表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
楽しい修羅場の歩き方  作者: 和久井 透夏
第一章 小夜子さんストーカー殺人事件
4/41

1-4

「どういう事なの……」

「私の方針はね、善良なストーカーさんとは持ちつ持たれつの共存関係を築く事なの」

「ますますわからないんだけど……」

 善良なストーカーって、なんだ。

 というか、なんでこの人は当たり前みたいに複数の人間からストーカーされている状況を受け入れているんだ。

「大丈夫、これからわかってくるわ」

 エレベーターが最上階について、小夜子さんがエレベーターから降りていく。

 その後を追いかけながら僕は、小夜子さんの慣れた様子に少しの不安と頼もしさを感じる。

 本当に大丈夫なのか、そう思う一方で、不思議と小夜子さんならなんとかしてくれそうな気がしてくる。

 小夜子さんの家に着くと、もうお父さんとお母さんが僕の荷物を運んでくれていて、新しい僕の部屋ができていた。

 新しい部屋に入ると、お店で嗅ぐような、買ったばかりの家具のにおいがする。

 ベッドも机も新品だ。

パソコンは最近新しく買ってもらったのをそのまま持ってきたみたいだけど。

「新しく買わないでも僕の部屋の家具を持ってきてくれればよかったのに」

「ダメよ! そんな事したらゆーくんが帰ってきた時のお部屋がなくなるでしょう? しばらくは小夜子ちゃんの所でお世話になるにしても、いつでも帰ってきて良いのよ!」

 そう言ってお母さんは僕を抱きしめる。

「長期休みや毎週の土日ごとに小夜子ちゃんと一緒に泊まりに来てもいいんだぞ」

 お父さんも付け加えるように言う。

 最近、お母さんもお父さんもずっとこうだ。

 家族仲は元々悪くはなかった。

 だけど、前はこんなに猫可愛がりされてない。

 学校の友達や先生、両親も急に態度が変わったのは、たぶん僕の魅了体質が発現したから。

 あまり悪い気はしなかったけれど、今はそれが本気で怖い。

 同じ魅了体質である小夜子さんから、その生活の一部を教えてもらっただけで、既に胃もたれしそうだ。

 お母さんは、こんな罰ゲームみたいな体質のどこに憧れていたのか、不思議でしかたない。

 その日は小夜子さんの家で出前を取って、僕と僕の両親と小夜子さんの四人でピザを食べた。

 翌日の朝、僕と小夜子さんと二人だけで迎える初めての朝食中、それは起こった。

 小夜子さんと向かい合って味気ない朝食を飲んでいると、急に小夜子さんが驚いたように声をあげる。

 ニュースでは最近この辺を騒がせている連続不審死事件について報道している。

 先月から三人、立て続けにジュースを飲んで死んだ人間がいるらしい。

 三人が直前に飲んだジュースからはアルカロイド系の毒が検出された。

 初めの犠牲者は一人暮らしの鍵の掛かったアパートで死んだ。

一人暮らしの部屋には鍵がかかっていた。

誰かと争ったりした形跡も無い。

 遺書は発見されてなかったけれど、自分から毒入りのジュースを飲んだとしか思えない状況なので、始め警察は自殺として処理した。

その二日後、次の犠牲者は夕方の喫茶店で死んだ。

 二人目の人は倒れる約一時間前、喫茶店の席でコーヒーを頼んでいたにも関わらず、自分で毒が検出されたジュースを取り出して飲み干しているのが店の防犯カメラに映っている。

 突然苦しみだして、近くにいた店員に自分から救急車を呼んでくれと頼んだけれど、病院に搬送後死んでしまった。

その更に三日後、というか今朝、今度は早朝に公園のベンチで死んでいた男の人が発見された。

足下に転がっていた飲みかけのジュースからはアルカロイド系の毒が検出された。

 三人目の犠牲者。

 そして、小夜子さんに言わせればこの人は善良なストーカーさんらしい。

 テレビでは新たな犠牲者として、はすやま吾郎ごろう(46)という名前が報道されている。

 事件現場として報道されている公園には見覚えがある。

 このマンションのすぐ近くの公園だ。

 窓からすぐ見える公園で、つい一昨日そんな事があったなんて。

 想像するだけでゾッとする。

 死んだ三人に接点はなくて、年齢も職業もバラバラなのに、死因だけがあまりに似すぎているので、警察は三人の死にはなんらかの因果関係があると見て捜査をしているらしい。

「蓮山さんは善良なストーカーさんで、夜道に私が不審者に襲われた時にはどこからともなく現れて助けてくれたり、見守り料として何もしなくても勝手に毎週お小遣いをくれていた、本当に善良なストーカーさんだったの……」

 テレビを見ながら眉を下げて、悲しそうに小夜子さんが言う。


 もう蓮山さんが不審者じゃないか!


 ちょっと……いや、全く何を言っているのかわからない。

 小夜子さんの話している言葉の意味は理解できるのに、小夜子さんが言っている事が何一つ納得も共感も出来ない。

「由乃くん、私達の体質を考えればストーカーさんが付く事はどうしようもない事なの。だからこそ、私は善良なストーカーさんとは良好な関係を築いていきたいの」


 本当に、何を言っているんだこの人は。


 とんでもない所に来てしまった。

 ストーカーも大概おかしいけど、一番おかしいのはこの人じゃないだろうか。

 なんでストーカーの名前を把握しているのかとか、普通に交流していて、平然と援助を受けたり、その人が死んで悲しんでいるのかとか、もう色々と僕の理解が追いつかない。

「でも、殺された蓮沼さんが私のストーカーさんであるという以上、一つの可能性が出てきたわ。思い違いであってほしいけれど……」

 持っていたパンを皿の上に置いて、小夜子さんが言う。

「可能性?」

「犯人は、私の悪いストーカーさんかもしれないわ……」

 急に深刻そうな顔になって小夜子さんがつぶやく。

 悪いストーカー……頭痛が痛い、人殺しの殺人鬼、みたいな日本語だ。

「人を殺すのは悪いストーカーさんよ」

 いや、そうだけど……。

「ストーカーじゃなくても人を殺すのは……というか、ストーカー自体が悪い事なんじゃ……」

「そうかもしれないけれど、魅了体質のせいで私の事が気になって仕方なくなっちゃう人はどうしても出てきてしまうし、それは仕方ないわ」

 いやいやいや。

「でも、会った人がストーカーにならないように気を付けたりとか……そういう方法ってないの?」

 頼む、あってくれ。

「たまたま電車内で見かけてそのまま家までついて来てしまうようなストーカーさんが外に出る度頻繁にできて、引きこもっても生活用品を届ける運送業者さんがストーカーさんになってしまう事もあるから難しいわね」

「え……」

 無かった。

 そして思ったよりもちょっとした理由でストーカーが誕生してた。

「太っても痩せても、地味な格好や逆にかなり尖った派手な格好しても、積極的に寄ってくる人間の種類が変わるだけで、ストーカーさんの数自体は減らないわ」


 じゃあ、どうすればいいんだ。


「相手に好意を持たれ過ぎないよう気を付けようなんて、私も、私のおばあちゃんも、その前の魅了体質の人間皆一度は考えて、色々と試して、それでも抜本的な解決方法は見つからなかったわ……」


 僕だって小夜子さんと同じ魅了体質なのに。


「これは私の体感なんだけど、魅了体質って割合的に、十人人間がいたら八人が好意的で、一人が無関心で、一人からちょっとどうかと思うような重量の愛を向けられるのよ」

 状況やコミュニティによって多少のばらつきはあるけれど。と、小夜子さんは雑談でもするような軽い調子で話す。

 ストーカーになるような危険人物が十人に一人。

 思ったより少ないと思いかけて、すぐに僕はは思い直す。

 その理屈だと、一クラス三十人とするとクラスに三人、四クラスあると学年で十二人、更にソレが六学年分だと、単純計算で小学校に生徒だけで七十二人の熱狂的なファンが出来る事になる。

 全く笑えない!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ