動き出す国王
――国王side――
国王は頭を抱えていた。
ベルモンドは追放したが、あれで良かったのか、と。
己は、自分の身を守るために追放したのだが、本当は飼っていた方が、隣国にもプレッシャーをかけられるし、強力な懐刀となったのではないか、と。
「連れ戻す…………? いいや、奴め、ワシの態度を見ると必ずや殺しに来る……!」
そうだ。
あいつは危ない。
あいつを飼うことも、あまつさえ、野放しにしておくのも危ない。
人知を超えた力を持つ者を飼い慣らすなど、到底出来ぬこと。
その気になれば、王国とて一晩で地図から消えることとなるだろう。
かつて、ある小国が地図から消えたように。
奴の魔法はそれと同じことができる。間違いはない。
ならば……どうする? ――暗殺するしかないではないか。
「黒翼の平定者を呼べ! あいつらなら、死神の死霊使いを暗殺出来るやもしれぬ!」
黒翼の平定者……それは暗殺者ギルドの名前であり、国王が裏で繋がっている組織だった。
死神とて、人間。
人間ゆえに、弱点はある。
ならば、凄腕の暗殺者集団に、弱点をつけば、国王の脅威とて排除出来る。
しばらくした後に、黒翼の平定者……そのリーダーが国王の謁見の間に姿を現す。
「陛下。お呼びですか?」
「ウム。書状は届いておるな」
「御意。死神の死霊使いが向かったと思われる方向に既に、我がギルドが向かっております」
「なんとしてでも奴を排除せよ! アイツは国家の反逆者じゃ!」
それに対して、暗殺者という非合法組織に所属しているだけのことはあり、何も言い返さず、「御意」と答えるのみだ。
なんとしてでも……脅威は排除しなければならない……!
それが過ちだったとしても、だ。
――ベルモンドside――
しばらく村の中を歩くと、小さな宿屋を見つける。
「今晩はここで泊まった方が良い」
ベルモンドが言うと、こくりと少女は頷く。
「……結界を貼れるとは言え、お前を野宿させるわけにはいかない」
「そんな、気を遣わなくとも」
「気を遣う、か。そうか……」
そのような意図など考えても居なかった。
無意識に、そのようなことを言ってしまったのだ。
「まあ、どちらでも良い。どこの宿でも構わない」
だから、気にせず泊まる場所を決めると良い。
それは優しい言葉なのか、それとも投げ槍な言葉なのか。
分からない。
やがて、一軒の宿で宿泊する。
部屋は別々でも良いと答えたベルモンドに対し、エルは同じ部屋で問題ないと答えた。
やむを得ず、同じ部屋で宿泊し、ベルモンドは窓から外を眺めている。
「なにからなにまで、ありがとうございます。ベルモンド様」
「気にはしない。王女らしく、贅沢に暮らしても、問題ない」
実際、ベルモンドは大富豪にも負けぬほどの大金を持っていた。
「わたくしには、そのようなもの不要でございます……」
「必要ない、か。アルテマークの元王女は、清貧なのだな」
「小国ゆえに、質実剛健を守っていただけです」
やがて、会話が途切れる中。
窓の外に突如として、火の手が上がった。
「……焚き火か。いや」
村の田畑で広がる火の手。
それは、植物を焼き、建物にも燃え移っている。
「火事ですか!?」
エルも気付き、窓に近づく。
「誰かが放火したのだろう」
「そ、そうですが。早く鎮火しなければ……!」
「そうだな」
だが、ベルモンドはその場から離れない。
動く気配も見せず、ただじっとしているのみだ。
「ど、どうして、彼らのために手を貸してくださらないのですか? あなた様はネクロマンサーと言えども、あのような炎、すぐに鎮火出来るのでは……? たとえば、死霊を使えば……」
「そうだな。だが、助ける義理がない」
冷たく言い放てば、さすがのエルも傷ついた様子を見せる。
「ですが、今、彼らは命の危機、家畜や財産の危機なのです! 見過ごせるわけありません! どうか、お助けを……」
頭を下げ、懸命に懇願するエル。
ベルモンドは静かに立ち上がると、
「助ける義理はない。が、お前がそう望むのなら、そうしよう」
ただ、それだけを口にして、彼は指を天へと向ける。
およそ、魔法を使っているようにすら見えない、小さな所作。
それだけで、空は分厚く、黒い雲に包まれ、滝のような雨で火の手はすぐに消えていく。
「望み通り、火をつけた者どもを消そう」