平和な王国での穏和な王子の誠実な告白
「すまない、君との婚約を解消したいんだ」
ハヴェルの静かな、だが決意を秘めた言葉にユスティーナはパチパチと目を瞬かせた。
王宮の庭園の一角にある四阿で、第二王子であるハヴェルとその婚約者であるパーレニーク侯爵家息女ユスティーナは茶会を催していた。
第二王子の預かるこの庭園では、王族それぞれに与えられる色の中第二王子の象徴の色である赤の花々が多く咲き目を楽しませる。
六歳で出会い、パーレニーク領で一年ほど共に過ごし、十二歳で正式に婚約をしてから十八歳の今日まで何十回と行われてきた席とあって、肩肘張らず穏やかな時間を過ごすはずだった。
領地で過ごした頃はユスティーナの兄とユスティーナでハヴェルを連れ回し、やんちゃだお転婆だとよく泣かせていたものだが、今ではすっかり落ち着き、従者や護衛も視界には入るが声は聞こえない程度に距離を取るくらいには婚約者としての二人は信用されている。
「わたくしに……我慢ならないほど至らぬところがございましたか?」
ユスティーナはここ最近の自らの言動を思い返す。
ハヴェルとは良好な関係を築いていたはず。王族教育も厳しい教師からお墨付きをいただけるほどには励み、周囲を困らせるような我儘を言った記憶もない。
落伍させられる程の落ち度はなかったと信じたいが、いつ婚約解消を言い渡されるまでの事を仕出かしたのだろうか。
「まさか!君はいつだって完璧な婚約者だよ、ユスティーナ」
眉尻を下げて不安を漏らすユスティーナにハヴェルは慌てて否定する。
「君は婚約の成立から今に至るまで僕の婚約者としてよくよく努めてくれていると思っている」
「では何故……」
「問題があるのは君じゃない。僕の方だ」
ハヴェルは苦し気に唇を引き締め、左胸の辺りを握りしめた。
「まさか……」
ユスティーナは慌てて立ち上がる。
「婚約の継続が困難なほどの病を得たのですか!?」
そうであれば茶会などしている場合ではない。
ユスティーナはハヴェルをすぐにでも休ませようと従者を呼ぶ声を上げた。
「誰かありますか!早急に殿下を……」
「ちがっ……!ユスティーナ!落ち着いて!お前たちも下がってていい!」
「ですが」
「もう少し僕の話を続けさせてくれないか」
何事かと駆け寄ってきた従者を言葉と手で追い払い、ハヴェルはそのままユスティーナの手を握って落ち着かせるよう力を籠める。
病ではないのならとユスティーナも息を付いて席へと腰を下ろした。
「……失礼をいたしました」
「いや、僕の心配をしてくれたのは嬉しい。そんな君に僕の話は酷だとは思うのだけど聞いてもらえるかい」
「もちろんでございます」
仕切りなおそうとハヴェルはユスティーナを促す。
用意されていた紅茶で一息つくと、改めてハヴェルはユスティーナに向き合った。
「病と言えば病なのかもしれないね。……好ましいと思う女性が出来たんだ」
「え……?」
「いわゆる恋の病だ」
端整な顔立ちのハヴェルが真剣な面持ちで言えば使い古された陳腐な成句も麗句に変わる。
珍しくもユスティーナは息を呑みカシャリ──とティーカップで音を立てた。
「……い、つからその方とお付き合いを?」
まったく気付いていなかった。ユスティーナは自らの不甲斐なさに視線を落とす。
貴族も王族も一枚岩ではない。
王族としては素直で少々夢見がちなところがある第二王子を誘導していくのも婚約の際に告げられたユスティーナの役目の一つ。
不用意に足を取られぬよう注意を巡らせていたはずだったのだが、それをすり抜けようとは。
だがハヴェルはユスティーナの想像を超えていた。
「まだ付き合いがあるはずもないだろう」
「殿下、誤魔化さなくても結構ですのよ?」
「君と言う婚約者がいるというのに他の女性と付き合うなど不誠実にもほどがあるじゃないか」
「ではその方とは……?」
「適切な距離での交流はあるが、それだけだよ。僕の片恋だ」
わずかに頬を染めたハヴェルにユスティーナは深く嘆息した。
これは想定した以上に空想的な思考状態のようだ。
ともすれば震えそうな声を落ち着けるため、ユスティーナは再度大きく息を吸い気持ちを切り替える。
「殿下。不敬ではございますが婚約者としてではなく幼馴染としての発言をお許しいただけますでしょうか」
婚約者のユスティーナならば否か応かを答える必要がある。だがそれでは伝えたいことが伝えきれない。
自らの言葉を発するため立場を変えることをユスティーナは懇請した。
それにハヴェルは快諾する。
「もちろんだよ。婚約者でなくなってもユスティーナとは幼馴染としていい付き合いをしたい」
「そうではなく」
認められたかとふわりと微笑むハヴェルを止め、ユスティーナは自らの整えられた髪をくしゃりと崩し、後ろでひとまとめにする。幼い頃領地に預けられたハヴェルとユスティーナと兄とで野山を駆けていた以来の装いだ。
遠くで侍女がぎょっとしていたようだが叱るのはまた後にしてもらいたい。
「ハヴェル、貴方は婚約を白紙にしてから、その恋焦がれる女性を口説こうというのね?」
流石に出会った当初の愛称とはいかないが、ユスティーナは長く幼馴染であった頃のようにハヴェルを呼び捨てることで立ち位置を明確にした。
「口説くだなんて人聞きの悪い。仲を深めていきたいだけだよ」
久しぶりに見せたユスティーナの気安げな言動にハヴェルは素直な答えを返す。婚約したからとそこまで畏まらなくてもいいと幾度かユスティーナに不満をぶつけていたハヴェルだから疎放な態度のユスティーナが嬉しいのだろう。
「その方はハヴェルが王子様だっていうのをご存じなのかしら?」
「知っているだろうね。いつも恐縮しきりでなかなか会話にならないんだ」
「ハヴェルがその方に懸想していることは?」
「どうだろう……好意があると多少なりと思ってくれているといいのだけど」
聞くほど不確定な応えばかりに頭痛がしてきたユスティーナはそれでも質問を重ねる。
「恋が成就したとして、その女性は王子妃になり得るような方なのかしら」
「ユスティーナ、身分で人となりを語るのはいただけないな」
「誰が身分の話をしているの。その方には王子妃になる素質と覚悟が持てそうかと聞いているのよ。王族は綺麗事だけでは済まないのはハヴェルもよく知っていいるでしょう?」
ハヴェルがそう言うのなら、その女性は下位貴族、もしくは市井の娘なのかもしれない。
侯爵家の娘であるユスティーナですら早くに婚約を決めて長らく王族の心得を躾けられたのだ。一層の覚悟がなければ第二王子の伴侶として認められることはないだろう。
「想いを遂げられたら、出来るだけ彼女の意向に沿いたいと思っているよ。王族が無理だと言うなら僕が彼女に合わせることもやぶさかではない」
「貴方の覚悟の問題じゃありません。それこそ無稽な話だわ、ハヴェル」
これでハヴェルが側妃の王子か、せめて第三王子であれば臣籍に下る道もあったかもしれない。
だが通例として正妃の王子は将来王弟として国王の補佐と王族の責務を担うことを期待されており、第二王子であるハヴェルには難しい。
むっとしたハヴェルにユスティーナは言葉を続けた。
「貴方がその方を望んだ時点でその方には上がってきてもらうしか方法はないの。数少ない王族の貴方がなんの非も無く下るだなんて以ての外よ」
「それは……そうだが」
「まぁ、孵ってもいないヒナを数えるような真似をしても仕方がないわね。それよりも」
ここからが本題とユスティーナはハヴェルを見据えた。
「ここからは真逆の確認よ。もしその方が貴方の想いに応えてくれなかったらどうするおつもり?」
「厳しいことを訊くね……。そこまで嫌われてはいないと思うのだけど」
「貴方自身はともかくとして、貴方は背景が重すぎるの。もしかしたら喜んで妃になってくれるかもしれないけど貴方が選んだ方だもの、権力や地位を狙おうとする方ではないのでしょ?だったらその方がどうしても王族にはなれないと貴方を振るかもしれない。一時期は恋仲にはなっても王子妃は辞退するかもしれない。もちろんそもそも貴方が好みではないかもしれないというのもあるわね」
「さすがはユスティーナ。痛いところをついてくる」
つらつらと挙げていくユスティーナにハヴェルは苦笑を漏らす。
怖気づくのは早い。
「まだあるわよ。その方に婚約者や恋人は本当にいらっしゃらない?もし貴方以外の想う方がいたらどうするの?貴方が思慕を打ち明けたらそれは一種の強制よ?その辺りは考慮している?」
「強制……まさかそんな。そうだとわかったら僕は潔く身を引くよ」
「そう……その時は違う令嬢が宛がわれるでしょうけど不貞腐れずきちんと王族の務めを果たしてくださる?」
「え、ユスティーナ、君がいるのに?」
ハヴェルは思いがけないことを言われたとばかりに目を丸めた。
考慮は想い人にだけではないとユスティーナは肩を竦める。
「一度解消したらもう私は貴方の婚約者には戻れないわ」
「え?」
「当たり前よ。王族の主動で決められた婚約を王族側から解消するのだもの。私は王族になるには何かしらが足りないと解釈されるわね」
「そんな馬鹿な。もちろん君の瑕疵はないと発表するよ」
ハヴェルがユスティーナを嫌っているわけではないのはわかっている。
恋情ではないにしろ、幼馴染として、婚約者として十分情を抱いているはずだ。
「そんなの王族の温情としか思われないわよ。解消された途端に私は中央に係わりがないという条件のみで次の婚約をさせられて離されるか、貴方が婚姻するまで領地で謹慎を命じられるか、修道院に預けられて熱りが冷めるのを待たされるか……国の機密には触れていないからそのくらいかしら」
それがわかっているからユスティーナは敢えて想像しうる自分の未来を告げた。
ハヴェルは顔色青く言葉を絞り出す。
「そんなことは、させない」
「じゃあちゃんと解消の理由を明言すると?貴方に好きな人が出来てこれからアプローチしたいから婚約を解消するって公布出来る?出来ないでしょ?そんなことをしたらいざ貴方が想いを伝えたとして貴方の想い人を追い詰めるだけですもの」
王族は誠実なだけでは駄目なのだと今理解しなければ誰もが不幸になり得るのだ。
「私の人生はとっくに貴方に握られているの。だから、今婚約を解消するのなら身を引くとか言っていないで絶対にその方を捕まえて。私では駄目だった、のではなくその方でなければ駄目なのだと証明して。貴方が好きな方が隣に立つならまだしも、駄目だったから次の令嬢なんて私見たくもないわ」
言葉をなくしたハヴェルを横目に、幼馴染としてはここまでとユスティーナはひとまとめにしていた髪を解きおろし軽く整えると、脇に置いていた扇を手に取った。
「ハヴェル殿下、わたくしは王族である殿下のご決定に否やを告げることはございません。どうぞ殿下の御心のままに」
一転したユスティーナの婚約者としての発言に、ハヴェルは深く息を漏らした。
「……なるほど。これが、強制、か」
「えぇ、殿下の御言葉にはそれだけのお力がございます」
「まいったな……君を不幸にしたいわけじゃないんだ」
「殿下のご厚情はありがたく存じますが、先に申し上げました通り婚約の解消となれば、周囲が殿下の御気持ちを慮り殿下の御目を煩わせぬようわたくしを中央から遠ざけることでしょう」
「ユスティーナが言うのならそうなるのだろうね……」
ハヴェルがただの貴族であったならそれは家対家の話でしかないだろうが、王族である以上十分にあり得る未来だ。
ユスティーナとしてもハヴェルの幸せを願いたい。
だが連綿と続く王家が次代を築くために良しとした婚約を解消するのなら誰もが幸福を掴む道など決して多くはないのだ。
ハヴェルは自らの髪をくしゃりと握りその腕にもたれるように伏した。王族としてらしからぬ姿だが、気心の知れた婚約者との茶会であれば目こぼしされるだろう。
「……今まで王族であることに不満はなかったけれど、初めてこの立場が恨めしいと思ったよ」
「御心を乱す発言、お詫び申し上げます」
「いや、わかっている。僕があの子に恋焦がれ幸せになりたいように、君にだって幸せになる権利があるってことを」
「殿下の幸せがわたくしの幸せでございます」
淡々と告げるユスティーナに伏せたままハヴェルは小さく呟いた。
「本当に君は現実をよく見ている。その冷静さが、僕は少しだけ、憎らしい」
王宮の庭園の一角にある少し風が出てきた四阿で、ユスティーナは聞こえた声は風の囁きだと無言で冷えた紅茶の残るカップを手に取り傾ける。
王族としては心優しく素直で少々夢見がちでそして空想家であると知れた第二王子が、幼馴染であり婚約者の令嬢が語る現実と未来を聞いてもなお諦めも撤回もしないとしたら。
風の囁きよりも細やかな水音と揺らぐ紅茶の表面に。
ユスティーナは瞬きとともに紅茶を飲み干し、今なお頭を上げないハヴェルにこう告げた。
「では殿下、婚約の解消には条件がございます」
◇◇◇◇
三年後の初夏。
第二王子の成婚式に国中が沸いていた。
ハヴェル第二王子は王家と教会に認められた王子妃に恭しく手を差し伸べ、王城のバルコニーへと姿を現す。国王、王妃、第一王子とその王子妃が続き、王家がバルコニーに揃う。
国民の一層の歓声が大広場に響いた。
ユスティーナはそれを微かに目を細め見守る。
あの時、ハヴェルとユスティーナの婚約は据え置きとなった。
ユスティーナがハヴェルに出した条件は、婚約は維持のまままずはその女性ともっと親密になること。そして婚約解消後、望まぬ顛末を迎えぬようユスティーナを下賜する相手を自ら見つけること。
王族の言葉には力がある。ハヴェルが定める相手ならばユスティーナをむざむざ中央から離すことはないだろう。
女性がハヴェルの婚約を理由に身を引こうとするのならユスティーナから説得をすることも約束した。
ハヴェルは精力的に動いた。
王立博物館の平民女性初の学芸員だという想い人と会うため博物館へ足繁く通い、ユスティーナを任せられる家を見繕うため有望で婚約者のいない令息に恋人の有無を確認して回る。
おかげで学術に重きを置く殿下だと文化面での政務が増え、また令息への確認に熱が入りすぎたのか、雑談出来る程に打ち解けた女性から男色家の噂を仄めかされ落ち込むハヴェルをユスティーナが慰める一幕もあった。
一年を掛け距離を縮め、自分の色である赤薔薇の束を抱え緊張に染まるハヴェルを送り出したのもユスティーナだ。
ハヴェルとともに何度か博物館に訪れ女性と顔馴染みとなったユスティーナは女性に手紙を認め、これは双方納得済みの事で婚約が妨げになることはないと宣言する書面をハヴェルに持たせてのことだった。
一度は断られ、二度目は保留とされ、そして三度目。
三か月かけての告白劇が世間に広まらなかったのはユスティーナが密やかに博物館の他の学芸員に話を付け、博物館内部で行うようハヴェルを誘導したからだとはハヴェルも女性も気付いていないだろう。
ユスティーナの侍女もハヴェルの従者も護衛も複雑な表情のまま、それでも口を出さずにいてくれていた。
三か月の間ユスティーナと女性の二人で話す機会もあったが、勧めることも諫めることもせず、ただこれは不貞ではなく婚約は障害にはならないことだけを伝えたことで、女性も真剣にハヴェルとのことを考えるようになったらしい。
「ユス」
バグパイプが調和するよう祝福の歌を鳴り響かせる中、肩に回された腕にユスティーナはそっと身を寄せた。
「本当に良かったのかい?」
「今更おっしゃいます?」
一層大きな歓声を上げる国民を見守っていた視線を隣に立つハヴェルに向けたユスティーナはふふと笑む。
「殿下こそよろしかったのですか?あんなに大泣きしましたのに」
「……生涯言われる覚悟は出来ているよ」
三度目の告白でハヴェルは完膚無きまでに振られていた。
渡そうとした花束を拒まれ、整然と理由を告げられ、深く頭を下げられ、四度目はないと断られた。
王族の言葉にもひるまず流されず誠実に自分の気持ちを伝えた女性に、確かにハヴェルの見る目はあったのだろう。
その場では今までありがとうと微笑んだハヴェルがふらふらと馬車に乗り込み、ユスティーナの邸宅に先触れなく訪問し、慌ててエントランスで出迎えたユスティーナの前で号泣したのは侯爵邸での語り草のひとつだ。
最後の告白の様子は一部始終を付き従っていた従者が侍女経由で教えてくれた。
殿下はご立派でしたと、とっくに絆されていた従者が涙ながらに語るのをユスティーナの侍女は冷ややかに見ていたとのことだ。
ややもすれば仕える主が王族から切り捨てられる瀬戸際だったのだから、侍女を責める気にはならない。
次の日、よもやせっかく掴み取った学芸員の座を辞するのではないかとそっと女性の様子を伺いに行ったユスティーナは、目を赤くしながらも凛と背筋を伸ばした女性に今まで婚約者という立場にもかかわらずハヴェルと自分を見守っていたことに感謝の意を告げられた。これを理由に辞職することはないと確認し、今後も良き知人として交流したいと願うと目を潤ませ是非にと固く手を握られた。
「僕は、誠実と見せて君にはとても不誠実なことをしたと思う」
祝福の歓声、掲げられる赤色旗、それらに手を振りながらハヴェルは語る。
「あの頃は確かにあの子が好きで、君の未来も考えず婚約を解消しようとして、一年以上もかけて君の目の前であの子を口説き、振られて泣いて、心が抜けたように何か月も腑抜けた僕を君に支えさせて」
「そう聞きますとなかなかに最低でございますわね、殿下」
「だろう?挙句にその時の謝罪もうやむやになったまま、契約に基づく婚姻だよ?」
「ですが殿下はきちんとわたくしに求婚してくださいましたわ」
およそ一年前、いつもの四阿で跪き捧げられた白薔薇を受け取ったのはユスティーナだ。
今ユスティーナはその時の白薔薇を倣ったブーケを手にしている。
第二王子の色である赤の薔薇ではなかったが、それはハヴェルの中で特別な思い出になっているのは理解しているし、成婚式でも持てる白薔薇であったことに満足していた。
「本当は探していた君の相手に委ねた方がこんな僕といるよりユスは幸せになれたのかもしれない。でもそれはどうしても嫌だと思ったんだ」
振っていた手を下ろし、ハヴェルはユスティーナに向き合うとそっとブーケに手を伸ばした。
「僕の完璧な婚約者。あの時はそう思って十本の白薔薇にしたのだけど」
「え?」
ハヴェルはユスティーナのブーケから白薔薇を一本手折りブーケを持つユスティーナの手を握った。この日ばかりは後ろに下がり国民に応えていた国王がそれをみてパイプの演奏を止めさせる。
何事かと歓声が控えめになる中、ハヴェルは真剣な面持ちで告げた。
「ユスティーナ、今まで僕を支えてくれてありがとう。君が好きだよ。本当に今更だけど永遠の愛を君とこの白薔薇に誓うよ」
あらあらと第一王子妃の声がユスティーナの耳に届く。
少しだけ呆けたようにハヴェルを見つめたユスティーナは、そろそろと視線を落とした。
手折った白薔薇が細かく震えるのを見て、淡く唇を緩ませる。
「殿下。今更ではございますが申し上げます。わたくしはあの時も今までもずっと片恋をしておりました」
「……えぇ……?」
「実らぬものと諦め、生涯胸に秘めておこうと誓っておりましたの」
雲行き怪しい会話に国王が乗り出そうとするのを王妃が腕に手を添えて止める。
第一王子が父王の肩を叩き見守ろうと指を揺らした。
「え?待って?ユス、誰?」
青ざめ口ごもるハヴェルの力が抜けていくのを見て取り、ユスティーナは落ちる前にと手折った一本を引き受ける。
「思えば酷く最低な御方です。婚約者がいるにも関わらずよその女性にうつつを抜かし、女性を口説き、振られたと言っては先ぶれもなく邸に押しかけ、仕事を放り投げて周囲にご迷惑をかけるような御方です。そういえばわたくしにくらしいとまで言われましたわ」
「そんな男に、君は思いを、寄せていたのか」
震える声にユスティーナは頷く。
「えぇ、そんな男性に、です。それでもわたくしはその方の、心優しさも素直さも少々夢見がちなところも案外空想家なところも、婚約者に不実であるまいと女性を口説く前に誠実に自らの非を伝えようとしたところも、婚約者の苦言を素直に聞き入れるところも、その女性にも婚約者にも極力迷惑を掛けぬよう口説くまでに一年も時間をかけるところも、婚約者の願いを叶えようと男色家と思われる程に熱を入れるところも、振られて泣いてただひたすらに婚約者に謝るところも、仕事なんて手につかないはずなのになんとか熟そうと執務室に引きこもってしまって逆に心配をかけてしまうところも、二番手ではないとわかるように求婚の花束を変えてくれるところも、自分を最低だと認めてしまうところも、花言葉なんていちいち気にしてしまうところも、今更後に引けない場面になってようやく愛を捧げてくれるところも、愛しくてたまりませんの」
途中から青から赤へを顔色をまざまざと変えていったハヴェルの胸に一本の白薔薇を挿したユスティーナは、令嬢の顔を捨て満面の笑みを浮かべた。
「ようやく言えるわ。幼馴染だった頃から大好きよ、ハヴィ」
わぁぁ──とひと時大人しかった歓声が沸く。
第二王子が王子妃をひしと抱きしめたからだ。
国王の合図で中断していたバグパイプが音を奏でる。
潰れそうになっていたブーケを王妃自らが預かり、王子妃の腕が第二王子の背に回る。
第一王子とその王子妃が代わりとばかりに民衆に手を振り、国王と王妃が寄り添いながら若き夫婦を見守る。
きっと第二王子妃と昵懇の仲となった学芸員の女性もその後連れ添うことを決めた男性とどこかで祝福の声を上げてくれているだろう。
「ハヴェル、そろそろ離して。皆さんが困ってしまうわ」
「む、むり。もうすこしまって」
「……これも生涯言われる覚悟は出来ていて?今度は国全体よ?」
「もちろ……えぇ……?」
「ふふっ、ハヴィ大好きよ」
夫となった心優しく素直で少々夢見がちで空想家の第二王子の名誉を守るため、ユスティーナは自らが離れがたいとばかりに腕に力を込めた。
End
お久しぶりになってしまいました!
閲覧ありがとうございます!
誰も不幸にならない婚約解消を書いてみたら婚約解消できませんでした。
本当は殿下とあの子をくっつけてユスティーナと側近を・・・のつもりだったんですが、思ったよりユスが殿下の事が大好きだったので書いていくうちに結末が変わって側近自体いなくなりました。残念。
ではでは書かずにはいられない人物紹介です!
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・ユスティーナ(ユス):本編開始時 18歳
侯爵家息女。6歳でのハヴェルと初顔合わせで一目ぼれしたおませさん。
5歳年上の兄に引きずられて幼少時はかなりお転婆。
領地で一緒に過ごした7歳くらいまではハヴィと呼んでいたが誰もそう呼ばないのでちょっと恥ずかしくなって、ハヴィが一度王都に戻り年に何回か滞在するようになる頃にはハヴェルと呼び捨て。ハヴェルを寂しがらせていた。
婚約が成立してからは殿下と呼ぶようになってまたもハヴェルを寂しがらせていた。
婚約解消未遂事件の時は、ハヴィが自分をそういう意味で好きではないのは承知していたのであきらめの境地。ハヴェルがいる中央からは離れたくないなーと達観していた。
かといって決して純粋無垢とは言わず、好きだというのは本当、邪魔だってしません、でもある程度の策略も打算も含んでいるのを自覚している完璧な貴族のご令嬢。もちろん成婚式で周りが聞いていることを承知でハヴェルのあれやこれやを暴露している。結婚したし好きだと言ってくれたし笑い話でしょ?ふふ。
結婚後は夫を構いたいときやお願いを聞いて欲しい時などにハヴィと呼んで惑わせている模様。
・ハヴェル(ハヴィ):本編開始時 19歳
国の第二王子様。
パーレニーク領に預けられていたのは何か問題があったわけではなく王族の風習のひとつ。
大平和時代と後世言われる程奇跡的に平和な時代だったため、大きな権力争いもなく王族が貴族の領地を渡っていた設定。
幼少時主にユス兄にかまわれてはよく泣いてユスに慰められていたのでユスは妹のような姉のような存在だった。
夢見がちとかロマンチストとか散々なこと言われてますがユスの気持ちにはこれっぽっちも気付かずあんなことをやらかす残念な御方。にくらしいと言うのは本当に憎いわけじゃなくほんわりあったかい恋心を現実に叩き落してくれる幼馴染にちょっと不貞腐れているだけ。
ユスへの求婚時には家族ではなく女性として好意を抱きつつあったが、やらかした後だったこととユスが完璧に婚約者をこなしていたこともあって告げたら逃げられるかも??と及び腰に。
絶対逃げられないところまで来てようやく気持ちを吐露するやっぱり残念さん。ユスが君を好きでよかったね・・・。
・学芸員の女の子:本編開始時 20歳
裕福だが代々続く平民の娘。あの子と言われたりしているがハヴィとユスより年上のお姉さん。
教会の平民教室に通い学術に目覚め、18歳の時見事平民女性初の学芸員となった。
ハヴェルに見初められたのは19歳の頃。ふわっとしてるけど整った兄ちゃんだなーと目の保養にしていたらまさかの王子様でがくぶるし、博物館の展示内容や学術資料を熱心に質問してくる王子様にようやく慣れてきたと思ったら自分目当てだと言われて驚愕して一度は親と王都からの逃亡計画を企てた。
始めは王族の戯れかと本気にしていなかったが、ハヴェルのふわふわながら誠実な態度とユスの説明と根回しにきちんと真剣に考えることにした。それでも何より学芸員の仕事を続けたくてごめんなさいした。
ハヴィとのやり取りをハラハラドキドキ見守ってくれていた博物館研究室長(男爵)に求婚され、仕事を続けることを条件に承諾。実は貴族入りを果たしている。
・ユス兄:本編開始時 23歳
出てきてませんね。
本編では既婚でかわいい奥さんと領地経営を学んでいる最中。
幼少の頃はほわっとして軟弱なハヴェルを鍛えようと意気込み良く泣かせていた。
社交シーズンはユスティーナがいるタウンハウスに出てきていたが、関係は良好といいながらどこかしょんぼりしているユスを見てハヴェルてめぇ泣かしたろかと息巻いては奥さんに馬に蹴られに行くかと脅されていた。
・ハヴィ従者:本編開始時 25歳
ハヴィの婚約の時期から仕えている従者さん。
なのでユスのお転婆っぷりは知らない。流石殿下の婚約者殿、完璧な淑女ですねと敬意を払っている。
が、婚約解消未遂時ハヴェルから経緯と今後の行動予定を説明されお二人が納得されているのならと博物館通いを半ば黙認、なかなか好意に気付いてもらえないハヴェルに完全に絆され最後はもらい泣きモード。結婚後王様にちょっと怒られている。ですよねー。
・ユス侍女:本編開始時 18歳
ユスの乳母の娘。乳姉妹からそのまま侍女に。
聞いて聞いて!わたしね、ハヴィの事が大好きなの!と幼い頃からユスから可愛らしく報告を受けていたのでもちろんユスの気持ちを知っている。
あほなことを言い出したハヴェルにはうちのお嬢様の何が気に食わないんじゃい!とがるるしていた。従者はさっさとあのあほ王子を止めんかい!と実際に何度か頭をひっぱたいている強気なお嬢さん。
・国王陛下
ハヴェルがやらかしていた詳細を聞いたのはあのバルコニーが初めてだった。別に息子たちに愛情がないわけではなくハヴェルとユスの結婚は規定路線であり特に問題の報告も上がらず仲良くお茶会をしているのを何度も見かけていたため安心していただけ。まさかのやらかしにハヴェルに怒鳴りつけようと思ったが国民側から見えない方で息子が号泣しているのを見てちょっと思いなおし、その後ハヴェルからごめんなさい全部自分の責任だから僕以外怒らないでと頭を下げられ、ユスからも私も了承していたことだからと宥められ今後はやらかすなよと注意で終わった。
でも結果的にうまくまとまったからよいものの報告を上げなかった従者と護衛にはちょっと怒った。しょうがないよね。
・王妃殿下
王族教育の一環で王家の中ではハヴェル以外で一番ユスと交流していたため、ユスティーナがハヴェルの事を大好きなのはもちろん見抜いていた。婚約解消未遂から振られるまで独自の情報網で人物まで把握。
そりゃ今までそこまで興味のなかった博物館に通い始めたり独身令息を追い掛け回す息子を見たら心配になっちゃうもんね。ユスティーナの手におえない事態になったら場合によっては博物館…潰す?と静観していたが収まるところに収まったので一安心。
・第一王子
自分の奥さんよりユスとの付き合いの方が長いので可愛い義妹が弟大好きなのはなんとなく知っていた。ほわほわの弟がなんか企んでるなーと怪しんでいたら奥さんが身分差ラブロマンス!でもユスちゃんが可哀想!これは私がさっさと義弟似のユスちゃんの婚約者を産むべき!?とざわざわし始めたので状況把握。流石に18歳差はいろいろ無茶すぎると奥さんを落ち着かせ、万が一弟がやらかしに成功したらと独自に弟の臣籍降下時の爵位と領地、ユスの次の婚約者を選定していた。一番現実的に動いていたお兄ちゃん。
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・使用している白薔薇の花ことば
10本:あなたは完璧
9本:私は永遠にあなたと一緒にいたい
1本:一目ぼれ
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もし少しでも気に入っていただけるエピソードなどありましたら、広告下の☆をぽちっとしていただけるととても嬉しいです。
長の後書きまでご拝読ありがとうございました。