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神殺しさまの謀略  作者: 百華あお
第二章《魔王の花嫁》
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 ← 白い小鳥が鳴く朝に

二章は《神名の章》になっています。サブタイトルにもある通り、ですが。

一応各章ごとにそういうキーパーソンを決めているのです(*´∀`)ノ

 目覚めれば、朝日が白いカーテン越しに煌めいていた。


 見慣れない光景に、神名は何度も目を瞬かせる。

 無風に揺れるカーテンだけではない、壁も、シーツも、天井に吊られたシャンデリアも。

 白に埋め尽くされた景色は、神名の身にはとても覚えのないものだった。


(此処は……)


 まだ完全には覚醒していない思考に、不安と恐怖が傾れ込んでくる。一体、此処は何処?

 神名は震える手で自身の銀髪をさらりと梳いて、それが自分自身のものであることを確かめた。そんな何気のない仕草で多少の安心を得るが、漠然とした不安は未だ心の中で渦を巻いている。


「起きてたんだね。おはよう」


 いまいちはっきりとしない神名の思考に、澄んだ声がふいに凛と響いた。

 はと目を上げれば、扉を放ち優しげな青年が佇んでいる。

 ――艶のある黒髪に、蒼穹よりも澄み深海よりも深い碧眼。


「貴方は……」

「僕は神威。――神名ちゃん、って言ったよね?」


 神名の疑問を汲み取り、優しく微笑む青年。それは人懐っこく、見る人を安心させるような笑みで、神名は不用意にもこくりと頷いた。

 ――ああ、そういえば、わたし。

 青年を目にして、ようやく目覚める前の記憶を取り戻した神名は、ようやく自分が此処にいる訳を悟る。

 そんな神名の様子に満足したのか、神威と名乗った青年は一層笑みを深め、ベッドの上に座り込んだ神名に手を差し出した。


「えっとね、とりあえず――朝ご飯を用意してあるから、一緒に食べよう?」







 ◇◆◇◆◇◆◇







 その“城”は、広大すぎるほどに広かった。


 幅広い廊下を飾る調度品や派手な装飾等はないものの、それは城と呼ぶに相応しい威厳と広漠さを兼ね備えている。

 まるでそれ自体が古美術品アンティークのような、古色蒼然なりとも堂々とした佇まい。

 神名は失礼かと思いつつも、荘厳な雰囲気に思わず身を竦め辺りの様子を横目で窺っていた。


(すごい……)


 帝国の城のような華美な装飾はないにしろ、此処には飾らない美しさがある。

 前を軽快に歩いていく神威の背中を懸命に追い掛けながら、神名は城の内装の美しさに目を奪われていた。


「えーと、気に入ってくれた……かな? ごめんね、マーくんが壺とか壊しちゃって、今何もなくて……」

「へ?」


 きょろきょろと見回す神名に、神威が少しペースを落として、何処か申し訳なさそうに呟く。

 ――壊した?

 確かに調度品などは何もないが、敢えて置いていないものなのだと思っていた。それが、壊したなどという言葉が出てくるとは……。


「マーくんはあんまりインテリアになんて興味ないから、貰い物ばっかりだったんだけどね。それを昨日、帰ってくるなり『女の子が暮らす城として相応しくない!』とか叫んで床に叩きつけちゃって」

「え……お、女の子って、わたしですか?」

「うんー。ごめんね? マーくん女好きで」

「あ、い、いえ、わたしこそごめんなさい! 何だか、そんな価値のあるものを……!」


 相手が振り返って困ったように笑うのを見て、神名は慌ててぺこりと頭を下げた。

 それを見て、神威は再度くすくすと笑う。けれど、決して悪い気はしなかった。馬鹿にされているなどという、そんな嫌な感触はしない。


「神名ちゃんはいい子なんだね。よかった」

「え、あ、あの、わたし別に……!」


 神名が畏まるのも気にせず、神威は自分のことのように嬉しそうに微笑んで、軽快な身のこなしで前へと向き直る。


「マーくんは女の子だったら誰でも連れて帰ろうとするから。……見る目がない、って訳じゃないんだけど」

「え……」

「節操はないよね」


 困惑する神名に、神威は柔らかく笑った。けれど神威が前を向いているために、彼の表情までは窺えない。

 神名はただ懸命に、歩幅の違う神威に着いていこうと、早足に駆けていく。

 心なしか、先程よりも、ペースが早い。


「――まあ、そんなの、僕が言う科白でもないか」


 矢庭にふっと声のトーンを落とし、神威が呟いた。

 そしてぱちくりと目を瞬かせる神名を肩越しに振り返り、柔和な笑みを浮かべる。


「ごめんね? 歩くの速かった?」

「え、あ、……少しだけ。でも大丈夫です、気にしないで下さい」

「駄目だよ。女の子に合わせなきゃ」


 眉尻を下げ、諭すように言う神威。

 女の子、というだけで識別されるのは、神名にとってあまり嬉しいことではなかったが、ペースが早いというのは正直なところだったので黙って俯いた。……が。


「僕がマーくんに怒られちゃう」

「……え?」


 出てきた予想外の言葉に、神名ははと顔を上げる。


「昨日も散々怒られたんだよー。てめえ初対面の女の子にキスなんてどういうことだって」

「あ……あう、あの、あれは……」

「ごめんね? 他意はなかったんだけど」


 それが他の人ならば他意も何もないだろうと怒るところだが、神威の無邪気な笑みに、神名は赤面しつつもこくりと頷いてしまった。

 怒るに怒れないのだ。それはまるで子供の悪戯のような感覚で、確かに他意など別にない。


「そ、それより――その。マーくんとか、それって……どういう、ことですか?」

「う?」

「その……貴方は魔王さま、ですよね。でも、昨日のひとと少し違うというか……全然違うというか」

「完全に別物だね。そっか、マーくんからは何も聞いてないんだっけ」


 含み笑いを漏らしながら、ちらりと視線を投げる神威。

 神名がこくんと小さく頷くと、神威は目を前へと戻した。


「うん、それも含めて色んなこと、僕から説明するね。だけどとりあえず、お腹空いたでしょう」

「……はい」


 神名は確か、昨日の昼から何も口にしていない。

 倒れるほどに、という訳ではないが、さすがに身体が空腹を訴えていた。

 この長い廊下だって、何処まで続くものか。見当が付かないのだから恐ろしい。


「ごめんね、歩かせちゃって。この先曲がったらすぐだから」


 それでも、どうやらようやく終わりが来るらしかった。

 ほっとして頷きつつ、神名は少しだけ足を速める。


「――ほら」


 笑顔で神名を振り返る神威。

 永遠にも思えた道程の向こう、やっと訪れた突き当たりだ。

 そこを神威について左に曲がれば、相応の豪奢な扉がどんと構えていた。


「甘楽君と兵童さんは先に待ってるよ。先に食べないようにってマーくんが釘を刺しといたから大丈夫だと思うけど」

「あ、ごめんなさい……皆さんもお腹空いてるのに、わたしが遅かったせいで」

「ううん、気にしないで? 甘楽君も兵童さんも文句一つ言わないで待っててくれたんだし」


 取っ手に手を掛けながら軽快に笑う神威を見ながら、神名も釣られて笑った。よかった。何となく、上手くやっていけそうだ。

 それに、昨日は成り行き上一緒にいただけの話だったが、甘楽や兵童という人たちも悪い人ではないらしい。

 安堵して開かれていく扉の向こうを待ち望む神名。――が。


 開かれた両扉の先方の光景を見て、神名の笑みが、固まった。


「……あの、えと、神威さん」

「う? なあに?」

「……釘を刺すって、……比喩じゃなくて?」

「あーうん。マーくん短気だから」


 そういう問題じゃないんじゃないかなという呑気とも現実逃避とも思える感想が神名の脳裏をよぎっていく。

 そう。何と、隔てるものがなくなった部屋の中では、二人の男が釘で椅子に固定されていたのだ。確か二人の名前は、甘楽と兵童と言ったんじゃなかったかと思う。


 釘を刺す。それは念を押すことでは決してなく、言葉通りの意味だったのだ。


「じゃ……、じゃなくてっ! あの、大丈夫ですか!?」


 神名ははっと正気を取り戻し、慌てて二人に駆け寄る。釘で固定されているのは服であったために外傷はないようだが、二人とも何処かぐったりしていた。


「鬼……鬼っスよあの人……」

「鬼畜やら外道やら悪魔やら思いつく罵詈雑言を全て並べ立てても足りねえぞ」

「お、お二人とも、しっかりして下さいー……っ!」


 二人は何やら呪詛の言葉のようなうわごとを呟き続けている。

 そして助けを求めようと振り返れば、この騒動の張本人なのであろう神威が気まずげに目を逸らしていた。


 それからおよそ二分後、二人に外傷はなかったものの、どうやら使われていたのは呪術によく使われる五寸釘であり、二人が疲れ切っているのは体力を徐々に削っていく呪いが釘に染み付いていたからだということが発覚した。

 そうして、肝心の五寸釘が全て抜かれたのは、それから三十分近く後であったという。






 閑話休題。






「じゃあ……改めて、自己紹介から始めようか」


 にこりと微笑んで、神威はティーカップを静かに置いた。

 ようやく落ち着いた食堂。先程までの慌てた空気はなく、何処か神妙に静まり返っている。

 神威の提案に反対の声はなく、彼自身はそれを賛同と受け取ったのか、満足したように笑みを深めた。


「僕は榊神威。えーと、一応この城の主……ってことになるのかな? 魔王とか神殺しとか……色々呼ばれるけど、できれば普通に呼んでくれると嬉しいな」


 人懐っこい笑みを満面に湛え、他の三人を見回す神威。

 それはもう聞いたことだったので、一種の社交辞令として、三人も適当に流す。

 どうやら、流れは自己紹介という形に収まったらしい。

 次に皆の視線が行ったのは、少ないメンバーの中で唯一女性である、神名の方だった。

 慌てて神名は顔を上げるが、緊張しているらしく、僅かに肩を竦めている。


「えっと……わたしは、東華神名っていいます。えと、昨日までは一応、魔物討伐隊隊長……でした」


 昨日の出来事を思い出しながら言っているのだろう、表情に一瞬だけさっと影が差した。

 彼女が怖い体験をしたのであろうことは、他のメンバーも口にせずとも理解している。

 そんな神名の様子を繕うように、次は甘楽が口を開いた。


「はいはーい、俺は甘楽って言いますー。ってまあ……他に言うこともないんスけど。一応新入り帝国兵として働いてましたー」

「てめえら“一応”って多いんだよ」


 底抜けに明るい甘楽の言葉に、嘲笑とも苦笑とも取れない笑みを浮かべ、兵童が突っ込む。

 甘楽が仕方ないじゃないっスかと抗議の声を上げると、兵童は呆れたように肩を竦めた。


「ま、とりあえず、だな。俺は兵童、見ての通りの脱獄囚だ」


 傷の刻まれた左目は閉ざされたまま、ウインクにも見えるような表情で兵童はぐるっと三人を一瞥する。

 確かに悪人面という言葉が相応しいような厳めしい顔をしているが、それでも何処か茶目っ気のある、子供のような無邪気さも持ち合わせているように思えた。


「兵童さん、ところで一応ととりあえずってあんまり変わらない気がするんですが」

「ほっとけ」


 甘楽の揚げ足取りにも、兵童はただ小さく苦笑を浮かべるだけで。


「――それで? 自己紹介なんか適当に済ませたところで、一体どうすんだい」


 右目だけの鋭い視線を神威にぴたりと定め、兵童は微かに笑みを浮かべたままで尋ねる。

 それは他の二人にとっても疑問だった。聞きたいことや言いたいことは色々あるものの。

 けれど神威はそれを見て制止するように無邪気に微笑むと、ぱっと人差し指を立てた。


「ちょっと待ってね。もう一人、まだ紹介が済んでないから」

「もう一人?」


 今度は甘楽が尋ね返す。神威は沈黙で肯定の意を返すと、おもむろに目を閉じた。

 およそ、三秒。

 そんな微妙な静寂が過ぎると、何が起こるのかと口を開けないでいる三人を前に、ゆっくりと神威が瞼を持ち上げる。

 そしてその光景を目にして、三人が、小さく声を上げた。


 ――紅。


 先刻まで空よりも澄み渡った青だった瞳が、血染めの紅に染められているのだ。

 口元に浮かぶのは不敵な笑み。明らかに、先刻の神威とは違う。それは誰にでも感じ取れるほどの、異様な変化だった。


 まるで別人――三人にはそうとしか取れない。が。


「そんで、俺が榊神威――まあ一応・・同一、ってことにはなってるけどな。あ、マーくんなんてふざけたあだ名で呼んでいいのは神名だけだからな」


 榊神威。

 魔王であり、神殺しさまであり、先程の男と同じ名前を名乗った青年は、そう言って軽々しく神名の肩を抱き寄せた。




更新遅れまして申し訳御座いません……!

部活がない日はもっと早く帰れるかと思っていたのですが、存外に帰宅が遅く(_ _;)

ですがそれなりに楽しかったです。三人称は相変わらず苦手ですが。

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