4ー4
その日、僕は梨央に頼まれて近所のスーパーで梨央に渡されたお金で代わりに奇々怪々チョコを買ったり、梨央の買って来た奇々怪々チョコを開封したりした。
結果、全部で六つ買って星1が三つと星3が二つ、星4が一つという、特別良いとも悪いとも言えないような内容だったけど、梨央はがっかりしたようだった。
「うーん、何がいけないんだろうなあ」
「普通に今まで通り僕の出したのとトレードでいいじゃん」
「でもそれだと俺が沢山買いたい時……なんか焦げ臭いな?」
とりとめのない話をしながらマンションに帰っていると、何かが焼けたような変な臭いがした。
秘密基地に近づく程にその臭いはどんどん強くなっていく。
駐車場から繋がるロータリーにはパトカーが停まっていて普段、人のほとんどいない中庭には何人もの大人がいて雰囲気が物々しい。
「……だけど台所を確認しても何も無いし、家の中回ったら玄関の方が臭いが強くてドアを開けたら、まあびっくり! 煙が……」
佐藤のおばさんがいつもの調子で菅原さんに何か説明している。
東雲さんと管理人さんが話しているのも見かけて、横から声をかける。
「あの、何かあったんですか……?」
警察の人と話していたボロボロな管理人さんに僕は声をかける。
「放火だよ。ちょうど近くを通った時に駐車場の下のスペースから煙が出てるのを見かけてね。なんとかすぐ消火できたけど、もしあと少し気付くのが遅れていたら上の階にある車のガソリンに引火してして大惨事になる所だよ」
興奮した様子で管理人さんは言う。
「その怪我、どうしたの?」
管理人さんの右手には包帯が巻かれていて、作業着の右膝や袖などが土で汚れているし、右腕は白い粉にまみれている。
「慌てて消化器を取りに行く時に転んだんだよ。でも、上の車が爆発する前に消せて良かった。平日のこの時間はほぼ満車状態だからもしそうなってたらと思うと恐ろしいよ」
「ええ、そうですね。もしその時、駐車場に人がいたら命を落としていたかもしれない」
東雲さんは深刻な顔で管理人さんの言葉に頷く。
「そんな……」
「ところで由乃くん、今日は友達と外で遊んでたのかい?」
僕と梨央を見ながら東雲さんが聞いてくる。
「はい、友達とスーパーに……」
「なるほど……最近何か困ってる事はないかい?」
「困ってる事?」
「ああ……そうだな、後で小夜子さんにも話を聞きに行きたいから後で家を訪ねるよ、その時に……」
何の事だろうと首を傾げると、東雲さんは言いづらそうにソワソワしはじめた。
「今日、小夜子さん出かけてるよ」
「えっ……それは、なんで」
「確か、大学の時の先輩と会ってくるって」
「まさか男……」
ショックを受けた様子で東雲さんが呆然とする。
「いや、知らないけど……夕方前には帰るって言ってたよ」
「そ、そうか。うん、じゃあ、五時頃お話を聞きに行くと連絡しておいてくれ」
「うん、わかった」
気を取り直して東雲さんは僕に訪問予定を伝えてきた。
そして今度は梨央へ目線を向ける。
「君は、梨央くん? それとも凪くん?」
「り、梨央です……」
緊張した様子で梨央は背筋を伸ばす。
梨央と凪の名前が東雲さんに割れている。
最近この辺でよく見かけた子供三人として佐藤さんか管理人さんから話を聞いたのだろう。
「そうか。もしかしたら君達にも後で話を聞きに行くかもしれないから、部屋番号を教えてくれるかい?」
「はい……」
東雲さんと別れて、とりあえず僕は梨央を僕の部屋へ呼んだ。
かなり梨央が怯えていたので、とりあえず他の人に話を聞かれない場所で話したかった。
「ど、どうしよう由乃……警察の人がうちに来るって!」
部屋に入るなり、梨央が泣きそうな声で僕にすがり付いてくる。
「大丈夫だよ、僕達はあそこで火遊びなんてしてないし、突然火の出るようなものなんて置いてなかった。何も悪い事はしてない。秘密基地の事を聞かれても、そこで遊んではいたけど放火なんてしてないって言えばいいよ」
「そう、そうだよな……」
梨央とはそれから僕の部屋で小夜子さんが帰ってくるまで一緒にゲームをした。
小夜子さんが帰ってくる頃には梨央も落ち着いていて、自分で色々考えたいからと帰って行った。
僕は小夜子さんに秘密基地の事と今日その秘密基地が燃えてしまった事、後で東雲さんが話を聞きに来る事を伝える。
「……詳しい事は東雲さんが来た時にまた色々聞くわ」
夕方、東雲さんは約束通りの時間に菅原さんとやってきた。
リビングに通された東雲さんと菅原さんは小夜子さんに促されてテーブル席に座り、小夜子さんと僕はその向かいに座る。
「もしかしたら由乃くんからもう話は聞いているかもしれませんが、まず改めてこちらから何が起こったの説明します」
「ええ、よろしくお願いします」
菅原さんの言葉に小夜子さんが頷く。
「今日の午後二時頃、このマンションの駐車場下にあるスペースで小火騒ぎがありました。出火原因は状況から見てある電気製品です」
そう言って東雲さんはある写真を差し出す。
黒焦げになった長方形の機械っぽい何かの真ん中辺りにいくつか乱暴に開けた穴のような傷がある。
「何コレ?」
僕は首を傾げる。
「リチウムイオン電池内蔵のボイスレコーダーです。この方式の電池は電気が十分に充電された状態で経年劣化や強い衝撃、損傷を受けると爆発炎上する事があるそうですが、写真のようにこれには明らかに人為的な穴が空いています」
「つまり、何者かがわざわざそのボイスレコーダーをその駐車場下のスペースに持ち込んでそれを爆発させたと?」
菅原さんの説明に小夜子さんが確認すれば、菅原さんは静かに頷く。
「現場周辺の監視カメラには不審な人物は映っていませんでした。第一発見者で初期消火に努めた内村さんも不審者は見ていないようです。あの場所は隠れられる場所やカメラの死角も多いので、気付かれずに逃げられたのでしょう」
管理人さん、内村って名前だったんだ。
そういえば作業着に名札を付けてた気がしたけど、管理人さんって呼んでるからちゃんと見てなかった。
僕は菅原さんの言葉を聞きながら他人事のように思った。
「現場には三人分の子供の足跡と消火に当たった管理人の他にもう一つ、男性のものと思われる足跡が残っていました。状況から考えるとそうでしょう。そして現場の状況や住人の方の話から察するに、どうやら由乃くんは友人二人とよくそこで遊んでいたようだ」
これはあくまで私の推測ですが、と東雲さんは一度話を切って前置きをする。
「もしかしたらこれは脅しなのかもしれません」
「どういう事でしょう?」
眉をひそめて小夜子さんが聞き返す。
「小夜子さんのストーカーが由乃くんに近づき、このボイスレコーダーを家に仕掛けて後日回収してこいと要求し、断られた腹いせに由乃くんの秘密の遊び場でそのボイスレコーダーを使って問題を起こし、次言う事を聞かなければ……という示威行為ではないでしょうか」
「由乃くん、最近そんな事あった?」
「ううん、ないよ」
僕は首を横に振る。
確かに話だけ聞いてるとありそうな話だけど、実際僕はそんな人間に遭遇してないし、してたらまっ先にアプリにメッセージでも筆談でもして小夜子さんへ相談する。
「由乃くん、もし何かあるなら、今この場で話してくれれば警察としても君を守るよう動ける」
「いや、ほんとにそんな要求された事ないよ」
東雲さんはますます深刻そうな顔をするけど、知らないものは知らない。
「……そうか、では小夜子さん、最近何者かに付きまとわれたり交際を迫られた事は?」
「すいません、そういう事は常に誰かしらからあるので、特に誰が怪しいとも言えないです……」
「…………そうですか。ちなみにこのブランドロゴに見覚えはありませんか? 破片からこのボイスレコーダーのものらしいのですが」
そう言って菅原さんはメモ帳に描かれたブランドロゴを見せる。
「あ」
見覚えあった。




