8.王太子ルート
とりあえずまだ十歳なので、話が始まるまでは猶予がある。
皆がハッピーエンドになるためには、悪役令嬢が幸せになれば良いのだ。その線でまずは考えた。
しかしすぐに壁にぶち当たる。
ゲームではないから、ステータス画面が見えないのだ。
ゲームでは話しかけるとステータス画面が出て数値を確認することはできたが、今現在、自分のステータスすら分からない。
これでは悪役令嬢の幸福度をどうやって確認するのか。
それに、これは自分だけではない。
ヒロインがどのルートに行っても絶対同じだ。
さて、皆が幸せになるためにはどうしたら良いのか。
誕生パーティーの後から、何度か顔合わせという茶会の場でメリッサと会っていた。
やはりステータス画面がない。
ということで、数値に頼ることは早々に諦めた。
目の前のメリッサは、やはりあの居酒屋のバイトの娘に感じが似ている。
綺麗で明るくて前向きで。
だからメリッサと会っていると安心できた。
自分はこのままメリッサと結婚しても幸せになれるだろうな。
そんなふうに考えたが、ならばヒロインが他の攻略対象者と遭遇し、設定通りに攻略対象者との仲を深めていった場合、その時の悪役令嬢に対して気配りをして幸福度を上げる作業をしてくれるだろうか。
今までの乙女ゲームのように自分達だけ幸せになりました、となることは、このゲームではない。
悪役令嬢の幸福度が上がらないと、ヒロインはバッドエンド決定だ。
さて、どうしようかと悩んでいたが、進むべき道が見つからないまま学園入学を迎える時期になってしまった。
王族が入学すると、新入生代表で挨拶することが慣例となっているため、僕は学園内にある王族用の控室で、いよいよ始まってしまうストーリーにどう関与するか考えていた。
とりあえず、このままこの控室から式典が行われるホールに向かうと、途中で迷子になっているヒロインと出会うことになっているので、最後の悪あがきとしてそれを避けようと、ホールには向かわず学園長室へ向かうことにした。
学園長に挨拶をして学園長と一緒にホールへ向かったら、途中でヒロインとの遭遇は避けられるのではないだろうか。
もし遭遇しても学園長がなんとかしてくれるだろう。
そう考え、時間はかなり早めだが控室を出た。
もうすぐ学園長室というところで、『すみませんっ』と後ろから話しかけられる。
なんの疑問も持たずに振り返ると、そこに居たのはヒロインのチシェリナ・ヴァトーで、『迷子になってしまって······』と泣きそうな表情で助けを求めてきた。
ああ、強制力って怖いな。
避けようと思っても、どうにもならないことなんだとその瞬間諦めた僕は、チシェリナとホールへと向かうことにした。
沈黙が気まずいのか、チシェリナは一生懸命話しかけてきて、その様子がとても可愛らしくて━━━そう。僕はチシェリナを好きになってしまった。
これも強制力なのだろうか。
一日の終わりに振り返ってそう考えたが、ならば別の攻略対象者とチシェリナが上手くいくことを想像すると、それは嫌だと思ってしまう。
ゲームでのチシェリナは優しくて真面目で努力家、という内面だけではなく、見た目も可愛らしいという設定にしてある。
そして、外見には僕の好みがかなり反映されていた。
二次元の嫁ならこんな感じが良いな、とキャラデザを発注する時に要望を出し、最初に手元に届いたデザイン集を見た時は完成度の高さに舞い上がった。
そのヒロインと遭遇したのだから、まあ心を掴まれても仕方がないことかもしれない。
僕は、チシェリナを他の攻略対象者に譲ることをやめ、チシェリナには王太子ルートに入ってもらうべく動くことを決めた。
そして、メリッサの幸福度上げも同時に考え始めた。
メリッサは公爵令嬢だから、やはり好きな相手と幸せな結婚、というのが良いのだろうか。
しかし、ほとんどの高位貴族は既に婚約者持ちだ。
どうしたら良いものか。
僕は暇があれば常にチシェリナ攻略とメリッサの幸福度について考えていた。
そしてまず、一番直近にある“チシェリナと大商人の息子とのイベント”を阻止することから始めることにした。
この学園は、タウンハウスを持つ貴族はタウンハウスから馬車に乗り登下校をする。
タウンハウスを持たない貴族は寮生活になるが、チシェリナの家はタウンハウスを持っているため、自宅からの登下校になる。
ある日の下校時、チシェリナの乗る馬車の車輪に不具合が生じ立ち往生してしまう。
運悪く雨で、どうしたものかと困っていると、そこへ通りかかった大商人の息子が男爵邸まで送ると申し出てくれて、チシェリナはありがたく馬車に乗せてもらう。
しかし、男爵家には馬車は一台しかなく、翌日からの登下校をどうしようかと困っていると、その息子は馬車を貸してくれると言ってくれて、男爵邸で馬車の貸出の書類を大商人の息子とヴァトー男爵との間で作成した。
翌日、馬車はやってきたが、馭者としてその息子がやってくる。
しかし、流石にそれは良くないと、男爵は馭者は男爵家の者をつかい、その息子はチシェリナと共に馬車に乗って送迎することになった。
それは毎日続き、チシェリナとその息子は少しずつ距離が近くなる。
これがまず一番最初に攻略対象者との間にあるイベントだ。
だからこれを潰して、そんなイベントなど起きないようにしよう。
僕は毎日、城から回り道をしてヴァトー男爵邸により、チシェリナを送迎することにした。
チシェリナは最初かなり困惑したようだったが、そこはもう押しに押して拒否させなかった。
馬車の中で二人きりというのは、僕の恋心をさらに燃え上がらせたが、チシェリナからもなんとなく好意のようなものは感じられるようになり、一歩前進した気がした。
しかし、チシェリナはメリッサに遠慮していて、なかなかそれ以上に進ませてくれそうにない。
ならば次は、メリッサの幸福度上げをしなくてはならない。
メリッサは度々婚約解消を僕に伝えてきているので、僕との婚約自体にこだわりはなさそうだ。
ならばほかに良さそうな男は······と考え、良い男が今現在いないなら作れば良いのだと思い至る。
そこで浮かんだのは“隠しキャラ”の存在だ。
この隠しキャラは第一騎士団所属で、腕前は騎士団内で三本の指に入る将来有望な実力者だ。
そして、本来ならばチシェリナと出会うことになるのだが、それはチシェリナの兄の死が前提となる。できれば避けたい内容だ。
約一年後にある“国王襲撃事件”。
その時にチシェリナの兄は深手を負い、数日後に他界してしまう。
そして葬儀に来た隠しキャラにチシェリナが慰められ、あっという間に距離が縮まるのだ。
この隠しキャラ、ゲーム内では襲撃事件の時には国王の護衛についていない。
第一騎士団所属ではあるが、第一騎士団は国王と王妃の護衛なので、この時は王妃の護衛についていたからだ。
この隠しキャラは、騎士団内で出世する設定になっている。
元々侯爵令息だし、襲撃事件の時には伯爵位を持っているので、多少ゴリ押しすればさらに出世は早いだろう。
幸い、僕が十六歳になった時、騎士団に関する権限を持つことが許されている。多少の配置転換は、僕の一存で行っても許される。
そうして、襲撃事件が起きる視察の護衛には、チシェリナの兄を外しこの隠しキャラ“アントニオ・ボルダック”を配置することにした。
もちろんゲームを知っている僕は、何人の襲撃者がどの辺りに潜んでいるか、どこから飛び出してきてどこを狙うかは知っているため、アントニオ・ボルダックには一番襲撃者と対峙する箇所に配置した。
父である国王が危険な目に合うのは避けたいが、かといってこれを逃すとアントニオ・ボルダックの出世はメリッサの卒業には間に合わない。
慎重に護衛の数と配置を考え、これなら万全だという態勢で視察に向かう陛下を見送った。
結果は多少の負傷者は出たがこちらの死者はなし。
襲撃者も見事に制圧し、しかも狙い通り一番の功労者はアントニオ・ボルダックだった。
僕は国王にアントニオ・ボルダックを陞爵してはどうかと進言すると、国王もそれに頷く。
さあ後はメリッサとの仲をとりもとうと思ったが、僕より先にメリッサの兄が動いていた。
どうやらメリッサの兄とアントニオ・ボルダックは同級生だったそうで、あまりにも婚約解消に乗り出さない王家に対して業を煮やしたシュワルベ公爵家が動いたようだった。
メリッサがアントニオと二人で食事に行ったという情報は、僕がこっそりメリッサにつけていた護衛から聞いた。
メリッサにしては婚約者以外の男性と二人で会うなんて、ずいぶんと迂闊なことをしたものだと思ったが、もしかすると僕が知らない所で交流はあったのかもしれない。
そしてこのタイミングで二人きりで会うということは、アントニオを選ぶ可能性が高いということか。
ふとそんなことを考えたが、それはあくまでも想像であり、実際のところはわからない。
メリッサがアントニオに対してどんな気持ちを持っているのかも、当然分かるはずが無い。
アントニオがグイグイ押すタイプなら話は違うが、彼は少々堅物と言っていいほど真面目だ。
婚約者がいるご令嬢を口説き落とすなんてしないだろう。
メリッサとのお茶の席にアントニオを連れて行き対面させたが、事前にアントニオに、『メリッサと顔合わせしてみないか?将来の婚約者として』と伝えた時も、『殿下が婚約解消なさったら、私がすぐに申し込みますので、殿下には婚約解消をお願いするだけです』とそっけなく言われた。
口調はそっけなかったが、僕等の婚約が解消されたら動くということだから、アントニオは前向きなんだろう。
しかしメリッサはどうかわからない。
メリッサが望まない男なら話を進めるわけにもいかない。
ステータス画面が見えないことを、これほど恨めしく思ったことはなかった。
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