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VR格闘ゲーム:フューチャー  作者: いるか
第二章 夢と仕事と趣味の狭間で
7/10

彗星突と課題

皆様お久しぶりです。

いるかです。


お待たせしました。

本日より第二章開始となります。

また投稿は約1週間の感覚で不定期に行います。

マイリスト等登録していただければ幸いです。

♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎



 これは夢。

そうだと確信できるのは、愛したあなたが私の目の前にいるから。


『俺はお前を一生幸せにしてみせる』


 嘘ばっかり。


 一生なんて言ったくせに、どうしてあなたは私達の前から姿を消したの?

一生幸せにするなら声を聞かせてよ。

一生幸せにするならあなたの事を忘れさせないでよ。


『お前がいれば、いつだって俺は幸せだ』


 ……てよ。


『辛くなんかないさ、俺は大丈夫だ』


 ……や……てよ。


『俺がお前達を支えてみせる』


 ……やめてよ。


『愛している』


 ――ッ!


「やめてよ!!!!!」

 

 1番嘘であってほしくない言葉。

けれどその言葉までもが嘘に聞こえた私は、無かったことにしたくて無理やり夢から覚めた。


「もう、忘れたと思ったんだけどな」


 人間の脳というのは本当に不出来だ。

覚えたくない物だけ覚えてしまって、忘れたくない事ばかり忘れてしまう。

あぁ、きっと今日の事も忘れないのだろう。


「……」


 忘れてしまいたい。

夢を叶えた結果、苦痛で眉をひそめていたあなたを。

 忘れてしまいたい。

無邪気に遊んでたゲームで苦しんでいたあなたを。

 忘れてしまいたい。

あなたが私達の前から消えた瞬間を。


 けれど、その全てが私の頭から離れない。

まるで頑固な油汚れのように。

どんなにどんなに洗っても、こびりついて離れない。


 ねぇ、どうして死んじゃったの?


 ……分かってる。

あなたがいなくなったのは病気だったから。

決してあなたの意思じゃない。

けれど……割り切れない事だってあるのよ。


「はぁ、駄目ね。夜はどうしても変な事ばかり考えちゃう」


 スマホをつけて時間を確認する。

今は午前3時。

起床時間まであと3時間もある。

早く寝なければ。


「身体中が怠い……もう歳ね」


 明日は大事な会議がある。

その日までは何としても体調は崩さないようにしないと。

ただでさえ最近疲れが中々取れないようになったんだから。

 私は待ち受けにしている好輝の写真を見て、やる気を充電した。

あなたが居なくなった今、あの子を支えられるのは私だけ。

私が頑張らないと。


「母さん? 大丈夫?」


 しまった、好輝を起こしてしまった。

どうやら私の声はよほど大きかったらしい。

好輝が目を擦りながら心配そうにこちらを見ている。


「ごめんなさい、大丈夫よ」


最近好輝は何かに頑張っている。

普段自分から何かをしようとしない子がだ。

……何をしているか気になる。

応援してあげたい。

 けれど親が出来ることは後ろからそっと支えてあげるだけ。

だからせめて睡眠時間だけは奪わないようにしないと。


「そう? なら良かった」

「ふわぁ……ええ、心配してくれてありがとう」

「うん、じゃあおやすみ」

「ええ、おやすみ」


 あぁ好輝、安心して。

私は2度と()()()()()

あなたまでも、あの人と同じような事にはしない。

そして――


 光輝く人生を送れますように。


 あの人があなたにつけた名前だけは……。

私が嘘になんかさせない。




♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎




「それじゃあ行ってきます」

「はい、いってらっしゃい」


 僕は玄関前で、母さんに挨拶をする。

ほんの数日だけしなかっただけなのに、まるで何年もしていなかったかのような違和感が僕を襲う。

もう久々の登校から何日も経つと言うのに。


 日陰との決戦から早いもので3日経つ。 

あれから日陰とは上手く……とは言えないものの、確実に大会前よりはいい関係を結べている。

まだまだ会話はぎこちないけれど、夢の事や家族の事など色々話し合う程には仲が良くなった。

 不思議だ。

あんなに憎み合っていたのに、全力でぶつかり合ったらお互いに認め合っている。

これがゲームの力なのかもしれない。


「おはよー!」

「おっはー!」


 そんな事を考えながら歩みを進めれば、学校までの距離はもう目と鼻の先だ。

見覚えのある人達が挨拶を交わしている。

その様子をなんとなく見ていると、よく話す友人が僕の肩を叩いた。


「おう日向じゃん、おはよー」

「おはよー」

「うん、今日も元気そうだな! 次の試合も楽しみにしてるぞー!」

「ははは、あまり期待しないでよ?」

「またまたご謙遜を〜、じゃあ俺日直だから先いくわ、またなー」

「うん、またね」


 友人はそう言うと小走りなのに、学生達でごった返す通学路を綺麗にすり抜けていく。

褒められた事じゃない職人芸だけど、感心せざるを得ない。


 しかし今日で登校再開から2日目か。

なんだかびっくりするほど問題なく学校生活が再開して驚きだ。

 まあ確かに久々の登校はクラスの皆に色々と心配されたけど、思った以上に僕が元気だったからか話題はすぐに大会の話に移ったっけ。


「かっこよかったよ!」

「いい勝負だったな!」


 僕は歩きながら登校再開初日の事を思い出していた。

あの日は大会を見た皆が僕の周りに集まり、様々な感想を言ってくれたけど、1番多かった感想は「感動した!」だった。

 少し恥ずかしいけれど、でも凄く嬉しい。

もしかしたら父さんもこんな気持ちだったのかな……。

久々の登校日はずっとそんな事を考えていた気がする。

 あれからもう2日が経つのか。

時の流れというのは本当に早い。




「えーでは、今日はここで終わりとする。日直、号令」

「はい! 気をつけ! 礼!」


 日直の号令の元、クラス全員が席から立ち上がり先生に頭を下げる。

そして先生が出て行くのを確認すると、一斉にクラスの皆が騒ぎ出した。

号令があった時よりもよっぽど統率が取れている。

 でも当たり前か。

授業と授業の間の10分間。

ほんの少しの休憩時間だけど、学生の僕らにとってはオアシスのような存在だ。

 統率が取れているのは、そんな貴重な時間を皆が大切にしたいと思っている証拠だろう。

 けど僕は特にオアシスを活かす手段を考えていない。

だから次の授業が始まるまで、自分の机に肘をつきぼーっとしていた。


「はーやっとおわった」

「まだ1時限目て、絶望なんですけど〜」


 特になんも考えてないからか、周りの話し声がよく聞こえる。

 この声は……近くの席の女子達だろうか。

1日が始まったばかりなのに怠いだなめんどくさいだの、朝からやる気がなくなるような話はやめてほしい。

 どうせならその解決策を話し合って欲しい所だ。

まるパクリするから。

 ……あ、勘違いしないでほしい。

僕に盗み聞きをする趣味はない。

 僕達の教室は30人程度の席しかない、比較的狭い教室だ。

嫌でも僕の耳に内容が入ってしまう。

 そう、嫌でもだ。

だからすぐ次に僕の耳が話し声を拾ったのも、不可抗力だと考えて欲しい。


「おい、なんか日陰の様子おかしくないか?」


 男子が何かを言っている。

声の様子からして奇妙なものを見ているようだけど、不快感はなさそうだ。

違和感の方が近いかもしれない。

 日陰は何をやっているのだろうか。

僕はその言葉を発している人間の視線を追う。

そして、確かに様子のおかしい日陰を確認した。


「そう、そこはこの方式を使って……」

「うん、その通り。そこはさっきやった所の応用だね」


 日陰が男女のグループに勉強を教えている。

科目は……教科書を見るに数学。

さっきの授業か。

 流石に狭い教室とはいえ内容は上手く聞こえないけれど、周りの反応を見るに大分わかりやすい説明をしているようだ。

教えられてる生徒達は、うんうんと真剣に相槌をして時に質問し、時にノートへ何かを書き足している。


「明日は槍でも降るんじゃないか?」

「なー普通日陰なら……そんな事も分からないのかい? 本当低俗だねキミは。とか言いそうだけど」


 彼らにはその様子がよっぽど可笑しいのだろう。

談笑している男子グループの内、1人がふざけたようにモノマネをしている。

……悔しいけど面白い。

 ふざけてモノマネをしている割には、仕草や言い方が完璧に仕上がっている。

 髪をかきあげる仕草や、見下ろす角度、癖のある喋り方。

その全てが特徴をうまく捉えており非常にクオリティが高い。

あれは相当練習したな。

 けれど残念。

日陰はもうそんな事はしない。

その仕草のどれもこれもが、自己顕示欲から出たものだ。

今の日陰に自己顕示欲が無いかといえば嘘になるけれど、そんなあからさまな事をしないのは間違いない。


「ははは! 似てる似てる!」

「え? 偉そうだって? はははボクはエリートだよ? 見下すのは当たり前じゃないか」


 ……流石にそろそろ止めたほうがいいだろう。

エスカレートすれば、いじめにも繋がりかねない。

 確かに日陰は間違え、過去そのような言動をした。

その結果、傷ついた人間は僕以外にもいるだろう。

でも馬鹿にしていい理由にはならない。


 人は過ちを繰り返す。

その中でなんとか正解を見つけようとするのが人生なんだ。

 今、日陰はその正解を見つけようと頑張っている。

いくらその頑張りを彼らが知らないとはいえ、見ていて気分の良いものじゃない。

今のうちに止めておこう。

僕は席から立ち上がり、談笑をするグループを注意しに向かった


「あんまり日陰の事、悪くいうなよ。彼はああ見えてあの性格が素かもしれないだろう?」


 僕がクラスの人達にそういうと、声真似をしていた男子は目をパチパチとさせて僕を見る。


「え、日向がそれをいうのか? お前日陰に相当言われてたじゃないか。それで不登校にだって……」

「まあね、でもそれは昔の話だ。今の日陰はそんな事しないよ」

「そ、そうか……なんかごめん」

「いや大丈夫、僕の方こそ談笑を止めてごめん」


 確かに僕は日陰に一度、人生をめちゃくちゃにされるかも知れない程に追い詰められた。

結果なんとかなったけれど、じゃあ全てを許せているかと言われれば……嘘になる。

 場合によってはあのグループに入っていた未来もあるだろう。


 でも日陰と全力で戦って、彼の想いや考えを受け止めた僕に憎み続けるなんて事はできない。

彼は変わろうとしているんだ。

 だから僕もまた、許す事でより良い関係へと変わっていこうと思う。

僕はそう思いながら席についた。


「別に止めなくてもいいのに」


 あぁ変わるいえばもう1人、変わった人間がいた。

僕が席に戻ると、その人間が隣の席から僕に声をかける。


「そんなこと言うなって、日陰ももう陽子にちょっかい出してないんだろ?」

「それはそうだけど……」

「それに僕はもう気にしてないから」

「まあ、好輝がそう言うなら良いけどさ……」


 僕の言葉に陽子は目も合わせず、現代文のノートと教科書を見ながら不機嫌に言葉を返す。

まあ陽子も日陰関連では色々あったからなぁ。

すんなり許した僕に少し苛ついているのかもしれない。


「ごめんね、陽子」

「別に好輝が謝る理由なんてないわよ」

「……うん」

 

 思い返せば陽子には色々と助けられた。

フューチャーの事で喧嘩をしてしまったけれど、陽子はそれでも僕のそばにいてアドバイスをくれた。

本当に僕はいい幼馴染を持ったと思う。

今度シャイぜのポテト奢ってやるか。


 あ、そうそう。

変わった云々の話だったか。

誰が変わったか、だけどそれはもちろん陽子だ。

じゃあ何が変わったのかと言えば……。


「ところで陽子、次の授業なんだっけ?」

「現代文よ」

「あーそっか、ありがと」

「いいえ」


 なんと陽子が休み時間に勉強しているのだ。

いつもなら同じような質問しようとしても、寝ているか友達と話しているのに。

かなり集中して勉強をしている。

 一体どういう心境の変化なのだろう。

しかも現代文だけ。

 前に少し聞いてみたけど「別に……」とだけで答えてくれなかった。

うーん、気になる。

 まあなんにせよ、勉強の邪魔は良くない。

相手にしてくれなくて若干の寂しさはあるけれど、僕も陽子を見習って勉強をしよう。




「評価、大分戻ってきたな……」


 あれから数時間後。

あんなにも青かった空も黄金色に変わり、1日の終わりが近い事を実感するこの時間。

僕は学校から帰宅して、予習を終えた後にスマホを開き最近の日課をする。

 その日課とは、ネット上で父さんがどう言われているかの確認だ。

あの試合から父さんへの誹謗中傷はなりを潜めつつある。


 けれど、完全に無くなったわけではない。

頻度が少なくなったとはいえ、アンチがまだいるのは事実だ。

根絶はまだまだ先だろう。

 といっても、今のところ特に解決策があるわけでもない。

強いて言うなら、時間が解決してくれるのを待つくらいか。

 だから僕が出来る事といえば、大会で無様な負け様を見せない事……なのだけど……。


「今日の戦績、3勝2敗……か」


 オンラインマッチの戦績を見ると不安しかない。

ここ最近、つまる所この2日間の勝率は約6割。

単純に計算するなら、平均よりかは少し上って所だろう。

……低い、低すぎる。

 大会に出場するのは8000人の中から選ばれし8人だ。

日陰クラスやそれ以上の猛者がわんさかいるだろう。

一応僕もその中に入るけれど、入れた理由は運が良かっただけで、実力ではない。

 運も実力のうちとは言うけれど、運込みでも実力が低すぎる。

そんな中で平均より少し上程度の実力しか無い僕が勝ち上がるには、彗星突を決める必要がある。

しかし……。

 

「はぁぁぁぁぁ、皆対策組むの早すぎだろぉ」


 僕はVR機器を外して床に寝転ぶ。

そして今までの戦いを振り返り、大きなため息と共に文句を天井に吐いた。

 僕が勝率6割の理由。

それはずばり、彗星突の対策だ。

特に今日のオンラインマッチはそれが顕著だった。


『――! 避けられた!?』

『くっ! 打つ隙がない!』

『し、しまった、読まれた!』


 ……はぁ。

戦いを思い出すだけでため息が出る。

 悔しいけどはっきり言おう。

僕が日陰に勝てた理由。

それはまぐれだ。

僕の運が日陰の実力を凌駕する程高かった。

それだけの事だ。


 日陰との試合を振り返ればよく分かる。

日陰は僕の彗星突発動を妨害しなかった。

そして真正面から勝負を受けた。

これが僕の勝因だ。

 この条件を満たさないだけで、僕の戦績はガクンと下がる。

今日負けた理由も全てその条件を満たさなかったからだ。


 彗星突は確かに強い。

決まればほぼ僕の勝利は揺るがない。

けれど、その高い威力の代償に隙が多く存在する。


 ため時間の長さ。

軌道の読みやすさ。

発動タイミングの分かりやすさ。

 隙は上げ始めればキリがない。

僕は今まで漠然と父さんをすごいと思っていた。

けれど同じユニット、同じ必殺技を使うと改めて父さんがどれだけ凄い技術を持っていたかを痛感する。


 これほどまでに対策のされやすい技を、いかにして相手に当てていたのだろうか。

気になるけれど、10年前の記録はどこを探しても見つからない。

 昔あった記録は母さんが僕のために消したし、動画サイトでは権利の関係か殆ど削除されている。


「……これ、かなりマズくないか?」


 今度は天井に向かって不安を吐く。

けれど、当然ながら天井からの返答は無かった。




 次の日、学校が休みの僕は気分転換に1人街へ出かけた。

特に目的があるわけでもない、ただの散歩。

強いて目的を言うなら、このどん詰まり状態を解消できる何かがないか探している。

 季節はまだまだ春。

考えながら歩くには良い季節だ。

次第に気分も明るくなってくる。

 けれど気分は明るくなっても何かは見つからない。

それどころか、お腹が減り始めた事もあって思考は段々とご飯の方へと移っていく。

今日のお昼、何が良いかなぁ。


「あれ、こんな所にショッピングモールなんてあったっけ?」


 そんな時だ。

ダラダラと歩いて約30分。

僕の中で丼ものと定食、どちらにするか熱い1人昼食サミットが行われていた時、とても大きなショッピングモールが目に入った。

 そういえばここは少し前まで工事中だったな。

今いる場所はあまりこない場所なので、工事している事すら忘れていた。

最後に来たのはいつだっけ。

何年前とかの次元だった気がする。


「いらっしゃいませー」


 僕はなんとなくそのショッピングモールに入る。

ずっと何かを考えながら歩いていたからか、気付かなかったけど結構汗をかいていた。

僕を出迎えるように体をすり抜ける人工的な風が、ひんやりとして気持ちいい。


「せっかくだし、ちょっと見てくかなぁ」


 どうせ目的のない散歩だ。

少し寄り道していこう。

もしかしたら現在中断しているお昼決めサミットに、新たな刺激が加わるかもしれない。

僕はそう思い、6階層あるショッピングモールを1階づつ探索して行った。




 あれからどれくらい経っただろう。

お昼決めサミットはより一層激しさを増している。

1階から2階の食用品売り場では家で何かを作る派が生まれ、3階のフードコートではパスタとラーメンが加わった。

 丼ものか定食かパスタかラーメンか、はたまた家で何か作るか。

様々な各国の首脳が加わり、もはや終わりが見えない。

いっそ全て混ぜてしまおうか。

 

「……ちゃん、すげー! ……連勝だよ!」

「ん?」


 僕は炭水化物のカオス理論へと到達しそうにあるサミット首脳陣をなんとか抑えながらエスカレーターで4階に進む。

 そして4階にたどり着いた時、僕の耳に子供達がキャッキャと叫ぶ声が入って来た。

よく聞こえなかったけど、連勝という事はゲームだろうか。

 各階層の案内板をみると、ここはゲームセンター及び子供用品売り場らしい。

通りで家族連れが多いわけだ。

見渡せば子供と大人が半々くらいいる。

 おや、手前にゲームセンターがある。

こんな所に設置するとは、親御さんはさぞ苦労するだろう。

 ジャンジャンと鳴り響くゲーム音や、ジャラジャラと高い音を鳴らすメダル同士のぶつかる音が、子供達においでおいでと手招いている。

そうだな、ここは童心に帰って軽くゲームでもしていくか。


「ははは、たまたまだよ。君達もやってみるかい?」

「えー、兄ちゃんみたいに勝てるかなー」


 ……?

手招きに従いながらゲームセンターエリアに近づくと、どこかで聞いた覚えのある声が聞こえる。

 学校の友人だろうか。

いや、それにしてはどこか品がある。

僕の友人達に品が無いとは言わないけれど、まるで王子様のような喋り方と優しい声を持つ友人は僕にはいない。

 まあ折角近くまで来たんだ。

ついでに覗いてみるか。


「うんその操作であっている、上手いな健太くん」

「そう? へへっ兄ちゃんに褒められると照れるな」


 なるほど理解がいった。

声の正体はマサヨシだった。

どうやらアーケードのフューチャーを小学生低学年くらいの子供達に教えているらしい。

 バーチャルビジョンフィールドを見ながら、上手いこと指示を出している。

もう長い事やっているのだろうか。

周りの子供達からは兄ちゃん兄ちゃんと慕われている。

 しかし教え方が上手い。

今行われているのが子供達用のフューチャー教室イベントと言われても、違和感がないほどだ。


「あれ、君は日向くんか、こんな所で奇遇だね」

「あはは、こんにちはマサヨシくん、邪魔しちゃったかな?」

「ははっ、邪魔なんてとんでもない。フューチャーは皆のものだ。日向くんも遊びにきたのかい?」

「いや、僕は楽しそうな声が聞こえたからついね」

「そうか、なら見て行くといい。この子達は次のフューチャー世代を支える天才達だ」


 マサヨシはそう言うと、目線を僕からフューチャーに戻し、うんうんと頷いて教室を再開する。

 しかし凄いな彼は。

日向くんも遊びにきたのかい?と言うことは、彼がここに来た目的は遊びなのだろう。

 大会前だというのに遊ぶ上に、子供達にアドバイスをするなんて余裕があるにも程がある。

まあ僕も1人昼食サミットなんてのを開いているんだ。

人のことは言えないけれど。


「うわー負けた!」

「惜しかった、最後の攻撃が当たっていれば勝てそうだったな」


 マサヨシは悔しそうな子供にそう言うと、後ろでまつ子供と交代させる。

なんというかあれだな。

悔しそうな子供達を宥めつつもコントロールする様は、教室の先生というより遠足の先生のようだ。

 マサヨシは子供が好きなのだろうか。

僕は嫌いじゃないので、その様子を微笑ましく思いながらしばらく眺めていた。

 けれどどうやらそろそろ時間らしい。

腹の虫が高らかに音を鳴らし、サミットを再開しろと主張してくる。

 なのでそろそろ移動しようかなと思ったその時、僕の袖を男の子が「ねぇねぇ」と引っ張っり止めた。


「お兄さんって、マサヨシ兄さんと同じ大会出場者だよね?」

「え、あ、うん、よく知ってるね」

「うん、おれ大会で見てたよ、応援してた」

「そっか、ありがとう」


 あの時の試合は色々必死すぎて気づかなかったけど、意外と応援してくれている人達は大勢いたんだな。

僕はその事が嬉しくなって、しゃがんで男の子と目線を合わせ「ありがとう」と笑顔で伝える。

けれど、次の言葉で僕の笑顔はピシリと凍りついた。


「へへへ! それでね、気になるんだけど、お兄さんとマサヨシ兄さんってどっちが強いの? 勝負してみて!」

「え?」


 前回僕はマサヨシに惨敗した。

だからか若干トラウマがある。

あの時と比べれば技術も精神面も強くなったとはいえ、それでも若干抵抗はある。

 それに彗星突の対策に対してどう動くか模索している段階で、マサヨシと戦うのは若干気が引けた。

マサヨシも当然彗星突の対策はしているだろうし、負けは見えている。


「そ、それはマサヨシ兄さんの方が強いに決まっているよ、だから僕よりもマサヨシ兄さんに――」

「いや、分からないよ日向くん」


 だから僕は上手いこと興味を逸らそうとしたけれど、マサヨシがそれを許さなかった。

僕の言葉を中断するようにして入り、僕の目の前に立つ。


「どうだろう、ここで一回勝負してみないか?」

「え、いやでも……」

「子供達のことなら気にしないでほしい。いい子達だ、きっと一戦くらいなら順番を譲ってくれる。ね?」

「「「うん!」」」


 どうやら僕以外の皆がノリノリらしい。

子供達が一斉にマサヨシに答えた後、まるで打ち合わせでもしていたかのように子供達がフューチャーから離れ、僕たちの試合を待っている。

いや、君たち本当に打ち合わせしてないよね?


「俺も君の試合は見ていてね、是非とも一回改めて手合わせを願いたい所だったんだ」

「……分かった」


 ここまでされると、もう断るのは不可能だ。

子供達のキラキラとした目線が痛すぎる。

僕は雰囲気に流されるまま、フューチャーにお金を入れた。


「おおお! サン・フレアだ!」

 

 僕のユニットがバーチャルビジョンフィールドに現れた瞬間、歓声が周りから溢れ出す。

その歓声に釣られてか、気づけば周りの観客は知らない大人達まで増えていた。

 けれど意外だ。

さっきの子以外もサン・フレアを知っているとは。

 サン・フレアを知っているという事は、僕の試合を見てくれたか、父さんの試合映像を見てくれたという事だろう。

どちらにしても嬉しい事この上ない。



「いい勝負にしよう」

「……うん」


 僕はマサヨシの言葉に小さくそう返し、皆の期待を胸にコントローラーをギュッと握る。

そして……。


『スリー、トゥー、ワン……ゲーム、スタート』

「ゴーッ! サン・フレア!」

「いくぞ、アキレス!」


 機械による試合開始の掛け声と共に、僕達はユニットを前に出した。


 今回のフィールドは海岸。

このフィールドは足場の種類が豊富というのが特徴だ。


 無個性のアスファルト地帯。

足場の悪い砂浜地帯。

スピードに制限が掛かる水中戦に持ち込める海中。

 自分のユニットや相手のユニット、そして状況等を考えて戦うフィールドを選ぶこの海岸は、フィールドの知識を制するものが、試合を制するようにできている。

 セオリーとしては、まず無個性なアスファルト地帯で様子見を――


「まずは挨拶がわりだ!」

「――!!」


 しかし前回同様、マサヨシは僕に様子見を許してくれない。

アスファルトに降り立った瞬間、僕の目の前に斬撃が飛んできた。


「くっ!」


 僕はその斬撃を槍で受け止める。


 避ける事もできた。

しかし一度避ければ連撃に繋がってしまう。

アキレスの性能を考えるにそれは最悪手だ。

流れを完全に掴まれる。


 ならば――!


「そらっ!!」


 僕は斬撃を受け止めた後、エネルギー強化を全身に行い、ありったけの力を込めてアキレスを弾き飛ばす。


「なっ!?」


 いきなり僕が勝負を仕掛けるとは予想していなかったのだろう。

アキレスが吹き飛ぶと共に、マサヨシは驚きの声をあげる。


 確かに序盤からエネルギーによる強化を行えば後半息を切らしてしまう。

けれど僕が大量にエネルギーを使う場は、彗星突くらいだ。

 マサヨシも彗星突を対策していると仮定すれば、使用機会はまずない。

ならばここで使ってしまっても構わないだろう。

 それに何も無策で使ったわけじゃない。

この手こそ、僕が勝負を掴むために必要な最善手であると考えたからだ。



 姿勢制御ができないまま吹き飛んだアキレスは、海上でやっと制御を取り戻した。


 このままでは、また同じ攻撃が僕の元に来る。

だからすぐさま次の行動に移る。



 僕は槍を力強く構え、砂浜に向かって投擲した。



 砂浜に槍がぶつかる。



 その瞬間砂浜は大きく舞い上がり、そして……。



 大きな波の如くアキレスを襲う!!


「し、しまっ――!?」


 僕はマサヨシが驚き操作ができない瞬間を狙って、槍を拾いながら砂の波を潜り距離を詰める。


 そして、アキレスの目の前にたどり着いた。


 日陰の時と同じような戦法だけど、こっちはスケールがちがう。


 それに今回は、目眩しが主な目的じゃない。


「そらっ!!」

「フッ!!」


 僕はたどり着いた瞬間、片手で槍を薙ぎ払う。


 しかしそんな不意打ちにもマサヨシは、体を柔軟に曲げる事でかわしてみせた。


 やっぱりマサヨシはすごい……。

けれど、僕の目的は攻撃なんかじゃない!


 ガシャンッ――!!


「ッ!?」


 僕は槍を避けたアキレスの肩を、フリーなもう片方の手で掴む。

そして、海中に旧落下した!


「海中じゃそのスピードは活かせない!」

「フフッ、やるな! 日向好輝!」


 やっと目的が達成できた。


 水中では水圧の再現によって、水中にいる全てのユニットのスピードが下がる。


 その下がり方は早ければ早いほど下がるようになっている。


 そのため水中戦においては僕の方が速くなる!



 最初の斬撃の瞬間から一瞬で作り上げた戦略。

その戦略が見事成功して僕は舞い上がる。


 がしかし……僕は1つ計算違いをしていた。


「だが、甘い!!」

「そんなっ!?」


 アキレスのスピードは、まるで下がっていない!


「な、なんでだ!?」


 僕はアキレスを追いかけるも水中によってスピードが下がっているため、全く追いつけない。

そして戸惑う僕を見たマサヨシは、勝負を決める言葉を呟いた。


「ラピドゥス・イーリアス!」


 ブォォォォォ!


 アキレスが赤と青の輝きに包まれると同時に、アキレスのジェット機から激しい海流が生まれる。


 そしてサン・フレアがその海流に足元を取られたその刹那――!


「えっ……?」


 僕のメインカメラには、沈みゆくサン・フレアの()()が映り込んでいた。


『パーフェクトキル ウィナー、アキレス!』


 その言葉が耳に入ると同時に僕の画面には「You Lose」という、敗北を知らせる文字列が並んでいた。


「「「す、すげぇぇぇ!」」」


 子供達がマサヨシの元に集まる。

勝者を称え、キャッキャと騒いでいる。

僕の元にも慰めか子供達が来てくれるけれど、正直今はその気持ちに応えている暇がない。

何故なら、目の前でありえない事が起きたからだ。


「なん……でだ?」


 海中においてマサヨシのユニットは、まともに動く事すら叶わないはず。

にもかかわらずマサヨシは必殺技を使い、一瞬にしてサン・フレアを斬首してみせた。


 マサヨシは、俺の知らないことを知っている。


 その事実に強く打たれた僕は、改めて彼との実力差を痛感した。




♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎




 驚きだった。

最初に試合をしてからたった1週間と数日。

フューチャーのプレイヤーとして成長しないだろうと突き放した日向が、あの日陰を破った。

 その事だけでも驚きなのに、まさか一瞬とはいえ俺が本気を出さざるを得ない状況まで持ち込むとは……。


 恐ろしい。

一体彼はどれほど強くなるのだろうか。

今まで様々なプレイヤー達を見てきたけれど、ここまでの逸材は他にいない。


「日向くん、無理言ってすまなかった。お詫びにお昼を奢らせてくれ」

「……え、いや悪いよ」

「いいから、ほんの気持ちだ」

「んーじゃあお言葉に甘えて……」

 

 見逃せない。

俺が強くして、強くして強くして、そして……。


 全力を出し切れる戦いをしたい。


 俺は心から湧き上がる戦闘本能をなんとか押さえつけ、日向好輝と共にレストランに向かった。




♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎




 しまった……。

お腹が減っていたからつい誘いに乗ってしまったけれど、まだサミットは終わっていない。

 家で作るという選択肢は消えたけれど、それでも丼もの、パスタ、ラーメンの4つが選択肢にあるのは変わらない。


「今日は誘ってくれてありがとう」

「気にしないでくれ、なんでも好きなのを選んで欲しい」


 ありがとう。

けれど実は、その好きなものを選ぶのに困っているんだ。

でもここまで来て悩むわけにはいかない。

えっとメニューメニュー……。

……ッ!


「じゃあこの期間限定ハンバーグ定食を……」


 日本人というのは呆れるほど期間限定に弱い。

ハンバーグ定食のどこに期間限定があるのだろう。

今にして思えばそんな疑問が湧くけれど、期間限定なら仕方ない。

他首脳達も仕方ないと納得してくれている。


「なるほど了解した、とても美味しそうだ。店員さーん!」


 あらやだイケメン。

この一瞬で昼食を決めたというのか。

マサヨシは店員さんを呼ぶと、僕の頼んだメニューと焼き鮭定食を頼んだ。

 そんなものもあったのか。

僕がメニューを見返すと、そこには確かに焼き鮭定食があった。

……期間限定という文字とともに。

 色々この店にツッコミ要素が出てきたけれど、折角招待してくれた店だ。

いちゃもんをつけるのはよろしくない。

僕は歯茎の裏まででかかったツッコミを水で飲み込み、注文を待った。


「……」

「あ、あの……」

「ん? どうしたんだい?」


 き、気まずい!

というか僕がメニューを選ぶ所から今までじっと僕の事を見つめている。

 あれかな。

マサヨシの住んでた地域では、これくらいの距離感が普通なのだろうか。

僕はまだマサヨシと話したことが無いので、正直近すぎる感じがある。

 僕が変なのだろうか……。

というか見つめるくらいなら話しかけてくれ。


「えっと、改めてありがとう、お昼奢ってもらって」

「ははっ、気にしないで欲しい日向くん、それより今日から好輝と呼んでいいかな? 俺の事はマサヨシと呼んで欲しい」

「え、あ、うん、分かったよマサヨシ」


 うーんぐいぐい来る……。

用意してある会話デッキから距離感的にちょうどいいカードを取り出すも、マサヨシはお構いなしだ。

どんどんと距離を詰めてくる

 別に嫌というわけではないけど、こうもいきなりぐいぐい来られると少し不安だ。

何を考えているのか探りたくなってしまう。

僕の悪い癖だ。

 でもちょうどいい機会でもある。

相手が詰めてくれるなら、こっちも遠慮なしに質問をしよう。

どうしても聞きたいんだ。

どうして水中でも動く事ができたのだろう。


「えっとマサヨシ、今日の事なんだけど……」

「ん? あー水中戦の事かい?」

「そうそう、それでどうして水中でも動けたの?」

「あーそれは簡単な事だ、ちょっとした裏技だよ」


 僕はダメ元で質問をした。

しかしマサヨシは僕の考えとは裏腹に、びっくりするほど色々と素直に教えてくれた。


 水中でもスピードが変わらずに動けたのは、海中戦の減速がユニットのジェット機を起動させてから2秒間、つまり初速にかからないからだそうだ。


これを利用すれば常に初速、例えるならジェットエンジンを起動しては止め、起動しては止めを繰り返すと減速なしで動けるらしい。

それどころかスピードを極めたユニット、それこそアキレスであれば減速が掛かる前に敵の前に到着する。


 なんて裏技だ、バグじゃないのか?

そう思ったけど、どうやら仕様のようで運営が正式に水中戦の裏技を認めている。

本当にマサヨシは色々と詳しい。

そんな情報、ネットには一切乗っていなかった。


「他に知りたい事はあるかい?」

「え、いや、そりゃまあ……でもいいの?」

「いいの? とは?」

「いやほら、情報って大事でしょ? 色々と」


 僕が驚いていると、マサヨシはまるで抵抗なく色々と教えようとしてくれるので、僕はついそんな事を聞いてしまった。


 情報とは一種の武器だ。

知ると知らないの違いだけで大きな差が生まれる。

僕がダメ元で聞いたのもその事が理由だ。

今回の戦闘がいい例で、僕が水中戦の仕様を知らなかったためにマサヨシに負けた。

 水中戦に限らず、他にも様々な情報があるだろう。

にもかかわらず全てを教えてくれようとしてくれるマサヨシに、僕は失礼ながら若干の警戒心を感じてしまう。


「ああそんな事か、それなら問題ない。この程度の情報なら大会出場者は誰もが知っている。それに情報に差があるのはフェアじゃないだろ?」


 あ、あはは、皆知っているのか……。

どうやら知らなかったのは僕だけらしい。

改めて僕がどれだけ他と比べて劣っているのか気付かされた。

 警戒心を抱いてたのがバカになる。

そもそもで教えても害のない情報ばかりなのか。

 ……よし、ならせっかくのチャンスだ。

色々と聞いてしまおう。

聞きたかった事はいくつもある。


 とりあえず最初は……そうだな。

いきなりだけど、対策についてどう対応していけばいいか、色々聞いてみよう。


「マサヨシ、彗星突についてなんだけど……」

「彗星突かい? 詳しい事なら君の方が知っていると思うけど」

「いやそれが最近彗星突の対策に困っていて……」

「なるほどね、確かに前回の戦いで彗星突の有用性が全国に再周知されたばかりだ。対策されるのも仕方ない。であればそうだな……」


 それから暫く僕達は時間も忘れて対策について話し合った。

僕達が時間という概念に気づいたのは、レストランがディナータイムになった頃。

気づけば18時を過ぎていて、僕達は急いでそれぞれの家へと帰宅した。

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