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6.あなたと

アントニオの言葉による説明回、といったところです。



「あまりに気持ちよさそうに寝てらしたので、つい傍で様子を見ていたんですが、すぐにアルケイデスがやって来てあなたを抱き上げ邸内へと行ってしまいました。庭で昼寝をする少女なんて初めてだったので、とても印象に残っています」

「お恥ずかしいかぎりです」

「とんでもない。アルケイデスも活発な妹だと愛おし気に話してましたよ。その次にお目にかかったのは、私が辺境領へ騎士の訓練と教育のために向かうため、ご挨拶に伺った時でした。あの時、メリッサ嬢は王太子妃教育の帰りのようでしたね。もうあの活発な少女は素敵なレディになっていて、ほんの少しさみしく思ったのです」

 

 アントニオ様は一口ワインを口に含み、ほうっと息を吐いて話を続ける。

 

「辺境領へ二年程向かうと伝えると、あなたは背筋を伸ばし、“お仕事頑張ってください。騎士の中には無駄に先輩風をふかせて嫌がらせや乱暴をはたらく者もいると聞いています。どうかお心を強く持ってください。私も負けないように頑張ります”とおっしゃって、傷薬をくださいました。花の香りのする女性向けの軟膏でしたが、大変嬉しかったのですよ。しかし、傷薬を持ち歩いていたことに疑問を感じ、辺境領からアルケイデスに手紙で尋ねると、あなたは教師から嫌がらせを受けていたと聞きました。非常に憤りを感じましたよ。あの可愛らしい少女に怪我を負わせるなど許せない、と。私は訓練が終わると王城で近衛騎士となる予定でしたので、私が絶対にメリッサ嬢を守る、とその時強く思いました。だから、日々厳しい訓練にも耐え、あなたをしっかり守ることができるよう、とにかく腕を磨きました」


 ワイングラスを見ながら話すアントニオ様は、思い出話を懐かしむような表情だ。

 

「二年経ち、王都に戻ると第一騎士団に配属されました。将来の王太子妃を守る第二騎士団ではありませんでしたが、内部での異動はよくあることです。あなたが王太子妃となったら第二騎士団に異動できれば良いと思っていました。しかしある時、騎士団内で王太子に男爵令嬢の恋人ができたという噂話が流れました。その頃、登城して四阿で殿下とお茶を飲むあなたの姿を拝見しましたが、二人のご様子は不仲には見えませんでした。しかし第二騎士団の人間の話なので、全くのデタラメとは思えず、余計なことと分かっていましたが心配していましたね。そしてアルケイデスからあなたの様子を聞き、あなたが婚約解消を願っていると聞いた時には······申し訳ありません。浅ましいと思われるかもしれませんが······あなたの隣に並びたいと思うようになりました。ええ、守るべき方という対象だったはずが、いつの間にか特別な女性だと······そんな目で見ていた自分に気がついて、正直困惑してしまいました」


 アントニオ様は瞳をとじて深呼吸をし、ゆっくりと瞼をあけると私の手元に視線を移した。


「私は領地を持たぬ伯爵です。だからずっと騎士として生きていくつもりでした。しかしそれでは公爵令嬢のあなたを望めない。もしあなたが婚約解消したならば、騎士としてあなたを守ることもできなくなる。ふふっ、八方塞がりですよね。恋を自覚してしまうと、あなたが私以外の男を視界に入れることなど我慢できない。それでも相手が殿下なら我慢するしか無いと思っても、殿下は不誠実な婚約者だ。あなたが正妃となっても悲しむ姿が容易に想像できてしまい、そんな婚約などやめてしまえとも何度も思う。しかし、あなたが殿下との婚約を解消すると、私はあなたを、あなたのそばで守ることができなくなるんですからね。このどうにもならない現実に、私は毎日苦しかった。そんな私の気持ちを知っていたのかわかりませんが、アルケイデスが妹と会ってみるか?と声をかけてくれたんです。私は一も二もなく会いたいと答えましたが、直後にあの襲撃事件があったのです。私は陛下の馬車の近くに配置されていたためか、かなりの数の襲撃者を相手にしました。その時は陛下をお守りすることに必死でしたが······結果として領地持ちの侯爵となり、あなたに婚約を申し込める立場になれた。······不敬ですがね」


 アントニオ様は少しだけ首を傾げ、冗談めかして言う。

 とたんに真面目な雰囲気が緩んだが、話の熱量を感じていた私は胸がドキドキしていた。


 どうしよう。恥ずかしくて逃げ出したい。

 きゃあ、と悲鳴を上げたい気持ちを必死に抑えつけようとして、忙しなくあちこち視線を彷徨わせるが、綺麗な赤い瞳に見つめられると、その視線から逃げたい気持ちと見つめていたい気持ちがぶつかって、どうしたら良いのかわからなくなる。


 ただ、一つだけ分かったこと。

 嬉しすぎて恥ずかしい。

 

 一人心の中で身悶えていると、スッと立ち上がったアントニオ様が私の近くにやって来て、膝を折ると手のひらを差し出し見上げてきた。そして、


「どうか私の妻になってください」


 シンプルながらも分かりやすいプロポーズをして来た。


 私を見上げる赤い瞳と視線が合う。

 真っ直ぐな気持ちを向けられて、私の心はさらに舞い上がってしまう。


━━━ ずっと一緒にいたい ━━━ 


 会話をするようになってまだ数えるほどしか日にちは経っていない。

 しかし直感で、『私はこの方をもっと好きになってしまう』と感じている。

 そして、好きな人と結婚できるのならば、こんなに幸せなことはないと思う。

 メリッサとしての人生がしっかり根付いているため忘れていたが、前世日本人だった私は恋愛結婚の方がしっくり来る。

 アントニオ様とは見合いのようなものだったが、それでも政略結婚ではない、自分の意思が伴っている。

 きっと、今の私の心は、そのあたりもベースにできているから、より一層アントニオ様からの言葉が嬉しく感じるのだろう。

 

 見つめ合ったままそんなことを考えていたら、跪いた姿勢のアントニオ様は、ほんの少し困った顔をした。

 

「あっ、お返事を」

「慌てなくても良いんです。ただ、殿下との婚約が解消されたと知れ渡るとあなたに求婚者が押しかけてしまうので、まずいちばん先に私の気持ちをお伝えしたかっただけです」

「いえ、もうお返事できます。あの······よろしくお願いします」

「そ、それは━━」

「はい。お受けいたします。私、アントニオ様と結婚したいです」


 差し出されたアントニオ様の手に私の手をそっと乗せると、アントニオ様は、『ああ』と声を漏らして私の手の甲をアントニオ様の額に当てた。

 それから、『ありがとうございます。幸せだと言っていただけるよう頑張ります』と言って私の手にそっとキスをした。

 

「私も、アントニオ様にガッカリされないよう頑張ります」


 そう答えた私に、アントニオ様はとても嬉しそうに笑ってくれた。


 

 アントニオ様が馬車で送ってくれたが、アントニオ様はそのまま父様に挨拶をしたいと言い、執事に父様の執務室へと案内されて行った。

 私は部屋へと戻ったが、まだ夢見心地でフワフワとして、ソファにあったクッションを抱えて、『くぅー』と小さく唸った。

 近くにいたメイドは私が幼い頃からそばにいてくれた四十歳の既婚者で、私のそんな様子を見て、『良うございました』とニコニコと笑って湯浴みの準備をしていた。

 私は今日何があったとは言っていないし、彼女も何も言わないが、それでもちゃんとわかっているんだと思うとまた恥ずかしいやら嬉しいやら。

 クッションで顔を隠したが、幸せな気持ちはダダ漏れのようだ。

 そんな状態の私の部屋に、兄様がやって来た。

 

「お帰り。ずいぶんと早く話が決まったようだね。アントニオが父上と最後の詰めに入ってると聞いたよ」

「さ、最後の詰めって」

「いいんだろう?そういうことだと思っても」

「はい。まあ、そうですね」


 兄様は私にニッコリと微笑むと、『おめでとう。これから忙しくなるよ』と言って戻って行った。



 

 翌朝、朝食の時に父様からこれからの話をされた。

 ノートル侯爵の領地は広大だった為、半分がアントニオ様に与えられるそうだ。

 鉱山と農地が主要産業の土地で、これから領地経営の勉強をするためアントニオ様は騎士を辞めるらしい。

 そして、我が家も鉱山を持っているため経営について教えてほしい、と助けを請われたと父様が言う。

 

「今すぐ騎士を辞めるわけではないだろうが、その辺りはまたアントニオから話があるだろう。また近い内に食事に誘うと言っていたぞ」

「そうですか。でも、婚約解消前からこんなに頻繁に会っても良いのですか?」

「かまうものか。殿下と男爵令嬢に比べたら可愛いものだ」


 チシェリナは性格が良く可愛らしいのに、父様の中での評価はいたって低い。

 私のことで走り回って気持ちが落ち着かないだろうけど、少し時間が経ったらフォローすべきかと少しだけ悩んだ。

 

 母様は、『アズルレイド侯爵夫人へお茶会のお誘いをしないといけないわね』と、アントニオ様のお母様と母親同士で話をする場を作ろうと楽しそうだ。

 アズルレイド侯爵家も我が家と同じ派閥なので、何度もお茶会では一緒になったことがあった、お優しい方よ、と母様は私の嫁ぎ先に不安はないと喜んでいる。

 

 それにしても、私はアントニオ様を好きになるのが早すぎなかった?

 前世を入れても、私は一目惚れの経験などなかったが、アントニオ様に関しては一目惚れだったのかな?と思う程急速に気持ちが引っ張られた気がする。

 もちろんどんなに冷静に考えても、私がアントニオ様を好きなことに変わりはない。

 だから深く考えなくても良いのかな、とアントニオ様から贈られてきたドレスを前に、考えることを放棄することにした。

 どうせこの世界がどのラノベだったのかゲームだったのか、私には分からない。動きようがないなら、せめて前向きに生きていこう。


“王家主催の舞踏会は、エスコートさせてください”


 そう書かれたメッセージカードを見ながら、うふふと笑う私をメイド達は見て見ぬふりをする。

 兄様は、『結婚までは猫かぶっておけ』と呆れたように言うが、私はそれを右から左に受け流した。

 光沢のあるルビー色の生地。

 裾と胸元には黒い糸で刺繍が施されたドレスは、どう見てもアントニオ様の色。

 これを着てエスコートされるなんて、愛されていると公言するようなものだ。

 それを考えると、またうふふと笑いが漏れる。


 これから先のハッピーエンドを予感して、私は笑いが止まらなかった。





注━━アントニオはロリじゃありませんよ。


 お読みいただきありがとうございます。


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 そして押してくださったかた、ありがとうございます。

 次話は明日午前11時に投稿します。


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