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楽しい修羅場の歩き方  作者: 和久井 透夏
第一章 小夜子さんストーカー殺人事件
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1-5

「だからね、私はもう開き直る事にしたの」

「開き直る?」

 明るい調子でおどけたように言う小夜子さんに、僕は聞き返す。

「私が魅了体質である事はもう死ぬまで変えられない。もうこの体質を受け入れて生きていくしかない。それなら、もう逆にこの体質を私なりにとことん楽しんでやろうと思ってるの」

「た、楽しむの……?」

 楽しむって、どう楽しめって言うんだ。

「例えば、魅了体質のおかげでで良いことがあったら10点、悪い事があったら-10点、心が折れたりあきらめたら-30点、それを自力で解決出来たら50点と考えて日記を付けて、月ごとのトータル点数をより高くしようとする、とかね」

「そんなゲームみたいに……」

「それくらいで良いのよ。ちなみに、良い悪いの基準は自分がどう感じたか。解決したかどうかも、自分が良いと思えたかどうかで決まるわ」

 言いながら、小夜子さんは皿の上に置いた食パンを手に取ってかじる。

「判定ガバガバじゃない?」

「そんな事ないわ。一番大事なのは自分の気持ちだもの。ちなみに、自分の気持ちを偽って点数を操作したら-100点よ」

「大体、そんな点数集めてなんになるの」

「例えば、月ごとの自分が感じてる幸福度がわかるし、なんとなく気分が沈んでも月全体の点数がプラスなら気のせいだし、低くてもその原因と敗因がわかって対策ができるわ。あと、単純に点数が積み重なってくの楽しい!」

「そ、そう……」

 さっきとは打って変わって、楽しそうに小夜子さんが言う。

 この人のテンションがわからない。

「何をどう感じるかはその人の自由だけど、物事を明るく捉えるきっかけにもなるわ。後から読み返して自分の日々の過ごし方を振り返れるし、日記は自分で書いた物でも裁判では証拠として有効だから、付けておくといいわ」

 最後、一気にきな臭くなった!

 一体、どんな毎日を送ったらこんな風になるんだろう。

 もはや一周回って楽しくなってきた。

「後は、ストーカーさん宛のメッセージを発信する用のSNSアカウントとか作っておくと、多少はストーカーさん達とコミュニケーションを取れなくもないから、自衛策としてこっちもオススメね」

「それ、自衛になってるの……?」

 小夜子さんに見せてもらったツイッターアカウントには、窓から見えた虹とか、深夜に食べるケーキは美味しいとか、当たりさわり無いような気がするけど……。

 食後、僕が小夜子さんにSNSの活用法と危険性について教えられていると、インターホンの呼び鈴が鳴った。

 小夜子さんは少し話して僕の所に戻ってくる。

「誰か来たの?」

「うん、なんか警察の人が蓮山さんの事件について聞きたいんだって」

 僕が尋ねれば、何でもないように小夜子さんは答える。

「え、今から警察の人が来るの!?」

「ええ、そうみたい。そうそう、由乃くん知ってる? 任意同行はあくまで任意だから、拒否する事もできるんだよ」

 さっきと変わらない調子で小夜子さんが言う。

「今話すのは、それで良いの!?」

 言いたい事は色々あったけど、あえて一つ言うとしたら、それだった。


「……笹川小夜子さん、蓮山さん達の事件について一度署の方でお話をお聞きしてもよろしいでしょうか」

「お断りします」

 警視庁捜査一課の東雲しののめと名乗ったその男の人の申し出を、小夜子さんは明るい声で断った。

 東雲さんと、その後ろにいた捜査一課の女の人、菅原さんの空気が凍る。

「生憎この後は予定がありまして、あと一時間程度でしたらうちでお話させていただきますが、いかがでしょうか?」

 東雲さんと菅原さんは顔を見合わせた。

 けど、廊下から覗くように玄関の様子を見てた僕と目が合うと、菅原さんは小夜子さんの提案を受けると言い出した。

「それじゃあ由乃くん、ちょっとお客さんが来たからお部屋で待っててくれる?」

 刑事さん二人を家の中に入れた小夜子さんが、僕の方を振り向いて言う。

「わかった」

 僕は小夜子さんの言葉に頷いて、昨日作ってもらった僕の部屋に引っ込む。

 そして、窓からベランダに出て、そのまま小夜子さんが刑事さん達と話すリビングの窓横まで移動する。

 窓は網戸を付けて全開にされているので、リビングの会話がよく聞こえる。

 小夜子さんからの許可は取ってある。

 というか、

「由乃くんも魅了体質だから将来は警察のお世話になる事もあるだろうし、参考にちょっと私達の会話を聞いてたらいいわ」

 なんて言って勧めてきたのは小夜子さんだけど。

 魅了体質だと将来警察のお世話になる事が確定なの!?

 とか、つっこみたかったけど、もし本当にそうなら困るので大人しく小夜子さんの言う事に従う。

 窓の近くに座り込んで聞き耳を立てれば、リビングの会話が聞こえてくる。


「……亡くなった蓮山さんとは面識はありましたか?」

「ええ、顔見知り程度ですが」

「どのようなご関係で?」

 質問する東雲さんの声と、それに応える小夜子さんの声が聞こえる。

「近所のドラッグストアの薬剤師さんで、よく薬の相談に乗ってもらいました。親身に話を聞いてくださって、近所で見かけたら軽く挨拶をする程度の間柄でした」

「蓮山さんの自宅から、あなたを盗撮したと思われる写真が複数発見されました。それと、この家の電気やガス、水道の支払い明細も。この事について心辺りは?」

 早速、被害者が小夜子さんのストーカーだった事がバレている。

「いえ、初めて知りました」

 困惑したような小夜子さんの声が聞こえる。

 まるで女優だ。

「月々の光熱費の明細が届かない事に関しては不思議に思わなかったのですか?」

 菅原さんが小夜子さんに尋ねる。

「今まで一度も支払い明細が届いたことがなかったので。元々このマンションは父の持ち物で家賃は一切払っていないのですが、てっきり光熱費も父が引き落としで払ってくれているものとばかり……」

 しれっと小夜子さんは答える。

 この言葉だけ聞くと、お嬢様育ちでお金の事について疎そうに感じるけど、さっきエレベーターの辺りで話していた事を考えると、あえてそう答えているだけだろう。

 でも、この状況でさっきみたいに殺された蓮山さんは良いストーカーさんで共存してました。なんて言ったら犯人として疑われるどころか、常識的な人間としても疑われそうだ。

 かといって、魅了体質なんて説明した所で警察の人が信じてくれるとは思えない。

 僕だって、実際に自分の身に起こった事が無かったら、相手が僕をからかっているんだと思う。

 そして、この時僕は気付く。

 魅了体質だと将来警察のお世話になるっていうのは、こんな風に自分は何もしてなくても、勝手についたストーカーが勝手に問題を起こしてお世話になるって事なんじゃ……。


 恐ろしく迷惑なんだけど!?


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