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VR格闘ゲーム:フューチャー  作者: いるか
第二章 夢と仕事と趣味の狭間で
9/10

思いと想い

今回文字数が少なめです。


「そろそろ家に着くわよ、好輝くん、陽子ちゃん」

「ありがとうございます」

「……ありがとうございます」


 僕は陽子に遅れて、マユミさんにお礼をする。

本来ならマユミさんの方向を向いてお礼を言うべきだ。

けれど今は何故だろう。

車窓から目が離せない。


 夕焼けが綺麗だからか?

……違う。


 カラスが飛んでいるからか?

……違う。


 嫌な予感がするんだ。

とてつもなく嫌な予感が。


『好輝、早く帰ってきなさい。大事な話があるわ』


 僕の脳内で、母さんからの録音メッセージが今なお流れ続けている。

マサヨシの家でチーズケーキを食べた後、何気なくスマホを開いた時、そのメッセージが来ていることに気づいた。

 どうやら僕はマナーモードにしたまんまだったそうだ。

着信時間はちょうどバーベキューをしていた時なので、気付くことが出来なかった。


「好輝、おばさんと喧嘩しているの?」

「いや、そんな事ないんだけど……」


 心配そうに見る陽子に僕は車窓を見ながら答えた。

陽子も母さんの着信を聴いてからか、ソワソワが止まらない様子だ。

 文字にすればたわいもない言葉。

ソワソワする必要もないだろう。

けれど何故陽子が心配してくれているのか。

その理由は母さんの声色だ。


「どうしたんだろう……」


 声色がいつもの様子じゃない。

声に表情がないんだ。

 いつもなら怒ってる時は怒鳴り気味に、機嫌のいい時はステップを踏むように母さんは声を弾ませる。

だから決して感情に乏しい人ではない。

なのに……。


「まあ、どうせ好輝が何かやったんでしょ、すぐに謝りなさいよ」

「分かってるよ」


 謝って済むならいいだろう。

けれど、今回はそんな単純な問題じゃない気がする……。

 今まで胸騒ぎは何度もあった。

でも今回はその中でも特に酷い。

僕の感はたまにとてつもなく鋭い。

だから不安でたまらない……。


「よし、着いたわよ」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます、助かりました」


 僕達は家の近くで車を止めてくれたマユミさんにお礼を言い、車から出る。

ああ、着いてしまった……。

僕は不安と焦燥でたまらなくなる。

 本当はマユミさんに相談したいけれど、もう夜遅いし何より当事者の僕ですら、母さんが急変した理由が分からないのだから、マユミさんはもっと分からないはずだ。

 だから僕はマユミさんに出来るだけ笑顔を向けて、手を振る。

そんな僕にマユミさんは車の窓を開けて「バーイ」と手を振り返し答えると、車を走らせ帰ってしまった。


「ほら、いくわよ好輝」

「うん……」


 僕は陽子に連れられて帰宅する。

情けないけれど、今は1人で帰る気にならない。

陽子に少しでもそばにいて欲しい。

 その気持ちを陽子は察したのか、何も言わずに僕の腕を引っ張ってくれた。

いくつになっても、大事な時はいつも陽子に頼りっぱなしだ。


「ついたわよ」

「……うん」

「はぁ、もうそんな暗い顔しない! どうせ大した事ないわよ、確かにおばさん様子おかしかったけど……まあ大丈夫よ」

「……うん、ありがと」


 僕は励ましてくれる陽子に、心ここに在らずな礼をしてしまう。

でも仕方ないだろう?

だってこんなに不安なのは初めてなんだ。


「じゃあ、バイバイ! また明日ね!」

「うん、また明日」


 陽子はニカッと笑って手を振り帰る。

距離にすればなんて事ない数歩程度の距離。

けれど今は、その距離ですら心細い。


「はぁ、何もないといいけれど……」


 僕は叶わないであろう願いを夕暮れに呟く。

そんな僕があまりに情けなかったのだろうか。

まるで嘲笑うようにカー、カーとカラスが鳴いていた。


「ただいま……」

「おかえり、遅かったわね」

「う、うん。友達の家に遊びに行ってて……」

「そう、連絡したけれど大事な話があるから。手洗ったらすぐにリビングに来なさい」

「分かった……」


 やはり予感は的中した。

母さんは僕が帰ると同時に玄関に現れ、震えるほど冷たく淡々と内容だけを告げる。

 人間、怒りを超えると静かになるという。

その言葉を思い出した僕は、萎縮しながら母さんに小さく返事をして洗面所に向かった。




「……」

「……」


 僕は洗面所からリビングに移動し、母さんと向かい合わせでテーブルに座る。

けれど母さんが口を開く事はなく、沈黙だけがひたすら続いた。


「ねぇ好輝、そろそろ母さんに隠している事話してくれない?」


 僕が沈黙に我慢できなくなったその時。

母さんは唐突に口を開いた。

 何を言われるのだろう。

緊張と萎縮の中、必死に記憶を巡らせ心当たりを必死に探している僕にとって、その言葉は寝耳に水だ。


「も、もしかして母さんが呼び戻したのって……その事?」

「ええ、そうよ。大事な話なはずでしょ」


 ……はぁぁぁぁ、なんだそんな事か!

どうやら僕が心配しすぎただけだったようだ。

母さんの言葉で、緊張の糸がプツンと切れた。


「な、なんだ、そんな事か……あはは」

「そんな事……?」

「……? う、うん、えっと今まで隠していてごめんなさい、全て話すね」


 一瞬母さんから物凄く睨まれた気がした。

けどまあ、問題はない。

なんせ隠している内容は大した事じゃないんだから。

 今まで隠していたのは、何も後ろ暗い事があるからじゃない。

単純に話すタイミングが無かったからだ。

だから今ここで全てを話してしまおう。


「実は僕、フューチャーの大会に出てるんだ」

「ええ、それは何となく察してたわ」

「へ!? あ、そ、そうなんだ……」

「それで?」

「そ、それで!? いや、特に続かないんだけど……」


 僕が隠している内容は、大会に出場しているという事だけだ。

それ以上でもそれ以下でもない。

別に優勝を狙っているわけでもないし。

 でも母さんは、まだあるんでしょ?と言わんばかりに僕をじっと見つめている。

そんな見られてもこれ以上無いもんはないからなぁ。

うーん、じゃあ一応参加理由を話しておくか。


「えっと、そうだな……参加した理由だけど、昔父さんと書いた約束ノートを見つけてさ……」


 僕はそこから、今までの経緯を全て話した。

大会参加を決めた理由。

予選中にあった日陰との出来事。

何故今も大会に参加を続けているのか。

色々全てだ。

 流石に日陰の事は、全て話すと問題に発展しかねないので少し柔らかい内容に修正した。

 もう僕と日陰は和解している。

けれど包み隠さず全てを話せば、きっと母さんは心配してしまうだろう。

 その気持ちは嬉しいけれど、誰も幸せにならない。

この事は僕がお酒を飲めるようになったら話そう。


「なんだ、隠している事ってそういう事だったのね」

「うん、だから大した事ないんだ」


 僕が全てを話せば、母さんはうんうんと頷いて全てを納得してくれた。

なんだ、本当に陽子の言う通りじゃないか。

大した事ない些細な行き違いだった。

 僕はその事に安心して軽く笑うと、母さんは反対に複雑そうな笑みを浮かべた。


「……けどやっぱり複雑ね。あなたはもう高校生だし自分のやりたい事をするのが1番だけれど、その理由があの人ってのは……」

「……やっぱり、だめかな?」


 母さんは頬に手を当てて、ため息を吐く。

でもよく考えれば、こんなスムーズに話が進む方がおかしな話だ。

 母さんは僕が父さんの事を忘れられるように色々してくれた。

でも僕が今している行動は、母さんの今までの努力を水の泡にするようなものだ。

 ……やっぱり反対なのだろうか。

僕は不安になり、そんな質問をした。


「……ううん、そういう事に全力で打ち込めるのは今だけだからね、楽しんでらっしゃい」


 けれど流石は僕の母さんだ。

やっぱり常に僕の事を考えてくれている。

母さんは僕の言葉に、優しく頭を横に振ると両手を交差させて上を向く。

 そして昔の思い出を振り返っているのだろうか。

しばらくすると目線を僕に戻し優しく、でもどこか儚い言葉で僕の事を応援してくれた。


「ありがとう!」

「フフッ、はぁ、ごめんなさいね、私心配しすぎちゃったみたい」

「ん、心配?」


 心配ってなんだろう?

僕は母さんの言っている意味がわからず、首を傾げる。

すると、母さんはとんでもない記事を取り出してきた。


「ほら、この記事あなたの事でしょ?」

「へ……?」


『日向Jr.とケリーJr.が夢の共演!! eスポーツ界の新たな彗星となるか!?』


 なんてことだ。

えげつない期待の煽られ方だ。

新たな彗星となるか!?じゃないっ!

こっちの身も考えてくれ……。


「この記事見て、私好輝がeスポーツの選手目指しているんだと思っちゃってね」

「あはは、そんな事ないよ」

「ふぅ、それならよかった、今から夕飯の準備するわね」


 母さんはそう言うと、席から立ち上がりキッチンに向かった。

はぁよかった。

一時はどうなる事やらと思ったけど、これなら明日の笑い話になりそうだ。

 何が僕の感はたまに鋭いだ。

鈍りまくりじゃないかまったく。

僕は自分の感を信じた事が恥ずかしくなり、軽く笑いながら自分の部屋に戻ろうとした。

 が、しかし……僕は母さんの一言で、その歩みをピタリと止めた。


「そうよね、eスポーツなんて大変なだけだもの。あんな安定しない辛いだけの職業なんて目指すわけがないわよね」


 いつもなら笑っておしまいだっただろう。

いつもなら同感していただろう。

けれど、今の僕にはそのどちらもできなかった。

 何故か。

そんなものは決まっている。

今の僕は昔と違うからだ。


「それは違うよ母さん」


 僕は気づけば否定の言葉を口に出していた。

今eスポーツの仕事を肯定すれば喧嘩になる。

せっかく落ち着いた雰囲気が険悪になる。

そんな事は分かっている。

 けれど、僕の言葉が止まることはない。

気持ちがどんどんと口から流れ落ちていく。


「確かにeスポーツで食べていくには安定しないし辛い事だと思う。けれど、それだけじゃないよ」


 僕は脳裏であの2人との会話を思い出しながら、母さんに思いを語る。

 日陰は自分の技術を極めて、生きた証をこの世に刻み込もうとしている。

マサヨシはジョンさんから貰った元気で救われたから、同じように誰かをeスポーツで救おうとしている。

 2人の意見はまるで正反対な理由だけど、どちらも楽しそうに未来を見据えていた。

 確かに夢を追う事は楽しいだけではないだろう。

けれど辛いだけだとは思えない。

だって2人の目には、確固たる意思と希望の炎が見えていたから。


 そして、きっとその目を見たからなのだろう。

僕が少し前までのように、eスポーツを否定する母さんの言葉に頷く事が出来なかったのは。


「eスポーツには希望があるんだ、夢があるんだ、未来があるんだ! だからそんな悲しい事言わないで……」

「……」


 母さんはそんな僕を見て驚いているのか、僕の言葉に何も言わない。

肯定しているのか、それとも呆れてものが言えないのか。

その答えは数秒後、嫌になるくらい理解できた。


「何を……言っているの?」

「だ、だからeスポーツは――」

「あなたに何が分かるの!!!」

「ッ!?」


 答えは怒りだった。

肯定でも否定でもない。

ただの怒りだった。

普段怒鳴らない母さんが、全てを忘れて怒鳴るほど強烈な怒りだ。


 僕はそんな母さんの急な怒声に、どうしていいか分からなかった。

謝ったらいいのか、黙っていればいいのか。

 けれど僕のごちゃごちゃとした思考は、次の言葉で一瞬にして1つに纏まった。

僕の中に、違う感情が湧いてきたからだ。


「eスポーツに希望がある? 未来がある? 夢がある!? そんな綺麗事を口にしないで!」

「き、綺麗事!?」

「ええ、これが綺麗事じゃなかったらなんて言うの!?」


 湧いてきたのは母さんと同じ、怒りだ。

綺麗事。

2人の意思はそんな言葉ですまされていい物じゃない。

 あなたに何が分かるの、だって?

そっくりそのまま返してやる!

eスポーツに本気で挑むあの姿を、eスポーツに全力で打ち込むあの姿を……!


「何も知らない母さんが、そんな言葉で済ますな!」


 僕は湧いてきた怒りを全力で母さんにぶつけた。

ここまで強い言葉で否定したのは初めてかもしれない。

僕の心にチクリと針が刺さったかのような痛みが走る。

 でもどうしても母さんの言葉が許せなかったんだ。

綺麗事って言葉だけは訂正して欲しかったんだ。

だけど僕の言葉は、火に油を注ぐだけだった。


「何も知らないのはあなたよ! 私が何年あの人の隣で苦しむ姿を見てきたと思ってるの!?」

「……」

「進は常にゲームを楽しんでいた、けれど! eスポーツのプロ選手になってからは変わった! 楽しいゲームがただの辛い仕事になったのよ!」

「で、でも父さんはそのゲームで誰かを幸せにしたと思う!」

「じゃあ誰を幸せにしたの!?」

「そ、それは……eスポーツを見てる皆だよ!」

「つまりそれは! 私もあなたも、自分自身も不幸にして誰かを幸せにする仕事って事でしょ!」

「え……?」

「だから辛いだけなのよ! eスポーツを仕事にするのは!」


 母さんはその後、何かを叫んでいた。

けれどそんなの一切聞こえない。

だって母さんは今……とんでもない事を言ったからだ。

全てが霞むくらい、とんでもない事を。


「黙ってないで何か――」

「し、幸せじゃなかったの……?」


 僕は叫ぶ母さんの言葉を無理矢理遮り、質問をする。

聞き逃す事のできない、母さんの本音を聞くために。


「……幸せだと思うの?」


 その答えを聞いて、僕はよろめきそうになった。

けれど、崩れ落ちそうな足をなんとか立たせて母さんを見る。

 もしかしたら勢いで言っただけかもしれない。

もう綺麗事の訂正はこの際、後回しだ。

だから、お願いだからその言葉だけは訂正して欲しい。


「だって、僕と父さんと母さんは家族で……」

「私達をおいて先に死んだ人が家族? ふざけないで」

「そ、それは流行病で!」

「分かってる! でも結局あの人は私達に何もしてくれなかった」

「そ、そんな事!」

「じゃああなたは進に何回あったの?」

「……!」


 何回あったの。

僕はその言葉で黙ってしまう。

VRCなら数え切れないほどあっただろう。

 じゃあ現実世界ではどうだ?

……恐らく両手、いや片手で足りる。

もしかしたら物心つく前にたくさん会っていたのかもしれないけれど。

 少なくとも僕の記憶には、片手程度の回数しか思い出がない。


「ほら、数えられる程度しかない。そんな人が私達を幸せにできるとでも?」

「……」

「eスポーツの賞金だって、訓練費用や移動費用を考えれば赤字になるわ」

「……」

「結局金銭面でも、家族としての幸せという面でも私が進や好輝を支えていたのよ。それでも好輝は進が私達を幸せにしてくれたというの?」


 その言葉に、僕は答える言葉を持ち合わせていなかった。

父さんが死んでから10年間は母さんが僕を育ててくれた。

 じゃあ父さんが生きていた5年間は、父さんが僕を育ててくれたのだろうか。

父さんが僕達を幸せにしてくれたのだろうか。

……答えは出ない。


「どうやら結論が出たようね。結局進もeスポーツも私達を幸せに出来なかった。議論は以上よ」

「……で、でも」

「……はぁ、なら選びなさい」


 答えが出ない。

けれど肯定ははしたくない。

そんな僕の我儘に呆れたのか、母さんはため息を吐くと僕の目を見てこう言い放った。


「大会に出場するなら家から出て行きなさい。今の好輝なら今後eスポーツの選手を目指すと言いかねない。そんな子を育てるつもりはないわ」

「……そんな!」

「嫌ならeスポーツも大会も、そしてフューチャーからもキッパリ別れなさい。そして違う道を選ぶの」

「……」


 突然出された選択肢に僕はすぐに答えを出さないでいた。

けれど母さんは沈黙を許さない。

「どうするの?」と僕を急かし答えを要求する。

 このまま沈黙を貫けば僕の選択は後者になるだろう。

なら……。


「分かった、出ていくよ」


 僕は、出ていく事を選んだ。

僕の嫌な予感は、憎たらしい程に鋭かった。




♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎



 ガシャン。

私の前でドアが閉まった時、初めて自分がとんでもない事を言ってしまったと実感した。


「……っ! こ、好輝!!」


 私はそれなりに長い人生を積んでいる。

まだまだ50手前の若輩者とはいえ、子供相手に熱くなるような事はないと思っていた。

 けれど、実際はそんな事はなかった。

ただ好輝が私よりも大人だから喧嘩が起きなかっただけなんだと今日、酷く痛感した。


「好輝! 戻ってらっしゃい!!」


 私は人目も気にせず叫ぶ。

喉が痛くなろうと知った事か。

何度転げようが知った事か。

石が食い込む痛みがスリッパから伝わろうが知った事か。

 私は全力で目の前から消えた()()1()()の愛を探して走った。

けれど、どれだけ周りを探しても好輝が見つかる事はなかった。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 私はその場で倒れ込み、好輝とあの人に謝り続ける。

私はただ、もう2度と大切な人が苦しむ姿を見たくなくて、もう2度と好きなものが辛いに変わる瞬間を見たくなくて、だから……。

 けれど、私のやり方は間違っていた。

……ううん、最初から間違っていた。

結局私が守りたかったのはあの子の幸せではなく、自分が苦しまないための幸せだったのだから……。

 でも、気づくのが遅すぎた。

気づいた頃には既に、私はあの子がやりたいと思った事を無理矢理止めようとして、あまつさえ今こうしてあの子を危険に晒してしまっている。

なんてダメな母親なのだろう。


「……おば、さん?」


 私が自分の馬鹿さ加減に嫌気がさしていたその時。

私の視界に1人の女の子が映った。

本当に頼りになる女の子。

私なんかよりずっと大人な、女の子だ。


「陽子ちゃん……」

「ど、どうしたんですか!? それにその格好……と、とりあえず家に戻りましょう!」


 その格好と言われ、私は自分の姿を確認する。

その時初めて気づいた。

私の体には全身無数の傷跡があり、服は泥だけで足元に至ってはスリッパが取れたのか裸足になっている。

 でも私の姿なんて些細な事だ、

今は好輝を探す事が最優先なのだから。

だから私は陽子ちゃんに縋りつき、伝えようとするけれど喉が枯れてうまく喋れない。


「こ……が! こ……きが!」

「落ち着いてください、今は一旦冷静になりましょう! お送りしますから!」


 結局私は何も伝えられないまま、陽子ちゃんに支えられて家に戻った。




「落ち着きましたか?」

「はぁ、はぁ、色々とごめんなさい、それとありがとう。喉の調子も戻ったわ」


 あれから私は陽子ちゃんに家の玄関まで送ってもらい、一杯の水を汲んでもらった。

カラカラの喉を水が優しく潤すけれど、同時に痛みが伝わる。

どうやら喉を切ったらしい。

喉がヒリヒリとしみている。

 

「今お風呂沸かしますから、少し待っててください」

「ま、待って!」


 私はガラガラな声で叫び、陽子ちゃんの腕を掴んで止めた。

陽子ちゃんもその様子によほど深刻な事なのだと理解したらしい。

1つ頷くと、私のすぐ隣に座って目線を合わせてくれる。


「どうしたんですか?」

「その、好輝と喧嘩して私がつい好輝を追い出しちゃって……」

「……成る程、わかりました。事情はつい先程好輝に聞いたので大体予想がつきます。今好輝に連絡してみますね」


 陽子ちゃんはそう言うと、すぐにスマホを取り出し耳に当てる。

 ああ、今思えば真っ先に通話すればよかった。

けど気が動転しててそんな簡単な判断も出来なかった……。

 自分から追い出しておいて、動転してボロボロになるまで探して……バカみたいだ。

そんな風にさっきまでの行動を悔いていると、好輝と通話が繋がったのか陽子ちゃんが口を開いた。


「好輝? 今どこにいるの?」

『よ……こ? い……にいるよ』

「了解」


 少し離れた所からでは好輝の声が聞こえない。

どうやら質問に答えたらしいけど、場所まではうまく聞こえなかった。

 何としても場所を聞きたくて、陽子ちゃんのスマホに顔を近づけると、陽子ちゃんは私の前に手を出しフルフルと首を振る。

 ……確かに私が近くにいるとなると、好輝は答えないかもしれない。

私は渋々頷き、顔を遠ざけた。


「事情は何となく聞いてる。私1人で行くから今から会えない?」

『わ……った、まっ……る』


 途切れる声的に交渉に成功したのだろうか。

陽子ちゃんは私に見えるように、OKのサインを片手で作る。

そして一言二言喋った後に、スマホをポケットにしまいその場から立ち上がった。


「じゃあ行ってきます。場所は人気も多く交番も近い場所なので私達2人でも安全だと思います。何かあったら連絡しますので、おばさんはまずその傷を消毒してください」

「分かったわ、何から何までごめんなさい」

「とんでもないです」


 陽子ちゃんは冷静にそう言って、ドアを開ける。

そして最後にもう一度軽くお辞儀をすると、静かにドアを閉めた。

本当に出来た子だ。


「……ごめんなさい」


 私はもう一度、ガラガラな声で小さく謝り汚れを取るために浴室に向かった。




♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎




「……これからどうしよう」


 僕は街の近くにある公園で、独り言を呟きながらキーコーキーコーと不安な音をあげるブランコをこいでいた。

 勢いで飛び出たはいいものの、この後どうするか全くのノープランだ。

財布にはお小遣いの3000円と、バーベキューの買い出しで余った850円。

 今日過ごすには問題ないだろうけど、このままずっとというわけにはいかない。

明日は普通に学校があるし、いつかは家に帰らないといけない。


「でも、どうする事も出来ないよなぁ」


 あたりはもう真っ暗だ。

照らす光は公園の街頭と、近くを走り去るクルマのヘッドライトのみ。

時間は……夜の8時か。

今日はこのまま公園で寝てしまおうか。


「着信だ……母さんかな」


 僕は恐る恐るスマホを確認する。

けれど僕に通話したのは母さんではない。

 画面に映るアイコンは、昔陽子が家で飼っていたハムスターの写真。

つまりこれは陽子からの電話だ。

僕はすぐに応答ボタンを押して通話に出る。


『好輝? 今どこにいるの?』


 いきなり場所の確認か。

という事は母さんが陽子に連絡したのだろうか。

何で本人がかけてこないんだと少しムッとしたけれど、僕は正直に自分の場所を答えた。


「陽子? 公園にいるよ、第三公園」

『了解……事情は何となく聞いてる。私1人で行くから今から会えない?』

「分かった、待ってる」

 

 僕は陽子の言葉に何度か答え、スマホを切る。

そしてモヤモヤだとした気持ちを夜空に向かって放った。


「なんで母さんから電話してこないんだよ、いっつも陽子を使って……」


 僕が出た後、母さんは全く追いかけて来なかった。

喧嘩した直後だから仕方ないとは言え、その上通話なしは少し苛立つ。

まあ僕の方から通話すればいいんだけど、それが出来てない時点でお互い様か。


「はぁ、まさかこんな大喧嘩をするとはなぁ」


 小さな喧嘩は時々あったけれど、家出まで発展したのは今日が初めてだ。

それに小さな喧嘩だってお互いに叫ぶ事はなかった。

……もしかして、本当に追い出されたのかな。

 急な不安が僕を襲う。

でも追いかけてこないし通話もしないとなれば、そういう事なのだろうか。

 ついヤケにやっちゃったけど、母さんとの関係を壊してまで出場したい大会じゃない。

ここは母さんのいう通りキッパリとやめてしまおうか……。


「はぁ、はぁ、お待たせ好輝、お腹すいたんじゃない? 肉まん買ってきたわよ」

「陽子……」


 陽子がレジ袋を掲げて僕の前に現れた。

その姿がたまらなく安心できて、一瞬泣きそうになる。

 けれど泣いたら馬鹿にされるし恥ずかしい。

僕はズズズッと鼻をすすって涙を堪え、隣のブランコに座った陽子から肉まんを受け取った。


「はむ……ありがと……」


 コンビニの肉まんは実はあまり好きじゃない。

生地が少し湿気っていて、ベチャベチャしてるからだ。

 でも今日の肉まんは違っていた。

体に染み渡る肉の旨みと甘味、そして安心する暖かさを湿気った生地が優しく包み込んでいる。

僕はその美味しさに、ムスッとしていた顔が綻び自然と笑顔になった。


「ハフッハッ……ひひのよ、ひにしはいで」


 そんな僕に陽子は、口から白い煙を出しながらハフハフとさせて答える。

その様子があまりに緊張感がないせいで、綻んだのもあってか僕はつい声を出して笑ってしまう。

 

「……ははっ、どんだけ頬張ったんだよ陽子」

「んぐ……何よ! せっかく心配してきてやったのに失礼なやつね! ……はははっ!」

「「ふふっ、あはははははっ!!」」


 僕達はそれからしばらく、肉まんを食べながらたわいもない事で笑い合った。

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