9.チシェリナは
最終話です。
近い内にシュワルベ公爵家から婚約解消の話が来るだろう、とは思っていた。
今までも公爵から国王に口頭では伝えてきたことがあったからだ。
しかし、まさか書類を携えて来るとは思わなかった。
国王は、『お前のことだから』と僕を話し合いの席に呼び、国王、シュワルベ公爵、僕の三人で話し合うことになった。
当然シュワルベ公爵は婚約解消を願い出てきた。
僕としてはもっとメリッサの気持ちを聞いて、アントニオに少しでも惚れたなら後押しをして幸福度を上げてから解消したいと思っていたのに、公爵はもう待てないと書類をグイグイ押し付けてくる。
メリッサと話し合う場も作れそうになかったため、せめてメリッサの様子を知りたいと公爵に尋ねた。
「メリッサですか?はっきり気持ちを聞いたわけではありませんが、好感は持っていたようですね。きっと婚約が解消され足枷が無くなったら話は早いと思いますよ」
僕との婚約を足枷と言われたことは悲しかったが、実際その通りなのだから反論できない。
しかし、メリッサがアントニオに対して好感を持っているというのなら、それがまだ安全水域に達していなくても、僕等周りの者達が後押しをすればメリッサの幸福度は高くなるのではないだろうか。
公爵が書類まで用意していたのはかなり覚悟をしてのことだろうし、父である国王も、“いい加減はっきりしろ”と言外に訴えているのが分かる。
これ以上結論を遅らせても良くないだろうと腹をくくり、僕は婚約解消に同意した。
メリッサとのお茶の席でアントニオに会わせてから、解消のサインをするまでに一週間も経っていない。
あの時は肝心な話をする前に騎士団内部で少々面倒な揉め事が起き、それを解決するために早々に散会してしまった。
その後、僕の口からはアントニオに関して話ができなかったが、アルケイデスが主導してメリッサとアントニオを上手く導いているらしいと知れたのは良かった。
アルケイデスの動きが早い。
きっとこれはシュワルベ公爵家だけでなく、アントニオも動いている。
アントニオが領地持ちの侯爵になると決まった直後に、待ってましたとばかりに食事の場がセッティングされたのだから、そう考えるのは当然だろう。
何度思い返しても、国王襲撃事件における騎士の配置が最適だったと思わずにはいられない。
あの事件での一番の功労者は誰が見てもアントニオで、僕は彼を“第二騎士団副団長”に抜擢することを国王に伝えたが、内々の話し合いで、『もし、陞爵されれば、メリッサの婚約者として最適だ』ということも伝えた。
国王は明らかに肩を落とし、『どうしてもヴァトー男爵令嬢が良いのか』とため息を吐いた。
メリッサは国王夫妻にも気に入られていたから、僕の選択を愚かだと思っているのは分かる。
『側妃という選択はないのか』とも聞かれたが、心底に一夫一婦制が染み込んだ僕には、考えられないことだ。
どちらにも不誠実だと断ると、国王は暫く考えていたが、『アントニオ・ボルダックを侯爵位へ、領地も報奨として与えることにしよう』と決断し、ノートル伯爵から没収した領地の半分を、残りの半分はアントニオの次に素晴らしい働きを見せた騎士二人に与えることになった。
この決定を内定ではあるがアントニオに伝えると、アントニオが酷く緊張した面持ちで、『ご相談が』と言ってきた。
人払いをして何を言うのかと暫く待つと、『ヴァトー男爵令嬢がどこぞの伯爵の養女になると噂を聞きました。ならば殿下は、メリッサ・シュワルベ公爵令嬢と婚約を解消なさるのでしょうか』と直球を投げてきた。
僕としてはいずれそうなるだろうと思っていたが、メリッサの幸福度を上げないといけないことから、易易と口にできることではない。
しかし、目の前でメリッサとの今後について尋ねている男は、僕がメリッサの相手として一番だと思っている男だ。
さすがに『前世を覚えている』なんてことは言えないが、メリッサとの婚約に関しては話しておくべきだろう。
僕はメリッサとは婚約を解消するが、メリッサの傷が最小限になるようにメリッサに見合った新しい婚約者を探している、と答えた。
「アントニオ、メリッサの婚約者に立候補する?」
「殿下の婚約者でいらっしゃるうちは、そのことに関してお答えできかねます」
「ここだけの話しにしてあげるのに、真面目だなぁ」
このくらい堅物のほうが、メリッサと上手くいく気がする。
二人が並んだところを想像すると、思った以上にピッタリな気がしてきた。
二人を早く会わせた方が良いだろう、と考えた僕は、メリッサをお茶に呼び二人を会わせた。
メリッサをお茶に誘う前には確認のためアントニオに、『メリッサと顔合わせしてみないか?将来の婚約者として』と尋ねたが、『殿下が婚約解消なさったら、私がすぐに申し込みますので、とにかく殿下は早めに解消をお願いします』とかなり前のめりな返答になっていたので、アントニオに関しては背中を押さなくても良さそうだと判断した。
お茶会では本当に自己紹介くらいしかできなかったが、それ以降あれよあれよと話は進んだようで、シュワルベ公爵家には知らせずにメリッサへつけていた護衛は、なんとも複雑そうな面持ちでアントニオとメリッサの食事風景等を話す。
そんな護衛達には悪いが、僕はつい口元が緩んでしまう。
二回目の食事でプロポーズ?
アントニオは剣のみならず、意中の女性を落とすための攻め時も逃さないようだ。
あれから約一ヶ月。
今日は王家主催の舞踏会だった。
アントニオの叙爵式を行い、メリッサと僕の婚約解消、そしてチシェリナが僕の婚約者となることがその後国王の口から発表された。
チシェリナとの婚約についてはざわつく者もいたが、ため息交じりにも受け入れる者もいた。
僕はこれからこういった貴族達に、今日の心配は杞憂だったと言ってもらえるような王太子にならないといけない。
チシェリナもこれから王太子妃教育が始まる。
チシェリナにも頑張ってもらわないといけないが、僕がチシェリナの手を握り、しっかりと導いてあげよう。
僕は覚悟を決めた。
僕とチシェリナのファーストダンスが終わると、ホールにはダンスを踊ろうとする者達が場所取りを始めた。
その中には、メリッサとアントニオもいる。
光沢があるルビー色のドレスは、生地も仕立ても素晴らしく、メリッサによく似合っていた。
アントニオがいつから用意していたのか分からないが、あんな良いもの一ヶ月では無理だろう。
アントニオと踊るメリッサは、それに気がついているのだろうか。
まあ、見つめ合って微笑みながら踊るメリッサが幸せそうだから、そんなことはどうでもいいか。
僕はチシェリナと二回目のダンスをしながら、チシェリナに視線を戻した。
チシェリナもチラチラとメリッサを見ていて、『メリッサ様がお幸せそうで良かった』と僕に囁いた。
そうだね、と答えるとチシェリナはニコリと嬉しそうに笑う。
その後、チシェリナとバルコニーで休もうと移動を始めたが、背後で、『メリッサ・シュワルベ公爵令嬢。私と結婚してください』という、アントニオの決して大声ではないがよく通る声が聞こえた。
そんな執着丸出しのドレスを贈っておいて今更何を言っているんだと思ったが、こうして公衆の面前で公開プロポーズをすることで、王太子から婚約を解消されたという傷を最小限にするのだと気がついた。
もちろんメリッサも、『喜んでお受けいたします』と返事をする。
わあっと湧き上がる歓声と拍手に包まれる二人は、揃って恥ずかしそうにしていたが、そんなところもピッタリで思わずこっちも頬が緩む。
僕とチシェリナも拍手をして、そろりと歩き始めた。
先にチシェリナにバルコニーに居てもらい、僕は飲み物を取りに再度ホールへと向かうと、メリッサとアントニオがホールの中心で踊っていた。
今日は二人が主役だな。
そう思いながら給仕から果実水とワインをもらうとすぐにバルコニーへと引き返す。
チシェリナが休んでいるバルコニーは、カーテンが存在を隠している。
チシェリナを驚かそうと静かにカーテンを開けようとすると、ボソボソとチシェリナの声が聞こえてきた。
「あー。シュワルベ公爵令嬢が幸せになってくれて良かったぁ。もう、幸福度上げようにもステータス見えないし、殿下は私に張り付いていて動けないし、駄目かと思ったわ。はぁー。これでハッピーエンドだよねぇ。良かった良かった。ああ、安心したらもろキュウ食べたくなっちゃった。あ、お味噌がない。くー。醤油もないから鶏の半身揚げも無理か。ミルクはあるからキャラメルは作れるかも······」
僕はその場でピタリと止まったが、どんなに様子をうかがってもチシェリナ以外の声は聞こえてこない。
さて、どうしたものか。
僕は、自分のことを話すべきか、今の声が聞こえなかったふりをするべきか。
近くに来た近衛騎士がカーテンを開けてくれても悩んだまま答えが出なかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ブクマやいいね、★など本当に励みになります。
ぜひ、ポチッとお願いします。
そして押してくださったかた、ありがとうございます。