつ、昼から酒飲んでさ、ちょっと酔っぱらっちゃって」
「かまいませんよ。何やらお辛いことがあったとか」
冒険者の相棒でしょうか。
隣に座った赤魔導士のお客様が、泣いている剣士のお客様を揺さぶりました。
反応なし。
仕方がありませんね。
「お客様方はパーティーなのですね」
話を振ると、赤魔導士様はああ、ついさっき知り合ってダンジョンに潜ってきた、とうなずきました。
「だけど、こいつのレベルがなかなか上がらなくて……」
「そうでしたか。ちなみに今はどこを?」
「アルケスティスの洞窟の探索」
「ああ、そうでしたか。あそこは蛇やら百足やらがたくさん出るでしょう」
「そうなんだよ。それで何回かリタイアしたら、こいつ、自信なくしちゃってさ」
私は隣の赤魔導士様に、ご注文の冷えたリル・ウォーターを提供します。
リルというのは柑橘系の緑の実です。さっぱりするんです。
もちろん、ノン・アルコホールです。
昼間ですから、大人としてはかくありたいですね。
「ていうか、オジサンさあ」
「おや。酒場ですから、マスターとお呼びください」
「はは、マスターはさあ。いつからこの仕事してんの」
「はっきりとは覚えておりませんが……かなり前からですねえ」
「すげぇよな。でも」
赤魔導士のお客様の目がにんまりと持ち上がります。
おやおや。
「噂に聞いてたよりも、不用心だね」
「どういうことでしょう」
彼は私の胸元につけていた冒険者バッジを指差します。よく見てますねぇ。
「あんたが『ボス』なんだろう。俺は知ってるんだ。いつでも訪れることのできる最初の町の酒場のマスターが実は」
「それ以上はおやめ下さい」
と、私はお客様をいさめました。
春先は時々いるんですよね。
こういうヤカラが。
赤魔導士様がいきなり私に向かって、
『ファイア・ボム!』
と詠唱しました。
冒険者バッジといっても宝石のように小さな可愛らしいものですからね。
私がどこにつけているか知っている人間は、もう誰もいないはずなのですが。
ふと不安になって、シャツごしにそっと自分の腹を撫でます。
ああ、よかったありました。
うっかり落としていたらいけませんからね。
ギルドで再発行するのは手間です。
へそにピアス、なんて、本当は酒場のマスターがやることじゃありません。
が、日常的に服は脱がないですし、お客様には見えない部分ですからね。
「あんたがボスなんて信じられないけど……悪く思うなよ、こいつの前じゃ隠してたけど、俺はもうランク60だ!」
グラスが割れてはいけません。
私は慌ててバリアの呪文を唱えます。
なんとか無事でした。
ああ、びっくりしました。
「お客様、酔いすぎですよ」
今ならそういうことにしてもいいですよ。
できればお勘定を済ませて、すぐに帰宅してほしいものです。