7.すべきこと(マシュード殿下視点)
前世の記憶を持ったままの語りなので、一人称は『僕』です。
ここから最終話までは殿下の視点です。
僕はゲーム内の攻略対象者だ。
僕が前世の記憶を思い出し、自分の立ち位置に気がついたは、ほんの些細なことからだった。
僕は十歳になるとすぐ、メリッサ・シュワルベ公爵令嬢との婚約が決まった。
元々メリッサは婚約者候補と聞いていたので、あまり考えることなく頷いた。
それまでメリッサとはなぜか会う機会に恵まれず、初めての顔合わせは僕の十歳の誕生パーティーの場だった。
メリッサは一言で言うなら、家族からの愛情を一身に受けている美少女。
話してみると見た目は美しいが、それに奢ること無く前向きで真面目な性格のようで、とても好感が持てた。
“仕事帰りに行っていた居酒屋のバイトの娘みたい”
第一印象がそれ。
いや、居酒屋?バイト?全ての単語が意味不明だ。
いやいや、なぜか意味は分かる。しかしその単語が表す事柄は、この世界にはない。
なんだいったい。
そう思ったとたんにひどい頭痛に見舞われる。
自分の誕生パーティーだったが、早々に戻り医師から診察を受けた。
そして誰にも言えなかったが、頭痛が治ると同時に前世の記憶を思い出した。
前世は日本人。
友人三人で大学時代にゲームソフトを作り、それがメディアで取り上げられるほど大ヒットした。
就活を控えていたが、その売上額に気を良くした友人がゲームソフト制作の会社を立ち上げ、自分もそこに名を連ねた。
次はどんな物を作ろうか。
そんな会議を友人達とするのは楽しかった。
ある日、会社代表の友人が言いづらそうに提案してきた。
「俺の姉ちゃんが、どうせゲームソフト作るなら乙女ゲーム作ってって言うんだよ。なんか、今までにない構想があるんだって」
友人が言うには、結婚を考えていた彼氏の二股が発覚し、別れることになった友人の姉は、それまで好んでプレイしていた乙女ゲームの攻略対象者と元彼がダブって見える、と荒れに荒れたそうだ。
「だいたいさぁ、婚約者がいながら他の女に手を出して、自分達は幸せになりました、チャンチャンなんて許せるわけ無いのよぉ。悪役令嬢だって、幸せになる権利はあるっつーの」
仕事帰りに飲みに行く居酒屋で彼の姉と合流して話を聞いたが、すぐに目に涙をため、たいして酔ってもいないのにクダを巻き始めた。
まだ開店直後の時間帯だったせいか客もまばらで、僕たちは彼の姉の言葉を困惑しながら聞いていた。
「お姉さん。彼氏と別れたんなら、男がいないときにしか食べられない物を食べませんか?ほら、若鶏の半身揚げ。手で持ってガブリッて食いつくんです。ちょっと大蒜きいていて美味しいですよ」
「んー?大きさはぁ?」
「だいたいこの位ですね。もうね、骨から剥がれた肉をワシワシ食べるんです。小さく切って食べるより、肉食ってるぞって感じがして美味しいんですよ」
「んー、じゃあそれ頼もうかなぁ」
バイトの娘が押し付けがましくないけど明るい口調で勧めてきた半身揚げは、友人の姉がたいそう気に入って全部食べきっていた。
「お姉さん、もろキュウもお勧めです。隠し味で大蒜入っていて美味しいんですよ」
「よーし、食べちゃうぞ。それもお願い」
バイトの娘は、大蒜入をまた勧めてきて、友人の姉はそれも頼んでポリポリと食べていた。
見ると他のテーブルでも同じように一品お勧めを言って、たいていそれはオーダーに追加されていた。
若い女の子だけの客のテーブルでも同じような感じで、そこでもその娘は同じようにオーダーを取っていたので、きっと同性に好かれるタイプなんだろう。
その日、レジで会計する時に、『元気だしてくださいね』と千円以上の支払いで二百円引きというクーポンを六枚くれて、友人の姉にはキャラメルも渡していた。
キャラメルって······
僕は内心笑ったが、友人の姉は店を出ると早速一つ口に入れ、『元気、なれそうだわ』とポツリと呟いていた。
その三日後にまた友人の姉と構想について話したが、さすがに構想を大衆居酒屋でやるわけにはいかず、会社に来てもらって話を聞いた。
「そもそもね、結婚相手のいる男を盗んで、ごめんなさいね、でも私、幸せになります、なんて許せないのよ。だからね、ヒロインは攻略対象者の好感度上げはもちろんだけど、悪役令嬢の幸福度も上げないとバッドエンドになるとかどうだろう。悪役令嬢も幸せになる権利はあるのよ。だから、ヒロインはあっちこっちに目配り気配りをしないと幸せにはなれないっていうの、どう?」
意外とちゃんとした内容で、それは面白いかも、と我々はそれでいくことになった。
初めて製作販売したゲームはゆるゲーだったのでキャラデザは絵の上手い友人の一人が担当したが、今回は乙女ゲームだ。
ビジュアルはかなり重要になるということで外注することにした。
しかしまずはストーリーだ。
今までの乙女ゲームは攻略対象者が五人位いて、さらに隠れキャラがいたようだが、今回は悪役令嬢の幸福度上げもハッピーエンドに必要な要素になるので、攻略対象者の数は絞って三人とし、隠しキャラは一応用意することにした。
決まったストーリーは王道で、ヒロインは男爵令嬢。
攻略対象者は王太子、宰相の息子、男爵家と交流のある大商人の息子、そして隠しキャラには近衛騎士の侯爵令息。この侯爵令息は出世頭という設定にした。
隠しキャラ以外にはそれぞれ婚約者がいて、今回のヒロインは攻略対象者の好感度を八十%以上でルート決定、悪役令嬢の幸福度を九十%以上にすることで、ハッピーエンドを迎えることができる。
逆ハーもあるが、その場合は悪役令嬢が複数出るわけで、かなりの確率でバッドエンドになる。
逆ハーなんてエロい事を願わずに、地道に悪役令嬢の幸福度を上げることをしないと、下手をすると悪役令嬢に殺されてしまったり、攻略対象者により鎖に繋がれて薬漬けのうえ監禁だったりという末路になる。
ちなみに、どの悪役令嬢のルートにも他の優良物件を紹介するパターンや、結婚ではなく仕事に生きるパターン等を複数用意し、ヒロインは選択画面でその都度最適と思われるものを選択していく。
選んだ事柄によっては幸福度が下がる場合もあり、何を選んでも良いということではない。
ヒロインはきちんと誠実に悪役令嬢に向き合う。
二股掛けられてフラレた女性が考えただけあって、ヒロインは楽して幸せにはならない内容だ。
今回の提案者である友人の姉からもOKがでて、すぐに作業にとりかかった。
元々少人数で始めた会社だから、気楽な社風だ。
『あれは?』と聞けば、『こっちにある』と主語などなくても分かる状態だったので、決めた締切までにはサクサク物事が進んでいった。
しかし、その気安さが裏目に出たのかもしれない。
昼前からの頭痛が酷くなってきたことから、早めに帰ろうと思っていた日の夕方に、友人の一人から真っ青な顔で助けを求められた。
「ごめん。今頃、本当に今頃なんだけど、シュワルベ公爵令嬢の幸福度にバグが見つかって······」
「え?今?」
「見つけたのは昨日なんだけど、すぐに直ると思って作業に取り掛かったんだけど、まだ終わらなくて」
「どういうこと?どんなバグ?」
「シュワルベ公爵令嬢がヒロインに紹介された隠しキャラに会った時の幸福度が、最初から七十%で」
「当初予定していた三十%にすれば良いじゃん」
「うん、そう思ったんだけど、最初に七十でスタートの幸福度を三十にするとその後の減点で、フルにマイナスされるとゼロ%以下になっちゃって······最低でも五%残る設定でやっていたから、ゼロ%になるとシュワルベ公爵令嬢だけフリーズしちゃうんだよ」
「え?」
「で、公爵令嬢の幸福度を下げる配分を変えようと思ったんだけど、そうすると大きなダメージを受けたはずなのに打たれ強い状態になっちゃって」
泣きそうな顔で、『どうしよう』と言う友人を連れ、代表の友人に全て話した。
このゲームはもう既に作成が終了し、数時間後の深夜零時に配信される予定になっていた。
それを今頃、と代表も驚き腕を組んで悩んでいたが、とりあえず配分変更しか無いと決め、今夜は僕も泊まり込みで作業に取り掛かることになった。
配信予定時間は深夜零時。
一秒も無駄にできない。
修正に取り掛かる者、修正分までデバッグする者とわかれ、夜中の二十三時五十分過ぎに、なんとか公開してもいけるか、というところまでできた。
あとは僕が内容の上書きをして配信の作業に取り掛かる。
やっとここまで、と安堵した矢先、眼の前が真っ暗になった。
ずっと酷かった頭痛も我慢の限界だったから、きっとそれで倒れたのだろう。
しかし頭痛が治ると、なぜか僕はもうすぐ配信予定だった乙女ゲームの攻略対象者であるマシュード王太子になっていた。
これは、夢か?それともまさか転生したのか?と混乱したが、冷静を装って現況を確認した。
自分の十歳の誕生パーティーで婚約者のシュワルベ公爵令嬢と会い、頭痛で退席した。
その状態だと理解した僕が次に思ったのは、『あのゲーム、修正間に合ったのかな』だった。
あの時は吐き気を伴う頭痛だったから、もしかするとくも膜下出血かなんかだったのかもしれない。
いきなり倒れたから、もしかすると周りの仲間達は救急車よんだりして、変更できなかったかもしれない。
悪いことしたな。
そう思いながらも、もう自分は何もできない。
せめてこの世界で皆がハッピーエンドでいけるようにしたい、とこれから自分が何をしたら良いのか考え始めた。
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