クリスマスの贈り物
東京 池袋 某所
『Office鈴木』
また、今日も一人の人間がやって来た。
ある古びた雑居ビルの地下一階にその事務所はあった。
ビルのエレベーターは壊れていて、そこを訪ねる人間は薄暗い階段を降りて行かなければならない。
女の子がOffice鈴木のドアを開けた。
「すごい。お城みたいな部屋。綺麗だけど……怖い」
女の子は泣きそうだった。
怖くなり思わず目を閉じた……
そして次に目を開けた時、目の前には書斎机と椅子があり薄いカーテンの向こうにスーツ姿の男が静かに座っていた。
最初に言葉を発したのは男だった。
「はじめまして……どうぞ椅子に掛けて下さい。ん、何か臭うな……」
「え、すみません。私?なんだろう、臭いますか?」
「いや、失礼……気にしないで下さい。」
「あの…友達に聞いたんですが、自分の身の上話をするだけでお金がもらえるって。
ライターさんの取材か何かだと聞きました。
私、今日、これからクリスマスケーキと二人分のプレゼントを買いに行きたいんです。」
「もちろんです。お金は差し上げます……
ただし嘘は駄目です。
私はあなたが嘘をついたり作り話をしたらすぐ分かります。
その時は地獄に落とします。」
「地獄?……わかりました。嘘つきません。」
男は銀盆に乗せた封筒を差し出した。
封筒の中には新札の一万円が入っていた。
女の子は話し始めた。
「私は今15歳で、お母さんと二人暮らしです。
お父さんは、いません……
お父さんはお母さんと婚約中に逮捕されて会社をクビになりました。
でも間もなく無実だとわかりました。
だけど何もかも失ったお父さんは絶望してお母さんの元を去りました。
きっと、お母さんを不幸にしたくなかったんだと思います。
お父さんは子供が……私が、お母さんのお腹の中にいるのを知らなかったんです。
お母さんは、そのあと誰ともお付き合いも結婚しないで私を育ててくれました。
そして、私が8歳になった年の12月にお母さんは入院しました。
近所にあるカトリック教会の隣の病院です。
父も母もクリスチャンでそこの信者でした。
ある日私はお見舞いの帰りに財布を失くしました。
その財布には親戚のお手伝いをして貯めた3000円が入っていました。
お母さんへのクリスマスプレゼントを買うためのお金です。
私は帰りながら泣きました。母には言えません……
ちょうど、教会の前を過ぎた時、突然、話しかけられました。
「どうしたの?」
私は訳をを話しました。
するとその人は「よかったら、お金を貸そう」と言いましたが怖くてすぐに断りました。
するとその人はこう言いました。
「もうすぐクリスマス。試しに願い事を手紙に書いてそこのモミの木にさげてごらん。
サンタさんが読んで助けてくれるかもしれないよ。」
私が泣き止んだ時にその人の姿はもうありませんでした。
夢かと思いました……泣いていたのでその人の顔は分かりません。
私は手紙を書きました。財布の詳しい絵も描いて。
そして……奇跡が起きました。
翌日の朝自宅のポストに財布が入っていたんです。
お金もちゃんと入っていました。
サンタさんが来たと思いました。
それ以来、私は毎年、お礼の手紙を書いて教会に持って行きました。
手紙はいつも翌日の朝には無くなっていました。
返事はもらえませんでしたが、それ以来サンタさんは毎年、毎年クリスマスにおもちゃなど素敵なプレゼントを送ってくれるようになりました。
お母さんへのプレゼントも送ってくれました。
嬉しかったけど……それは私が一番欲しいものではありませんでした。
お母さんも同じでした。
私……サンタさんはお父さんなんじゃないかと思うんです!
手紙には一度も住所や名前を書いた事が無いのにサンタさんは知っていました。」
ここまで話すと女の子は黙ってしまった。
「それで、今年も手紙を書いたんですね?」
「はい。さっき教会に行ってきました。
手紙には、こう書きました。
『サンタさん
一度でも良いのでお父さんに会わせて下さい、お願いします。
お父さんに会えたら家族三人でクリスマスケーキを食べたいです。
お父さんにプレゼントをあげたいです。
今年が駄目でも来年も、その先もずっと、お父さんに会えるまで待っています。』
あの教会……年明けに無くなるんです。張り紙がしてありました。
手紙は今年で終わりです……
私、明日から毎日教会に行って祈りを捧げようと思います。」
女の子は涙ぐんで、ポケットからロザリオを出した。
「もう、帰って結構です……
明日、あなたの願いは叶うはずだからもう教会には行くな!
いや……行くのはやめた方が良いでしょう。」
女の子は男が苛立っているのが怖くて急いで出て行った。
一体なぜ怒っているのかわからなかった。
部屋に残された男は言った。
「よりによって、教会によってから我が家を訪れるなんて最悪な客だ!
せっかく街から目障りな教会を無くす算段をしたのに。
それに、明日は……嫌いなやつの誕生日だ。
実に気分が悪い。」
翌日。クリスマス当日。
女の子の家のチャイムが鳴った。
玄関のドアの前に40歳くらいの男が立っていた。
脚が小さく震えてる。
玄関がそっと開き女の子の母親が男を優しく抱きしめた。
「ずっと、ずっと待っていました。無事で良かった。
会えただけで幸せです。良かった……」