1-7
「わかりました。今日は暇させていただきます。また今度時間のある時にお話をお聞きに来てもよろしいでしょうか?」
東雲さんの声だ。
「正直、もう来て欲しくないのですが。せめて別の人に来て欲しい所ですね」
冷めたような小夜子さんの声が聞こえる。
それから小夜子さんに追い出されるように刑事さん達が帰る事になったので、今度は堂々とやじうま根性を丸出しにして玄関で刑事さん達を見送る小夜子さんを後ろから観察する。
「あ」
玄関で東雲さん達を無言でじっと見つめていた小夜子さんは、靴を履き終わった二人が最後に何か言おうと振り返った瞬間、急に声をもらした。
「どうか、しましたか?」
不思議そうに菅原さんが小夜子さんに尋ねる。
僕は気になって小夜子さんの顔を覗き込む。
「いえ、さっきのお話の中で丸村さんのお宅からは毎日彼の楽しそうな話声が聞こえていた、とおっしゃっていたのを思い出して。その言葉は本当に隣に住んでいる方の言葉で間違いないんですか?」
真剣な顔で小夜子さんが尋ねる。
「間違いありません。私が直接聞きましたから」
東雲さんがそれがどうしたと言わんばかりに頷く。
「丸村さんは恋人と半同棲してるのに、いつも聞こえてきた話声は彼の声だけだったのかなって」
小夜子さんの言葉に、その場は静まり返る。
「話に出てきた隣の人は半同棲してる人の姿は見たことあるのでしょうか。あと、丸村さん以外の人の声とか……そもそも、そのさっちゃんって人、本当に存在していたんですか?」
「……は?」
どこか呆れたように東雲さんが小夜子さんを見る。
菅原さんも狐につままれたような顔をしていた。
「いえ、思いついただけなのでお気になさらないでください」
みるみる怪訝そうな顔になる東雲さんと急に何か考えるような顔になった菅原さんを押し出すように外に出した小夜子さんは、申し訳程度に挨拶をしてドアを閉めて鍵をかける。
玄関には、僕と小夜子さんだけが残った。
……今の話は一体?
「小夜子さん今の話、なんか意味があるの?」
刑事さんを変に挑発しても、余計に小夜子さんの立場が悪くなるだけなんじゃ……。
「ただの時間稼ぎよ」
僕が聞けば、小夜子さんは振り向いて、にっこりと笑った。
一体、どういう事だろう。
「小夜子さん、DNAは提供した方がてっとり早く疑いが晴れたんじゃないの?」
リビングに移動した後、僕は小夜子さんに尋ねてみた。
「丸村さんが私のストーカーさんだった場合、さっちゃんも私の事だし、部屋から見つかった髪の毛も使用済みのストローも私のものの可能性が高いわ」
「ええと、つまり……どういう事?」
いよいよ僕はわからなくなる。
「つまりね、丸村さんは私の髪の毛とかの日常のゴミを漁って、ソレを使って部屋を飾り立ててたの。コンセプトは、私と恋人になって半同棲状態の部屋かしら」
「で、でも女性用の化粧品とか服とか出たって」
「初めはただ私の出したゴミを手に入れてコレクションしてただけかもしれない。だけど、それを部屋の中に置いた時、彼は感じたのよ」
「感じたって、何を?」
「私がすぐ近くにいるような感覚を。頻繁に遊びに来てて、気安くくつろいだ痕跡のようなものが、床に落ちた髪の毛や、空っぽのグラスに使用済みストローなんかさしてあれば、よりそんな気分になれるんじゃないかって考えたのよ」
想像して、鳥肌が立った。
なんとも言えないまとわりつくような気持ち悪さを感じる。
それになにより、絶対に無いとは言い切れ無さそうな変に生々しい感じがする。
「彼の趣味は、日に日にエスカレートして更なるリアリティを求めるわ。私が使っている化粧品を買い集めて洗面所に並べたり、私が着てそうな服を買ってきて、私が使っている洗剤と柔軟剤で洗ったら、私の服と同じにおいになるんじゃないかとか」
「……話し声は」
「エア会話じゃない? 何かのシチュエーションボイスとかとの会話とか、私が誰かと話している声を録音して、ソレと会話してたなら部屋を調べた時点でわかるはずだし、隣の人は男女の話声が聞こえたって証言するはずよね」
「いやいや、さすがにそれは……」
気持ち悪いを通り越してホラーだ。
不審者どころの騒ぎじゃない。
異常者だ。
「まあ、今のは全部私の想像だけど、もし本当にそんな感じで丸村さんの部屋から私のDNAや指紋が付着したものが検出されたら、刑事さんのあの様子からして、その時点で決めつけられて冤罪をかけられそうだもの」
「……確かに」
少なくとも、東雲さんは小夜子さんが犯人だと決めつけているように感じた。
「どちらにしろ、このまま放って置いたら何かしら私が犯人だとこじつけられそうな証拠を持ってきて、緊急逮捕とかにもなりそうだし、あまり時間は無いわ。早く真犯人を見つけ出して突き出さないと」
「なら、なんでさっき東雲さん達を挑発してたの。絶対余計に目を付けられたよ」
「それでいいのよ。何が起こってるのか状況は把握出来たし、あれ以上話したところでどうせ平行線だもの。それなら適当な理由で機嫌を損ねたフリをして無理矢理会話を終わらせた方が早いわ」
「つまり、さっき小夜子さんが怒ってたのはそういう……」
思ったより黒い理由だった。
「そうは言っても、気休め程度の時間稼ぎにしかならないわ。まずは真犯人であるストーカーさんを特定しないと」
そう言うと、小夜子さんは真面目な顔になった。
急に空気が重くなって、途端に僕は不安になる。
「犯人が小夜子さんのストーカーさんなのは、確定なの?」
「だって、殺された人達が全員私のストーカーさんである事を知ってて、殺す動機のある人物像って、他のストーカーさんを邪魔に思った私のストーカーさんっていうのが一番有力じゃない?」
言われてみれば、確かにそんな気がする。
だけど、ただ生活してるだけで複数のストーカーがついて、更にそのストーカー達が勝手に殺し合ってその犯人じゃないかと疑われるなんて……。
ハードモードすぎない?
「でも、どうやってその犯人を特定するの?」
「うーん、まず気になるのは、犯人はどうやって殺されたストーカーさん達の事を知ったかよね」
「ニュースでは三人とも職場も住んでる場所もバラバラで面識が無いって言ってたよね」
「犯人は多分、私をストーキングしているどこかの段階でその人達の事を知ったと思うのだけれど……」
「じゃあ、もしかしたら昨日、僕と小夜子さんで出かけた時も……」
「犯人のストーカーさんに見られていたかもしれないし、私達を見ていた他のストーカーさんに目を付けたかもしれないわね……」
「ふぇ……」
思わず情けない声が漏れた。
自分の生活圏の中に、実際に人間を殺して回っている殺人鬼が潜んでいると考えると、それだけで脚から力が抜けていくような恐怖を感じる。
「それに、犯人はどうやって毒入りのジュースをストーカーさん達に飲ませたのかしら? 一人目は鍵のかかった自宅、次は喫茶店の店内、その次は早朝の公園……」
「全員、時間帯も場所もバラバラだね」
「だけど、初めの丸村さん以外は二人とも私の家の近くね」
言いながら、小夜子さんはスマホを取り出して何か調べだした。
「犯行に使われたのはアルカロイド系の毒物らしいけど、植物や微生物、両生類なんかの生き物から生産される天然の毒みたい。口に入れると独特の苦みやエグみがあるそうだけど、皆よく致死量を飲めたわね」
「つまり、明らかに変な味がしてたのに、皆ジュースを飲んでたって事?」
「たぶんね」
小夜子さんは話しながらスマホをいじり続ける。