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星物語 星のつるぎ<上>  作者: 秋長 豊
序章
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04、カリィパム夫人の愛

 鋭い切っ先を男の喉につきたてようとしたとき、その手を大人の力強い手が握った。


「なにするんだ!」


 エルマーニョは涙をぼろぼろ流しながら振り返った。同時に視界が暗くなった。かぎなれない男のにおい、厚い胸板。エルマーニョは傷ついて血がしたたる手からガラス片をボトリと落とした。


 アリュードはエルマーニョを抱きかかえ、ロラッチャーに向かって歩き出した。その間、男の手はエルマーニョの震える小さな背中に添えられていた。


 5人を乗せたロラッチャーはふわりと浮き上がり、ガーマアスパル邸を眼下に高度を上げていった。炎の海に沈むアマクの大都市ロッフルタフから遠ざかっていくほどに、母の体は冷たくなっていった。


 アソワールは顔を真っ赤にさせてポツリと言った。


「私のせいだ」


 どうやら聞こえていたようで、カリィパムはわずかに顔をかたむけた。


「あなた、もし仮にあの時そばにいてもみんな成すすべはなかった。彼らは普通の人間ではない。役人が持つのと同じ武器を持っていた。あれでは、棒一本ではかなわないのよ。アリュードが来てくれなければみんな殺されていたわ」


 カリィパムの声はだんだん小さくなっていく。これにはたまらず、エルマーニョはエシルバを椅子のそばに置いて母の手を握った。血に染まった息子の手を見た母は悲しい目をした。


「母さん。僕はここにいるよ」


 返事がないほど悲しいものはない。エルマーニョは操縦席でスピードを上げるアリュードを見た。


「あの剣で切られた人はどうなるの? 血はでていないんだ。それなのに、母さんの声はどんどん小さくなっていく」


「バドル銃。剣にも銃にもなる役人専用の武器で、切られた者は体内のエネルギーを失う。われわれには生まれた時からブユエネルギーというものが蓄積されているが、その数値がゼロになった時、生命活動は停止する」


「母さんを助けて!」


 エルマーニョは返事のないアリュードにつらく当たった。


 カリィパムは絞り出すような声で言った。


「おいで」


 はっとしてみると顔からは血の気が引き唇は真っ青になっていた。こんな母の姿は見ていたくない。いつまでも元気でいてほしい。エルマーニョは自分が死んで母が救える方法があるのなら、今すぐにでもそうしたいと願った。


 カリィパムはアソワールとエルマーニョを弱い力で引き寄せ、2人の額にそっとキスした。乾いて冷たくなった唇の感触からは母の変わらない愛を感じた。


 アソワールは妻の手を優しく包み込んだ。


 カリィパムはかすかにほほ笑んだが、やがて眠るように目をつぶったきりになった。また優しく抱き寄せて、頰にそっとキスしたり頭をなでてくれるかもしれない。エルマーニョはそう信じて疑わなかったし、頭の中に浮かぶ花束みたいな母の笑顔がより一層信じさせた。


「母さん」


 エルマーニョは静まり返った船内でポツリとつぶやいた。でも、彼が愛する母親にもう一度名前を呼ばれることはなかった。静かな夜の空を飛行する船内には、男のうめき声と男の子の泣き声が響いていた。


 アリュードは病院の明かりを目指して一直線に飛ばしながら、終わらない泣き声を聞いていた。


「諦めるな!」


 彼は壊れんばかりの力で操縦桿をにぎりしめ怒鳴った。


 間もなく病院の停泊所に到着しカリィパムは搬送された。


 手術が行われている間、アリュードは船内で待っていた。2時間後、病院から出てきたのは彼女の一人息子エルマーニョだった。アリュードは急いで外に出ると彼を抱き寄せた。


「母さん、死んじゃったよ」


 アリュードは泣きじゃくるエルマーニョからそっと離れ、制服のジャケットを彼にまわした。大人用のサイズなのでルマーニョはすっぽりと包まった。


「僕のせいなんだ。ごめんなさい、ごめんなさい」


 エルマーニョは謝り続けた。アリュードはなんとか彼を落ち着かせるために、背中をさすってあげながらじっと時間が過ぎるのを待った。


「なぜ君が謝る」


「僕が母さんを一人きりにしたから」


 アリュードは怒りと悲しみの入り混じった顔になった。


「君は母親が言ったことをもう忘れたのか」


 エルマーニョは顔を上げた。


「私が来なければ、エシルバを除いて君らは一人残らず殺されていただろう。決して奢った見方で言っているんじゃない。もし君が母親のそばにいたとしてもかなう相手ではなかったんだ」


「でも」


「君の母親は」


 アリュードは震える声で力を込めた。


「自分を責めるな、そう伝えたかったんじゃないのか」


 とぼとぼ病院の中に戻っていくエルマーニョを見送り、アリュードは操縦席に戻った。無気力感にさいなまれ、しばらくは何もすることができなかった。


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