あなたの身の上話を買います
東京 池袋 某所
『Office鈴木』
また、今日も一人の人間がやって来た。
ある古びた雑居ビルの地下一階にその事務所はあった。
ビルのエレベーターは壊れていて、そこを訪ねる人間は薄暗い階段を降りて行かなければならない。
「え、と、地図だとここなんだけど……あった!」
女は扉に掛かる『Office 鈴木』の看板を見て安堵した。
看板の下には小さい文字で『ご予約のお客様は中へお入りになり椅子にお掛け下さい』と書いてあった。
女がドアを開けると、そこは外からは想像できないような別世界の部屋だった。
ウイリアム・モリスの緑色の壁紙。
大理石の床に分厚いペルシャ絨毯。
猫足のアール・ヌーヴォーの家具。
ゴブラン織りのカーテンは長く重く床まで垂れ下がっている。
白い天井には美しい彫刻が施され本物のクリスタルのシャンデリアが下がっている。
まるでヴィクトリア時代の貴族の邸宅の一室のようだった。
女は恐る恐る中へ入り目の前にあった一人がけの椅子に座った。
すると、いつの間にか目の前に書斎机と椅子がありスーツ姿の男が座っていた。
ちょうど、病院で診察を受けるような配置だった。
病院の診察室と違うのは女が座る椅子と男の間には絹の薄いカーテンが引かれていた。
男の顔や細かい表情は確認できなかったが大変美しい顔の持ち主である事はカーテン越しでも、はっきりと分かった。
女は、ハンドバッグから新聞の小さな切り抜きを出し恐る恐る男に聞いた。
「あの……この広告は本当なんでしょうか?身の上話をするだけで、お金を、お金を一万円も、もらえるなんて。」
「もちろんです。お金は前金で差し上げます……ただし嘘は駄目です。私はあなたが嘘をついたり作り話をしたらすぐ分かります。その時は……」
「はい。嘘はつきません!」
女は男の話が終わらないうちに、きっぱりと言った。
男の声は優しく静かだったが女は何かとても怖い物を感じ、何もかも正直に話さなければいけないと直感したのだ。
男は銀盆に乗せた封筒を差し出した。
女が中を確認すると新札で一万円が入っていた。
「お聞かせ下さい……」
女は話し始めた。