表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/10

1.卒業後の進路


 私、メリッサ・シュワルベが転生者だと気がついたのは七歳の時だった。

 両親にとって嫡子となる長男アルケイデスが生まれたのは、両親が結婚して一年半後。

 両親は早く二人目もと願っていて、アルケイデスが四歳の時に生まれたのが私だ。

 両親待望の二人目。

 そして女の子ということで、とてもとても可愛がられた。

 両親のみならず兄からも溺愛された覚えがある。

 病気はもちろん、怪我などもってのほかという環境ですくすくと育ったが、私が七歳の誕生日翌日のこと、いつもは領地に籠りっぱなしの祖父母が誕生日パーティーのためにタウンハウスに泊まりに来てくれて、浮かれた私は階段で足を踏み外して転げ落ちてしまった。

 といってもたぶん最後の五段くらいで、一見すると怪我はなさそうだったが、どこを打ったのか一日意識を失っていたらしい。

 ふわっと目を覚ますと屋敷中大騒ぎだった。

 

 自分が記憶しているよりも小さな手、壁に掛かる鏡に映る日本人とはかけ離れた顔立ちと髪色。

 たったそれだけの情報で、『あ、転生したな』と理解した私は“ラノベ大好き女子大生”だった。

 しかしほとんどの場合、このタイミングで『あ、これはゲームの中の悪役令嬢だわ』とか『ラノベのあの話の悪役令嬢だわ』とか気がつくはずなのに、私は何の話かまるでわからなかった。

 

 メリッサ・シュワルベって誰?


 そんな疑問が頭を埋め尽くしたが、それでもメリッサ・シュワルベとして生きてきた七年間の記憶はちゃんとあった。

 眼の前にいる人の顔と名前は一致するし、声を聞いただけでもそれが誰ということはわかる。

 だから、転生に気がついた後も、普通に生活できた。

 ちなみに父様は公爵だ。

 父様は先代国王の甥。母様は隣国の公爵令嬢だった。

 だから住んでいる屋敷も日本人の感覚では宮殿のようなもので、一度すべての部屋と敷地内を見て回ろうとして、最後の最後に庭で遭難した。

 アルケイデス兄様が十三歳で、入学したばかりの学園から帰ると『メリッサお嬢様が!』とメイド達が右往左往しているのを見て、率先して探してくれた。

 そして庭の低木に隠されるように倒れていた私を発見したらしい。

 アルケイデス兄様は私を抱き上げ、私の部屋まで連れて行ってくれて医師に見せたが、全く問題ないと言われるまで気が気ではなかった、と私が十七歳になった今でも思い出しては言ってくる。

 無駄に好奇心が勝ってしまって申し訳なかったと、心の底から思っているのは本心。

 ちなみに、倒れていたとアルケイデス兄様は言うが、あれは疲れて眠ってしまっただけだった。

 そのことは屋敷中が大騒ぎだったため、未だに言えていない、

 本当に申し訳ない。


 さてこんな私は、やはりというか王太子の婚約者だ。

 王太子も私と同じ年で、同じクラス。

 そしてこれもラノベでありがちなことだが、『王太子には男爵令嬢の恋人ができた』と学園中で噂されており、私は悪役令嬢の役割だった。

 

 公爵令嬢に転生したと気がついた時点で、きっと悪役令嬢なんだろうなと思っていた私は、これもまたありがちなのだろうけど、学園生活では男爵令嬢に嫌がらせなどしていないし、一人での行動もしなかった。

 だけど、本来の悪役令嬢がそういう行動をすると、ヒロインである男爵令嬢が嘘を言って悪役令嬢を嵌める、なんてことも考えられたので、男爵令嬢の行動には注視していた。

 もっとも男爵令嬢はとても性格の良い娘だったので、変な誤解を生まないように監視、違う、注視するのはすぐに止めた。睨んでるなんて噂がたったら嫌だもの。

 そして王太子には、『男爵令嬢との恋を応援します』と言って、いつでも婚約解消に応じるとまで伝えている。

 最初は疑っていた王太子も、今では、『頃合いを見て婚約者の変更を陛下に願いでなくてはな。メリッサの次の婚約相手も探さなくてはならないし』と前向きな発言をしてくれている。

 

 さて、学園での殿下の様子が親達の耳に入らないはずもなく、父様は何回か話し合いのため登城している。

 しかし陛下は婚約者を変更する意思が無いらしく、いつまで経っても話し合いは平行線らしい。

 

「もういい加減、婚約解消してもらわないとこちらが困るのだがな」


 そんな父様のため息交じりのグチに、母様がヨシヨシと頭をなでて慰めている。

 正面に座る私はいつもの光景なので見慣れたものだ。

 今日もメイドの淹れたお茶は美味しいわ、とお茶とお菓子を堪能しているが、父様の言葉通りそろそろ解消してもらいたいな、と少しだけ苛ついた。

 だいたい殿下はいつ陛下に言うのだろう。

 いつ聞いても、『もう少し』とか『タイミングが』とか言うだけで、どうやら陛下に何も言っていない様子だ。

 このまま行くと卒業のパーティーで、『メリッサ!お前との婚約は破棄する!』とかやりかねない。

 それであれだ。隣国への追放だの娼館おくりだの意味不明な命令をされちゃうわけだ。

 今の殿下にはそんな気配はないが、恋に溺れた男など何をするかわからない。

 こうなったら卒業パーティーは欠席して、逃亡を図ったほうが良いだろう。

 そう考えた私は、ならば何か手に職をもたなくては、と考える。

 

 ここでもラノベの情報を元に考える。

 パターンとしてあり得るのは、三つ。


 一、卒業パーティーの場で婚約破棄を宣言された私に、身分を隠して通っていた高位貴族(隣国の王子も含む)から突然のプロポーズ。

 二、卒業を待たずに家出をして冒険者ギルドに登録し自力で生活

 三、薬師となって自力で生活


 ざっとそれらを思い出し自分に当てはめて考えると、どれも無いなと思わずため息が漏れる。


 一つ目は絶対ない。

 まず、婚約破棄なんて公の場で宣言されるのが嫌。

 なぜそんな辱めをうけなくてはいけないのか。

 みすみす分かっていてその場に立ちたくないので、卒業パーティーは欠席するつもりだ。

 そもそも私の学年に在籍している生徒は、皆身元がはっきり分かっていて、当然隣国の王子なんて人もいない。

 二つ目のギルド登録に関しては、私は運動音痴で、剣など持ったら振りかぶっている間に魔物にやられてしまいそうだから無理。

 まず、少し走っただけで疲れてしまうこの体力では無謀な挑戦だ。

 三つ目は私の性格上、細々と計りなら何かを作るのがきっと無理。

 日本人大学生だった頃を思い出しても、自炊の料理はいつも目分量で味付けをしていた。

 たまに、『あれ?なんか足りないかな』なんて思いなら食べることもあった。そんな時はたいてい塩か醤油をふってごまかしていた。

 薬師なんて全てにおいて計りながらの作業だろう。

 きっと、『ま、これくらいで良いか』なんてテキトーにやっていたら、とんでもないものを作ってしまう。そんな気がする。

 

 さて、どうしたものか。

 そこまで考えて、『ああ、王都から離れた街の食堂で、給仕として働く手もあるか』と唯一できそうな事を思い出した。

 日本人大学生だった時、個人経営の居酒屋でバイトしていたが、酔っ払いのあしらい方が上手いと店主に褒められたことを思い出した。

 オーダーをとる時に、『今日はこれもお薦めですよ』なんて一言添えると一品追加できたりして、時々バイト代にボーナスをつけてもらうこともあった。

 きっとまかないも出るだろうし、メリッサ・シュワルベになる前は庶民の中の庶民だったから、きっと生きやすいだろう。

 冒険者ギルドに登録して死にそうになるより、薬師になろうとして変な薬を作るより、一番現実的な職場ではないだろうか。

 そう考えた私は、卒業までの一年半に特別にすることはなさそうなので、とりあえず殿下にはさっさと話を進めてほしいと催促だけをすることにした。



 漠然と卒業後の進路を決めた頃、王都のはずれで国王陛下が襲撃されるという大事件があった。

 視察からの帰りに襲われたのだが、一見すると破落戸だったがとてもよく訓練されていたそうで、護衛達は珍しく苦戦したと聞く。

 幸い、近衛騎士達に多少の怪我人は出たが、襲撃者を全て生かしたまま取り押さえることができた。

 もちろん国王陛下は無事だ。

 その日は未だに婚約者であるマシュード・グリンヒル王太子殿下にお茶に誘われていた日だったが、殿下は騎士団と一緒に現場へと向かったため、中止となった。


 治安が良い王都内での襲撃はかなりの衝撃だった。

 アルケイデス兄様が内密にと一言前置きして教えてくれたことだが、兄様のご友人が国王夫妻を護衛する第一騎士団所属で、この日も襲撃者と相まみえ、陛下をお守りしたそうだ。

 そして、このご友人が言うには、この道を通ることは直前まで伏せられていたという。

 現在、国内は一応平穏だが、それでも貴族は“国王派”“教会派”“中立派”に別れてる。

 襲撃者を厳しく取り調べた所、ある貴族が首謀者として名前があがっているらしい。

 さすがにその貴族については言わなかったらしいが、どうやら教会派の人物のようだ。

 ちなみに我がシュワルベ公爵家は国王派。

 きっと兄様に情報を流したご友人も国王派なのだろう。

 余談だが、マシュード殿下の恋人であるチシェリナ・ヴァトー男爵令嬢の家は中立派。

 学園では、『なんとか殿下の恋人を教会派に引き入れよ』と親から言われたのであろう教会派の令嬢令息が、日々チシェリナに接触をはかっているが、なんせマシュード殿下が一日中くっついているのでそれもままならない様子が見受けられる。

 その攻防は見ているだけならば面白い。

 しかしどうやらきな臭い話になってきたようだ、と夕食時に父様が突然話し始めた。





 

 


 お読みいただきありがとうございます。

 次話はすぐに投稿します。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ