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VR格闘ゲーム:フューチャー  作者: いるか
第一章 彗星突
3/10

勝利と敗北

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 僕は必死にコントローラーを動かす。

何でもいい、何でもいいから――


うごけ、うごけ……うごけ、うごけ! うごけ!!


しかしどれだけ叫ぼうと、どれだけ願おうと、サン・フレアはピクリとも動こうとしない。


 そして、アキレスの刃は無慈悲にサン・フレアの体を貫いた。


と思ったのだけど……。


「え……?」


 アキレスの刃は、僕の喉元で止まっていた。


『なるほど、君の実力は分かったよ。という事で、僕はここでリタイアしよう』


 マサヨシくんの声が、僕のマイクに伝わる。


『これ以上は流石に一方的な試合になりすぎる。僕と正々堂々と戦うためには、君はまだ経験が浅すぎる』


 マサヨシくんはそういうと、リタイアを宣言しコントローラーを外した。

僕にはその行動の意図が理解できなかった。

 どうして僕に勝ちを譲ったのか。

どうして僕の実力を測ったのか。

結局彼の行動は一切理解できなかったけれど、そんな僕でもたった1つだけ理解できる事がある。


 それは、僕は完敗したという事だ。


 正直心のどこかでは、善戦くらいはできるだろうという考えは残っていた。

父さんに仕込まれた戦術はしっかりと頭に入れていたし、その戦術を僕はきちんと実践した。

 でも、実際は善戦どころか完全に遊ばれていた。

必殺技を打つ暇すら無く、ただただ僕は敗北した。

 目の前に映る「you win」という文字が、これほどまでに悲しく、そして虚しく思えるのは初めてだった。




「好輝!? どうしたの!!」


 僕は土砂降りの雨の中、玄関の前に立っていた。

でも、外が土砂降りだと気づいたのも、僕が玄関の前にいるということも、全ては母さんの心配する顔を見てから気づいた事だった。


 普段なら鈍く肌を打つ雨粒と、体を濡らす生温い水分に嫌悪感を示していただろう。

でも今は、雨が降っている事すら不思議に思えるほど何も感じなかった。


「あれ……?」


 気づけば外は雨で、僕は家の前に立っている。

その状況に戸惑っていると、母さんが僕を強引に家に入れてタオルで身体中を拭いてくれた。


「一体何があったの!! 風邪ひくでしょ!」


 一体何があったの。

母さんのその言葉に、僕はうまく答えられない。

 あれから僕は、どうやって家に帰ったか覚えていない。

日陰から何か言われた気も、陽子から慰められたような気もしたけれど、よく覚えていない。

覚えているのは、心を酷く冷たく凍らす悲壮感だけだった。


 父さんと同じ戦術を使って、

父さんと同じユニットを使って、

なお僕は敗北した。


 でも、この敗北はただの敗北じゃない。


 ――惨敗だ。


 惨敗は、僕が弱い事を証明した。


 惨敗は、僕が陽子を守れなかった事を証明した。


 そして、惨敗は……。


「好輝……泣いてるの? 何か辛い事あったの?」


 今のフューチャーでは、父さんと同じ景色を見れない事を証明した。




♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎




「クソ、クソクソクソ!」


 ボクは言い表せないドス黒い感情が制御できず、夜中、近くの公園に転がっている空き缶をひたすら潰す。


「マサヨシのやつ! なんであそこでリタイアしたんだ!!」


 思い返すだけでもはらわたが煮え繰り返る。

マサヨシは決着がつくという時に何故かリタイアをしやがった。


 そのせいでクラスのグループチャットは、

『再戦が楽しみだ』

『大会のリベンジ戦が気になる』

とか何とかいって大賑わい。

 しかも挙げ句の果てには、

『それでも敗北は敗北』

という馬鹿どもに事実を知らせるチャットを、無粋だとクラス中が否定してきやがる。


「クソクソクソクソクソクソ、クソがぁ!」


 ボクが潰していた空き缶は、土と草で汚れボロボロになっている。

ボクは酷く汚れた醜いゴミを見ると心が落ち着く。

ボクよりも下の、見下すものがあるからだ。

 でも、今日だけはそのゴミを見ると無性に苛立って仕方ない。

まるでこのゴミが、お前も俺達の仲間だと嘲笑っているようにすら思えてくる。


「何見てんだよ! クソが!」


 ボクはペシャンコになった空き缶を蹴り上げた。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 僕はなんとなしに時計を見上げる。

時計の針は、夜の1時を指していた。

気づけば1時間もこんなくだらない事をしている。

 風呂で清潔にした体も今はじんわりと汗ばんで、冷たいと思っていた夜風が少し気持ちよく感じる。

気づけばドス黒い感情もなりを潜め、今は心地よい疲れが体を支配していた。


「クソ、陽子も陽子だ」


 ボクは近くにあったベンチに座る。

荒く息の上がった呼吸を整えて、気持ちのいい風に体を預ける。

でも、ボクの体はボクに休息を与えてはくれなかった。


「いっつ……」


 じんわりと頬の痛みがぶり返す。

今日、ゲーセンで陽子に叩かれた痛みだ。

『うるさい! あっち行ってて!』

 陽子に日向の敗北を知らせた時、陽子はそう言ってボクの頬をぶん殴った。

もう頬の裏は塞がったはずなのに、あの時を思い出すと生臭い鉄の味が口中に広がる。


 結局陽子は日向につきっきり。

そしてクラスの連中も、日向への評価を変える事は無かった。

 クソ、あんな奴のどこがいいんだ。

何故日向の敗北を見ないんだ。

何故日向をそこまで気にするんだ。

 ボクの方が強いはずなのに。

ボクの方が結果を出しているのに。


「……いや待てよ、結果、結果か」


 ふふふふふ……。

 その時、ボクの中である作戦を思いついた。

もうクラスも陽子も日向が庇えなくなる程の作戦を。

そして陽子もクラスの皆も、ボクを評価するような作戦を。




♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎


♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎




『それで、どうだった? 好輝くんの実力は』


 VRCに映るタキシード姿の男性、ジョン・ケリーがチワワのようなアバター、ケリー・マサヨシに話しかける。

 ジョンの方は、非常に楽しそうな声色をしていたが、マサヨシの方は苛つきと、そして少しの呆れを感じられる声色で、その質問に答えた。


「ひどい……いや、ひどいなんてもんじゃないな、正直がっかりしたよ、何もかもが弱すぎる」

『ほう? それはフューチャーがか?』

「いや、フューチャーについては中の下といった実力だ、確かに弱いが問題はそこじゃない、問題は精神面の方だ」

『……精神面、か』


 マサヨシの言葉に、ケリーが小さく声を出す。

だがその様子にマサヨシは構う事なく、苛つきの所為か少し興奮気味に言葉を続けた。


「フューチャーを終えて最初に行ったのが帰宅だ、俺の感謝の言葉も無視してな。まあ……それはいいとしても、最も許せないのは自分のプレイ動画を見直さなかった所だな、反省し次の機会に活かそうとする気が感じられない、ただ負けたという結果だけに押しつぶされているようだった」


 早口に、そして流暢に言葉を続けたマサヨシは、意見を全て言い切ったのか、大きく息を吐く。

そして少しの沈黙が流れた後、ゆっくりと最後の言葉を吐き捨てた。


「悪いが親父、俺はあいつを鍛えてやろうとは思わない、精神が弱い奴はいくら鍛えた所で時間の無駄に終わるからな」

『……そうか』


 マサヨシのその言葉にジョンは、酷く残念そうに答えると、マサヨシはまるで意見を聞くつもりは無いと言わんばかりにログアウトする。

 たった1つのアバターが残された白い空間。

ジョンはその空間でただ1つ溜息を吐くと、無言でその空間からプツンと消えた。




♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎




『さあ始まりました! アマチュア世界大会の切符をかけた予選大会!! 今回はその予選大会にでるための謂わばふるいとでもいうべき試合、参加人数計8000人によるサバイバルバトルです!』


 予選大会のサバイバルバトル会場はオンラインだ。

決まった時間にサバイバルフィールドと呼ばれる、荒野の広がる空間にログインする。

最大10000人が同時ログインできるこの空間は非常に広く、そして非常に敵を見つけづらい。

 とにかく先に敵から見つからないように、360度全方位に意識を向ける必要がある。

非常に緊張感のあるゲームシステムとフィールドだ。

……と言っても、僕にはもう関係のない事だけど。


 僕が惨敗してから数日。

結局僕は寝て過ごすだけで、時間を無駄にした。

でももういいんだ、大会の壁は痛感した。

僕には父さんと同じ景色を見る事はできない。

そう分かっただけでも目指した理由はあっただろう。


 僕は今回の予選で敗北し、そしてフューチャーもこれっきりにする予定だ。

本当は大会出場を辞退したかったのだけど、それは色々と大会運営側に申し訳ないと思い、出場だけはする事にした。

 だらだら続けていても未練が残るだけだし、キッパリとやめてしまった方が、僕のためにも母さんのためにもなる。


『サバイバルバトルのルールは簡単、私の説明終了から2分経過の後、プレイヤーを無差別で襲うNPCを召喚します、このNPCはプレイヤーからの攻撃を全て無効化しますので、破壊は不可能です、ただひたすら逃げてください! そしてタイムアップもしくはフィールドに8人のみ残った場合、ゲームは終了となります!』


 さっきから妙にテンションの高い、女性のアナウンスがマイクから聞こえる。

正直うるさい。

 マイクの音量を最小にまでしても煩いのだから、現地ではどれくらいの大声を出しているのか少し気になってくるくらいだ。

 でもだからといって、これ以上どうする事もできないので、僕は明日の事を考えながら気を紛らせる事にした。


『さて今皆さんは逃げてるだけかよ、と落胆しているかもしれませんが……なんと、襲ってくるNPCはプレイヤーを襲った後に10秒間停止します。つまり! 自分の周りは全て敵! 囮にされても餌にされても文句は言えません! そして肝心のプレイヤー同士の戦闘ルールですが……特になし! 何しても構いません! 開幕の2分間で他のユニットを瀕死の状況まで持ち込んで餌に使おうが、逆に自分もNPCと同じようにキルして回ろうが自由! さあ皆さんで最高のサバイバルバトルにしましょう!』


 どうやら説明が終わったようだ。

かなり早口で興奮気味に言っていたけど、要するになんでもありのサバイバルバトル。

襲ってくるNPC相手に最後まで逃げ切った8人が予選大会に出場できるというわけだ。

 僕はルールをしっかりと頭に入れて、マイクの音量を戻す。

確かに今日僕は負けるつもりだけど、自分から負けに行ったのでは興醒めだろう。

 それに僕くらいの実力なら、全力でやったって残れない。

これが最後のフューチャーでもあるのだから、全力で楽しんでいこう。


『それでは、ゲームスタート!!!』


 うぐぐぐぐぐ……。

そうだ、完全に油断していた。

まだゲームスタートの掛け声が残っていた。

僕はキーンと耳鳴りのする耳を弄りマイクを触る。

 念のため、マイクの音量は最小にしておこう。

まだ途中で実況する可能性もある事だし。

 そう思って僕がマイクの音量バーに手を伸ばしたその時、目の前にでかい岩が飛んできた。


「え――?」


 ガシャンッ!


 嫌な音が、僕の耳元で鳴り響き視界が塞がれる。


 メインカメラがやられたわけじゃない。


 単純に岩がカメラを塞いでいるだけだ。


 でも、どうしていきなり岩なんかが……。


『やあ、日向クン、久々だね』


 岩をどかして、目の前を見る。

目の前には真っ黒の一際大きいユニットが一体、宙に浮かんでいる。

 全身が黒の装甲に覆われたその巨体はまるで――

戦車か何かと思うほどに重厚な装甲を見に纏っていた。


 当然だけど見た事も無い目の前のユニット。

けれど耳元に流れてくる声を聞いて僕は、瞬時に誰のユニットか理解した。


「日陰くん……」


 日陰が僕を狙ってきたんだ。


『いやぁボイスチャットの機能が使えて良かったよ、これでキミにボクの考えが伝えられる』


「考え……?」

 

 僕が日陰の言葉に疑問を持つと、目の前にいる真っ黒に染まった日陰のユニットが、ゆっくりと地面に降りる。

 全身がゴツゴツとした重装甲に覆われているせいか、ユニットの重量が重く地面に降り立った瞬間土煙が舞う。


『ああそうだ、キミはあの日、ボクを無視して帰ったからね、だから今、改めてボクの考えをキミに伝えるよ』


 あの日……僕が惨敗した日だろうか。

確かに思い出すと、日陰が何か言っていたような気がした。

 でも何を言っていたのだろうか……。

あの時はショックが大きすぎてよく覚えていない。


「それで、その考えってのは何かな」


『フフッ、話が早くて助かるよ。そうだな、とりあえずこれは先に言っておこう。ボクはね、キミが大嫌いなんだ』


「……そんな事なら分かっているよ」


 日陰は僕の言葉に対し、随分とドストレートに憎悪をこちらに向ける。

分かってはいたものの、人に嫌われるというのは結構辛い。

 僕は心の中で溜息を吐き、気持ちを落ち着かせる。

そして、目の前にいる人間は敵なんだ、と自分に言い聞かせて強気に答えた。

 

『だろうね、だけどね、ボクはキミが想像している以上にキミが嫌いだ、だからね、ボクは今からキミを処刑する事にするよ』


「処刑……? ――っ!?」


 日陰の言葉に首を傾げたその瞬間、気づけば僕の目の前で日陰のユニットが右腕を振りかぶっていた。


「くっ!!」


 僕は寸前の所で後ろに飛び退き、拳を躱す。

そしてすぐに体勢を整える。


 まずは情報だ。


 あたりを確認しろ。


 既に相手は僕を敵だと捉え攻撃をしてきている。


 怯んでいる暇はない。


 けど、僕は目の前に広がった光景を見て、一瞬動きが止まってしまった。


「なっ……!?」


 何故なら、僕が数秒前にいた所にくっぽりと地面を抉るほど深い、大きなクレーターが出来ていたからだ。


『おや、何を驚いているんだい? まだ、このアーリ・マンユはほんの少しの力も出していないよ?』


「……」


 僕はその言葉になんとか驚きを飲み込み、無言で相手を睨みつける。

そして冷静に相手の分析を開始した。


 今、日陰が出した攻撃は、恐らく本当にただのパンチ。


 重装甲によるユニットの自重と、重装甲だからこそ出せる高い出力の攻撃。


 この2つが合わさると、ただのパンチですら致命傷に至るほどのダメージになる。


 言ってしまえば一撃一撃が必殺技のような相手だ。

慎重に立ち回らなければ勝ち目はない。


『さて、挨拶がすんだところで本題に入ろうか』


「……処刑の話か」


 また同じように不意打ちが来ないか警戒しながら、日陰のユニット、アーリ・マンユと間合いを取る。


 僕は負けに来ている。

でも、処刑やらなんやら言って不意打ちをしてくるような奴に負けたくはない。

こいつにだけは絶対に負けないようにしなければ。


『ああ、そうだ。そして肝心な処刑内容だけどね……キミの学園生活の3年間、そしてキミの父親の名誉、この全てを恥で濡らす、て事にしたよ』


「なんだって……?」


『キミは知っているかな? ここで行われている戦闘は、動画サイトやSNS、地域によってはテレビにも映っている、この意味は分かるね?』


「……」


『ハハッ、分からないかい!? つまりだ、キミの負け様が、全国に放送されるって事なんだよ!!』


 日陰がそう叫んだ瞬間、アーリ・マンユが僕めがけて、もの凄い勢いで突進してくる。


 流石にマサヨシのアキレスほど早いわけじゃないけど、それでも相手の重量を考えると十分に驚異的な速さだ。

例えるなら、ゾウが自動車くらいの速さで迫ってくるようなもの。

 

 けれど一瞬その速さに驚きはしたものの、所詮は自動車ほどの速度。

マサヨシのアキレス、言うなればジェット機と戦った後ではスローモーションのように感じる。


 僕はすぐにその突進を、上空に飛ぶ事で躱す。


 そしてアーリ・マンユの頭上を取った。


 確かに相手は1発1発が必殺技級の強さを持つ。

恐らくあの突進も食らえばひとたまりも無かっただろう。


 でも所詮は当たれば、の話。

肝心の攻撃が当たらなければ、ただのデカい的でしかない。

それを今から思い知らせてやる。


「くらえっ!!」


 僕は頭上から、頭にあるメインカメラ目掛けて何度も槍で突き攻撃をする。


 ただでさえ低い命中精度をメインカメラを奪う事でさらに低くしてやる作戦だ。

この作戦が成功すれば僕の勝ちは揺るがないだろう。


 しかし、すぐに僕の考えは甘すぎたと実感した。


「なっ!?」


 カキンッ!


 まるで金属を叩くような音が、槍から聞こえてくる。

そして、その音が何を示しているのか直ぐに分かった。


 僕の攻撃は、傷一つ付けれていないんだ。


『フフッ、キミの攻撃はそれで終わりかい?』


「くそっ! まだだっ!」


 何度も何度も突き続ける。


 同じ箇所を、重点的に、何度も何度も何度も。


 でも結局傷1つどころか、跡1つ付ける事すら敵わなかった。


『無駄なんだよ、キミの中途半端な攻撃は僕には届かない、ボクとキミでは実力も、ユニットも、何もかも次元が違うんだよ!!』


「――っ! し、しまった!」


 日陰の言葉に一瞬動揺する。

父親のユニットを否定するその言葉。

その言葉だけは絶対に許してはならない。

けれど日陰の言葉は、僕を動揺させる挑発だったのかもしれない。


 動揺で出来た一瞬の隙にサン・フレアの足は、アーリ・マンユの右腕に掴まれていた!


『そらっ!』


「くっ――!」


 アーリ・マンユはサンフレアの足を握りしめると、思いっきり地面に叩きつける。


 揺れる景色と想像できる衝撃に、痛みは無いはずなのに思わず苦悶の声が漏れる。


 日陰は僕の苦悶の声を聞いたからなのか、嬉々としてもう一度サンフレアを持ち上げる。


 そして、それから何度も何度も地面に叩きつけられた。


『ボクは! キミみたいな奴が! 大嫌いなんだよ!』


「くっ、くそっ!」


『何にも努力しない、ただ親が凄いだけ、たったそれだけで、どうして皆から慕われる!! どうしてキミが注目される!!!』


 装甲破損のマークがいたる所につく。


 体力ゲージが叩きつけられる毎に、みるみると減っていく。


 僕はなんとか抜け出そうとするも抵抗を許さない握力と装甲破損で、僕はまたしても一方的にやられるのを見ている事しか出来なかった。


『ボクは! オマエみたいな奴が、許せない!』


「うわぁっ!!」


 最後に僕は日陰に投げ捨てられ、近くの岩にめり込んでしまう。


 動けないユニット、抵抗できない実力差。


 あの日とまるで同じな状況に、足の震えが止まらない。


 まさしく一方的。


『はぁ、はぁ、はぁ……さて、と、そろそろ終わりにしようか』


 日陰の息を切らした声がヘッドフォンから聞こえると同時に、僕に近づくドシンドシンという地面を抉るような足音が聞こえる。


 その音はまるで、あの日と同じ死神の迫る音のようで、一歩近づくごとに僕の鼓動は跳ね上がる。


 一歩距離が狭まる毎に、震えが大きくなる。


「いやだ……」


 ここで僕が負ければ、この一方的な戦いが全国に見られる。


「いやだ、いやだ……」


 父さんの名誉が、父さんの実力が、父さんの背中が、全て全て、僕のせいで笑わられる。


「い、いやだ、嫌だ嫌だ嫌だ!!」


 僕を育ててくれた父さんを!


 僕と母さんが愛した父さんを!


 僕と母さんを守ってくれた父さんを!


 笑わさせてなるものか!!


「うごけ、うごけ!」


 絶対に負けちゃいけない。


 絶対に勝たなければならない。


 だから、うごけ! 片腕だけでも!



「ギギギ――」



 やった、動く!


 かなりギリギリだけれど、武器を持つ手が動く!


 これなら、これならいけるはずだ!



「流れるは彗星、道のりは流星」


 僕は彗星突コメット・スターを形作るイメージを口にする。


 相手の動きは遅い。


 これならしっかりイメージを作っても、まだ間に合う!


『ん? なんだい、無駄な抵抗かい?』


「形作るは貫く星の槍! 輝きたるはトリアーナ!」


 日陰が勝利を確信し完全に油断したその瞬間、僕はほぼ全てのエネルギーを槍に回す。

 

 そして残りのエネルギー全てを前に進むための力に変えた。


「くらえ! 彗星突コメット・スター


 完全に、そして完璧にイメージを作成し、その全てを目の前の敵、アーリ・マンユにぶつける。


 その硬い装甲を貫くために。


 そして――。


 父さんを守るために!!






「いっけぇぇぇぇぇ!!!」



 全力全霊。


 僕の全てが彗星となる。


 敵を貫かんと真っ直ぐに進む!


 今までにない最高火力の彗星突!!


 これで、父さんの名誉を守るんだ!!!

 







 ガキンッッッッ!











『なんだい、このちんけな攻撃は。無駄に驚かさないでくれるかな?』


「……え?」


 僕の全力を使った彗星突。


 間違いなんて無かった。


 全てが完璧だった。


 なのに、なのに目の前には――


 無傷な日陰のユニットがいる。


 全力の彗星突を右腕で掴むアーリ・マンユがいる。


『フンッ、抵抗するならしっかりとしなよ』


 日陰の呆れたような声と共に、アーリ・マンユがゆっくりと動き、がっしりサンフレアの手首を左手で掴んだ。


「あ、や、やめろ、はなせ!」


 どうにかして対抗しようにも、全てのエネルギーを使ってしまったサンフレアには文字通り、一歩も動けない状態だった。


「やめろ、やめろ!!」


『ハハッ、これで終わりだよ、日向クン!』


 目の前で、アーリ・マンユが大きく右腕を振りかぶる。

そして拳を振り下ろそうとしたその瞬間――!


『クソッ、遊びすぎたか!』


 日陰は僕を投げ飛ばし、全力でその場から逃げ出した。


「助かった……のか? い、いや違う!」


 理由は直ぐに分かった。


 迫っていたんだ。


 僕達の直ぐ目の前に。


「グォォォォォォォォォ!!!」


 僕達を食わんと口を大きくあげる、恐竜のようなNPCが。


「くっ、ダメだ、動けない!」


 完全に忘れていた。

これは日陰との1対1のバトルじゃない。

このNPCから逃げ、生き残るサバイバルゲームなんだ。


「グァァァァァァァァァァァ!!!」


 恐竜型NPCの、空気を振動させるほどの叫び声が辺り一面に轟く。

そして、一歩、また一歩と動いた。


「ああ、ダメだ……僕はここで終わる……」


 動こうと思っても、エネルギーが底をついている。

抗いたいと思っても、心が既に折れている。

僕は前を歩くNPCを見て、その胃袋に入る事を受け入れた。

でも――。


「ガァァァァァァァァァァァァァァ!」


 NPCはそんな僕に一切目もくれず、大きな雄叫びをあげて地面を揺らし歩みを進める。


「……」


 単純に僕が視界に入らなかったのか、それともこんなボロボロな僕は狙うに値しないと判断したのか。


 ……どちらにせよ、僕は助かった。


 でもこの出来事は、僕の心にとどめを刺すには十分すぎる出来事だった。




♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎




「これで50機目か、やれやれ、日本のプレイヤーはどいつもこいつも骨がない」


 マサヨシのユニット、アキレスは空中で頭部だけになったユニットを手から離す。

 そしてその頭は、地上でガシャンと()()()()同士がぶつかる音を鳴らすと、ユニットの残骸で出来た山を転がり、地面に落ちていった。

 マサヨシは、自分で作ったユニットの山を見下ろし溜息を吐く。

その顔は退屈に染まり、まるで単純作業だけをしているサラリーマンのように疲弊しきっていた。


「い、いたぞ!!」


 しかしマサヨシは突然耳元に入ってきたボイスチャットと、そして目の前に広がる異様な光景を見た瞬間、その顔に輝きを取り戻す。


「何か、ご用ですか?」


 マサヨシがそう声をかける。

100は優に越えようかというほどの、軍勢相手に。


「我々は数多のフューチャーファンが集うグループ、フューチャーズ! そして私は、そのフューチャーズ代表、桐山雄二きりやまゆうじ! 貴様に話があってきた!」

「フューチャーズ……?」


 まるで軍隊かのように綺麗に整列された並びの中、

一際目立つユニットが剣をアキレスに向け、ボイスチャットで話しかける。

 銀色に染まった西洋の甲冑を思わせる装甲。

自身の体の半分はあろうかという長さを持つ大剣。

自己顕示欲を示すかのように飾られた勲章の数々。

 そのようなユニットを扱う男、桐山雄二は、フューチャーズという名前を知らないマサヨシをフンッと鼻で笑った。


「貴様モノを知らないな、フューチャーズとは日本が誇る、フューチャーゲーム界でもトップのSNSグループ! 様々な通信サービスやゲームから限られた人間のみが集う、選ばれし集団なのだよ!」

「はぁ……すみません、覚えておきます」

「ふん、分かればよろしい、そして、その選ばれし集団のトップ、桐山雄二が問う。貴様、ケリー・マサヨシその人だな?」

「あ、はい、ケリー・マサヨシです」

「そうか、ならば貴様に忠告をせねばならんな! ケリー・マサヨシ、貴様は我々が決めた暗黙のルールを犯した!」


 そういうと、桐山のユニットは大剣を大きくかかげる。

そして自分の胸元あたりまで持ってくると、カチャリと剣の腹を見せてアキレスを睨みつけた。



「1つ! 初心者狩りは行うなかれ!」

「はぁ」

「2つ! NPCサバイバルモードではPKするなかれ!」

「……はあ」

「3つ! 己の実力を自慢、及び見せつけるなかれ!」

「…………はぁ」

「他にも様々な禁があるが、貴様はその中で3つもの禁を犯した! これは許し難き事である!」

「……いやでも、これは大会だから」

「たわけぇぇぇぇい!」

「うおっ!?」


 マサヨシは、桐山の叫び声に咄嗟にヘッドフォンを外す。

突然の叫び声に耳が痛むのか、マサヨシは顔を顰めながら耳を弄っていた。

 そして、ヘッドフォンを外してもなお聞こえる桐山の説教に、マサヨシは呆れを通り越して乾いた笑いを浮かべる。


「大会だからこそマナーは守るべきだ! ここでの戦いは全国に放送される。そこにマナー違反が映っていれば真似する輩もふえるであろうが!」

「いやでもルールでは――」

「だってもへったくれもない!」

「マ、マミー!?」

「だぁれがマミーだ! どうやら貴様には反省する余地がないようだな、であればこの場でもって貴様を粛清し、マナー改善の広告とさせてもらう!」


 そう桐山が言葉を発した瞬間、桐山は剣の刃をマサヨシに向ける。

そして、後ろの軍勢はその動きに合わせるように一切に武器を取った。


「ソード・コマンダー、いざ参る!」


 桐山の掛け声と共に、軍勢が一斉にマサヨシへ襲いかかる。

ある者はソード・コマンダーの盾となり、ある者は連携をとってマサヨシに攻撃を仕掛けにいく。


 まさしく数の暴力。

絶体絶命のこの状況、しかしマサヨシは――。

恐ろしいとさえ思えるほどに、ギラギラと笑っていた。


「戦いを仕掛けたいなら、初めからそう言え!! 俺はいつでも歓迎する!」


 マサヨシはそう叫ぶと、一直線にソード・コマンダーへと進む。


しかしそこは、最も防御の硬い場所。

瞬時に周りのユニットがソード・コマンダーへの防御に回る。


 流石のアキレスも、鉄壁のように阻むユニットの数を前に勢いを止めてしまった。


「ははは、バカめ! 数の暴力を思い知らせてやる!」


 すぐに撤退をしようとするアキレス。

しかし桐山は、既にその動きを読んでいたのか軍勢をアキレスの四方八方に固め、完全に逃げ道を無くした。


「これで貴様は完全に包囲された! これこそが最強かつ完璧なる陣形! 逃げ道はもうない、さあ潔く負けを認め――」

「ラピドゥス……イーリアス!!」

「なっ!?」


 完全なる勝ちを確信した桐山。

しかし、それはあまりにも早計すぎだ。

何故なら――。

桐山の動きもまた、マサヨシが読んでいたからである。


『う、うわぁぁぁぁ!?』


 桐山のボイスチャットから1人の悲鳴が聞こえる。


「な、何があった3番!?」

『し、しまっ――』

「ど、どうした10番!?」


 1人、また1人と通信が切れる。


 桐山は状況を確認しようと報告を求める。


 だが帰ってくるのは悲鳴のみ。


 完璧と思われた桐山の作戦。


 がしかし、この世に完璧なものは存在しない。


 それを証明するかの様に、桐山の陣は崩れていく。


「いっ、一体何が……!」


 桐山すらも気づけていない、この作戦の弱み。

それは視界の悪さだ。


 本来であれば、視界の悪さなど弱点にすらならない。

何故なら、ボイスチャットによる連携と圧倒的数の暴力で弱点になる前に敵が沈むからだ。


 だが、それはあくまで普通の敵を相手にした場合。

普通を逸脱する化け物相手には、数の暴力といっても所詮はコバエの集まりでしかない。


『し、しま――!!』

『うわっ!?』

『なんなんだよコイツはぁ!!』


 桐山はただ聞くことしか出来ない。

信頼している仲間の悲鳴を。


 桐山はただ聞くことしか出来ない。

完璧と思っていた戦術が、壊れ始める断末魔を。


「あ、あああ……」


 そして、やっと視界が晴れた頃には……。

軍勢の8割が、アキレスの作った山に加わっていた。


「た、たいきゃ――」


 桐山はたまらず退却命令を出す。

しかしその命令を出す前に桐山のユニットは、軍勢の前から姿を消した。

その理由はたった1つ。

 迫っていたのだ。

()()1()()()()()()()


「ふっ、いい経験をさせてもらったよ、ではさらばだ」


 アキレスはそう言葉を残すと、その場から目にも止まらぬ速さで立ち去る。

 烏合の衆に成り果てた軍勢と、そしてソード・コマンダーを満足そうに咀嚼する恐竜NPCを置き去りにして。




♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎




「くっ……うっ……」


 悔しい。

悔しい、悔しい、悔しい。

僕は日陰に、何一つ抵抗出来なかった。

日陰の言う通り、まさしく無様な負け様だった。

でも何より、1番くやしいのは……。


「僕の……父さんの彗星突が……」


 何より悔しいのは、僕の、そして父さんの必殺技、彗星突が完封された事。

 あの瞬間はまるで、父さんの全てを否定されたようで、そして、僕自身が父さんの全てを否定してしまったようで……。


「僕は……」


 拳をギュッと強く握る。

悔しさでどうにかなってしまいそうな僕の心を、なんとか抑えるように。

 歯をギッと強く噛み締める。

情けなさで滝のように流れそうな涙を、なんとかせきとめるように。


『おっとー! ここでなんと一気に100人以上の脱落者!! そして、これによりサバイバルモードの生き残り8人が決定しました!』


「え……?」


『ではこれより8名の名前を読み上げます! まず1人目は、日陰努! そして2人目は――』


 どういう事だ……?

僕はただ倒れていただけなのに、生き残ったのか……?


『では最後にこの2名をご紹介! まず1人目は世界大会優勝候補であり、フューチャー界のチャンピオン、ジョン・ケリーの息子、ケリー・マサヨシ! そして!』


 うそだ、やめてくれ……。

僕は……僕は生き残りたくなんか……。

ただ負けて、フューチャーを辞めたかったのに!


『突如フューチャー界に現れたダークフォース! フューチャー界の大英雄、日向進の息子……』


 まだ、まだ僕に……。


『日向、好輝!!!』


 まだ僕に、戦えと言うのか!!!

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