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ループする男

地獄の住人、鈴木(仮)【本名は明かせない】は地獄である失敗をし100年間、人間界に流刑された悪魔だった。


今現在、彼は悪魔としての本業である人間と魂をかけた契約を結ぶ仕事は禁止されていた。

そんな彼のささやかな退屈しのぎは欲深い人間を金品で誘き寄せ、彼との会話中に嘘を言わないという誓いを立てさせ、誓いを破った者を5分間地獄に送り苦しめる事だった。




東京 池袋 7月13日 午前

『Office鈴木』


また、今日も一人の人間がやって来た。

ある古びた雑居ビルの地下一階にその事務所はあった。

ビルのエレベーターは壊れていて、そこを訪ねる人間は薄暗い階段を降りて行かなければならない。



「説明はいらない。俺は嘘はつかない。

あんたと会うのは13回目だ。」


若い男は事務所に入るなり部屋で待っていた男にそう言った。


年齢は20代くらい。

綺麗に手入れされた金髪と爪。

前髪が綺麗な顔に長く垂れ下がっている。

指にはゴツい指輪、腕には高そうな時計がきらめいている。

服装や態度から容姿にかなりの自信を持っているのが伝わった。


「私はあなたの身の上話や体験談を1万円で買います。ただし、嘘をついたら五分間地獄へ落とします。」


この部屋の主の男は静かにそう言って、銀盆に乗せた封筒を若い男に差し出した。

封筒の中には新札で一万円が入っていた。

若い男は封筒から札を取り出し自分の財布に入れた。



「このやりとりも俺にとって13回目だ。

早速、証拠を見せよう。

1分後、俺の後ろから銀盆を持った爺さんが来てお茶を出す。

爺さんはカップにお茶を注ぐときに、うっかり手が滑って銀盆に数滴のお茶をこぼす。

そして「わたくしとしたことが。」と言ってナフキンで拭き取る。」


1分後、初老の正装した紳士がやって来てお茶を出した。

すべて、若い男が予言した通りになった。

老紳士はお茶を数滴こぼした。

「わたくしとしたことが…失礼いたします。」

若い男が言った通りの言葉を言った後、老紳士はナフキンで銀盆を拭いた。

そして、次の瞬間、若い男と老紳士は同時に同じことを言った。



「お客さま、危のうございます。

後ろズボンのお財布を胸の内ポケットにお入れ下さい。」



不気味なくらい二人の声はぴったり重なっていた。

老紳士は若い男が自分と同じ事を言った事に驚いて一瞬固まった。


「もう、何度も言われたんだよ。覚えてしまった。

今回は言われた通りにしてみるか。」


若い男は椅子から立ち上がり、

分厚い長財布をスーツの胸の内ポケットに入れた。


再び椅子に座った男は老紳士が入れてくれたダージリンを飲みながら話を続けた。


「俺は、これから、あんたから貰った一万円を持って帰ることになるが表に出た途端、知り合いの女に殺される。

ナイフで刺されたり、

車ではねられたり、

首を絞められたり、

線路に突き落とされたりするんだ。

どんなに逃げても、誰かに助けを求めても、全部駄目で、

必ず最後は、もがき苦しみながら意識を失う。

そして、気がつくと自宅のベッドに横たわっている。

スマホの時間を確認すると7月13日の午前7時30分。

その繰り返しだ。

俺は、7月13日に閉じ込められている。」


「それで?」

話を聞いていた男は微笑んでいた。


若い男は急に真面目な顔になって言った。

「結論から言う!助けてくれ。

どんなに逃げても、違う行動をしても、このループから抜けられない。

俺を助けてくれ。」


「なぜ?」

男は氷のような冷たい目で若い男を見据えた。

若い男はゾッとして身の毛がよだった。


「やっぱり、『なぜ?』て聞いたな。

前回は、そう言われて俺はすぐに諦めてこの部屋を去った。

だが、今回は違う。

これだけ、これだけでいいから、教えてくれ。

知っているんだろう?

なんで、俺はこんな目にあっているんだ?

教えてくれないなら次からはここへ来ない!」



「それは困る、良い暇つぶしが無くなってしまう。

そこまで言うなら教えてあげましょう。

貴方は呪いにかかっています。

たちの悪い女の怨みを買いましたね。

彼女の凄まじい憎しみと執念を感じますよ。

貴方は実に邪悪な良い男だ、私は大好きですよ。」


「なんで、なんでそんな事まで、わかるんだ?

お前は一体なんなんだ?俺の何が見えている?」


「実は、私も貴方と会うのは13回目なのですよ。

私はこの世界でおきていることのすべてを同時に見る事ができるんです。

最近、退屈だから君が苦しむ様をずっと見ていました。

これからも貴方を見守りますよ。

いや、愉快だ。ありがとう。」


「あんたは本物の悪魔なんだな?地獄に落とす話は冗談じゃないんだな…」


「そうだ。」


男の返事を聞いた途端、若い男は大きなはっきりした声で叫んだ。

「俺は嘘をついて女を騙したことなんて生まれてから一回も無い。

飲み代が払えなくなった女を売り飛ばした事も無い。

人生、金より愛が一番大事だ。

俺を殺しに来る女の事も心の底から愛している。

俺は嘘は、つかない!」


「嘘をつきましたね。」

男は残念そうな顔をして目の前にあった燭台のロウソクを吹き消した。


若い男は苦しみのあまり叫んだ。

身体は見る見る灰になり渦を巻きながら時空の裂け目に吸い込まれた。


男は残念そうに言った。

「ああ、せっかく退屈しのぎができていたのにもう終わりか。」





5分後、若い男は池袋駅の西口付近に倒れていた。

パトカーと救急車のサイレンが聞こえる。


「大丈夫ですか?大丈夫ですか!わかりますか?」


目を開けると警官と救急隊員に囲まれていた。


「え、俺どうしたんですか?」


警官が言った。

「あなたね、女に包丁で刺されたんだよ!

真正面から!

犯人は逮捕したから。

暴れて大変だったよ。」


救急隊員が言った。

「名前は言えますか?わかりますか?

身体を確認しますよ!

刺されたのに傷が無いですね。

胸ポケットに長財布を入れていて良かったですねー!

これが無かったら、あなた間違いなく命を落としていましたよ、

転んで頭を打ったようなので病院で検査します。」


「今日は何日…?日時は?」


「7月14日、午前0時ですよ。」


若い男は号泣した。

「あ、やっと、やっと終わった。良かった。助かった…」


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