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神殺しさまの謀略  作者: 百華あお
第二章《魔王の花嫁》
15/19

 → ふたりの神殺し

「どう思う?」


 どんな光をも通さない漆黒の髪と双眸が、まるで昼下がりの太陽を食むように不吉に影を匂わせる。

 世界の半分近くを翼下に従えた、大帝国の頂点に君臨する皇帝アシリス十三世――もとい異魔イマ黒夢クロムという青年は今、普段の執務室の無機な机の前ではなく、王城の美しき中庭の青草の上に寝転がって雲が駆け抜ける蒼穹を仰視していた。

 彼は黙って佇んでいれば温厚で逞しい親切な町人のように見えないこともない凡庸な顔立ちをしているが、微かに浮かべるその笑顔の裏には、何かどす黒い一物を抱えている。傍にいる人間にはつくづくそう感じさせる、奥の知れない人物だった。


「どう思うって、どういうことだよ」


 ぽつりと呟かれた独り言のような科白に呆れるように笑って答えたのは、黒夢よりもやや低音を取ったもう一人の声だ。その声自体は低いものの、その口調に含まれた稚い無邪気な響きは人に与える印象を幾分幼くしている。


 黒夢の隣に頭の後ろで腕を組んで寝転がったのは、彼の親友である瑠伽ルカという男だ。彼は曲がりなりにも皇帝という立場にいる黒夢に対して敬意を払う様子を微塵も見せず、それどころかまるでからかうように笑んでいる。

 それ故に彼は黒夢の親友であり、幼馴染であり、そして相応の役柄を持つ官吏でもあった。

 頑是なく笑う瑠伽は、黒夢と同じ――といっても色彩は些か薄いが――闇色の長い髪と同色の鋭い眼を生まれ持っている。それも黒夢が彼に親近感を覚える理由ではあるし、たとえそれがなくとも、こうやって私的な時間をともに過ごすほど親密な関係ではある。勿論公的な場では形式上の敬体は使われるが、正直、黒夢にとってはこうして砕けた口調で談じている方が楽だった。

 黒夢もからかうような瑠伽の笑みに答え薄く笑みを浮かべると、更に言葉を続ける。


「省略せずに言おうか。どうしたらいいと思う?」

「……尚更駄目じゃないか」


 呆れた瑠伽の口調に腹を立てることもなく、黒夢は目を細めた。その答えを予期して言葉を紡いでいるためだ。その様子に、瑠伽はゆっくりと上体を起こして嘆息する。


「そもそも……“どうしたらいい”ってお前、何がだよ。開口一番それじゃ何が何だか分からんぞ」

「一つしかないだろ。どうしたらいいか迷ってることなんて」

「さてねえ。税の引き上げのことだったか、それとも最近困った街娼ガキどものことか?」

「……瑠伽」


 肩を竦めて惚ける瑠伽。あまりにわざとらしい口調に、さすがの黒夢も咎めるようにその名前を低く呼ぶ。

 横目で睨む黒夢に瑠伽はもう一度肩を竦めて、片目を瞑ってみせた。


「冗談だっての。勇者のことだろ? まあ、俺は聖夜祭の日は仕事で出掛けていた訳でして、そのお綺麗な勇者さまとやらには一度もお目に掛かれていない訳ですけれども」

「ああ、……そうだったっけか?」

「さてと、人をいいように扱き使って矜持高い男爵どのを捌きに――ああ悪い、裁きに行かせた暴君さまは何処のどなただったでしょうねえ?」

「生憎と近頃は忙しくてね。いちいち過去のことを覚えていられるほど暇じゃあないんだ」

「それは失礼いたしました、っと」


 黒夢もようやく笑って身体を起こす。

 皮肉のようにも聞こえるが、二人にとってはただの軽口の叩き合いだ。お互いさして気にしてもいない。

 一頻り笑い合った後、ふいに笑い声が止むと、妙な沈黙が訪れる中で黒夢と瑠伽は鋭い目つきを光らせ同様に周囲を見回した。その動作は素早く、まるで獲物を狙う肉食獣か――その肉食獣を警戒する被食者のようだった。つまりここから先は、“聞かれたくない話”だということ。

 二人は周囲に誰もいないことを確認すると、お互い目配せを交わし、頷き合う。


「……それで? 実のところ、どう思ってる?」

「その“魔王”とやらか? 普段ならとんだ気違いだと笑い飛ばすところだがな。……案外、そうでもないらしい」

「らしい? ――お前の意見じゃあないのか?」

「何せ俺は実物を見てないからな。目撃情報と過去の文献を照らし合わせてみただけだ。俺の意見なんて下手な推測に過ぎない」

「……なるほど。それで?」


 声を潜めて談じる黒夢と瑠伽は、折々周囲に目を走らせながらその話題に興じる。内容はともかくも瞳をきらきらと輝かせて没頭する二人は、まるで綺麗な蝶を夢中で追い掛ける少年のようだ。


「黒夢。歴史に残る中で一番最近の魔王、そして史上最悪と謳われる魔王――と言われて、誰だか分かるか?」

「――“神殺しさま”、かな。名前までは知らないけど」

「御名答。ついでにいうなら名前くらい覚えとけ、お前曲がりなりにも皇帝だろ」

「当時八歳なんですが」


 十五年前に処刑された伝説の魔王。神を殺すという空前の“偉業”を成し遂げてみせた魔物の王は、処刑されたその後も世に深い爪跡を残し、畏怖の念を以てその名を語り継がれることとなった。

 思い出しながら、黒夢はふとその名前を覚えていないことに気付く。当時まだ子供だったことを考慮して反論してみるも、仔細は覚えているくせに名前だけ覚えていないというのはおかしい。そこまで印象に残らない名前だっただろうか。


「……何だっけ? 名前」

「榊神威。神の名を持つ者」


 惚けるように尋ねると、何のことなく瑠伽はさらりと答えた。

 ――榊神威。黒夢は胸中で反芻する。決して平凡な名前ではない。それどころか、少し不可思議な響きさえ感じる。のに、記憶を探ってもそんな名前はまるで出てこなかった。一体どういうことだろうか。


(――まあいい)


 分からないことを延々と考え続けていても仕方がない。

 切り替えの早い黒夢はかぶりを振ると、自信満々に胸を張る瑠伽に最初に抱いた疑問とは違うことを尋ねる。


「神の名を持つ者ってどういうこと?」

「そのままの意味だ。何か格好良いだろ?」

「……瑠伽の趣味か。何だ」

「何だってこたねえだろ。にしてもとんだ皮肉だな、その“神の名を持つ者”が神を殺めるとは」


 瑠伽は言って、肩を竦めておどけてみせた。いつも通りマイペースな親友には最早苛立ちも感じないが、さすがに焦燥は胸をよぎる。

 いつものことながらに回りくどすぎるのだ。黒夢は再び周囲に視線をぐるりと向けて、何者もいないことを認めると瑠伽の方へと視線を戻した。


「……それで? その神殺しさまがどうしたって?」

「同じなんだよ」


 またも迂遠な言い回しが返ってくると思いきや、あっさりとした物言い。肩透かしを食らった気分で黒夢は固まる。

 といっても驚きの感情はあまり表に出さず、ただ唇を薄く開いたまま言葉を失っただけだったが。


「……同じ?」

「ああ。知ってるか、その神殺しさまとやらはその文献によると黒髪の男らしいぞ。年齢にして十代後半」

「十代後半?」

「その年齢で“魔女”やら何やらを相手にしたんだから、かなり強い力の持ち主だったんだろうな。能力の詳細までは調べてこなかったが――まあどうせ、国立図書館なんかの本じゃ大したことも載ってないだろ」


 世界最大規模の図書館をさらりと貶していることについては、二人とも気にする様子もない。

 一般開放されている区域程度の歴史書ではあまり意味がないことは確認、そして実証済みだ。官吏の権限を使えばその奥までも入れるはずだが。

 そんな黒夢の怪訝そうな表情を読んだのか、瑠伽は口の端を少しだけ吊り上げて笑ってみせた。


「何せスケジュールが詰まってるもんで、時間がなくてね。――それより、注目して欲しいのは年齢の方じゃない。容姿に関しての記述だ」

「……? 容姿? 黒髪の男なんだろう。それがどうした」

「黒髪は別段問題ない。黒い髪に問題があるなんつったら俺たちもまずいからな」


 後ろで無造作に束ねた長い黒髪を片手で弄びながら、瑠伽は悪戯っぽく笑む。黒夢も伸びてきた前髪を上目で見上げた。それもそうだ。


「これは勿論、神殺しさまを見たという幸運な少数派の意見ではあるが――」


 瑠伽はまるでその文献が手元にあるかのように、淀みなく話す。

 ただそこで興味を誘うように一旦言葉を切ると、黒夢の目から視線を逸らし底抜けに青い空を仰いだ。


「その男は蒼い目、もしくは紅い目をしていたらしい」


 一層低い音、まるで動物が唸る声だ。黒夢はぱちりと何度か瞬く。


「――“もしくは”?」

「ああ。どうやら目撃情報が違えてるみたいなんだ、しかも厄介なことに意見はほぼ半分に両断されててな。蒼い目だという奴が半分、紅い目だという奴が半分。――決着がつかん」


 お手上げだとでもいうように肩を竦めて両手を上げる瑠伽。

 どちらかが少数だというならばまだ説明のつけようもあるだろうに、それは見事にほぼ半分に割れているというのだ。しかも見間違えようのあるような似た色ではなく、“蒼”と“紅”。

 どういうことだ。黒夢は首を僅かに傾け沈思した後、いくつかの仮説を持って、ゆっくりと口を開いた。


「……それらが別人である可能性は? もしくは、何かを意図して組織された集団の偽証言、変装」

「前者はまずありえないだろう。あれだけの有名人なのに同時刻に別の場所に現れたという記述はないし、どちらも同じく魔物を従えていたという。魔王であることの証拠だろう。後者は、組織的な力ならば可能性はあるだろうと俺もずっと考えていたんだが――」


 黒夢の意見に淡々と答えていた瑠伽が、突然言葉を切る。その顔に浮かぶのは苦い表情。黒夢には躊躇いのようにも思えた。

 だが苦虫を噛み潰したような表情は一瞬で打ち消し、瑠伽は、黒夢に向けてごく自然に笑ってみせる。


「ところで黒夢、お前も聖夜祭の会場でその“魔王”と名乗った気違いとやらを見たんだよな」

「……お前、さっきから話題が飛び過ぎだぞ」

「そんなことくらい気にすんな」


 底抜けに明るい声を出す瑠伽に、黒夢は眉を顰める。別にその意図が全く汲めなかった訳ではない。むしろ、分かってしまいそうで嫌だったのだ。その突飛な空想とも思えるような発想が。

 魔王。神殺し。黒髪。蒼い目、そして紅い目。黒夢の脳裏に浮かぶキーワードに関連性は認められている。

 だからこそ、次の言葉が予期でき――だからこそ、聞きたくもなかったのだろう。


「それより、お前が見たその男の目の色っていうのは何色だった?」

「――。蒼い目……、だったと思う」


 信じたくない思い半分で、極力そのことを考えないようにはしていた。

 だが此処まで来てしまっては、今更思い違いでは済ませないだろう。髪の色。目の色、――一致している。

 いや、でもまだ紅い目なんてことは聞いていない。縋るように黒夢は瑠伽の笑顔を眺めるが、その笑顔が曇る様子はまるでない。


「だろうな。灰麗や夭武にも聞いたが、まるで同じことを言っていた」

「……だけど。まだ、それだと決まった訳じゃないだろう?」

「それがな」


 一抹の可能性を否定するように黒夢は反論を上げるが、それをまた畳み掛けるようにして瑠伽が切り返した。


「その男を逃がした牢の看守――ああ悪い、今はもう馘首クビにされたんだったな。失礼、元看守含む数名の兵が、その口で確かに証言していた」


 闇を孕んだ黒い双眸を細めて、瑠伽は数センチ分低い黒夢を見下ろす。黒夢の目は冷たい。

 それでも瑠伽は冷たい目から視線を外すことなく唇を薄く開くと、浮かべていた笑みを消して、はっきりと言い切った。


「逃げた男の目の色は、確かに“紅”だったとよ」




まさかの主人公不在。


次回更新は今月の末か今年の終わりか←

活動報告の通り8月から消えますので、何とも言えないです。月末には出没しますが´`

だからそれまでに書きだめなり更新なりできればなあ……と思います。


あくまで願望ですが。

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