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神殺しさまの謀略  作者: 百華あお
第一章《誓いと契り》
6/19

 → 或る魔術師の提案

 不気味な沈黙に満ちた、薄暗い地下。

 湿った床を打つ鋲の音だけが壁に反響し、空恐ろしいほどに気味が悪い。


(ったく、此処はいつ来ても気味悪ィんだよ……)


 地下牢の見回りに来た看守の男は、髪をがしがしと掻き回しながら地下へと続く階段を下りていく。

 胸中とは裏腹にその足取りは慎重で、同時に何かを恐れているようでもあった。長い螺旋階段の下は闇が支配していて、目が慣れるまではよく目を凝らしてみないと壁と通路の判断さえもつかない。

 ――けれど看守が慎重になる理由はそれだけではなく、実際、彼は『それら』を恐れていたのだ。

 無理に前向きに考えてはみるが、地下牢は多くの極悪人を捕らえている場所だ。牢の中とはいえ、恐ろしいものは恐ろしい。


(まあ、石拳じゃんけんで負けちまったものは仕方ないからな……さっさと終わらせて切り上げるか)


 看守の男は先程交わした同僚とのやり取りを思い出し、密かに溜息をつく。

 吐息は空気に溶け、闇と同化してしまう。看守は極力考えないようにと首を振りながら、螺旋階段の最後の段を踏んだ。


 ――ざわめき。


 ふと、看守は顔を上げる。

 彼は地下牢の中の雰囲気に、何とも形容しがたい違和感を覚えていた。地下牢が、普段よりも幾らか騒がしいのだ。いつもは諦観し、ただ沈痛な静寂に満ちた地下が、今はどよめきのような喧騒に埋め尽くされている。


(そういえば新入りがいたな、詳しくは知らないが……。やれやれ、一体今度はどんな悪党が来たってんだ……?)


 看守は肩を竦め、細く吐息を漏らした。

 新入りは多分聖夜祭絡みの事件ことだろう、と看守の男は目星を付けていた。ここ最近大きな騒ぎはなかったはずだし、もしも表沙汰になっていない事件ならば、聖夜祭絡みのことくらいしかありえない。しかし、あんな神聖な祭りの時に――しかも勇者が滞在しているこの時期に事件を起こそうなんて、犯人はまずキチガイでしかないだろう。また厄介な奴が来たものだと、看守は思う。

 壁越しに感じる騒ぎの理由をその新入りのせいだと勝手に決めつけ、彼は階段と地下牢を隔てる分厚い扉に手を掛けた。

 震える指は冷やりと漂う寒気のせいにし、幾重にも鎖された鍵穴に錆びた鍵を差し込んで。

 扉は震える音を立てて、ゆっくりと開いた。


「――あれ」


 ぽつりと落とされる声と同時に、視界に黒が弾ける。


「もしかして――……、眞守マモリさん、じゃないっスか?」


 男が地下牢を見回しもしない内に、扉の先から聞き慣れた声が飛んできた。

 未だ暗闇に慣れてない目をぱちくりと瞬かせながら、眞守と呼ばれた看守は声のした方を見る。

 広がる闇。声の主の姿は、影もつかめないが。


「その声……甘楽、か?」


 眞守はこの場にいるはずのない、新入りの衛兵の名を呼んだ。

 聞き間違いかとも思ったが、自分のことをそう呼ぶ奴は他にはそういない。

 甘楽だ。――看守はそう、確信した。

 それでは何故、こいつがこんなところにいるのか。首を傾げたまま眞守は一歩踏み出し、小さくざわめく地下牢の中に声を放った。


「お前、何でこんなところに――」


 けれど、その先の言葉は続かない。時が止まったような空白がよぎる。


「…………お前、何でこんなところに」

「二回も言わなくてもいいじゃないっスか」


 闇に慣れてきた目が、見慣れた後輩の姿を捉える。

 眞守が見た信じられない光景は、真面目で正直な後輩が牢の中に座り込んでいるものだった。

 その口元には笑みすら浮かんでいる。一瞬、眞守は何かのジョークなのではとすら思ったほどだ。


「ちょっとやらかしまして、こんなところに捕まっちまったんスよ」

「おま、だけど地下牢って……何をやらかしたんだよ? 聞いてねえぞ」


 眞守は非難するように声を上げる。けれど後輩――甘楽の口元にはただ笑みが浮かぶだけで、けれどそれが彼の素の顔であると知っている眞守は、はあとわざとらしく溜息を落とした。


「ったくよ……勇者絡みだろ、お前。若いからって後先考えずに行動するなっつったろ」

「鋭いっスね眞守さん……。まあ、そんな気にしないで下さい」


 誰だって可愛がっていた後輩が理由も分からず牢に入れられていたら気になるだろう。

 眞守はそう言いたかったが、今はあくまでも勤務中。相手がただの可愛い後輩であるならまだしも、それが地下牢の『キチガイ』ならば余計、雑談を交わしている場合ではない。


「……とにかくお前は捕まったのな? 兎にも角にもねーけどよ。――で、それで? 隣で騒いでるのは何だ」


 がしがしと頭を掻きながら、眞守は甘楽を睨みつけるように見た。髪をぐしゃぐしゃに掻き回すのは眞守さんの困った時の癖ですよと前に甘楽に言われたことを思い出しながら、眞守は口をへの字に曲げる。


 甘楽の隣に位置する牢屋に閉じ込められているのは、――多分まだ若い青年であろう人影だった。

 多分というのはその青年らしき人物が蹲って呻いているからで、若い青年だと予想したのは呻いているというよりはすすり泣きに近い声がまだ若い男のものだったからで、ついこの間見回りに来た時にはいなかったことからやはりそいつが新入りなのだろうと眞守は推測する。

 しかしどうしてだろう、と眞守は首を捻った。地下牢に入れられるのは、犯罪者の中でも極悪に分類される悪党だ。だがその青年の影は蹲って怯えるように泣き続け、まるで極悪人とは思えない。

 何かの間違いか――或いは、やはり聖夜祭絡みの『キチガイ』かと思いながら、眞守は隣の牢へと近付く。


「あー……眞守さん。可愛い後輩の頼み、一つだけ聞いてくれませんかねえ」


 ばつが悪そうに呟く声。

 先程の質問に答えないところといい自分で『可愛い後輩』などと吹くところといい、この後輩には本当に可愛げがない。


「何が可愛い後輩だ、自分で言いやがって。――ったく、頼みって何だよ? 手短に話せ。それから、お前の話し相手になるのはお断りだぞ」


 やれやれと思いながらも、眞守は目を合わせずに答えた。

 蹲る青年の牢の前にしゃがみ込みながら、聴覚だけは甘楽の方によく澄まし。


「あの……そいつのことなんスけど」

「そいつって……こいつか?」


 眞守がただただ泣きじゃくる青年を指差すと、甘楽ははあとイエスともノーともつかない答えを返した。

 相変わらずはっきりしない答えだ、と思いながら眞守は尋ねる。


「で、こいつがどうしたって?」

「診てやって欲しいんです」


 予期せぬ言葉に、眞守は思わず甘楽の顔を凝視した。

 けれど、眞守が何かと聞き返す前に、甘楽は後の言葉を続ける。


「そいつ、さっきから具合悪いみたいで。悪い奴じゃないんでちょっと……心配なんスよ」


 ――犯罪者に向かって何が『悪い奴じゃない』だ。

 眞守の頬には苦笑が上ってきたが、それを何とか噛み殺して眞守は視線を戻す。


 目に入るのは、依然として弱々しい泣き声を上げている青年。


 こいつの所為でざわめいていたのか、とようやく眞守はようやく合点がいった。極悪人であるはずの地下牢在住者がこんな風に泣いていたら、それは騒ぎにもなるだろう。

 それにしても具合が悪いだけで泣く男なんてなあ、そう思いながらまた眞守は頭を掻く。

 確かに、これはこれでキチガイとは言えなくもないだろうが――


「おい、あんた」


 がしゃりと牢に手を掛けて、眞守は中の青年へと呼び掛ける。

 哀咽の声は段々と弱まり、たまにしゃくり上げる声が響くくらいに静まった。

 けれどその肩はまだ震え、顔を上げる様子もない。


「大丈夫か?」


 眞守がもう一度声を掛けると、びくりと青年の方が震えた。

 そして弱々しい声がくぐもったまま、小さく眞守の鼓膜を震わせる。


「……あの……う、ぐす」

「悪いが俺は医者じゃないし、極悪人のあんたを診る義務も持ち合わせてない。たとえあんたが死にそうだって言ってもな」


 鉄格子に手を掛けたまま眞守がそう言い放つと、青年は一度だけ身体をびくりと震わせてしんと動かなくなった。

 その様子につい慌ててしまうが、平常心だと自分に言い聞かせて眞守はもう一歩前へと出た。

 捕らわれし者と捕らえし者、牢屋の境目ぎりぎりまで。


 思えば眞守は、油断していたのだ。

 相手をただの『キチガイ』と思い込み、所詮鉄格子を隔てた向こうと高を括り、その悪党のあまりの情けなさに微かな憐憫さえ覚える。それが如何に危険なことか、彼も知らなかったわけではない。だが――。

 しゃがみ込んだままで彼はじっと青年を見下ろしていた。すると、ぴくりともしなかった身体が、何の前触れもなく跳ね上がる。


「――何だ、冷たいな」


 薄暗い闇の中に響き渡る声と、唐突な衝撃。

 それは先程の弱々しい声と同じ低さではあったが、まるで同じものとは思えない声音で、眞守の心臓を凍りつかせた。

 ぞくり。彼の全身を駆け巡った感覚は、そんな表現が正に相応しいだろう。


「――なっ!?」


 ひやりと背筋に寒いものを感じたかと思えば、引っ張られるような感覚に腰が浮く。

 けれど一瞬後にはそれも重力に倣い元の軌道へと返り、眞守は冷たい地に尻餅をついた。恐怖を覚える暇もない一瞬ののち。

 そこでようやく眞守は、先程の引っ張られるような感覚の正体に気付いた。


「な……あ、鍵が!?」


 慌てた頃にはもう遅く。

 先刻まで泣きじゃくっていたはずの青年は勝ち誇るように眞守を見下ろし、得意気に指先で振り回している輪は、眞守が腰につけていたはずの地下牢の鍵だった。

 赤い。赤すぎるほどに紅い目に射竦められ、眞守はびくりと後ろへ下がる。全部演技だったのか――そう思った瞬間にある事柄が浮かんできて、眞守は甘楽の方へと思わず目を向けた。


「お前……まさか」

「すいませんした、眞守さん。だけど――魔王・・が行くなら、俺も行かなきゃならないんで」


 糸のように細い目は相変わらず笑っていて、眞守を馬鹿にしているようにも見える。

 けれどそれを叱りつけることも騙したのかと喚き立てることもせず、眞守はただ迫り来る恐怖に息を呑んだ。


「悪いな、眞守……つったか、お前。ま、名前なんてどうでもいいさ」


 紅い目を細めて、黒髪の青年は言う。こんな状況でなければ、気が触れているとさえ思っただろうことを。


「俺は忙しいんだ、こんな戯れに付き合ってる暇はない。――ああ、因みにこれでお前が首になっても俺の責任じゃあないぞ、いいか?」

「え……あ……ひっ」

「そう怯えるなよ。お前は一応恩人なんだ、まだ・・殺しやしないさ」


 つかつかと牢の中から歩み寄ってくる影に怯え、眞守は悲鳴のようなか細い声を上げた。

 先程と同じ人物とは思えない、屹然とした態度。眞守は返す言葉もなく、震える頭を持ち上げ魔性の紅い目を見上げる。

 青年は自分を閉じ込めていた狭い檻の中から外の世界へと歩み出すと、隣の牢、向かいの牢と鍵を外し始めた。けれどそれを止める勇気や気力さえ眞守にはもうない。


「まあ、せいぜい頑張って次の仕事でも探すんだな。今度は何処か平和な町で、パン職人にでもなっていればいい」


 そして吐き捨てるように青年は言い――二人の男とともに、光に満ちた階上へと姿を消した。







 ◇◆◇◆◇◆◇







「おい、兄ちゃん。一ついいか」

「うん? 何だ、誰だお前」

「何で俺の牢を先に開けなかった?」

「どうでもいい不満だな。そして俺の質問に答えていない。だから却下」

「まあまあ、神威さんも兵童さんもそんな見るからに対立しないで下さいよー」


 一方、闇の世界から一転、光の世界へと這い上がった三人はさながら迷宮のように続いていく廊下を走りながら本気とも冗談ともつかない会話を淡々と続けていた。


「中年より若い方がいいってか? あ? だから甘楽の兄ちゃんを先に助けたのかい」

「どういう思考だ。別に順番に差異などない、助けてもらったんだから有難く思え貴様」

「だから、二人とも仲良くして下さいよー」


 所謂脱獄犯である三人だが、捕まる可能性など考えていないのか焦っている様子は全くない。

 しかも三人の足は一様に城の外へと一直線に向き、見つからないように静かに移動することなどやはり考えてもいないようだ。そのためにわざわざ遠回りをすることさえ、三人の頭にはなかった。


「やれやれ、強情な兄ちゃんだ。しっかし本当に二重人格とはねえ……さすがに目の色が変わった時は驚いたぜ? ありゃ手品か詐欺だと思ったな」

「馬鹿を言うな、疑ってたのかこのジジイめ。俺はともかく、あいつは嘘なんてあまりつかないぞ」

「……あまりってところが微妙だろうがよ。それと俺はジジイじゃないぞ、そんなに年は食ってない」

「しかもともかくって。何気に自分は嘘をつくと公言してるようなもんスよ」

「そりゃあつくからな」

「うわあ、この人言っちゃったよ」

「んー、やっぱりさっきの兄ちゃんとは違うよな――」


 雑談を交わしながら駆けて行く先。

 会話の内容は若干物騒ではあるが割と平和な雰囲気で雑談を続けていた三人だったが――

 広い城とはいえど人も多い。誰にも出会わずに入口まで辿り着けるはずもなく、


「――おい! お前たち何者だっ、止まれ!」


 突如として兵士たちの姿が廊下の突き当たりに浮かんだ。

 見回りのためであろう簡単な武装を施した装備、琢磨された素早い反応と構え。帝国兵というだけありかなり鍛えられているようで、俊敏な動きで三人の方へと向かってくる。


「邪魔だ」


 けれど、三人からは焦る様子も慌てる仕草も驚く言葉一つさえ出ない。

 ただ紅い目を光らせた神威がそう呟くと、ふっと残像を残して神威の身体が消えた。

 そして神威は次の瞬間には宙を舞い、城内の見回りを任されていた男の顔面にその長い足が直撃する。


「――ッ!」


 悲鳴も上げられず、兵士の一人は床へと崩れ落ちた。

 神威はすとりと着地するなりしなやかにその足を回し、驚愕に声も上げられないもう一人の兵士の頭を薙ぎ払う。もがくような兵士の微弱な抵抗をものともせず、長い足は真横へと振り切られた。

 そして薙ぎ払われたそれは鈍い音を立て先程の男と同じように崩れ、床に赤黒い染みを広げた。


「……運動にもならんな」

「格好つけやがって」


 唾を吐きつける神威に、兵童がからかうように声を上げる。

 けれど神威は当初のようにあわあわと慌てることも泣き出すこともなく、紅い目で兵童をぎろりと睨んだだけだった。


「――まあ、あんなのがさっきの兄ちゃんな訳はないわな。二重人格ってのも若干無理があると思うがね、俺は」

「兵童さんもですか? 偶然っスね、俺も今そう思ってました」

「偶然っつうか普通そう思うだろありゃ」


 遠くでしみじみと交わされる会話にも、神威は興味を持った様子もない。

 ただ「行くぞ」と呟くと、先に歩き出した。


「さっきの兄ちゃんはもっと女々しくて弱かったよな」

「可愛かったっスよね」

「その言い方はどうかと思うけどな。別人だろ別人」

「むしろ種族からして違うんじゃないスか? 人間ですらないでしょうあれ」


 遠くでしみじみと交わされる会話にも、神威は興味を持った様子もない。

 ただ淡々と二人の前を歩いていた。


「ていうか乱暴だな。神殺しっていうよりただの人殺しじゃねえのか」

「言えてますね。神殺しって言うと伝説っぽいですけど人殺しって言うとただの犯罪者ですよね兵童さん」

「そうだな――」

「そうですね――」


 遠くでしみじみと交わされる会話にも、神威は――


「ええい何だお前ら! さっきから聞いてれば散々人を侮辱しやがって……若い女じゃないから許さん! 殺すぞ!?」

「若い女だったら許すのかい、兄ちゃん」

「勇者さまじゃなくてもよかったってことですか神威さん。最低っスよそんなの。神威さんは勇者さま一筋に決めたんでしょう?」

「誰が決めたか!」


 激した反応を示していた。

 甘楽と兵童はこれは案外からかい甲斐があるものだと笑い、神威は二人に華麗な飛び蹴りを食らわす。――勿論加減は十分にしており、三人にとってはじゃれ合いのようなものだったが。

 それは傍から見れば帝国兵士二人が床に倒れ伏せている以外は割と平和な光景ではあったが、そんなねじ伏せた安定が長く続くはずもなく。


「――ようやく見つけたよ」


 ぎゃあぎゃあと喚いている三人の間に、凛とした若い声が割って入った。

 三人は全ての動きをぴたりと止め、視線を徐々に前方へと滑らせていく。


「……誰だ、お前」


 ざわつくような低い声を轟かせ、神威は尋ねた。

 長い廊下の先に立っていたのは、端正な顔立ちをした青年。くすみのない鮮やかな金髪と帝国特有の澄んだ碧眼を併せ持つ――神威と甘楽にとっては、いつしか見覚えのある顔だった。


「失礼。自己紹介が遅れたね」


 腰に差した剣を主張するかのように左足を踏み出し、青年は小さく笑みを浮かべる。


「僕は樋宮ヒノミヤレイ。勇者一行の《魔術師ウィザード》――と言えば、何となく分かって頂けるかな」


 柔和な笑みであるにも拘らず、威厳を感じさせる荘厳な態度。戦いを知らない一般市民ならば、見ただけで竦み上がってしまいそうな鋭い眼光が三人を射抜く。


「《魔術師ウィザード》……」


 けれど神威はそんなものは一切ないかのように、じっと相手を凝視した。

 警戒するように、或いは推し量るように。あくまでも好意的とは言えない視線が、黎と名乗った青年を吟味するように睨め回す。

 魔術師ウィザード。それは勇者一行の一員に与えられる《役》だ。その名の通り魔法を駆使し魔物を討伐する役割であり、ある意味では勇者一行の要とも言える。

 それがこんな男ほどのものとなれば尚更だ。一体何が目的か――神威は一層目を細めた。


「……そうだな。さっきは世話になったな?」


 けれどそれを怒りの表情に変えることなく、神威は口元を笑みの形に作り上げる。

 先程のことを根に持っているような態度ではなく、むしろ面白がっているような口調だ。

 それに続くように甘楽も、おどけたように肩を竦めた。


「やだなあ。この人にはさっき怒られたばっかなんスよ、神威さん何とかして下さい」

「それはてめえの責任だろうが。俺を城の中まで入れたてめえが悪いんだよばーか」

「……俺が入れなかったらどうするつもりだったんスか、神威さん」

「んー、お前を殺して無理矢理にでも入ってたな」

「うわあ軽い口調でそんなこと言わないで欲しいっス……」


 勇者一行の一員――つまり宿敵であるはずの男を前にしても、神威は軽口を叩き続ける。甘楽も大して堪えた様子はなく、一頻りの会話を終えると、黎の方へと目を戻した。

 不気味な沈黙。平穏とも不穏ともつかない微妙な空気が、二対の間に流れた。


「……それで? 何の用だい、魔術師の兄ちゃん。――まあ、言わなくても大体、予想はつくがな」


 そんな微妙な沈黙を破り、兵童が一歩前へと出る。

 それはつまり、『自分たちを捕まえに来た』と言いたいのだろうと指摘するような、挑発的な態度で。

 神威と甘楽もそうだろうと信じ込み、疑わなかった。

 そんな三人の思いを知ってか知らずか、黎は兵童の方へと目を向けにこりと笑った。


「それは話が早い。まあ、端的に言うと――」


 澄んだ碧眼が僅かに歪み、三人を順番に見回す。そして。



「当代魔物討伐隊隊長《勇者》――つまり神名を、助けて欲しいんだ」



 ――その唇から紡ぎ出された言葉は、三人にとって全く予想外のものだった。



相変わらずグダグダだなあ、と読み返して恥ずかしくなるこの頃。


次回は12月中にもう一度更新出来るかどうか。

ちなみに次回は【→ 責任取って下さい!】です。ようやく勇者の真骨頂。

それまでお付き合い頂ければ、幸いです。

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