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神殺しさまの謀略  作者: 百華あお
第二章《魔王の花嫁》
13/19

 → 魔王と罠と謀略

「りんごー」

「五悪趣」

「えと……シュークリーム」

「無悪不造」

「う……うに」

「二化螟蛾」

「ああもう何かどっから突っ込めばいいのか分かりませんがさっきから何なんスかそれ!?」

「最後は何か気持ち悪い虫の名前だ。思い出すだけでおぞましいぞ」


 あっさりと言い放ち、神威は暇を持て余したかのように軽く目を瞑る。

 そんな彼の様子に、何でこんな人を誘ったんだろうと甘楽は思わず深いため息を零した。


 甘楽たち三人が半ば強制的に押し掛けて魔王城に住み始めてから、もう六日目になる。

 時の流れとはかくも早いもので、帝国からの追っ手が来ないかと警戒するもそれらしき影は見えず、何だかんだで過ごすうちに五日間が過ぎていた。

 勿論平和なのはいいことなのだが――それを甘楽は物足りなくも感じる。正直なところ、甘楽は退屈で退屈で仕方なくて、まず常識的な答えなど期待できるはずのない神威としりとりを始めているほどだった。


「ていうかお前も何だ食い物ばっかりで。もっとないのか、何か色気のあるもん」

「……神威さんの言ってるものに色気があるようにも俺には思えないんスが……」

「あるだろ。五悪趣とか……ああ、口に出すだけで何て素敵な響き」

「気持ち悪いっスよ!?」

「冗談だタコ。真に受けるな」


 神威の冗談とは思えぬ口振りと物騒な言葉に、いちいち大仰な反応を示す甘楽。

 しりとりならば神名や兵童とでもできそうなものだが、神名は正午が近い為か厨房キッチンにこもってしまっているし、兵童は朝から何処かへ出掛けてしまって不在である。けれど甘楽はそれを心配することなく、ただ感想は『しりとりの相手がいなくなった』それだけであった。


「ていうか神威さんって、色んな意味でつくづく謎ですよね……いや、神威さんとしりとりなんかしようとした俺は馬鹿ですけど。分かりますからみなまで言わないで下さい」

「何も言ってねえよ。婉曲に馬鹿にしてんじゃねえぞこら」

「まさか、誤解っスよ! 遠回しなんかじゃなくて堂々と馬鹿にしてます」

「……はっ倒されてえか?」


 甘楽は再びまさかと呟いて震え上がる。冗談などではない。

 神威の異常な身体能力は帝国の城を抜ける時に十分なほどに目にしている。二人の兵士をいとも容易くのしてしまったことといい、その矛先が自分に向くなんてとんでもないことだ。からかっていて楽しいのは紛うことなき事実だが。


「いや、冗談じゃなく、ですね。神威さんってぶっちゃけ何なんスか? そこらへん聞きたいんですけど」

「神」

「今の戯言は聞き流してあげますので真面目に答えて下さい」


 甘楽は笑顔で流した。ちっと神威が舌打ちをするのが聞こえたが、それもあえて聞かなかったことにする。


「だから魔王だ、っつってんだろ? あー、お前みたいな小僧が知ってることといったら……そうだな、十五年前に処刑された“神殺しさま”って言えば分かるか? あの頃は結構高名だったんだぞ」

「今も十分高名でしょう……子供の頃聞かされましたもん。『悪戯すると神殺しさまが迎えに来るぞ』って」

「俺は死神か。恐怖の対象かよ」

「結構怖いもんっスよ? 俺親に散々脅されて泣いた覚えあります」

「…………どんだけだ……」


 呆れたようにがっくりと肩を落とす神威。

 甘楽は成長した今でも、そんな風に言われた記憶はまだ残っていた。神殺しさまと言えば親の躾け文句で、子供にとっては畏怖の対象である。

 と、そこまで思い出して笑いそうになっていたところで、ふと疑問がふつりと沸いてきて甘楽は思わず首を傾げる。


「そういえば神威さん。神威さんっていうかつまり神殺しさまは、十五年前に処刑されたんですよね? それじゃあ何で今此処にいるんですか? それっておかしくないですか。亡霊ですか、地縛霊ですか? それとも何かあれですか、自分が神殺しだとか信じ込んじゃった電波系のイタい子ですか」

「……てめえ亡霊さまに対する態度がなってねえな。呪い殺すぞ?」

「あああ、やっぱり亡霊なんですか! 悪霊退散ーっ、亡霊は大人しく成仏して下さい!」

「ふざけんな。てか塩かけんな、ちょっと言ってみただけだろ。俺は亡霊じゃねえっての」

「え、じゃあ何なんですか」


 心底不思議そうにきょとんと目を丸くする甘楽に、神威は盛大なため息を吐いた。明らかに呆れられている。


「だーかーらーなー。お前、考えてもみろよ。神殺しさまが処刑されたなんて、誰が言った戯言だ? そもそもその事実にまず矛盾を感じねえか? 神を殺したような奴を、誰が処刑できるんだよ。まあ俺なんだけど。神殺しおれが嫌だと言って暴れたらそんなの手に負える訳ねえじゃねえか」

「……ああ。言われてみれば」

「お前、軽いな……」


 明らかに感嘆ではなく呆れから出た皮肉だったのだが、甘楽は何故か照れたようにいやあと頭を掻く。

 もう訂正する気も起きずに神威は肩を竦めると、続きの言葉を紡ぎ始めた。


「つまりな、俺は処刑されてない。死んでなんかいないんだよ、そもそも。分かるか?」

「……成程。でも、そしたら何でそんなデマが出回ったんスかね?」


 神威の説明に素直に頷きつつも、感じた疑問を甘楽はそのまま口に出す。

 知らない者からしてみれば当然の疑問だった。

 処刑されてもいないのに『処刑された』なんて流言が世間を賑わせる。火のないところに煙は立たぬと言うが、まさか何の根拠もない噂がそこまで出回ることはないだろう。だから余計に不思議であったのだ。


「あー……それはだな。処刑……はされてないが、えとな、複雑な事情があって……」

「複雑な事情って何スか」

「そこは……あれだ。…………お前空気読めよ! 空気読んでそこは触れるなよ!」

「ええ!? そんな理不尽な!」


 言い難そうに表情を歪める神威に、先を催促する甘楽。けれど神威は困ったように眉尻を下げたかと思うと、突然逆に怒り始めた。どうやらそこまでしても話したくないことらしい。

 そんな神威の変貌ぶりに焦った甘楽は、意味もなく手をぶんぶんと振る。傍から見ていれば、なかなか滑稽な光景であっただろう。

 けれど神威もそれが馬鹿らしくなったのか、一つため息を零すと、ぽつりと言葉を押し出した。


「……いや、まあ、正直言うとな、あれだ。処刑っつうか封印されてたんだよ」

「封印……、っスか?」

「って言うと、また語弊があるんだけどな。まあ、俺は捕まって――その、呪いをかけられたんだ。所謂……神なんて存在への反逆の罪でな」

「えええ、神威さんだっさい……。捕まっちゃうって……捕まっちゃうって」

「そこ黙れ! 仕方ねえだろ、油断してたんだから!」

「油断してたのが仕方ないんスか? ていうかそれでも十分矛盾ですよ。神殺しじゃなかったんですか? うわー、そんなんじゃ神名さんに嫌われちゃうんだ」

「うるっせえっつってんだろこのスケコマシ!」

「すけこましは神威さんでしょう!?」


 ひどく幼稚で短気な二人は、自分の非をお互い認めようともせずぎゃあぎゃあと騒ぎ出し叫び合う。

 神威などは、仕舞に手元にあった椅子を持ち上げ投げつけようとする始末だ。


「ちょ……っ、神威さん神威さんそれはさすがに反則っすスよ!?」

「う、る、せ、え。てめえなんて椅子の角に頭ぶつけて死ね」


 あまりにも幼稚な言動だったが、そんなことを言えば本気でその手に持ち上げられた椅子を投げつけられるのが目に見えていたので甘楽は何も言えずただ沈黙する。

 幼い子供と違うのはただ一つ、その力の差だ。幼い子供は二人掛けの椅子を持ち上げて投げつけたりなどしない。その分神威は性質が悪いとも言えるだろう。というか性質が悪すぎる。


「そ、それより、それよりもっ! 何で呪いかけられただけで処刑なんてデマが流されたんスか!? そ、そこら辺詳しく聞かせて下さい! お願いします!」


 気を逸らす為に、先程の話の続きを催促する甘楽。

 が、それを疑問に思っていたのは本当のことだったので、神威も分かってくれたのかふむと椅子を下ろしもう一度腰掛ける。


「ん、まあいいさ。話してやろう」


 上からの物言いではあったが、今更指摘する気にはならず甘楽は黙って先を促す。来て五日目で早くも殺されたくはない。


「――まあ、つまりはその呪いの性質がな、多少厄介な奴だったんだよ」

「厄介?」

「ああ。んー……何て言えばいいのかな。端的に言っちまえば、存在を消す呪いっつうか……」

「それってつまり、殺すってことじゃないんスか?」

「いや、そうじゃなくてな、生きながらに世界から存在を排除する――ってああもう面倒くせえ! 何だお前! 呪術を知らない相手に呪術のことなんて説明できるかっ! 勉強してから出直してこーい!」

「そ、そんな理不尽な!」


 先刻も交わしたようなやりとりを繰り返す二人。内容は決して軽いものではないはずなのに、彼らの功績によってそれらはとても軽い会話になっている。


「だからな、つまり! 術者以外の人間から存在が認知されなくなるってことなんだよ! 簡単に言うと!」

「何で切れながら言うんスか!?」

「野郎にこんなことを一から説明してて何が楽しいか!」

「女の子だったら楽しいって言うんですかこの変態!」

「ああ楽しいさ! 楽しいに決まってるだろ!」


 またもや二人は椅子から弾かれるように立ち上がり、ぎゃあぎゃあと騒ぎ出し叫び合う。

 止める者が今この場にいないことが不幸だった、と言うべきか。だが、神威の言っていることはとても神名に聞かせるべき言葉ではなかった。


「ああもういいです神威さん! この女誑し! それより、だったら何で今こうやって認知されてるんですか」

「んなの決まってるだろ! 呪いを解いたんだよ」

「へー」

「……。……軽いなお前」

「疲れました。叫ぶことに」


 へにゃりとソファに倒れ伏し淡々と告げる甘楽に、神威ははあとため息を吐いた。

 彼もまた何かを言う気力も失せたらしい。

 前髪をぐしゃりと掻き上げると、ぽつりと心情を吐露し始める。


「本当はな、二度とこの世に出てくる気なんてなかったんだぞ?」

「へー」

「……。……お前のその軽い反応ムカつく。もっと驚いてみせろ下等種族が」

「いや、その扱いもあんまりなんスけど……」


 今度は甘楽が呆れる番だった。

 けれど神威は知るかよと唇を尖らせて一蹴する。


「じゃあ何で出てきたんですか。出てこなくていいのに疫病神」


 だが軽い反応の代わりに余計なことを言ったばかりに、甘楽は神威に軽く爪先で蹴飛ばされた。


「だーかーらーなー。お前本当にムカつくな! 蹴り飛ばすぞ!?」

「もう蹴ってます神威さん」


 どうやら神威は口と足が同時に出るらしい、と甘楽は思う。

 けれどそれではあまり意味がない。が今更そんな説教を神威にしたところで無駄だろう。


「俺はな、騙されたんだよ! あの爺……畜生、何が俺を憎む勇者を嬲り殺すだ。ふざけんなよ……」

「え? 勇者?」


 思い出して憤慨しているらしい神威の言葉に、甘楽は思わず目を丸くした。

 勇者。神威は確かに、そう言った。

 魔王を憎む勇者――と言えば――。


「甘楽さん、マーくん! お昼ご飯できましたよ!」


 ちらりと目を移したキッチンの方から、タイミングよくと言うべきか、白いエプロンを身につけた神名が姿を表す。

 今では魔王城などに世話になっているものの、彼女は紛れもなく勇者であった身だ。

 神威の言いたいことはいまいち要領を得ないが、彼を恨む勇者とは彼女のことなのだろうか。


「おー。よし、甘楽、とりあえず話はここまでな」

「え、ちょ、神威さん、まだ聞きたいことが」

「知るかよ。俺の下らない過去話と神名の作ってくれたご飯とどっちが大事だてめえ」

「下らないって! ていうか神名さんってところをさりげなく強調しないで下さい!」


 けれど神威は既にそれ以上話す気はないらしく、食卓の方へとついてしまっている。

 ――どうやらこれ以上は何も聞けそうにない。

 甘楽はそう判断すると、彼もまた昼食にありつくべく、仕方なくソファから腰を上げた。




「あのう……そういえば、兵童さんは? 朝から姿が見えないみたいですけれど……」

「あー気にすんな。あんなオヤジ、いても目の毒にしかならん。俺は神名が見えてればいいんだ。眼福眼福」

「え……」

「神威さん、それセクハラっスよ」


 何だかんだで和気あいあいと昼食を賞翫する三人。

 そうこうしているうちに、甘楽は先程までの疑問と違和感をすっかり忘れてしまっていた。


(勇者ってことは……つまり、神威さんは神名さんを殺す気だったんスかね……?)







(――というか。騙されたと言うならば、つまり、それは誰かが神名さんを殺そうとしているんじゃ)




※二化螟蛾…メイガ科の蛾。大害虫。何か気持ち悪いの。


甘楽くんは頭は悪くないはず……と信じてます。たぶん。

神威くんはそんなに頭よくないと思います。きっと。


次回更新は来月、になると思います。

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