日向と日陰
『さぁ始まりました! 世界大会予選大会本戦、第一回戦! 記念すべき最初の戦いを行うのはーーーーー……日陰努選手と、日向好輝選手だぁぁぁぁ!』
「「「ワーーーーーッ!」」」
実況が終わるとと同時に、僕は会場がはちきれんばかりの歓声を背に受け、一歩一歩足をアーケード台に向かわせる。
緊張と重圧と、そして少しの高揚感でソワソワする。
けれど日陰はそんな僕に対して、さも目の前の光景が当たり前のように自然に歩みを進めていた。
「ふーーーーっ」
大きく深呼吸。
胸に押しかかる様々な考えを空っぽにし、ただ全力で戦うために精神を統一する。
激しく鳴り響く鼓動。
歓声から生まれるピリピリとした緊張感。
沢山の視線と重圧を感じ吹き出す汗。
その全てが僕の人生では初体験で、どうしたら治るのか分からなかった。
でも、不思議と嫌なものじゃない。
なんだろう……確かに怖い、怖いけれど……。
「楽しみだ……」
ああそうか、楽しみなんだ。
自然と口からこぼれ落ちた自分の言葉に、僕はとても納得した。
恐らく少し前の僕であれば、楽しむより前に胸の中で渦巻く様々な感情や考えで吐いてしまっていただろう。
でも、失敗しても次の考えをまた見つければいい。
そう思えた今の僕は、今の状況が楽しくて仕方ない。
「フンッ、何笑っているんだい? 気色悪い男だね」
日陰はそんな僕をみて一瞥すると、コントローラーを握る。
けれどそんな日陰もどこか楽しそうだった。
僕を処刑するとかなんとか言っていたけど、結局のところ日陰も楽しくて仕方ないんだろう。
もしかすると、僕は日陰を誤解していたのかもしれない。
『さあ今、両者がコントローラーを握りました! 頭にはVRがつけられ両者共に戦闘態勢になっております!』
おっといけない。
今はそんな事を考えてる暇はない。
日陰は強い。
きっと今の僕よりもずっと強いはずだ。
そんな日陰に僕は今から勝とうとしている。
であれば、ごちゃごちゃ考えてる余裕なんてあるはずがない。
僕の持ちうる全てをぶつけるんだ。
そして、勝つんだ!
『さあ画面上にカウントダウンの数字が現れます!』
実況と同時に、カウントダウンの数字が僕の目の前に現れる。
『3!』
僕は固唾を飲む。
『2!』
僕は握ったコントローラーを、もう一度ギュッと握りなおす。
『1!』
そして――!
『ゲームスタートォォォォ!!!』
「ゴーッ! サン・フレア!!!!」
「蹴散らせ! アーリ・マンユ!!!!」
僕達は自分の魂と、そして自分自身に気合を入れてユニットをフィールドに送り出した。
「場所は荒野フィールドか」
今回の戦闘舞台は、サバイバルバトルと同じく荒野フィールド。
けれど流石にあの時以上の大きさは無い。
つまり――
「そこだぁぁ!!」
このフィールドには隠れるよう場所がなく狭い。
故に索敵が非常にしやすくなっている。
僕はすぐにアーリ・マンユを見つけた。
そして全ての勢いを乗せて、全力疾走の突撃を挨拶がわりにお見舞いする。
が……やはり一筋縄ではいかなかった。
「フンッ、こんなもの!!」
僕の突撃は軽々と右腕で止められ、逆に僕の勢いを利用して遠くへと投げ飛ばされる。
でも、この攻撃が効かない事は想定済みだ。
僕はすぐに着地をし体勢を整え、相手の出方を伺う。
「攻撃は終わりかい? なら次はこっちの番だ!」
アーリ・マンユは、重装甲のユニットとは思えない速さで僕との距離を詰める。
しかしアーリ・マンユが早いという事は既に知っている。
だから事前に対策は済ませておいていた。
「なにっ!?」
僕は敵の攻撃が来るまでにエネルギーをチャージしておいた右腕で、思いっきり地面を叩く。
その瞬間、僕達の目の前で土煙が舞った。
日陰達が行う自己強化の応用だ。
僕のユニット、サン・フレアは全てのステータスが平均値に収まっている。
だから自己強化をした所で、日陰の攻撃力には敵わない。
けれど、自己強化が出来ないわけじゃ無い。
こういう使い方だってあるんだ。
「くそっ、どこだ!?」
日陰は想定外な僕の動きと視界ジャックで混乱しているのか、土煙が舞った場所から動く様子がない。
アーリ・マンユの足音が一切聞こえなかった。
であれば恰好の的だ。
動かないという事は、姿が見えなくても場所が分かるという事なのだから。
土煙が舞ったと同時に空中に逃げた僕は槍を両手で握り、そして突き刺すように地面に向かって思いっきり落下攻撃をした。
「ガキンッ――!!」
しかし、やはり金属に弾かれる甲高い音と共に僕の攻撃は弾かれた。
でも弾かれるのも想定内だ。
僕は瞬時に土煙から脱出する。
そして、対アーリ・マンユ戦用の作戦を実行する。
「これでもくらえ!!」
僕は土煙から抜け出した直後、次は背後に周り攻撃をする。
「なっ! どこだ!!」
次は右腕に攻撃。
「チッ、チマチマと!」
次は左腕に攻撃。
「――! クソッ!」
常にアーリ・マンユとの距離感を意識する。
そして僕の武器の特徴である、獲物の長さを利用して絶対に攻撃が届かない位置から攻撃を繰り返す。
日陰はまだ僕の姿を捉えていない。
土煙の中、当たりもしないのに無闇矢鱈に攻撃を繰り返していた。
「くっ、これは何の嫌がらせだい!? キミの攻撃は一切効かないってのに!!」
日陰はイラつきを隠す事なく、僕に向かってそう叫ぶ。
そう、日陰の言う通り僕の攻撃はアーリ・マンユに一切通用しない。
体力を削る事すら叶わないだろう。
でも日陰は頭に血が上りすぎて気づいていない。
僕が狙っているのは、体力なんかじゃないんだ。
「――!? おまえぇぇぇぇぇぇ!」
どうやら日陰はようやく気づいたようで、一目散に土煙から逃げるように立ち去る。
でももう遅い。
僕は既に、アーリ・マンユの弱点を見つけた。
「――!?」
僕は槍を構え、土煙から出る一瞬を狙う。
そして、アーリ・マンユの左肩に向かって槍を思いっきり投げた。
「しまっ――!」
突然襲いかかる槍。
その槍を瞬時に右腕で捉えようとした日陰。
しかし、何もかもが遅い。
思えば最初の戦闘から違和感を感じていた。
重装甲とは思えないスピード。
異様に多用する右腕。
特に右腕の使用率はかなりの違和感があった。
日陰はやけに右腕を使い、そして初見である筈の彗星突すらも右腕だけで防いだ。
慢心していたなら納得できる。
見下していたなら納得できる。
けれど日陰はあの時――
『なんだい、このちんけな攻撃は。無駄に驚かさないでくれるかな?』
そう言っていた。
無駄に驚かさないでくれるかな
あの時僕は、この発言を嫌味として捉えていた。
けれどもし――
もし文字通りであれば。
日陰は確実に勝利するために、あえて右腕だけで防いだ事になる。
だから僕は土煙の中情報を集めた。
どうしてあえて右腕だけで防いだのか。
どうして重装甲であるにも関わらず早く動けるのか。
そして導き出した答え。
それは……。
「ガシャンッ――!」
左腕の装甲が、ハリボテであるという事。
僕は初めてアーリ・マンユから、スクラップが崩れ落ちるような崩壊の音を聞いた。
『おっとぉぉぉぉ! 日陰努くんのユニット、アーリ・マンユの左腕がまさかまさかの大破損!!』
「クソォォォォッ!!」
日陰はありえない筈の事態に動揺。
動かなくなった左腕を庇いながら、その場から逃げる。
「逃がすかっ!!」
そう、逃がすわけにはいかない。
この作戦は不意打ちな上に、土煙から逃げないという可能性に賭けたギャンブルの上に成り立つもの。
2度と成功はしないし、冷静さを取り戻せばこの先大きなチャンスが来る事はないだろう。
仕留めるには今しかない!
無防備になった左腕を狙うんだ!
「流れるは彗星! 道のりは流星!」
「――ッ!!」
「彗星突!!」
『うぉっと! 日向くん、ここで必殺技、彗星突を決めるつもりだぁぁぁぁ! 白く流れる彗星は、アーリ・マンユを貫く事ができるのかぁぁぁぁ!』
「うぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「クソッタレェェェェェェェ!」
全ての勢いを体に乗せる。
白く発行したトリアーナ。
特訓に特訓を繰り返し完成させた彗星突。
その輝きは、見た事が無いほどに鮮やかだった。
「くらぇぇぇぇ!」
全力の彗星突。
試合を決める僕の必殺技。
その彗星は――
「なーんちゃって」
「うそ……だろ……?」
アーリ・マンユの右腕で、軽々と掴まれていた。
「僕が自分の弱点を対策してない訳が無いだろ!!」
「くっ――!」
日陰のその言葉と同時に、動かせないでいたサン・フレアの腹部に蹴りの衝撃が訪れる。
無抵抗の僕は体力ゲージをみるみると減らされ、吹き飛ばされた。
相変わらずの攻撃力の高さに、サン・フレアの装甲は悲鳴をあげる。
たった1発の蹴りで僕の体力は5割も削られた。
「フフッ、砂埃で視界を奪うのは素直に褒めてあげるよ、でも爪が甘すぎるんだ。破壊された後の対策を考えてないとでも?」
「……全部演技ってわけか」
「フフッ、大正解だよ、日向クン」
『ま、まさかぁぁぁ! 窮地に陥ったと思われた日陰くん、なんと迫真の演技で立場を逆転したぁぁぁ!』
蹴り飛ばされ動けないでいるサン・フレア。
その様子を悠々と見下すアーリ・マンユ。
まさしく立場の逆転。
実況は今の状況を盛り上げ観客を煽り、そして痛烈なまでに逆転された事を僕に知らしめた。
「さあ反撃と行こうか日向クン」
「……」
日陰はそう言うと、右腕を大きく振り上げる。
そして一気に振り下ろした。
「くらえっ!!」
「――ッ!」
寝ている場合じゃない。
この一発を貰えば、冗談抜きでおしまいだ。
僕は無理矢理サン・フレアを動かし逃げる。
けれど逃げてるだけじゃ勝利は掴めない。
僕はすぐに方向転換し脆くなった左手を槍で狙う。
「甘いっ!」
しかし、相手も僕の目的は分かっている。
そう易々と攻撃を許してはくれない。
日陰はアーリ・マンユを左に回して半身になり、僕の槍をかわすと、お返しにと言わんばかりに回転した勢いをそのままに右手で裏拳を使ってきた。
けれど、この反撃も想定内だ。
僕は一気に後ろに下がり、その攻撃をかわ――
「なっ!!!」
突然、謎の衝撃でサン・フレアは地面を転がる。
ガシャンッ!
今度は僕のユニットからスクラップが壊れるような音がなり、装甲破損を知らせるアラートが画面に出た。
持ってかれたのは左肩。
しかも左肩の装甲破損だけでなく、残り5割の体力がもう3割を切っていた。
「なぜだ……」
僕は必死に避けた瞬間を思い出し確認する。
けれど何度考えても、僕は完全に避けていた。
それどころか、右腕の攻撃が当たらない間合いで攻撃をしていた筈だ。
「――ッ! そういう事かっ!」
しかし冷静になりアーリ・マンユを見ると、原因は1発で分かった。
今アーリ・マンユの左腕は、存在していない。
いや、より正確にいうならば……。
アーリ・マンユの左腕は、あるべき場所に無かった。
「フフッ、まさかキミがボクにここまで本気を出させるとはね、正直驚いたよ。けれど所詮は凡人だ。まさかボクが左腕を武器にするとは、思いもしなかっただろ?」
アーリ・マンユは左腕を右肩に乗せ、サン・フレアを見下すように眺める。
映像から見えるアーリ・マンユの姿はまさしく日陰そのもので、嘲笑うかのようにサン・フレアが立ち上がるのを待っていた。
その様子が癪に触り、僕はすぐに反撃しようとジジジッと嫌な音を鳴らす装甲を無視して立ち上がる。
けれどその瞬間に、またも左腕をぶつけられて僕は地面を転がされる。
「くっ……!」
日陰の僕を弄ぶ行為で、勢いよく頭に血が昇る。
けれど今は感情に支配されている暇なんてない。
体力ゲージは残り2割もない。
そして立ち上がる事すら困難なほど圧倒的状況差。
この状況で、僕が反撃できる方法は……ただ1つ。
必殺技の彗星突のみ。
「おやぁ? 立ち上がらないのかい? なら……」
「――ッ!!」
けれど、反撃の行動を移す前に日陰は動いた。
日陰はサン・フレアの右手首を、潰すように踏みつけた。
ジジジジジッ――
ゆっくりと、なぶるようにジリジリと踏みつける。
決して一気に壊さず、けれど反撃は許さず。
「くそっ、離せっ!!」
左肩が動かせない僕は足を使って抵抗を試みる。
けれど日陰はその反撃も計算に入れているのか、足がギリギリ届かない絶妙な位置でサン・フレアの右手首を踏み潰す。
「や、やめろ!」
バキバキ、という音が鳴るたびに僕の頭から勝利という文字が遠ざかっていく。
ヒヒヒッ、という日陰の笑い声が聞こえるたびに、僕の喉は渇き脂汗が噴き出す。
ここでサン・フレアの右手が潰されれば、彗星突が打てなくなる。
そうなれば僕は反撃する手段を完全に失い、ただ敗北を待つだけになってしまう。
それだけは嫌だ。
なんとしても、なんとしてもこの状況から脱出を!
「無駄な抵抗はやめたまえよ」
脱出方法を巡らせている中、日陰の声が僕の耳に届いた。
「キミは十分に証明した筈だ。今のキミでもボクには勝てない、そして彗星突も時代遅れの産物だと」
「そんな事……!」
「じゃあキミは、今から彗星突をもう一度打てばボクに勝てると思っているのかい?」
「……ッ!」
僕は日陰の言葉に答えを詰まらせてしまった。
勝てるはずだ!
そう言うのは簡単だ。
けれど本当に勝てるのか?
今から彗星突を打てば日陰を倒せるのか?
そう僕が疑問に思った時だ。
頭の中に、彗星突を受け止められた時の映像が脳内に流れ始めた。
1回目はイメージを完全に完成させた彗星突。
2回目は特訓を繰り返した末に完成させた彗星突。
けれど2つとも日陰は軽々と受け止めた。
「……」
……勝てない。
僕の頭に否定の文字が浮かぶ。
試合が始まる前からどんなに強がっても、どんなに楽観的に考えても僕の頭には常にその文字があった。
でも浮かぶたびに消しとばしては、勝てると信じて立ち向かった。
けれど、今の僕にその文字を消し飛ばす事は出来ない。
どれだけ振り払っても、どれだけ強がっても、僕の頭からその文字がこびりついて離れない。
「フフフッ、どうやら賢明になったようだね」
「……っ」
手が震える。
恐怖からじゃない。
足が震える。
絶望からじゃない。
ただ僕は……。
「くそ……くそ……!」
ただ僕は勝てない事が、悔しくて悲しくて震えていた。
母さんが尊い目で見ていた彗星突。
僕が目を輝かせて見ていた彗星突。
父さんが必死に考えて編み出した彗星突。
その彗星突を僕自身が否定し、そして否定される事が悔しくて悲しくて仕方がなかった。
「さあお終いだ、最後は一思いに壊してあげるよ」
「ちくしょぉぉぉぉぉぉ!」
僕は天井に向かって、ありったけの感情をぶつける。
そして敗北を受け入れた。
「好輝っっっっっっ!!!」
けれど、会場からのスタジアム全域を響き渡らせる程の大声で、僕と日陰と実況者、そして観客全員の動きが止まる。
そして次の瞬間には、全員がその大声の主を視界に捉えていた。
「よう……こ……」
「好輝っ! 負けないでっ! 勝ってっ!!」
陽子は観客全員の視線を受けてもなお、大声をやめない。
それどころか、警備員に掴まれても陽子は必死に僕を見て叫んでくれた。
「お父さんのためにもっ! お母さんのためにもっ! 好輝が諦めたら誰がお父さんが凄いって証明するの!? 誰が好輝とお母さんが愛したお父さんを守るの!? ちょっ、どこ触ってんのよ、離しなさいよ!」
「こらっ、こっち来なさい!」
「好輝! ガッツ見せなさい!!」
陽子はその場から悪態を吐きながらも警備員に連れ去られる。
でも会場の外へ陽子が引きずられるまで、大声が鳴り止む事はなかった。
『お、おぉ、大分熱狂的なファンがいましたねぇ、さてそれは置いといて、さあ試合の方はどうでしょう! 完全に形成が逆転し、いたぶるようにサン・フレアを踏みつけるアーリ・マンユ! ここから逆転の目はあるのかぁぁぁ!?』
「……」
「フフッ、キミは本当に愛されてるんだねぇ……僕はそういう所も含めて……キミが嫌いなんだよぉ!!」
「……」
僕は馬鹿だった。
そんなのは分かっていたけど、まさかここまで馬鹿だったとは。
ふふっ……おかしくて仕方ない。
「なんとか言えよ雑魚!!」
ああそうだ。
僕は雑魚だし馬鹿だしどうしようもない人間だ。
せっかく陽子から大事な言葉を貰っていたのに、今の今まで意味に気づけていなかったなんて……。
「日陰くん……」
「……なんだよ」
「君は言ったね、彗星突で勝てるのかって」
「あぁ?」
「勝てる、勝てるよ、いや、負けるはずがないんだ」
「――ッ!?」
ああそうだ、負けるはずがない。
僕の父さんは世界大会で優勝した人だ。
その人のユニットが弱いはずがない。
その人の必殺技が負けるはずがない。
そしてその人のから全てを受け継いだ僕が――!
負けるはずがない!!!!
僕は自己強化を右手だけに使って、アーリ・マンユを弾き飛ばす。
そして悲鳴をあげる装甲を無理矢理従わせ、サン・フレアを立ち上がらせた。
「チッ、どこにそんな気力がっ!?」
少し右手を上げるだけでも悲鳴が上がる。
……いや、これはきっと悲鳴じゃない。
僕には聞こえる。
サン・フレアの声が。
きっとこの音は歓喜だ。
僕が彗星突の、そして、サン・フレアの本当の使い方を知ったから。
ごめんねサン・フレア。
僕は君を使いこなせていなかった。
「吹っ飛べ!!!」
僕は強化した右腕で、アーリ・マンユを上空にかちあげる。
「なっ!?!?」
一瞬日陰は抵抗するも、押さえきれない衝撃に日陰は驚きの声をあげ、制御できないまま空中をクルクルと回転する。
「くそっ、なんだよこの火力!?」
「これは英雄日向進の、父さんのユニットだ。お前なんかに力負けするはずがないだろ!」
確かに父さんのユニット、サン・フレアは攻撃力も俊敏力も防御力も中途半端だ。
でも、よく考えればそんなステータスはおかしい。
きっと一芸に特化したような人が、それこそ日陰のように攻撃力と防御力に特化したようなユニットや、マサヨシのようにスピードに特化したユニットは、昔にもわんさかいたはず。
そんな中で父さんが世界大会にまで出場できた理由。
その答え、それは――
このステータスこそが完璧だったんだ!
足りない攻撃力は俊敏力の勢いでカバーする。
足りない俊敏力は防御力の硬さでカバーする。
足りない防御力は俊敏力の速さでカバーする。
そうして考え抜かれた結果が、このステータスだったんだ。
「父さん、母さん、見てて!」
僕は槍を掲げ、勢いに全てを任せて突撃する。
中途半端だけど硬い防御力に身を任せ!
中途半端だけど強い攻撃力で敵を穿ち!
中途半端だけど速い俊敏力で勢いをつける!!
「彗星突のイメージに言葉なんていらない! ギューっとして、ドカーンだ!!」
僕はこの言葉がよく分からなかった。
でも今なら凄く分かる。
ギューっと家族の愛を心にためて、ドカーンとその愛を爆発させる!
それこそが、彗星突なんだ!
「僕は日向進の息子で! 日向愛の息子だ! 誰にも僕の家族を否定なんかさせない!!!」
僕の槍、トリアーナは白く輝き発光する。
その輝きは今までの彗星突とは全く違っていた。
優しく、そして強く輝くその様はまるで――
「ッ! だまれぇぇぇぇ、ぶっ潰してやるよ! 何もかも!!」
しかし日陰も黙ってはいない。
すぐさま空中で姿勢を整える。
そして僕の前に右腕を突き出した。
「握りつぶせ! アフラマズダ・リベンジ!!!」
その言葉と同時にアーリ・マンユは、己の体を禍々しく赤黒い色で発光させその輝きを身に纏う。
その様はまるで、返り血をびっしりと浴びた悪魔そのもの。
「「うぉぉぉぉぉぉぉ!」」
けれど僕は引かない。
そして日陰も引くことはない。
互いに譲れないものを守り、ぶつけ合う。
「いい加減目障りなんだよ!! お前の父親が英雄だったのは過去の話だ! それをいつまでも掲げやがって!!」
「けれど、それが僕の父親を侮辱していい理由にはならない! 僕は大好きな家族を守るんだ!!」
「――ッ! うるせぇんだよぉぉぉぉ!!」
日陰がそう叫んだ瞬間、彗星突はどんどんと押し返される。
原因は僕の勢いが弱まってるんじゃない。
日陰の勢いが増しているんだ!!
「家族、家族、家族! そんなの守ったって仕方ねぇだろうがぁぁぁ!!」
日陰の勢いは止まらない!
全力を出しているはずなのに。
まだそれでも――
届かないのか!!!
「潰してやる! お前の家族も! そして……っ、ボクの家族もだっ!!」
――ッ!
……負けられない。
この戦いは負けちゃいけない!
ここで諦めてなるものか!!
「そんな事、絶対させない!!」
そうだ、させてはならない。
だって、何故なら……!
「そんな悲しい声で、悲しい事を言う人間に! 負ける事はできない!!」
「――ッ!?」
その瞬間、僕の勢いは増した。
けれど同時に、日陰の抵抗が消えうせた。
♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎
ボクがゲームを始めた起源は、トランプだった。
母親と父親と、旅行中にやった暇つぶし。
その時やったトランプが、なんだったか忘れたけれど……。
『努はゲームが上手ね』
母親から言われたその一言は、確かに今でも覚えてる。
だから僕は、もっと褒められたくてゲームを始めた。
けれど――
『ゲームなんてやってないで、勉強しなさい』
母親はボクを突き放した。
その時からだろうか。
ボクはゲームではなく、結果に支配された。
もっと凄い所を見せなくちゃ。
ボクはただ、その想いと共にゲームを続けた。
母親に認めて貰いたくて。
皆に認めて貰いたくて。
そしてまたあの時みたいに……褒められたくて。
だからボクは練習に練習を重ねた。
褒めてもらうには、誰よりも上手くなくてはならない。
認めてもらうには、誰よりも上の存在でなくてはならない。
けれどボクの考えとは裏腹に、ボクの周りには溝が生まれた。
『ゲームをやめなさい!!』
『いっつもお前が勝つから、やりたくない』
褒められたくてゲームをしているのに、母親はボクからゲームを奪うために暴力を使い始めた。
認めて貰いたくてゲームをしているのに、友人達はボクから離れていった。
……そんなの、おかしいだろ。
ボクはただ、褒められたくて、認めて貰いたくてゲームをやっているだけなのに。
なんで皆、ボクから離れていくんだ!
なんで皆、ボクを嫌いになるんだ!!
ボクは……ボクは、ボクはただ!!!
得意なゲームを褒めて欲しかっただけなのに!!!!
「そんな悲しい声で、悲しい事を言う人間に! 負ける事はできない!!」
あぁ――けれど、今ボクはようやく理由を理解した。
大嫌いな、ボクが持つ事すら出来なかった全てを持っている人間、日向好輝の彗星突を見て。
認められるには、褒められるには……。
相手の事を考えないといけなかったんだ。
そんな当たり前な事すら気づけないボクに。
そんな当たり前を忘れて見下し続けたボクに。
ただ自分の事しか考えていないボクに。
そんな資格があるはずがない。
そして――
誰かの事を思い輝く彗星突を、日向好輝を、止めるなんて出来るはずがなかったんだ……。
『ウィナー!! 日向好輝!!!』
その日ボクは初めて自分の敗北を、すんなりと受け入れられた。
じんわりと、そして当たり前のように。
まるで、乾いた体に水が染み込むような感触だった。
♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎
『ウィナー!! 日向好輝!!!』
「……勝った?」
僕の目の前に「you win」と言う文字が現れる。
けれど僕にとってその文字は、あまりにも非現実的な文字だったから、どうにも勝者になった実感が湧かない。
でも、僕は勝ったんだ。
父さんのユニットと、父さんの必殺技を使って。
「……」
「日陰……」
日陰がコントローラーの前で呆然と立ち尽くしている。
戦いに必死で考えもしなかったけど、勝負というのは勝ち負けの世界。
僕が勝つということは、誰かが負けるという事。
きっと日陰も何か理由があって勝ちたかったのかもしれない。
これは声をかけた方が正解なのだろうか。
それともかけない方が正解なのだろうか……。
「日向好輝……」
「え、な、なに?」
どうすればいいのだろう。
僕が悩んでいると、驚きにも日陰から僕に声をかけてきた。
あまりに意外な出来事に、僕は戸惑いながら答える。
すると日陰は、顔を下に向けたまま言葉を続けた。
「すまない……」
「え?」
「ボクはただ、キミが羨ましかった。何もかも持ってるキミが……だから……全てを奪いたくて……」
「日陰……」
日陰はギュッと握った拳を震わせながら、僕のために必死に言葉を紡ぐ。
僕はその様子を見て、少し悲しい気持ちになった。
きっと前の僕なら、その様子を見たら怒りを露わにしていただろう。
お前のせいでどれだけ大変な目にあったか。
お前のせいでどれだけ僕が不安になったか。
思いつく限りの罵声罵倒を浴びせ、下手したら殴りかかっていたかもしれない。
けれど、今の僕は違う。
日陰の笑顔を見て同情してしまったから。
日陰の悲しい言葉を聞いてしまったから。
日陰と全力で渡り合ったから。
だから僕は、怒りよりも何よりも、悲しいという気持ちが先に来てしまう。
そして、何故悲しいのか。
その理由もまた、今の僕には簡単に推測ができた。
「日陰、顔を上げてくれ」
「……」
僕の言葉に日陰は顔をゆっくりと上げ、辛そうな顔を僕に見せる。
そこに敗北故の悔しさは見られない。
見られるのは、後悔と孤独と嫉妬。
その感情がごちゃ混ぜになった、辛そうな顔。
僕はその顔に見覚えがある。
10年前から何度も鏡の前でみた顔だ。
父さんが死んでから……いや死ぬ前から僕は孤独だった。
周りは僕のことを見ていない。
見ているのは僕の母さんと父さんだけ。
僕はその視線に何度も泣いた。
けれど視線が無くなる事は無かった。
むしろ、その視線は父さんが死んだ後更に強くなった。
僕の母さんを狙う下衆な男達。
弱みにつけこんで、私利私欲の混じった薄っぺらい優しい言葉を吐く連中。
その度に僕は「何で2人の子供に産まれたんだろう」
と何度も思い、孤独と平和に暮らす周りへの嫉妬と、そして産まれた事に後悔を続けた。
あの時の僕に日影はよく似ている。
きっと、陽子に合わなかったら僕は彼のようになっていたのだろう。
日陰はもう1人の僕だ。
ならば、僕は彼に伝えなければならない言葉がある。
「君は手段を間違った」
「……あぁ」
「僕を陥れても、君の世界が変わる事は無かったはずだ」
「…………あぁ」
僕は厳しい口調で日陰に現実を伝える。
伝える度に、日陰は体を震わせる。
あぁ……きっと辛かったんだ。
目の前にある現実から逃げて、逃げて、それでもなお変わらない現実に、きっと何度も打ちのめされていたんだろう。
僕にはその現実が何か分からない。
でも、辛いけど現実から逃げてはならないんだ。
戦って、争って、抵抗して……でもたまには逃げて。
そうしていれば、きっと先に道が見える。
僕が経験したように。
だから僕は、日陰にあの言葉を伝える。
「だから日陰くん、もし世界を変えたいなら、悩むんだ」
「……なや……む?」
「悩んで悩んで悩んで、そうして絞り出した答えにきっと意味がある、たとえ間違っていてもね」
「……間違ってても……いいのか?」
「うん、今回は間違ったけれど、なら次は間違わないように悩めばいい。そうやって繰り返すのが……人生らしいよ」
僕は日陰の前にそっと手を差し出す。
誓いの握手だ。
もうお互いに逃げない。
そして悩み続ける。
それらを誓い合う、固い握手。
「……ありがとう、やってみるよ」
日陰はそう言うと、初めてニッコリ笑った。
そして、強く温かい手で僕の手を握る。
……これならきっと、大丈夫だ。
僕はそう確信し、笑顔で日陰に応えた。
♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎
「話というのはなんでしょうか、努」
ボクは日向との決戦後、両親をリビングに呼んだ。
向かいに両親を座らせ、ボクは下座に座る。
「今日はボクの未来についてお話に来ました」
「進路相談? それなら早く話してください、希望によっては私達も動く必要があるかもしれませんから」
母親はそう言うと、眼鏡をかけてメモとペンを取り出す。
父親は……何かを察したのだろうか。
腕を組み、静かにボクの言葉を待っている。
「はい、ボクは……」
小さく深呼吸。
自然と上がる鼓動を整え、手汗でびっしりの手を握る。
きっと反対され暴力を振るわれる。
それはいい、もう慣れた。
けれど、暴力よりも怖いのは……。
説得の失敗……。
ボクの志望を受け入れてくれなければ、きっと両親は躍起になってこれまで以上にボクを締め付ける。
そうなればきっと、ボクはまた両親を恨む事になるだろう……。
いや、ダメだ、弱気になるな。
その時はその時また悩めばいい。
今はまず、ボクの出した答えをぶつける!
「ボクは……eスポーツの選手になりたいです!」
気合を入れすぎて声が大きくなりすぎた。
家中にボクの声が響き渡る。
けれど、理由はそれだけじゃない。
唖然による静寂がこの部屋を支配している。
ボクの言葉に母親は驚き口をパクパクさせ、父親はただ黙って目を瞑っている。
ああ、これはきっと……。
「あなた! まだそんな事言っているのですか!!」
失敗だ。
「いいですか!? あなたは東大にいき、エリートの会社に就職し、周りを見下す人間になるべきなのです! eスポーツなんて……日陰家の恥です!!」
母親は顔を真っ赤にさせ立ち上がり、怒鳴り散らし体全てを使い怒りを表現する。
……やっぱりダメだったか。
ボクと母親は……理解し合えな――
「お前に言い分はないのか?」
「え……?」
ボクが説得を諦めた時、父親がボクの目をジッと見てそう言った。
ボクに言い分……?
「eスポーツを目指すというなら、何か理由があるのだろう? ゲームが好きだとか、eスポーツが好きだとか。お前の言葉で、お前の気持ちを伝えなさい」
「ボクの言葉で……」
父親は珍しく母親の言葉を遮り、ボクにアドバイスをくれた。
いつも母親に顔が上がらない父親が、だ。
しかし、いや、やはりというか、父親の態度は母親の怒りを買ってしまった。
母親の怒りの矛先は、父親へと向かう。
「あなたは黙っていて!! この子は私がエリートに育てるのよ! 貧しくて辛い思いなんか絶対させな――」
「お前には分からないのか!!!」
「――ッ!?」
母親の言葉に父親は大声を出す。
こんな怒鳴り声を出す父親は、初めて見たかもしれない……。
「今、努は勇気を出して変わろうとしている!! それを導く側の大人が邪魔してどうする!!」
「――ッ! あなたは黙っていて!」
その瞬間、母親は父親の頬を平手打ちした。
ボクにするのと同じように。
そしてその掌は収まる事なく大きく振りかぶられる。
次の標的は、ボクだ。
「あなたもいい加減に目を――」
ボクはギュッと目を瞑る。
すぐに伝わるであろう痛みに備えて、ギュッと体を硬直させる。
けれど、いつまで経っても痛みはボクの体を襲わなかった。
「……?」
ボクは恐る恐る目を開ける。
するとボクの目の前には、母親を止める父親の姿があった。
「この暴力が、努を救うのか?」
父親は母親の手首を掴み、ジッと見つめる。
咎めるように、諭すように。
けれど母親はその目線に止まることなく、手を振り払った。
「エリートが何か分からないあなたは黙っていて!」
母親はまたも手を振りかぶり、父親を見据える。
そして大きく振り下ろしたその時。
「そうやって、何もかも暴力で解決するのがエリートなのか?」
直前で母の動きは止まった。
「――ッ」
「お前は努に、そうやって何もかも感情に任せて動く人間にさせたいのか?」
「そ、それは……」
母親は掲げた手首を握り、そして隠すように後ろにやった。
ばつの悪そうな母親の表情を、父親はジッと見つめる。
「俺は逃げていた……そうやって育てるのがエリートの育成なんだと、こうやって育てるのが日陰家の仕来りなんだと言い聞かせて。日々擦れていくお前達と、そして婿養子の自分の立場を守るために……」
父親はそう言うと、ボクと同じようにギュッと拳を握る。
そして何秒か目を閉じた後、カッと見開きボク達を見た。
「俺は貧乏一家からの婿養子だ。お前がこの子をエリートとやらに育てようとするなら、俺に口出しはできない。だがな!」
父親はそこで言葉を区切ると、ゆっくりとボク達を見回す。
優しくて、少し情けない笑顔をボク達に向けて。
そして少しの沈黙後、ゆっくりとした口調で言葉を続けた。
「俺はこんなでも父親だ。だから子供が成長しようとしているのを君が邪魔するなら、俺は何を失ってでも止める。これが情けない父親のせめてもの親心だ」
「……」
母親は父親の言葉を聞くと、さっきまで顔を赤くし怒鳴り散らしていたのが嘘のように無表情になり、スイッチが切れたかと思うほど静かに椅子に座った。
「さぁ、言いなさい」
「……はい」
僕は父親に小さく頷き答え、あの日のことを思い出しながら口を開く。
「始まりは、旅行の時にしたトランプでした」
初めての旅行。
初めての泊まり。
いろんな初めてで浮かれる中、ボクを落ち着かせるために母親が出したトランプ。
あの日、あの時、ボクの全ては始まった。
「トランプでボクが勝った時、お母さんに褒められて、嬉しくて嬉しくて……また褒められたいと思ってトランプや、他のゲームを沢山練習しました」
普段褒めてくれない母親が、普段笑わない母親が、ボクを褒めて笑ってくれた。
あの時、ボクは本当に本当に嬉しくて、それで……。
「でも、あれ以降褒められてくれなくて、だからボクは必死にゲームの練習をしました。もっと上手くなれば褒められるって思って……」
ここでボクは間違えてしまった。
褒められるために、認めてもらうために、ボクは人の上に立とうとした。
けれどボクがeスポーツの選手を目指したのは、この間違いがあったからだと思う。
「でも褒めてもらえなくて……だから今度は周りに褒めてもらおう、認めてもらおうと思って練習し、大会に何度も出ました。……その時かもしれません、ボクがeスポーツに関心を持ったのは」
ここでボクはeスポーツにであった。
大会に出れば実力を見せられ、それでいてお金がもらえる。
ボクは実力を誇示するための手段として、eスポーツに関心を持ったんだ。
「でも今日、ある人と出会って考えが変わりました。今のままじゃ誰もボクを見てくれない……誰かのために頑張る事で初めて、ボクは誰かに認めてもらえるって……」
日向好輝。
彼がクラス中から愛されて、そして優希陽子が彼に好意を待っていた理由が、ボクには分からなかった。
ボクの方がゲームは上手いし、ボクは大会に何度も優勝してる。
なのに、彼は僕より人気があった。
最初その理由は、父親が日向進だからと思っていた。
けれど、その考えは間違いだった。
彼は、誰かのために頑張れるからこそ人気者なんだと。
彼は、相手がどんな人間であれ許せるからこそ愛されているんだと。
だから……だから僕は……。
「ボクはこの世界にゲームで爪痕を残したい。色んな人に認められる人間になりたい! そのために必要な物が、ボクには見えた!! このチャンスをボクは活かしたい!!」
ただボクは日向好輝のように、誰かのために頑張れる人間じゃない。
どこまで行っても自分の事しか考えられない人間だ。
でも、いや、だからこそボクは日向好輝に憧れた。
ボクは日向好輝のように、そして日向進のように、誰からも認められる人間になりたい!
ゲームで皆に認められたい!
褒められたい!
だから、だからボクは……!
「お願いします!! ボクはゲームを極めたい! 人に認められたい! どこまで行っても自分勝手な男だけど、それでも……それでも!!!」
ボクは椅子から降りる。
そして地面に頭をつけ、両親に土下座した。
ボクが言っている事は自分勝手で我儘で、日陰家の名前に泥を塗るような考えなのかもしれない。
けれど……!
「ボクは、日陰努は、そんな生き方をしたい!」
ボクは精一杯、自分の思いを、考えをぶつける。
認めてもらえるとは思わない。
きっと反対される。
でも、不思議とさっきまでの恐怖はない。
ボクは全てをぶつけた。
余す事なく全てを。
これでダメだというのであれば、それまでだ。
その時はまた、悩みに悩むんだ。
「……」
母親からの返事はない。
土下座で前が見えない中の沈黙。
母親はどんな顔をしているだろう。
どんな考えをしているのだろう。
色々な想像が浮かびあがる。
それから約1分。
まるで時が止まったかと思うほど重く苦しい静寂を、母親のある一言が破り捨てた。
「……やれるだけやりなさい」
「……い、いいん……ですか?」
「やりたいと言ったのはあなたでしょ。でもね、やるからには中途半端は許しませんよ。それと高校はきちんと卒業しなさい。泣き言を言ったら叩き出しますからね」
「……は、はい!!!」
初めて母親がボクとゲームを肯定してくれた。
その事が嬉しくて、嬉しくて、自然と涙が流れる。
けど、いつまでも泣いてはいられない。
これはまだ始まりにすぎない。
「ボ、ボク! ゲームの練習します!!」
だからボクは、湧き上がる高揚感とやる気をそのままにリビングを後にする。
これがボクのeスポーツと……そして新しい家族の始まりを告げる、1ページだ!
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「努が、あんな事を……」
努の母親は、震える右手を見つめながら涙を流す。
後悔と懺悔で出来た涙だ。
「私は努を愛していた、憎たらしいなんて一度も思った事は無かった。ただ私は親にされた事が正解なんだと思って……私は……」
「……」
「なのに私は暴力に溺れて……努があんな風に思ってくれていたというのに……親失格だわ……」
母親はギュッと拳を握る。
自分に泣く資格はない。
そう思い堪えるために。
しかし涙が止まる事は無かった。
まるで意味が無いと言わんばかりに涙は拳に落ち、流れて床にシミを作る。
「俺も君に任せて逃げていた……親失格だ。自分の身可愛さで努や君から逃げて、その結果暴力で崩れ始めていく家族を見ても……俺はただ逃げていた」
父親は力なく口から言葉を溢すと、情けなく笑う。
染み付いた口角のシワが、抵抗なく口元を広げる。
しかし直ぐに情けなく広がった口角をもどすと、そっと濡れた母親の手を握った。
「これからだ、俺達の家族が始まるのは」
「あなた……」
「俺達も努を見習って変わるんだ、こんなダメな親だからこそ、きっと今よりかはマシな親になれる」
「……ええ、努の未来のためにも」
「ああ……」
2人はそう誓い合う。
暴力に支配され続けた人間。
全てから逃げ続けた人間。
この2人が今後どう変化し、そしてどんな家族になるのか。
その答えは、未来しか知らない。
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最後までお読みいただきありがとうございます。
今回で第一章、彗星突が終了です。
また、毎日投稿も今回で終了です。
いかがでしたでしょうか?
楽しめましたでしょうか?
まだまだ皆様の暇つぶしとなる作品には程遠いかと思いますが、精一杯頑張っていく所存です。
次回の投稿は1ヶ月後あたりを予定しております。
長い期間空いてしまい申し訳ありません。
更により良い作品を作り、皆様にお見せできたらなと思います。
最後になりますが、ここまでのお付き合いありがとうございました!
1ヶ月後にまたお会いしましょう!