4-7
声をあげた瞬間、部屋中の視線が僕へと向けられる。
「あら由乃くん、お帰りなさい」
「た、ただいま……」
こんな時でも小夜子さんはいつもの小夜子さんだ。
なんでもないように笑顔で迎えられたので、とりあえず「ただいま」と返す。
「ところで、僕達の秘密基地を放火したのはこの人なの?」
「いいえ、その犯人は管理人さんよ」
小代子さんは笑顔で答える。
「「えっ」」
東雲さんと菅原さんが声をあげる。
「え……」
続いて管理人さんも声を漏らす。
「そうなの?」
「ち、違う! 私はそんな事しない! そんな事してもし上の駐車場に引火したら賠償金だけで私は破産だ! 老後の資金の為にわざわざ定年後も働いているというのにそれじゃ、あべこべじゃないか!」
僕がたずねれば、管理人さんは慌てて否定する。
「ええ、確かにわざとじゃなかったんでしょう。ただその場に仕掛けられていたボイスレコーダーを壊したかっただけで、まさか爆発して火を噴くなんて思わなかった。だから驚いてその時に怪我しちゃったんでしょう?」
「いやっ、これは慌てて消火器を取りに行くときに転んで……」
「それで作業服が土まみれになっちゃったんですか?」
「そうです!」
こてん、と小代子さんが首を傾げて尋ねれば、管理人さんは力強く答える。
「由乃くん、管理人さんの作業服に付いてた土って、何色だった?」
「何って、茶色だけど」
それがどうかしたのだろうか。
「駐車場やロータリーは舗装されているし、中庭は白い砂が敷き詰められている。マンション内はタイル張り、つまり管理人さんの作業着に付いていたのは由乃くん達の秘密基地にしていた場所で付いた、という事でいいですか?」
「ああ、そうだ、気が動転して記憶が混乱していたんだ、確か転んだのは消火で中に入った時だ」
いやあ、うっかりしていた、と管理人さんは妙に明るい調子で言う。
「では、発見した時は中には入っていない?」
対して小代子さんは相変わらずニコニコと質問を続ける。
「異臭に気付いて見れば煙と火を確認できたんだから、わざわざ中に入る必要なんて無いでしょう。それより早く消火器を持ってきて消火すべきだ」
「そうですね。では、消火する時に、秘密基地に足を踏み入れた?」
「消火の為です。ちゃんと火元へしっかり消火器の薬剤をかけないと、消えたように見えて再燃する事もありますから」
「そうですか。でもおかしいですね」
とても言い笑顔で小夜子さんが言う。
「どういう事?」
何がおかしいのだろう。
「現場を見に行った時に気付いたのですが、あの場所、入り口も狭いですし、天井も低くて小学生ならまだしも、大の大人がその中に入るのは一苦労だと思うんです」
「まあ、確かに……」
あの出入り口は僕でも少し面倒だ。
「燃え跡から大体の出火位置は特定出来ましたが、腕とか上半身だけ中に入れてそこから消火器で消火すれば十分消せると思うんです。いいえ、むしろそうすべきです」
「そうすべきって、なんで?」
「あんな狭い場所で消火器なんて使ったらすぐにその空間が丸ごと粉まみれになっちゃいますからね。狭い場所で消火器を使うのなら、退路を確保してからが基本です。だけどあの狭い出入り口じゃ簡単に出入りできませんよね。おまけに天井も低いから頭を下げるとどうしても火元に頭が近くなる」
東雲さんや菅原さんがハッしたように管理人さんを見る。
「由乃くん、昨日由乃くんは管理人さんは土まみれだったって言ってたけど、粉まみれとは言ってなかったよね。中に入って消火器を使ったのなら全身粉まみれのはずなんだけど」
「でも右手は粉まみれだったよ……あ、そうか、中に入って消火したなら頭から全部粉まみれになるんだ」
「……」
管理人さんはついに黙った。
「警察を呼ぶまでに服を着替えたのなら、土まみれという印象も由乃くんが持つ事は無かったでしょうね。でも、辛うじて手の手当をする時間しかなかった」
「え、なんで?」
「多分、佐藤さんのお母様が原因じゃないかしら」
「あ、佐藤のおばさん火の気配にすぐ気付いて騒いでた……」
小代子さんの言葉に、当日の現場の様子を思い出す。
「それですぐに呼ばざるを得なかったのかもしれないですし、佐藤さんの事だから怪我をした管理人さんに気を利かせてもう警察を呼んでおいたと事後報告してきたりしそうですものね」
直後、管理人さんが崩れ落ちる。
「許せなかったんだ……せっかく少年達の楽しそうに遊んでいる様子を映像に収められる私の絶好撮影スポットに知らない男がその場に盗聴器だかカメラだかを仕掛けていったのが。私は、あくまで子供達の映像を自分で見て酒を飲むだけに留めている! だがこいつはいつ実際に子供達に手を出すかわからない!」
やけっぱち状態で管理人さんは佐藤さんの息子さんに怒鳴り出す。
一方、唐突なカミングアウトに僕は固まる。
つまり、僕達の秘密基地での様子は今回の小火騒ぎがある前から盗撮されていた……?
しかも、僕が魅了体質だから盗撮をしたというより、元々小さい男の子とかが好きなタイプの人だった……?
「待ってください、誤解です! 俺が興味あるのは小夜子さんです! でもSNSを見ても普段の様子を観察しても小夜子さん本人の内面的な事がわからないから! どうにか同居してる由乃くんに近づいて距離をつめようと! 由乃くんから小夜子さんの情報を引き出そうと思っていただけです!」
どっちにしてもストーカーじゃないか!!
「つまり、小夜子さんに近づく為に僕達の秘密基地にボイスレコーダーをしかけたり、僕に奇々怪々チョコのカードをくれたりしたの」
「えっと、はい……」
僕が言えば、途端に佐藤さんの息子さんの声が小さくなる。
悪いとは思ってるのか。
じゃあ、ついでに気になってた事も確認してしまおう。




