塩の劔と彼女のホワイトクリスマス
誰かが願った。ただ、大切な人に向けて願ったのだ。
あぁ、幸せになってほしい、と。
あわよくば共に幸せになりたい、と。
そんな甘酸っぱい感情。
寒さを忘れるほどに発熱する頬を撫でながら、撫でられながら。
彼や彼女らは積み上げてきたものを、育んできた愛情を、有象無象の想いを確かめ合うように語らう。そんな日に。
“白い雪”が降る。
倒れ込む彼女を抱き寄せ、僕は絞り出すように言葉を吐き出した。
「確かに、僕とあなたは憎しみ合うことしか出来なかったけれど」
「うん」
「愛情というものとは程遠い関係だったけれど」
「そうだね」
「そりゃあ、ないだろう……先輩」
「ごめんね」
世はクリスマス。
赤い服。白い髭。派手なソリに、たくましいトナカイ。
煙突から不法侵入をかます老年の所業。年に一夜限りの配達屋。
子供は笑い。大人は微笑み。平和を伝える生きる逸話。
サンタクロースは存在する。
赤い服を着て、白いマフラーで口元を隠し、赤いバイクと、大きな袋を肩にかける。
数多の願いを叶える万能の願望器。
善良たる子どもたちの願いを必ず叶えなければならない呪い。
だからこそ、彼女は僕に謝った。
「こんなことなら、願わなかったのに」
「ううん」
「僕はただあなたに幸せになってほしかっただけなのに」
「そうだよね」
「あなたのいない世界で、僕は一体どうすればいいっていうんだ!!」
「私も本当は――――」
――――――君と一緒に生きたかった。
彼女の右手が僕の頬を撫でる。
ジャリ、と。不快な感触を最後に、彼女の手はまるで砂のお城が崩れるように落ちていく。
それを離すまいと一生懸命に掴もうとするが、その振動で彼女の体が崩れていく。
嫌だ。
願いを変えられるのなら命だって惜しくはない。
嫌だっ。
こんな結末を欲していたわけでは決してなかった。
嫌だっ!!
このままあなたを失うなんて理不尽を許したくない。
そんな想いを打ち砕くように、彼女は白い粉となって崩れ去る。
もう先輩の声も聞けないのだと思うと、何もかもがどうでもよくなってしまった。
世界に救いなんてものはない。神々が死んだこの世界に。
誰かが誰かの幸せを願っただけだった。たったそれだけのことで、こうも簡単に世界は様相を変えてしまう。
最後に残ったのは“漂白”された情景と、塩と成り果てた建物が崩れることで起こる粉雪のような光景。
そして、この破滅的な終末を引き起こしたサンタクロース9世を殺害した僕だけ。
“ホワイトクリスマス”
この日の事件を人々はそう呼ぶ。新たなる英雄の誕生の日を、世間ではそう称えるのだ。
唯一。
疑問として残ることとすれば、この事件を引き起こした“塩の劔”は一体なぜ、どうして現れたのか。
そして、付随してサンタクロース9世は誰の、どのような願いを叶えたのか。
おそらく、これらを解き明かされることは永遠にないだろう。
なぜなら、真実を知る者は誰一人としていないのだから。
リア充を塩人形にしてやろうか。