事務官の正体は公爵令嬢であり、公爵令嬢の裏の顔は国の影である
「ヴェルメイオ女史。何度言えばわかるのかね」
「あと100回ぐらいですかね」
金髪を後ろに撫ぜつけるように流した髪を苛つくようにバリバリと掻いているのは、事務官の人事を任されている管理官です。
先程まで偉そうに自分のディスクの椅子にふんぞり返って、タバコを吹かしていましたが、私が顔を出した瞬間、機嫌が急降下したようです。私を呼び出したのは管理官のはずなのですが。
「第6師団からクレームだ。他の事務官に代えてくれてと……君が事務官になってから、何度異動したのかね?」
私が王国騎士団の事務官になって3年です。始めは本部に所属していましたが、第2師団に配属され、次いで第3師団、第4師団と順に下がっていき、第6師団まできたということは、3年で5回配属先が変更になっているということです。
私はめいいっぱい手を広げます。
「5回だけです」
「5回もだ!」
ディスクをドンと叩きながら威圧的に管理官は言葉の訂正をしてきますが、大した数では無いのに、そんな些細なことに苛ついているから、後頭部が薄くなってきていると、気がついていないのでしょうか。
まぁ、ヅラという帽子がズレている人よりはいいですが。
「ヴェルメイオ女史。君は辺境に配属先が変更されたから、第6師団から荷物を撤収したら、直にキャリオンメルのアイザール辺境都市に向かいなさい。そこの第15師団が次の配属先だ。わかったかね!」
「はぁ」
王都から離れて西の辺境ですか。遠いですね。移動手段は長距離の寄り合い馬車でしょうか。王都から辺境都市までは週に2便ほどは馬車が出ていたはずです。
「その返事はなんだね!今更後悔しても遅いのだよ。私は忠告したはずだ。正しいからと言って、全ての者にその正しさを押し付けてはならないと」
管理官がそのようなことを言っているから、王国騎士団の一部の者たちが腐っているのです。そろそろ、この管理官の首をすげ替えた方がよいのではないのでしょうか?
「それから、統括師団長閣下がお呼びだ。いくら閣下の遠縁といっても目に余るということだ。君が行ったことを精々悔やみながら閣下の元に赴きなさい」
「そうですか。二度と会わないと思いますが、お世話になりました」
私はそう言って管理官に頭を下げます。私が来てから増々薄くなってきた後頭部を眺めることはないでしょうという意味を込めて。
私はさっさと管理官のいる部屋を後にして、統括師団長閣下と呼ばれる人物がいるところに向かいます。場所的には同じ建物の上階になります。人気がない廊下を進んでいると、背後から私に声を掛ける者がいます。
「お嬢様。アイザール辺境都市まで行く馬車を用意しておきます」
「あら?ただの事務官は個人の馬車なんて持ちませんよ」
私は背後から声を掛けてきた者に返事をします。私は王国騎士団の事務官であり、態度が悪く左遷された男爵令嬢なのですから。そのような平民に毛が生えたような男爵令嬢は、個人の馬車なんて持ち合わせてはいないのですから。
「いいえ。これは旦那様のご指示ですので」
それだけを言って背後の者の気配が消えました。お父様の指示ですか。これは何かありそうですね。
嫌な予感を覚えながら、私は重厚な扉を前にして、軽く拳を作りノックをします。
「誰だ」
低い声が扉の向こうから聞こえてきました。しかし、声が聞こえなかったと言わんばかりに再びノックをします。
「誰だと聞いている」
機嫌が悪そうな声が再び聞こえてきました。私は重厚な扉に“ガンッ”と蹴りを入れます。貴様こそ誰だという意味の蹴りです。
「ほらぁ。ティアちゃんにはバレバレだったね。うんうん」
中から別の人物の声が聞こえ、扉が中から開けられました。扉の側には銀髪の壮年の男性が紫紺の瞳を私に向けて立っています。そして、両手を広げて私に抱きついてこようとしましたので、するりと横を抜けて中に入りました。
「ティアちゃん。久しぶりに会ったパパとハグは?」
よく分からない事を言っている男性に冷たい視線を向けて一言いいます。
「加齢臭が移るのでやめてくれません?」
「ぐはっ!娘からパパ臭いと面と向かって言われる衝撃」
床に項垂れている男性は放置して、私は偉そうに正面の机に、肘を付いて手を口元で組んでいる男性に視線を向けます。金髪を撫でつけるように後に流し、青い目を私に向けている壮年の男に見せかけている人物に言います。
「統括師団長モドキさん。全然駄目です。そもそも声質が違います。……『誰だ』という感じです」
「うっ!正に父上の声。父上やっぱり、私には父上の代わりは無理です」
壮年の男に見せかけていた者は撫で付けていた金髪をぐしゃぐしゃにして前髪を下ろすと、銀髪の青年に早変わりをしていました。
「で、お二人してごっご遊びでもしていたのですか?」
大の大人が二人して何を遊んでいるのかと、冷めた視線を向けます。
「妹に馬鹿にされる兄なんて私ぐらいではないのだろうか」
「馬鹿になんてしていませんが、何を無駄なことをしているのかと思いました」
「冷たい視線と言葉がグサグサくる。やっぱりアリスティア一人で大丈夫じゃないのですか?父上」
この二人は私に何かをさせたいようです。仕事だと言われれば、きっちりやり遂げますが、できればしたくないのが本音です。
床に項垂れていた壮年の男性は、同じ色をまとった青年の言葉に、今までの落ち込みようは何だったのかと言わんばかりにすっくと立ち上がり、前髪をかき上げたかと思うと、そのまとう雰囲気が一変しました。
軽い感じの男性から、強者特有の何者も近寄りがたく威厳が満ちた雰囲気をまとっています。
そして、その姿も金髪青目の壮年の男性に変化していました。
「ヴェルメイオ女史。そこに掛けてくれ給え」
統括師団長閣下と騎士たちから慕われる男性は私の名を呼び、視線で近くにある長椅子に座るように促してきました。
「はい」
私は素直に言葉に従い長椅子に腰を下ろします。私の正面の席に着いた統括師団長は私を見て言葉を口にします。
「実は重要な取り引きが行われるらしいという情報を得たのだ。そこに今までしっぽを掴みきれなかった闇組織の幹部が現れるという情報も得たのだ」
どうも私にその取り引きの現場を押さえて欲しいようです。
「はぁ。しかし、その幹部が紅蓮のイグニスらしく。下手すると現場が火の海になる可能性があるのだ。……そんな危険なところに僕の可愛いティアちゃんを行かせるなんて」
「父上。素に戻っています」
青年に指摘された統括師団長は背後に控えていた青年を振り返り、子供のように頬を膨らませて言い返します。
「だって、唯一サラちゃんそっくりなティアちゃんに何かあったら、王都ごと凍らすからな」
ドスの利いた殺気混じりの声が室内を満たしましたが、なんとなく予想はできました。
統括師団長としてのお父様は王都から離れられないので、兄を統括師団長もどきに仕立て上げて自らその取り引きの現場に行こうとしたのでしょう。
「しかし父上。姿は亡き母上にそっくりですが、中身は兄弟の中で一番父上にそっくりですので、アリスティアにまかせていいと思います」
「でも、ティアちゃんは女の子なんだよ?」
「性別は女でしょうが、父上の跡を継ぐティアに何を言っているのですか?」
私はその言葉にイラッとします。勝手に決めつけないで欲しいものです。
「私はヴェルメイオ男爵令嬢ですので、頭のおかしいことを言わないでいただきたいものです。そこのものまねが下手な方にその権利を私は譲渡したはずです」
「その所々にぐさっとくる言葉を入れてくるなんて父上そっくりではないですか。それに私はその権利を預かっているだけだからね」
よく口が回る愚兄を睨みつけます。私は本来の身分というものを捨て去ったというのに。
「まぁ、それは今は関係ないから、話すべきではない。ヴェルメイオ女史。その取り引きというのが、次の配属先になるアイザール辺境都市で行われると調べがついた。あの地は隣国からの移民が多くいるため、無法地帯に近い状態だ」
アイザール辺境都市は国境沿いにあり。元々他国からの移民が多く住まう土地柄でありましたが、ここ数年隣国の内乱の所為で逃げてきた人たちが辺境の地に住みだしたのです。普通であれば問題視することではないのですが、あまりにも多くの者たちが逃げて来たために、人が多くなると犯罪も多くなり、治安もさらに悪くなっているのです。
それなら辺境領の兵を投入して治安維持を務めるのですが、その地を治める辺境伯爵は黒い噂が絶えず、現状として移民に対しては放置され続けているのです。
そして、その監視役として王国騎士団第15師団が存在するのですが、全く機能していません。
監視役。辺境伯爵には一定の武力を持つことを許された貴族ですが、その武力を以て反乱等を起こさせない為に一個師団を国から派遣しているのです。それといざとなれば辺境領の兵士と共闘して国を護る存在でもあります。
それが全く機能していないとは、目の前のおっさんは何を采配して……いいえ、これは国の膿を出すための人事ですか。今回の闇組織のシッポを掴むために何年もかけてきた罠。我が父ながら性格が悪いですね。
「その地に新たに配属される第15師団長と共に向かってくれ給え」
ん?新たに第15師団長が配属される……ですか。この機に辺境伯爵も叩く気なのでしょう。
しかし、共にとはどういうことでしょうか?
「入って来なさい」
統括師団長は副官が控えている部屋に続く扉に向かって声を掛けます。その扉が開き入ってきた人物を見て、私は驚きのあまり目を見開きます。そして、目の前にいる統括師団長を睨みつけ、なるべく冷静を装い言葉にします。
「なぜ、第1師団長まで上り詰めた方が第15師団長に降格されるのですか?」
そう、入ってきた人物は王国騎士団に入団して、たった5年で第1師団長まで上り詰めた人物です。そのジークレイン・スマラグドスともあろう方がこの人事に文句を言わなかったのでしょうか?
「降格?それは違う。辺境の地は実力が認められて初めて就ける場所だ」
物は言いようですね。内情的には実力が伴って初めて辺境の地に赴くことになるのでしょうが、誰しも王都に配属されることを望むものです。
それに現状では第15師団長はその実力というものがあるとは思えません。
ええ、それもこの目の前の統括師団長閣下の采配なのでしょう。膿を出すためのコマとしての第15師団長を。
「そしてミレーヌ・ヴェルメイオ女史。君は婚約者としてアイザールに向うように」
…………このおっさんは何を言っているのでしょうか?ジークレインの婚約者として?
アリスティア公爵令嬢の元婚約者のジークレインの婚約者ですって?
私は幼少のときから培ってきた貴族の令嬢としての微笑みを、馬鹿なことをいい腐ったおっさんに向けます。
「待って!ちょっと待ってティアちゃん」
冷や汗を流し出し素をもろに出し、私のことをティアと呼ぶおっさんに更に笑みを深めます。
次の瞬間、私は統括師団長という名の父親に向かって拳を振り切っていました。しかし、既にその場所に人は存在せず、長椅子が半分に割れた残骸しかありません。私はゆらりと立ち上がり、振り返ります。
「暴力は駄目だよティアちゃん。話し合おうね」
私が座っていた席に優雅に足を組んで、座っている銀髪の壮年の男性がいます。この言葉は統括師団長としてではなく。公爵としての言葉だということでしょう。
「話し合いで解決することと、そうでは無いことがあると思います」
私は笑顔のまま首を傾げ、お父様を見下ろします。
「うんうん。そうだね。これは話し合いで解決することだよね」
「ええ、これは私のことをとても馬鹿にしていることと感じましたので、一度その脳みその中がどうなっているのか割ってみないと話し合いの席には着けませんね」
すると慌てたように装い、首を横に振っているお父様。
「それパパが死んじゃうからね」
嘘くさい。私の拳を軽々と避けて、よくそのような言葉が出てきますね。
「アリスティア。兄も父上と同意見だ」
背後から兄が父に同意する言葉を言ってきました。
この父が頭をかち割ったぐらいで死ぬほどの弱者だと思っていると? 我が兄ながらこの父をナメた目で見ているのですね。
「辺境の地は我々の監視の者も少ないから、彼がいたほうがいいと思うのだよ」
ああ、兄は私のことを弱者だと思っていると……私は笑顔を貼り付けたまま振り返ります。すると兄は“うっ”と言葉を漏らし二歩三歩と下がっていきました。
「お兄様。私に一度も勝てた事がないのによくそのようなことを言えますよね。剣術もボードゲームも3歳の私に負ける10歳児だったくせに」
「ぐはっ‼ 本当のことだが、古傷がグリグリとえぐられる」
するとクスクスと笑い声が耳に触れてきました。その笑い声の主に視線を向けますと、第1師団長が私と兄に視線を向けて笑っていました。表情筋がなく無表情がデフォルトだと噂の第1師団長からすれば珍しい光景です。
そして、第1師団長は長椅子の残骸を避けながら私の方に近寄ってきました。
「ミレーヌ・ヴェルメイオ嬢。初めましてジークレイン・スマラグドスと申します。これから婚約者としてよろしくお願いします」
ふと、5歳の私の記憶が蘇ります。私がアリスティアとしてジークレインと出会ったときの情景が浮かんできました。しかし、私はその情景を振り切るように、笑みを目の前の婚約者と名乗った男性に向けます。
「初めまして、ジークレイン・スマラグドス様。この話を出してきたモノを少々問い詰めなければなりませんので、本日はこれにて……」
私がこれ以上ジークレインと話すことはないと打ち切ろうとすると、腕を引っ張られ抱き抱えられていました。
「は?」
「取り引きが行われる日までに第15師団をまとめ上げるようにとの命令ですので、このまま参りましょう」
そう言って私を抱えたままジークレインは歩き始めたのです。
「ちょっと私を下ろしなさい! お父様! どういうことです!」
私はお父様に視線を向けますと、笑顔で私に手を振っていました。やられました。私は奥歯をギリリっと噛みしめる。
「ティアちゃん。任務の内容はジークレインに伝えてあるから、二人できちんと話し合ってね」
「この任務が終わったらアリスティアを殺して親子の縁を切ってやりますーーーー‼」
私の心からの叫びは重厚な扉に吸い込まれてしまいました。
___________
「父上。とうとう親子の縁を切ると言われてしまいましたよ」
「う……うん。ジーク君に頑張ってもらおう」
「しかし、今回の任務が終わった後にも怒られる覚悟をしておいたほうがいいですよ」
「シクシク。僕の可愛いティアちゃんに嫌われるなんて嫌だ」
「大丈夫です。もう嫌われていますよ。6年前から」
「僕の子供たちは、なんて意地悪なんだろう」
「貴方に似たからですよ。父上」
「はぁ。そうでなくてはフィンスターニなんて、やってられないだろうね。だから可愛いティアちゃんの初恋ぐらいは叶えてあげないと」
___________
そして、私はフィンスターニ公爵家が用意した馬車にジークレインに乗せられ、広い馬車の中にも関わらず、何故か隣に座っている。
「あれから何度も手紙を出した」
隣から機嫌が悪そうな声が聞こえてきました。あれから……6年は経ちましたか。
「会って話を聞いて欲しいと何度も書いた」
「何も話すことはありません」
私が手紙に書く文言はいつも同じでした。
「いつもそう返事が返ってきた。何故だ?」
何故と言われても、公爵令嬢であるアリスティアと侯爵令息であるジークレインの婚約は所詮家の駒となるべく決められたものです。駒である公爵令嬢である私の意見は何もありません。ですから、何も話すことはありません。
私が答えないでいると、髪が引っ張られ一つに丸めて結っている髪を解かれてしまいました。私の視界にミルクティー色の髪が入り込みます。
「人が結っている髪を解くのは失礼に当たるのではないのですか?」
私は隣で髪を結っていた紐を持って私を見下ろしているジークレインを睨みつけます。
私を見下ろしている翡翠のような緑の瞳は、初めて会った日から何も変わらない美しい色をしていました。
「何故。こんな髪の色なんだ?何故、そんなに濁った色の瞳なんだ?」
ああ、私の髪と瞳の色が気に入らないということですか。それは仕方がないですね。
「私はミレーヌ・ヴェルメイオですから」
ミルクティー色の長い髪を鬱陶しいと胸ポケットに差していた長さを測る細い棒を取り出し、腰まである髪を巻き付け、かんざしのように頭の横で固定します。もちろん取られないようにジークレインの反対側にです。
「では、アリスティア・フィンスターニ公爵令嬢と話をしたい」
「アリスティア公爵令嬢は病弱のため、ふせっておられますよ」
本来の私の名を示すアリスティア公爵令嬢はここ数年は病のため部屋から出られないと一般社会で言われています。それは勿論本体である私が王国騎士団の事務官として勤めているので、アリスティアが動けないだけですが。
「あまりにも会ってくれないから、部屋に押し入れば、アリスティアは丸まった布団になっていた」
「ええ。家人が毎日入れ替えてくれているようです。彼女たちは仕事に忠実ですね」
ジークレインはアリスティアの正体が丸まった布団ということを知っていたようです……が、今は使っていないとしても、人の部屋に押し入るとは如何なものなのでしょうか?
「フィンスターニ公爵は次代をアリスティアにと以前から決めておられた」
「アリスティアは妹のローズマリーが成人を迎えれば死ぬ予定です。そのような者に公爵家を任せないでいただきたいものです」
お父様が私を跡継ぎにと考えていることは、ジークレインと婚約が結ばれた時に気が付きました。いいえ、兄が……兄たちが私に一度たりとも勝てないという現実を突きつけられたお父様の苦悩を垣間見てしまったときからです。フィンスターニ公爵家の血が私に強く流れてしまったことで、女公爵を立てなければならなくなった苦悩です。
「6年前。フィンスターニ公爵から言われたことがある。アリスティアの為に力を示せと」
「まぁ、必然的にそうなるでしょうね。我々はフィンスターニですから」
「あの婚約の解消はフィンスターニ公爵の指示だったんだ。だから」
「知っていますよ。新興貴族の代表だったハイレシス伯爵家はこの国を帝国に売ろうとしていた。それを阻止するために、婚約を解消してハイレシス伯爵令嬢と婚約を結んだと」
そうこれは当時17歳だったジークレインに行われた父の試練でした。彼は父の言葉のとおりに事を成し、見事ハイレシス伯爵家の野望を打ち砕いたのです。
「ですが、それが失策だといつ気が付きました?」
そう父の言う通りに動いたジークレインの失策。
「アリスティア。君に会えなくなってしまってからだ」
この問題の解決は父としての正解は、父の命令を無視して12歳の私と共にハイレシス伯爵を追い詰めることでした。
意地が悪い父の試練です。普通なはずがありません。フィンスターニ公爵としては頼りない感じの父に騙されている時点で駄目なのです。本来の父は全ての者に容赦無く、国の為であればどの様な者でも利用する悪魔の様な人物です。そう、娘の私であってもそれは変わりありません。
「遅いですわね。その時の私は男爵令嬢の身分と名を与えられ、国の為に働いていましたよ」
いわゆる潜伏の仕事です。そして、新たに名と身分を与えられた私はそのまま公爵を継ぐ権利もお父様に叩きつけてさしあげましたら、シレッと戻ってきましたので、兄に投げつけておきました。
「だから俺はアリスティア。君に認めてもらうためにここまで上り詰めた」
「あら? 父にではなく?」
「アリスティアに認めて貰わなければ意味がない。なのに、同じ騎士団に所属しているというのに、全く会うことが出来なかった」
それはジークレインがいる第1師団に近づくこともありませんでしたし、ジークレインが近づく気配があれば、身を隠していましたから、それは会えないでしょうね。しかし、今回はお父様にしてやられました。お父様の気配が強すぎて、気配を殺したジークレインの気配を嗅ぎ取ることができませんでした。私もまだまだということです。
「もう一度俺にチャンスをくれないだろうか。アリスティア」
私の手を取って懇願するようにジークレインは言ってきました。
「とても強制的なチャンスですね」
私は嫌味のように言う。その中にはフィンスターニ公爵の手を借りてということも含まれています。
「強制的でも俺にはそれに縋るしかできない。フィンスターニであるアリスティアに隠れられたら、只人でしかない俺に見つけることは叶わない」
そう我々はこの国を影から守護するフィンスターニですから、その在り方は普通の人とは違います。こうして本来の私ではなくミレーヌ・ヴェルメイオとしてミルクティー色の髪に榛の瞳をもちメガネを掛け、きつい感じの女性に成っているのですから。
「後悔しているのだ。ずっとあの日から。俺が認められるべき存在はフィンスターニ公爵ではなく、アリスティアだったのだと。アリスティア。君に出会ったあの日から俺の想いは変わってはいない。好きだ。空を映したような髪も、太陽の様に輝く瞳も、全てが愛おしい」
うっ。思いっきりストレートに言われてしまいました。顔が熱いです。
はぁ。負けを認めます。ジークレインに対する嫌がらせは止めますよ。ジークレインには絶対に言いませんが、一目惚れしたのは私の方が先ですからね。
私は髪に挿していた棒を引き抜き、変化の魔術を解きます。
「私はミレーヌ・ヴェルメイオであり、アリスティア・フィンスターニであります。フィンスターニであるかぎり、全てが国の為に存在します。その私の手を取るというのですか?」
天色の髪が視界の端に映り込み、ジークレインの翡翠の瞳の中に映る私の瞳は金色に輝いています。
「俺の全てをアリスティアに捧げる」
ジークレインはそう言って私の手の甲に口づけを落とします。ふと、13年前の光景が脳裏に蘇りました。
王城のバラ園で高位貴族の子供たちだけが集められたお茶会。王家としては王子たちの側近候補や婚約者候補を集めたお茶会でありました。しかし、フィンスターニである私にとっては王族と直接関わらないことが鉄則です。ですから、地味な黒い髪に黒い目で大人しい子供のフリをしてお茶会に混じっていました。
子供とはときに残酷なものです。本来開催する時間になっても始まらないお茶会に時間を持て余した、とある公爵令嬢が一番端に座っている私に目をつけました。
そして私の前に置かれ、なみなみと紅茶が入ったティーカップを手に取り、こう言ったのです。
「あら? こんなところに油虫がいますわ。駆除しないといけませんわね」
そう言葉にしながら私の頭からまだ温かい紅茶を掛けたのです。彼女はきっといつもこのようなことをしているのでしょう。その堂々とした姿にこのようなことをしても、誰も何も言わないことが身に染み付いているようでした。
避けることも出来ましたが、普通の子供はそのようなことはできません。紅茶を頭から掛けられた私は勿論うつむいたまま受け入れます。私は大人しい令嬢の役を演じているのです。フルフルと震えながらこの仕打ちに耐える令嬢です。
「何をしているんだ!」
頭の上から声が降ってきて、顔を上げますと公爵令嬢である彼女の手を掴んでいる10歳ぐらいの少年がいました。
夜をまとったような黒い髪に翡翠のような美しい瞳をした少年がスマラグドス侯爵令息であることが直にわかりました。
侯爵令息が身分が上の公爵令嬢に苦言を言う。そのことに私は打ち震えました。普通であれば見て見ぬフリをする状況にも関わらず、少年は公爵令嬢に立ち向かったのです。
その時、私は思いました。もし私に婚約者が充てがわれるのであれば、彼がいいと。
いずれ私がフィンスターニを継ぐことになることは5歳の私にはわかっていました。ですから、その私に物怖じをすることなく意見を言ってくれる人がいいと。
そして問題の公爵令嬢はお付きの人が慌ててきて、お茶会が始まる前にどこかに連れて行かれ、私の側に立つスマラグドス侯爵令息が私に視線を合わすようにかがんで見てきました。
「お名前を教えていただけますか?夜の姫君」
スマラグドス侯爵令息がご自分のハンカチで私の滴っている紅茶を拭いながら聞いてきました。手にするハンカチでは拭いきれないことは、わかっているでしょうに。
そして私がどこの家の者か聞いて、付き人に回収してもらおうということなのでしょうが、翡翠の瞳に見つめられた私は、私らしくもなく心臓がドキドキと鳴っていました。どれだけ剣を振るっていてもここまで心臓がドキドキすることはありませんでしたのに。
しかし、ここで名を名乗ることは出来ません。
私は椅子から立ち上がって小さな声で『ありがとうございました』とお礼を言って、立ち去りました。
ここにいる私は名乗る名を持ち合わせてはないのですから。
これが私の初恋であり、ジークレインとの出会いでした。
そして、父が婚約者としてジークレインを連れてきた時点で私はわかってしまいました。
“お前の望みを叶えてやるから、死ぬまでフィンスターニとして在れ”
これは愛しい者を与える代わりにこの国の闇に生きろという交換条件だと。しかし、私はその運命を受け入れました。
さて、私はジークレインをこれから問い詰めなければなりませんね。今回の強引な婚約話はいつから画策されていたのかと。もしかして、わざと第15師団長を使えない者にしたのは、このためだったとか言いませんよね。
数ある小説の中からこの作品を読んでいただきまして、ありがとうございました。
軽く登場人物紹介を
☆主人公
男爵令嬢としては
事務官ミレーヌ・ヴェルメイオ
ミルクティー色の髪、榛色の瞳、メガネを掛けたキツい感じの女性
公爵令嬢としては
アリスティア・フィンスターニ(18歳)
天色の髪、金目。
毒舌。仕事は仕事と割り切って行うタイプ
☆婚約者
ジークレイン・スマラグドス(23歳)
黒髪、翡翠の瞳。
侯爵令息であり、今回の命令で第1師団長から第15師団長に降格。
☆父(フィンスターニ公爵)
統括師団長としては
イオニクス・グラシアール
金髪、青目
公爵としては
ヴァンカルマ・フィンスターニ
銀髪、紫紺の瞳
☆長兄
仮の姿は司書官
銀髪、紫紺の瞳
この物語は元サヤに収まったよという話ですね。……相変わらず設定が長編用ですみません。入れるところが無かった設定も……統括師団長と公爵がそんな名前だったのか!とかですね。
もし、ご意見ご感想等があれば下の感想欄から入力していただければと思います。
少しでも面白かった、良かった、続きが気になると評価がいただければこの下の☆☆☆☆☆で評価していただければ嬉しく思います。よろしくお願いします。
ここまで読んでいただきまして、ありがとうございました。
追記
沢山の読者様に読んでいただきましてありがとうございます。
”いいね”で応援ありがとうございます。
ブックマークをしていただきまして、ありがとうございます。
★評価していただきまして、ありがとうございます。とても嬉しく思っています。
2023.4.22総合日間で201位
日間異世界恋愛部門で90位
この様に評価いただきまして、ありがとうございます‼
ここまで読んでいただきましてありがとうございました
(。>﹏<。)