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「今度は何してるの?」
「ちょっと最近の私のSNSの発言を見直しているの。何かヒントがあるかもと思って」
スマホの画面が気になった僕の視線に気付いて、小夜子さんはスマホの画面を僕にも見せてくれる。
画面にはフォローもフォロワーも二桁台のプライベート用っぽいアカウント表示されている。
「例えばちょっとこれ見てみて。記事の端にあるこのアイコンをタップして、このインプレッションって所を見ると、この記事の閲覧数が表示されるの」
そう言って小夜子さんは、昨日の投稿記事を僕に見せる。
『今日から親戚の男の子を家庭の事情でしばらく預かるんだけど、仲良くなれるといいなあ』
『今時の小学生って、どんな話をしてるんだろう……』
という、文字だけの発言には表向き、いいねもリツイートもゼロで、何の反応も寄せられていない。
だけど、小夜子さんが右上のマークをタップしてその記事の情報を開示すると、何人の人間がこの発言を見たのかというインプレッションという項目の数値が当たり前のように千を超えている。
更に小夜子さんは他の記事についても同じように操作して閲覧数を見せてくれる。
「なんでフォローもフォロワーも大していないアカウントで、どの発言も閲覧数が四桁いってるの……」
「ストーカーさん達は私に認知されたくないから、基本的にブックマークで登録してそこから見てるのよ。でもどの記事もなめ回すように何度も見たりしちゃうから、こんな風になっちゃうのよね」
「なにその習性……」
この人達、もっと他に楽しい事ないのかな……。
「まあ、ひたすら鬱陶しいリプを繰り返し送ってきたり、いきなり捨てアカで特攻してきて意味不明なラブレターを送ってくるよりは楽でいいけれど」
今度は封筒のマークがついたアイコンの右上には、+99という表示がある。
「うわ、何このメッセージ数……」
「犯人の手掛かりがないか、チェックしたい気もするけど、最近放置気味だったからやる気起きないのよね~」
「普段からチェックしたりしないの……」
「ストーカーさんの重要な個人情報が度々入ってるから、一応毎回確認したりバックアップ取ったりしてたんだけど、最近は数が増え過ぎて数日休んだらこうなっちゃうの」
気恥ずかしそうに小夜子さんが言う。
一体今のどこに照れる要素があったんんだろう。
もはや労働だ。
「でも、悪質なストーカーさんを訴える時の証拠にもなるし、今回みたいな時に何かしらの手がかりを期待できるわ……とりあえず、アイスクリーム買いに行きましょうか」
「なんでいきなりアイスクリーム?」
いきなり話が飛んで、僕は首を傾げる。
「全くやる気が起きない時はね、作業後のおやつとか何かしらのご褒美を用意すると頑張れるのよ。自分の機嫌は自分でとった方が色々効率も良いもの」
「そういうものなの?」
「ええ。ついでに今日の買い出しも済ませちゃいましょうか。荷物持ちを手伝ってくれるなら、由乃くんにもご褒美が出るけど、どうかしら?」
「行く。僕、晩ご飯はハンバーグかカレーがいい。お弁当でもレトルトでもいいから」
小夜子さんの提案に、僕はうなずく。
とりあえず、ストーカー達について深く考えてもただ怖くて気持ち悪いだけなので、あまりその辺について深く考えるのはやめよう。
それに、今を逃すときっと夕食はまたあの豆乳みたいな液体になってしまう。
一応飲みやすいように小夜子さんはリンゴジュースと混ぜて出してくれたけど、あの飲み物だけで食事一回分にされるのは物足りない。
元々小夜子さんは食事への執着があまりないようで、食事を作ったり、食べたりするのが面倒くさい日は生きるために必要な栄養が全部入った完全食の液体で済ませているらしい。
味には飽きるようで、冷蔵庫には色んな飲み物が入っている。
むしろ、それしか無い。
今朝初めて小夜子さんのその習慣を知った僕のがっかり感はひどいものだった。
それ以上に驚く事が多すぎてすっかり小夜子さんに言いそびれてしまったけれど。
「ごめんね、由乃くんはもっと食事っぽいものが食べたかったのね。これから気を付けるわ。お詫びに今日はデザートをつけるからね。何か食べたいものある?」
「うーん……ポテトチップスかな」
僕と小夜子さんは近所のスーパーへと買い物にやって来た。
「ポテトチップス……まあいいわ。私はこっちで晩ご飯の買い物をしてるから、由乃くんは好きなおやつをひとつ持っていらっしゃい」
カートをお惣菜コーナーの前で押しながら、小夜子さんは言う。
「わかった」
さて、このスーパーにはどんなポテトチップスが置いてあるかな?
ストーカー関係の話から現実逃避するように僕が歩き出せば、そうそう、と思い出したように小夜子さんに呼び止められる。
「もしも知らない人に声をかけられてもついて行っちゃダメよ。無理矢理連れて行かれそうになったら、大声で叫んだり助けを呼んでね。今の時間帯のスーパーなら必ず誰か気付くから」
「う、うん、わかった……」
僕を心配しての事だろうけど、そのもしもをうっかり想像してしまった僕は、少しテンションが下がる。
だけど、そのもしもはすぐ現実になった。
「君、ゴミの分別はちゃんとしているかい?」
「へ?」
お菓子売り場の色んなポテトチップスが並んでいるコーナーで、僕は早速知らない人に声をかけられた。
やたらと背が高くてガタイが良い、筋肉がモリモリしたタンクトップの男の人。
「中身が入ったまま、ジュースのラベルがついたまま燃えるゴミに捨ててはいけないよ!」
「えっと、そうですね?」
そして、いきなりゴミの分別について注意される。
何が起こっているのかわからない。
「ジュースの中身は飲みきるか捨てる、その後は中身を水で洗って、ラベルを剥がし、キャップは燃えるゴミ、ペットボトルは資源ゴミだ! 君のマンションのゴミ捨て場には、ちゃんとペットボトルだけ捨てる場所があるだろう?」
「僕は昨日引っ越してきたばかりですけど、ちゃんとゴミは小夜子さんに教えられた通り分けてます。それと、まだ僕うちのマンションのゴミ捨て場に行った事ありません」
怪しい人だとは思ったし、すぐに逃げるべきなんだろうけど、少しムッとした僕は言い返してしまう。
だけど、僕がそう言った途端、タンクトップのおじさんは、急に黙り込んだ。
「ふむ、一つ聞くが、君は最近アプリコットピーチすもも味というジュースを飲んだかい?」
しばらく黙った後、タンクトップのおじさんはなんだか長ったらしいジュースの名前を出してきた。
「な、ないです……」
なんなんだ、そのアンズ味なのか桃味なのかすもも味なのかわからないジュースは。
それに、なんですももだけ日本語なんだ……!
「じゃあ、小夜子さんの家でそんなジュースが出されたことは?」
「ない、です……」
僕は素直に首を振る。
「なるほど……いやしかし、それなら……ハッ!」
また考え込むような素振りを見せた後、急にタンクトップのおじさんは何かに気付いたような顔になった。
「ど、どうしたんですか?」
「いや、すまない、俺は大きな誤解をしていたようだ」
ゆっくり首を横に振って、タンクトップのおじさんが僕の両肩に手を置いてくる。
手が大きすぎて、手のひらだけですっぽり僕の肩が覆われた。
「そう、ですか……」
思わず悲鳴を上げそうになったけど、それをしたらなんだか負けのような気がして、僕はぐっとこらえる。
「小夜子さんにはあなたからの贈り物は確かにタンクトップ山田が受け取ったと伝えておいてくれ……それと、とても喜んでいた、と」
「はあ」
タンクトップのおじさんは僕にそれだけ伝えると、晴れやかな笑顔で去って行った。
一体何なんだ……。
あまりに不可解な出来事に、僕はしばらく呆然とその場に立ち尽くしたけど、すぐに小夜子さんにこの事を伝えたくて走り出す。
ポテトチップスはコンソメを選んだ。