元王女の従者
ベルモンドはかつて、小さな村の出身だ。
特別な血縁など、ない。
当時は、夢などを語っていた普通の少年だった。
『闇とて、死者とて。彼らの知識を正しく聞くことで、先人たちから学びを得られるのではないかな?』
そう、語ったものだ。
『死者の魂を呼び寄せ、知恵や力を借りる。これが世のための闇であり、ネクロマンサーのあるべき姿だ』
その言葉を……いつしか語らぬようになった。
小さな結界魔法を貼り、夜風を凌いで、陽が昇る。
隣の小さな結界魔法の中では、エルがまだ寝息を立てている。
「……やはり、俺は愚かしいことを」
何が、学びだ。
何が、知恵や力だ。
ネクロマンサーなど……ただ、闇に傾倒するだけの、魔族にも匹敵する愚かしい者たちだ。
主席研究者となったベルモンドは、その中でも最も愚かな闇魔法使い。
自ら卑下する。
「あの……おはようございます。ベルモンド様」
「……………………ああ、おはよう」
答えるまで、かなり時間をかけた。
このようなやり取りなど、いつ以来か。
「本日はどこへ向かいましょう?」
「目的地など、ない。とりあえずは東へ歩む」
「はい!」
元気よく答える彼女を見て、やはり後悔ばかりが胸を裂く。
「二度」
「え?」
「二度目の絶望がお前に襲いかかる。俺を憎まないのか?」
「二度目の絶望……もう一度、わたくしは死ぬ……ということでしょうか?」
「そうだ」
「それは……ネクロマンサーによって生き返らせられたから……ですか?」
「いいや。純粋に寿命の話だ。余計なことをしたな、と怒らないのか?」
目的なき男に、ただ蘇らせられて、さぞ憎いだろう。
いや、憎んで欲しい。許さないで欲しい。
それこそが、何もなき男に対する罰である。
「いいえ。わたくしはそうは思っていません」
「…………」
「ただ、生きていることが出来て。素晴らしいな、と思います」
そんな言葉で、ベルモンドは、救われた気がした。
ただの闇魔法使い。それも禁忌にも等しきネクロマンサーなどに感謝など。
「……あの、わたくしはいつでも出発出来ますよ」
「なら、行こうか」
しばらく歩けば、小さな村へとたどり着く。
それなりに農業が盛んな村だ。
野菜類などには困りそうにない。
食糧は少なくとも必要だ。
エルには、特に。
「好きなものを買うと良い」
「あの……わたくし持ち合わせは……」
「カネなら持ち合わせがある」
コートのポケットから小さな麻袋を取り出す。
じゃらじゃらという音と、隙間から見える金貨の量に、エルは驚いていた。
「そ、そんな大金……! わたくしのためになど……!」
「好きなだけ使うと良い」
「そ、そんなわけには参りません!」
迫るように、勢いよく。エルは声を荒げた。
「わたくしは今、いわゆるベルモンド様の従者! そのようなことなど……!」
元王女が、進んで従者をする。
その字面のおかしさと、このような勢いを持った女性に、久しく出会い、ベルモンドはなんとも言えぬ表情となる。
「あ! 失礼しました、ベルモンド様! 不愉快な想いをさせてしまい」
「……不愉快、ではない」
「ですが……眉間に皺が寄っているものですから……」
「笑っているのだ」
「え?」
そんな言葉に、思わず口を閉ざすエル。
やがて、慌てたように顔を真っ赤にする。
「す、すみません! 大変失礼なことを……!」
「…………」
「で、ですが……やはり、ベルモンド様の笑い方は独特、と申しますか……ごめんなさい!」
「では、どうすればいい?」
「え?」
「世間一般の笑い方というものだ」
ベルモンドは身を屈む。
肉体年齢は十代半ば過ぎの少女は、黒衣の男とは身長差は開いている。
ゆえに、顔を彼女の手が届く距離まで近づける。
「で、では失礼して……」
ベルモンドの頬に手を伸ばし、少女は緊張した面持ちで引っ張る。
「…………」
「……ふふ」
「何がおかしい」
「いいえ。とても、怖い方だと思っていましたが……やはり心のどこかで感じた通り、優しい人だな、と」
「そんなことはない」
彼女を蘇らせたのは私情。
それも優しさとはほど遠い。
ただ、死した少女を見るのが嫌だった。
それ以上に、何かがあるワケではない。
「俺は言ったと思うが、私情でお前を蘇らせた。正義も倫理もなく、だ」
「……はい」
「本当に目的などない。ただ、死んでいるお前を見たくなかっただけだった」
「それは……どういう意味でしょうか?」
「…………」
「…………」
沈黙が流れる。
そして、エルは申し訳なさそうに呟く。
「すみません……従者如きが詮索し過ぎましたね」
「……昔。俺には夢を語りあった女がいた」
「え?」
「俺は彼女に『闇魔術は正しい知識と研究がなければその身を滅ぼす』と警告したが、彼女は聞き入れなかった」
「そ、その人はどうなったのですか?」
「消えた」
「消えた……それは……」
彼女は言いづらそうにしている。
「魂ごと消えた」
「魂ごと……ってそれは死とは……」
「違う。潰えた魂は、ネクロマンサーと言えども、蘇らせることは不可能だ。時間を戻さぬ限り」
思えば、ベルモンドが全てに対して興味を示さなくなったのも、彼女が死してからだ。
だから、なのかもしれない。
エルの遺体を見た時に、本能的に蘇生してしまったのは。
「通りでわたくしに優しく……」
「…………この村は露店が多い。好きなだけ買ってくると良い」
見透かされたことに怒りもせず、戸惑いもせず。
ただ、態度を崩さない。
それだけだ。
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