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神殺しさまの謀略  作者: 百華あお
第二章《魔王の花嫁》
12/19

 ← マーくんとカーくん

「えーとまあ、僕とマーくんは一応同一人物だから……分かり辛いだろうけど、神殺しのかでカーくんって呼んでくれると嬉しいな?」


 無邪気に笑って、神威は蒼穹の蒼さを湛えた瞳を細める。

 主に自分に向けられたその言葉に、彼の目まぐるしい変化にも段々と慣れてきた神名は、こくりと殊勝に頷いた。

 “カーくん”。先程の紅い目の彼がマーくんならば、確かによく似合う名前だと思う。


「しっかし、分かんねえなあ」


 どかりと椅子に何の遠慮もなく腰掛けた兵童が、溜息交じりにそう零した。


「二重人格ってのは他にも見たことあるけどよ、瞳の色が変わるなんてな」

「それに、お互い名前を付けて呼ぶなんて何か不思議っスよね。……まあ、名前を付けてるのは、カーくんが一方的にってだけみたいスけど」


 甘楽は既にちゃっかり教えられたあだ名で神威を呼んでいる。

 だが、確かにそれは不思議な話だった。“マーくん”と“カーくん”はまるで、別人物のようだ。

 神名は小説の中でしか二重人格なんて言葉は聞いたことはなかったが、確かに何処か変だなとは思う。

 彼には二重人格というよりも、神威という人間の中に、二人の人がいるような印象を受けた。瞳の色が変わるということもそう。どういう理屈で目の色が変わるのかは分からないが、ただの人格の問題ではないということは分かる。


「ま、考えても始まらない……か」


 それでも口を開こうとしない神威をちらりと横目で見遣って、兵童は長い息を吐いた。

 それよりも、と加えた煙草に火を付けながら、伏し目を上げる。


「これからどうするか考えなきゃな。魔王の住居に居候なんて、我ながら命知らずだぜ」

「べ、別に、取って食べたりしませんよ?」

「そうじゃねえよ、兄ちゃん」


 慌てて両手を振りながら弁解する神威に、兵童は声を立てて笑った。


「嬢ちゃん、勇者ってのはつまり帝国で組まれた魔物を討伐する部隊の隊長のことなんだろ?」

「あ、はい。帝国で編成された魔物討伐隊の隊長のことを、略して勇者と呼びます」

「帝国は魔物討伐に一番力を入れてる国だからな。そこから逃げ出して魔王の城に匿ってもらうだなんて馬鹿の極みだぜ。しかも元勇者さままで一緒と来た」


 兵童は愚痴を零すように呟いて、肩を竦める。

 それを聞いて神名は、何だか申し訳ない気持ちになった。自分が一緒に来たせいで、事を大きくしてしまったのだ。


「……ごめんなさい」

「気にすんなよ、嬢ちゃん。あんたも切羽詰まってたんだし、あそこで帝国に留まるなんて言ったらそれこそ阿呆だ」

「それに、神名さんがいなかったら俺たち此処にお邪魔できませんでしたしね。結果オーライです」


 けれどそんな神名の暗い気持ちごと、兵童や甘楽は笑い飛ばしてくれる。

 彼らは帝国では一応罪人として捕まっていたが、神名には、彼らはそれほど悪い人たちには思えなかった。

 ――というかきっと、帝国の腐った貴族たちよりもよっぽど善い人たちなのだろう。


「大丈夫だよ、神名ちゃん。たとえ帝国から追っ手が来たって、きっと何とかなるって」

「……案外楽天家ですね。カーくん」

「だって負ける気がしないもん」


 当初の気弱さとは打って変わって、自信ありげに朗らかに笑う神威。確かに魔王や神殺しなんて異名を取るくらいなのだから、それは強いのだろう。

 最初の出逢いからして、彼が只者ではないことは神名も理解している。が。


「帝国は軍事に関してはとても優れた国ですから……本気になれば重戦車での攻略などの近代的な武力行使もありえるかと思います。そうなったら生身では太刀打ちできないかと……」

「おいおい、俺が牢に入ってた間にそんなに近代化してんのか。まずいなあ、魔法ばかりに頼ってた時代は終わっちまったってことか」


 ぺしりと額に手を当て、兵童は顔を苦渋の色に歪めた。

 帝国アシリスは魔法に長けている訳でも優れた武器職人がいる訳でもないが、戦争に関しては無敗を誇る強国だった。

 進んで近代化を受け入れる国であり、未だ魔法に頼り切っている他国とは違う。兵一人ひとりはさして強くもないが、その策略や兵器については世界一と謳われるほどである。


「城を壊されるのは困るけど……建て直せばいいよね。戦車でも何でもドンと来いだよ!」


 けれど、それでも神威は楽観的に笑う。単に世間知らずなのか何か策略でもあるのかは分からないが、多少は頼もしくも感じる。


「だって僕は神殺しだし、神名ちゃんは勇者さまだし、兵童さんは何か強そうだし、甘楽君は……うん」

「うんって何なんスか」

「しぶとそう」

「褒めてないっスよね?」


 褒めてるよーと笑う神威に、甘楽は納得できなさそうに眉を顰めている。が、そんな彼らを傍から見ていると何だか悩むのも馬鹿らしくなってきて、神名も一緒になって笑った。

 何とかなるさと打開策を考えるのをやめるのは問題だが、少しくらい気を抜いてもいいのかもしれない。


「それより僕は、家事を分担したいなあ。さすがに四人分の生活を一人で負担するのは辛いし」

「あ、わたし、お料理とお洗濯はできますよ」

「はいはーい、俺は掃除好きでーす」

「おい兄ちゃん、悪いが俺は何もできねえぞ?」

「大丈夫。兵童さんは元々頭数に入れてないから」

「入れてねえのかよ」


 そう言って兵童は苦笑する。失礼だが、確かに彼に家事ができそうにはとても見えない。

 思って、神名は小さく吹き出した。気持ちが何となく明るくなっている。


「ま、帝国のことは後々考えようよ。それよりも僕は魔王城の中を案内したいなあ、お城の中は広いから」


 神威は嬉々としてそう言う。どうやらうずうずしているらしい。子供みたいだ、と神名は思う。

 けれど此処で生活するのなら、確かに城の構造くらい知っておいた方がいいだろう。この年で迷子になるというのも恥ずかしい話だ。

 そう思って、神名はそうだねと賛成の声を上げる。実際、神名も楽しみではあった。城での生活は二回目だが、飾り過ぎないこの城は住むには心地いい場所かもしれない。多少広すぎる気もするが、それはそれだろう。


「やった、じゃあ行こう! 兵童さんも甘楽君も早くっ」


 無邪気に喜びながら、とててと神威は駆けて行く。

 ぴょんぴょんと跳ねるその姿が微笑ましくて、神名は思わず顔を綻ばせた。か、可愛い。


「な、何だか、弟ができたみたい……」

「神名さん、あの人三十過ぎですよ」


 そんな神名を見て、甘楽は呆れたように、そう呟いた。







 ◇◆◇◆◇◆◇







 城内はただただ広大で、同じ作りの扉がいくつも並んだ終わりの見えない廊下は、まるで迷路のようだなあと神名は思った。


「――あれはダンスホール。あと、あっちはギャンブル場だよ」

「ギャンブル場!? な、何のためにあるんスか」

「マーくんの趣味。マーくんも人を雇って経営すればいいのにねー、男は嫌だって言って聞かなくて。一体どんな女の子がマーくんみたいな胡散臭い人と二人きりになることを望むかって話なんだけどね」


 紹介された部屋の数々は、既に両手でも数えきれないほどになっている。一度説明されただけでは、とても覚えられそうにない。

 広い部屋は目印として覚えておこうと神名は最初に決めて、今も神威の指差す方向を懸命に追っている。


「あ、あとあそこは女風呂」

「へえ、そんなものまであるんですねー。ところで男風呂は?」

「ないよ」

「はい?」

「ないよ」


 神威は二度もあっさりと言い切った。甘楽は目を丸くして神威を見つめている。

 神名はいくらか予期していたことではある、が。


「マーくんが野郎なんて部屋についてるバスルームで済ませとけって」

「ちょ、カーくんは反対しなかったんスか!?」

「広いお風呂は何だかお金が掛かってそうで怖い」

「この貧乏性!」


 神威はひどく小心者だった。

 二人の漫才のようなやりとりに、神名は思わず笑みを零す。


「面白い兄ちゃんたちだなあ」


 そんな神名の思いに同意したように、兵童がぽつりと呟いた。

 彼もその厳つい顔に、微かな笑みを浮かべている。

 きっと優しい人なんだなと思いながら、神名は頷いた。


「何だか……微笑ましいですよね。弟みたいです」

「……どっちも嬢ちゃんよりは年上だけどな」

「男の子って何だか、精神年齢低いですもん」


 だろうな、と兵童は笑う。

 勿論黎のように落ち着いた人もいるにはいるが、神威や甘楽は落ち着いてない人間の代表格である。

 神名が生まれ育った平民という階級の男の子は、大抵精神年齢の低い子供ばかりだったと思う。甘楽や神威も平民の子だったのだろうか。


「なあ、それよりよ。嬢ちゃんに一つ、聞きたいことがあるんだが」

「? 何でしょう? わたしに答えられることならば喜んでお答えします」


 微笑んで返すと、兵童は何故か驚いたように目を丸くした。

 何か悪いことを言っただろうかと首を傾げていると、兵童は微苦笑を浮かべて。


「本当にいい子なんだな、嬢ちゃんは。城にいる奴なんて大抵嫌味な奴ばっかりかと思ってたが」

「ありがとうございます。……変わってる、とはよく言われるんですけどね」


 はにかんで答えると、そりゃ違いないと兵童は声を上げて笑う。


「いい意味で変わってるよ、あんた。俺は好きだぜ? そういうの」


 わしゃりと頭を撫でられる。

 子供扱いだとは思ったが、悪い気はしなかった。何だか父親みたいだ。柄は悪いが。

 そんな神名の心情を知ってか知らずか、笑ったままで兵童は続ける。


「ああ、それでさっき言った『聞きたいこと』なんだが――まあ、答えたくなかったら答えないでいいぜ」


 兵童の質問ならば出来るだけ答えるつもりではいたが、彼の不器用な心遣いに、神名は素直にこくんと頷いた。


「嬢ちゃんは元でも一応でも勇者だった訳だよな?」

「あ、はい」

「まあ、つまりは魔物討伐隊に加わりたいと自分から志願した訳だ。ってことは魔物に恨みがあるんだよな? で、魔王ってのは魔物たちを束ねる王だ。魔物に恨みがあるってんなら、魔王は宿敵じゃねえのか? 何で神威の兄ちゃんに着いてくる気になったんだい?」


 鋭い隻眼を神名の方に向け、淡々と尋ねる兵童。

 神名は思わず、返答に詰まってしまった。

 何処から説明すればいいものか。勿論、理由がない訳ではないのだけれど。


「……ええと、わたしは……その。上手く言えないんですけど、何か魔物に恨みがあって勇者に志願した訳じゃないんです」

「と、言うと?」

「わたしが勇者になろうって思ったのは、帝国貴族の民を顧みない政治が嫌だったからなんです。わたしは平民の出で、教養もないし権力もない。でもせめて持ち前の運動神経を活かして勇者まで上り詰めれば、政治での発言権もいくらかは与えてもらえるかと思ったから」

「……成程ね」


 煙草をふかしながら、兵童は渋い顔をする。


「でも、事実はそうじゃなかった。だろ?」

「はい、勇者だったのはほんの数日でしたからよく分かりませんが……多分。貴族はみんな自分中心で、わたしに発言権なんて全く与えてくれませんでした」


 神名は目を閉じて、数日間の出来事を思い出す。神名が出しゃばることにいい顔をしなかった元老院の面々や、調子に乗った公爵のにやけた顔。

 帝国貴族は傲慢でプライドが高く、その上意地汚い人間ばかりだった。黎がいなければ、本当に暴れていたかもしれない。


「勿論わたしが失礼だったことも分かっていますし、こんな小娘に政治のことにまで口出しされたくはないでしょうけれど……」


 くっと唇を噛む。悔しい。

 思い出せば思い出すほど、無念で仕方がなかった。


「よしよし、事情は分かった。あんたは優しい子なんだな、嬢ちゃん」

「……兵童さん」


 わしわしと頭を撫でられ、小さな子をあやすような猫撫で声で諭される。


「あんまり思い詰めるな。そんなら多分、兄ちゃんに着いてきたのは正解だ」

「え?」

「何たって魔王だからな。真偽はともかくとしても、本人がそう言ってんだ」


 笑みを口元に深く刻み、兵童は目を細めた。

 悪戯っぽい光が宿るその目元に、神名はぱちくりと目を瞬かせる。


「実を言うとな、俺も帝国貴族には借りがあるんだ。皆で思い知らせてやろうぜ? 帝国の豚どもによ」


 そうしてぱちんと、兵童は不細工なウインクを一つした。




今日だけで全て書き上げました。頑張ってるんだか頑張ってないんだか分からないですね(゜∀゜)うわーい。

うう、三人称苦手なんです……。毎回言ってますが。

でも後半は筆の乗りがよく、案外時間がかかりませんでした。帝国貴族がめったんこに貶されているのは仕様です。


次回は多分マーくんのターン。コメディーまだまだ続きます。

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