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神殺しさまの謀略  作者: 百華あお
第二章《魔王の花嫁》
14/19

 ← 荒野の上に浮かぶ城

次回更新は5月中と言ったのに、予定よりも大幅に遅れてしまい申し訳御座いません!

すみません、言い訳にすぎませんが定期テストや修学旅行など色々学校の方が忙しく´`

次回からはまたいつも通りに更新できると思います……! 待っていて下さった方、本当に申し訳御座いませんでした!


では、第二章四話です。いつも通り、貴方様のちょっとした暇つぶしになることができれば、それが何よりもの幸せです´`

 眼前には、灰色の風が吹き荒ぶ見渡す限りの荒野。

 広大で荒漠とした、世界の果てまで続いていくんじゃないかというほどの平坦な大地に、神名は目を凝らした。

 世界は静寂をも呑み込み、地平線までも流れていく。優しく、いとおしく、――そんな世界。神名の深緑の双眸には、そんな流れていく世界の一端が映っている。


 神名は今、城の三階に据え付けられたバルコニーともいえないようなだだっ広いバルコニーで、鍛練――つまりは剣の稽古のことだが――を終えたところだった。

 鍛練は彼女の昔からの習慣というかどちらかというとむしろ癖に近く、十にもならないうちから剣を取り懸命に振り回していた神名にとっては、それは食事や睡眠をとること、さらに言ってしまえば呼吸をすることと同じようなものだった。それ故に、神名は雨の日だろうが雪の日だろうが毎日欠かさずに鍛練を行っている。

 そして最近は、その後の慣行である剣の手入れの前に、暫く静寂の中でただ荒野を眺めるのが彼女の新たな習慣となっていた。


 この荒野は風こそ吹き荒れ砂塵を巻き上げるが、砂色の雲から降る光はとても柔らかい。朝晩は冷え込むものの、昼頃には心地良いほどの温もりを残すこの温暖の大地を、神名はひどく気に入っている。

 そのために神名はいつも眺めのいいバルコニーで鍛練を行い、それが終わった後は、暫くの間白い手摺りに凭れて遠い地平線を眺めていた。


(綺麗だなあ――)


 寂寞の地。風が舞い上げる銀砂だけが囁き合う。秘密の群れたち。

 此処は、十数年前のある晩、突如として消えたという“亡国”リンドグラッセの面影だ。

 その頃の神名は自国を出たこともない――と言っても出たのはこれが初めてだったのだが――稚い子供だったためにリンドグラッセという国のことを含む事件の詳細までは詳しく知らなかったが、それは人間の叡智と驕る学者たちの手によっても未だ解明されていない、史上最大且つ最悪の失踪事件だ。当時帝国とも張り合うほどの大国であったリンドグラッセは、何の前触れもなく、その住人たちとともに一夜にして消えたのだ。聡明で俊秀であった孤高の王の突然の消失には、世界中が尋常ならざるショックを受け、十五年前のとある事件による“神の不在”も相まって、世界は一時期崩壊寸前までも追い込まれたという。

 人も、作物も、動物も、建物も、全てが奪われた後に残ったのは、ただ砂が舞い上がる荒漠の荒野と。

 ――それに、それより前に建てられたというこの“城”だけ。


(……思えば、ふしぎな話)


 御伽噺みたいだと、馬鹿にする気は全くなく純粋に神名は思った。消えてしまった住人たちや、その他に残された遺族――消えた住人は数年にわたる審議を経て一応死亡扱いとなっている――には申し訳ないが。

 自分が今立っているこの城の周りも、かつては人々の喧騒で賑わっていたのだ。

 風の音さえ鮮明に聞こえる今ではそんなことはまるで想像できないが、此処に国が存在していたのは疑いようもない確かな事実だ。では、何故それらは一夜にして消えてしまったのだろう――。


 ひとり黙想に耽る。そんな時間が神名は好きだった。

 気が付けばいつもかなりの時間が過ぎてしまっているのだが、それでも誰かが神名の時間を邪魔することはない。たまに神威が心配して無事を確認しに来ることはあるが。

 今、黎はどうしているだろう。捕まってはいないだろうか。残してきた家族はどうだろう? 自分のせいで罪に問われていたりしないだろうか。圧政や重税に苦しんではいないだろうか――。

 ふと脳裏に浮かんできた、とりとめもない思考が流れ込んでは消えていく。吹いては去っていく砂色の風のように。舞い上げられた砂はきらりと日を反射して輝いて、掴む間もなく神名の視界から流れていった。

 一瞬。時は、一瞬なのだ。待ってはくれない。


「……わたしが、頑張らなきゃ」


 誰にともなく呟いて、神名はようやく立ち上がった。腰には細身のレイピアを。右手で探り寄せた、汗を拭くためにと持ってきていた白いタオルはいつの間にか砂にうずもれている。

 一体どのくらい沈思していたんだろう。思いながら神名はそれを空いた左手で払い、砂の流れる荒野に背を向ける。明日も来るよと誰にともなく口にして、彼女は寂寞のバルコニーを後にした。







 ◇◆◇◆◇◆◇







「おかしいっスねえ、カーくん」

「な、何が?」


 甘楽は心底不思議そうに呟いて、首をゆっくりと傾けた。

 そんな甘楽の科白にびくりと肩を震え上がらせる神威を、ぱちくりと瞬きながらじっと彼は見つめる。あえて感情を込めていない明澄な双眸。


「俺はたしか昨日、冷蔵庫にショートケーキを入れておいたはずなんですが……?」

「……う……っ」


 冷蔵庫の前に立ったまま、甘楽はまたもぼんやりと呟いた。

 呻くような声を聞いたのはきっと間違いではないだろう。現に苦虫を噛み潰したような、というかむしろ泣き出しそうな表情がこちらをふるふると震えながら見ている。


「おかしいなー。一体何処にやったんでしょうね? 気のせいかな。折角神名さんに作ってもらったのに」

「……う、えう……」

「そういえばー、昨日は神威さんが甘い物食べたいって言ってた気がしますけどー。関係ないっスかね?」


 あうあうと何故だか半泣きになっている神威に向けて、甘楽は首を傾げておかしいなあと何度も繰り返した。そして、冷蔵庫の前からわざとらしく歩き出し、神威がちょこんと正座しているソファーの左端に腰掛けてさらに同じ言葉を零す。

 おかしいなあ。何処やったんだろうなあ。誰かが食べちゃったのかなあ?

 何度も反復するうちに、甘楽の予想通りに神威はふるふると震え出し、やがて、ついにがばりと甘楽の前に身を伏せた。


「ごっ、めんなさああああい! 僕がっ、ていうかマーくんが食べちゃったんですううう」

「やっぱりっスか。……てか、他に食べちゃう人はいないだろうと思ってましたけどね」

「ふええええごめんなさいいい、マーくんが昨日の夜こっそり……神名ちゃんの寝顔を覗き見た後に!」

「うわああの人相変わらず気持ち悪いことを」


 罪悪感に揉まれたか、小さく丸まったまま自白する神威。だがむしろ聞きたくない事実まで聞いてしまったような気がした。相変わらず犯罪染みたことを。

 今は沈黙しているもう一つの人格の自信満々の笑みを思い出して、甘楽は思わず嘆息した。まさか、こんな無法の地では犯罪も何も関係ないとでもいう気か。……というかむしろ、そういう目的でこの地に城を建てたのではないかと疑ってしまう。城を建てたのはまだこの地に国が存在していた頃のはずだから関連性は認められないだろうとは思うが。

 そんな割と失礼に値するようなことを考えながら、甘楽は神威を見下ろした。神威はまだ小動物のように震えている。


「まあいいっスけど。今さらカーくんを締めたって意味ないですし」

「ほ、本当ごめんなさい……」


 しょんぼりと頭を垂れる神威。悪いこととは分かっていたらしい。随分と殊勝な態度だ。


「……神威さんとカーくんって本当に同一人物ですか?」

「ふえ? い、一応そうだよ……?」

「一応って何スか。何だかあんまりに怪しすぎるんですが」


 ふと思い、甘楽はそのままを口にして尋ねた。けれどきょとんとする神威に、もう一人のことを“マーくん”だなんて呼んじゃうし、と愚痴っぽく呟く。

 そもそも性格が違いすぎるだろう。二重人格で済まされるレベルなのだろうか。

 今甘楽の目の前にいる青年は、これでもかというほどに弱気で感傷的で腰抜けで腑抜けだ。


「い、今甘楽君、僕のこと何かすごく馬鹿にしなかった……?」

「え? 気のせいじゃないっスか」


 そして、ばっさり斬り捨てられると強く出られない。

 ……それに比べ、今この場にはいない、というと多少語弊があるかもしれないが――とにかく今は顕現していない目の前の青年のもう一つの人格は、暴力的で、女好きで、自分勝手で、加え自意識過剰。そして言動が限りなく犯罪に近い。

 今眼前で不安そうに甘楽を見上げている青年とはまるで違い、強気で強気で強気でとにかく強気だ。強気どころじゃ表せないような自分信奉者ナルシストだ。まるで別人のように違う。――否、正反対だからこそ、二重人格と呼べるのかもしれないが。

 だがまあ、そんなことはいい。考えても分からないし、本人も教えてくれないのだ。それよりも。


「……ま、それじゃカーくん。食べてしまった物は仕方がないんで、神名さんに新しくワンホール分貰ってきて下さい」

「……え?」

「勿論ちゃんと事情は説明して下さいね。それから、俺はもういいんで、ワンホール分全部一人で食べて下さい」

「……か、甘楽君?」


 にっこり。陳腐だが確かにそんな擬音がつきそうな満面の笑みで、甘楽は神威に向かって告げた。

 勿論、そんなことをすればどうなるか、甘楽は微細にわたってシミュレート済みである。

 神名は普段の生活においては心優しい少女であり、彼女が目に角を立てるなどということはまず想像できない。……が。

 彼女は貧困層とまではいかないものの、人並みに貧しい暮らしの中で物資を分かち合いながら生きてきた少女だ。それ故、ルールや平等などということにはとても厳しい。

 何日もともに過ごすうちに、他の三人の中で神名はただの“心優しい少女”の印象を打破しつつあった。


「あ、勿論勝手にケーキを食べちゃったのはもう一人の神威さんなんで、そっちの方で謝ってきて下さいね?」

「う……えうえう……」

「あれれ、まさかできないなんてことはないっスよねえ? 《神殺し》さま」


 甘楽が笑って止めを刺すと、神威はついに跳ねる勢いで立ち上がった。ぱっと大粒の涙が散る。


「ごっ、めんなさあああい! 僕っ、神名ちゃんに謝ってきますっ!」


 そしてそのまま走り去ってしまった。……やはり罪悪感には勝てなかったらしい。

 それかもしくは、甘楽の怒りを鮮明に感じ取ったせいか。


「ま、何にしろ面白いからいいんスけどね」


 甘楽は独り言ちて、ソファーの背もたれに体重を預けた。


「――やれやれ、兄ちゃんも結構な悪党だなあ。あえて弱い方の兄ちゃんを虐めるなんてな」

「あれ、兵童さんじゃないスか。いたんですか?」

「さっきからな」


 古い煙管をふかしながら、しみじみと呟いた兵童もソファーの背もたれに腕を乗せる。

 いつの間に部屋に入ってきていたのかは知らないが、それならば分かっていて見ていた兵童も十分な悪党だろう。とは、甘楽は口にはしなかったが。

 二人とも同じく視線を神威が走り去った方へと交差させ、どちらからともなく、ため息を零した。


「……一体、何なんだろうな? 神威の兄ちゃんはよお」

「さあ。……二重人格なんて生易しいものじゃないのは確かだと思いますけど?」


 甘楽のおどけた口調に確かにな、と皮肉混じりに兵童も呟く。神威が何かを隠している様子は伝わってくる。彼が抱えているのが二重人格などという障害ではないということも。

 神威は自分たちの宿主である以上に、言葉は悪いが、危険な要観察対象であることを彼らは理解していた。《神殺し》だと名乗る以前に、神威は根本的に何か自分たちと違うのだ。

 だが、それならば彼は一体何なのか――その答えは、終ぞ出ることはなかった。


「……やれやれ。まるで猛獣を手懐けてるような気分っスよ、全く」


 我ながら言い得て妙な譬え方だなと、言って甘楽は深く長い息を吐き出した。




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