4ー2
秘密基地が燃える三日前。
「あら~、由乃くんおかえりなさい」
秘密基地からの帰り道、駐車場の出入り口から入ってすぐある中庭の前の部屋に住んでいる佐藤のおばさんに声をかけられた。
普段から顔を合わせるとよく挨拶する人で、気を抜くと無限に世間話をしてくる。
あとお菓子とかよくくれる。
魅了体質が発現してからはよくある事だけど、周りを見ているとこの人は誰に対してもこんな感じらしい。
「凪くんと梨央くんもおかえり。桃って好き? 息子が最近よく帰ってくるんだけどね、福引きで当てたとかで桃を箱で持ってきたのよ~うちだけじゃ食べきれないから持ってかない?」
「えっ」
「わあ、いいの?」
「やったぜ!」
凪が一瞬、引きつったような顔をしたけど、僕と梨央の反応を見た後はそのまま大人しく佐藤さんから桃を受け取っていた。
もらった桃は結構大きくてずっしりとした重みがある。
持ちにくいだろうからとビニール袋を用意してくれた佐藤さんは僕達にそれぞれ大きな桃を二つくれた。
佐藤さんにお礼を言って笑顔で別れた後、凪は大きなため息をついた。
「もらっちゃったよ……」
「え、凪って桃嫌いだったっけ?」
不思議そうに梨央が尋ねる。
「うちの母さん、佐藤さんちのおばさんに関わるの嫌がるんだよ。桃なんてもらったらお礼言わなきゃいけないだろ」
「それの何がまずいんだ?」
「佐藤さん、よくお菓子とか色々くれるけどものすごくおしゃべり好きだろ? プライベートを詮索されたりこそこそ噂されるのが嫌なんだって」
凪の言葉に、僕もそういえば小夜子さんとの関係とか色々聞かれたなと思い出す。
適当にはぐらかしたらそれ以上は聞いてこないけど、代わりに自分の話もしだすので、一旦スイッチが入ると中々離してもらえないので注意が必要だ。
佐藤さんは本当におしゃべりが好きで、特に旦那さんと一人息子の近況についての話題が多い。
そのおかげで、なぜか僕は顔も知らない佐藤さんの旦那さんと息子さんについて妙に詳しくなってしまった。
「あ~、確かにあのおばさんよく色々くれるよな。この辺の情報に詳しいし、いざという時には頼りになるけど、この前お礼にお菓子持ってったらおしゃべりが長くて二時間帰してもらえなかったって母さんが言ってた」
「なにそれこわい」
二時間も一体何を話すっていうんだ。
多分ほとんど佐藤さんの話なんだろうな……。
「でもいい人だぞ。よくお菓子くれるし!」
「買収されてるじゃん」
凪はまた深いため息をつく。
「おや、今帰りかい」
僕達がエレベーターホールまでやって来た時、今度は管理人のおじいさんに会った。
出かける時によく会うので挨拶してたら最近名前と顔を覚えられている事が発覚した。
「最近君達がよく駐車場の入り口から出入りしているって話を聞いたんだけど、もしかして駐車場でかくれんぼとかして遊んでる?」
人の良い顔で管理人さんが聞いてきた瞬間、僕達の間に緊張が走った。
「や、やだなあ、そんな危ない事する訳ない、じゃないですか……」
凪の声が上ずっている。
そんな不自然な答え方しないで!
怪しまれちゃう!
「そ、そうですよ、僕達が最近よく遊んでるのは中庭やその奥の公園です。たまに入り口で出たり入ったりして遊んでるけど、駐車場には行ってないよ」
できるだけ平静を装って僕が言えば、隣で梨央がコクコクと首を縦に振る。
だからなんでそんないかにも後ろめたいですみたいな反応しちゃうの……!
僕は内心頭を抱えた。
「そうかい、その辺で遊んでるならいいんだ。でも、他の利用者さんの邪魔になるような事をしたらいけないよ。そういうのはすぐ苦情が来るし、そうなったらこっちも親御さん話さないといけないからね」
一応僕達の話を信じてくれたような体で管理人さんは話しているけど、言葉の節々からもし何かあったら即親に言ってやるからな、という圧を感じる。
「はい……」
「気を付けます……」
「ます……」
僕と凪はなんとかまともに返事をできたけど、梨央はもはやなんの返事なのかわからない。
「どこまでバレたかな……」
僕達だけのエレベーターの中で梨央が呟く。
「多分、バレてるのは僕達が駐車場の辺りで遊んでるって事だけだと思う」
「でも、これからは秘密基地の出入りは気を付けないと」
「やっぱおしゃべり好きってのも困りもんだな……」
三人分のため息が同時に出た。
二日前。
「……最近のボイスレコーダーは一ヶ月以上録音しっぱなしにもできるから、ぬいぐるみとかに仕掛けて後日回収する事もできるし、この方法だと電波を見つけるタイプの探知機だと発見は難しいのよね」
小夜子さんは千時間連続録音可能と書かれたボイスレコーダーの通販画面をスマホに表示させて僕に見せる。
「へえ、こういうモバイルバッテリーとかの形になるともうわからないね」
僕は通販画面を見た後、視線をテーブルの上に向ける。
「でしょう? 強いて言うなら、この辺のブランドロゴとか覚えてるといいかもね」
小夜子さんも僕と同じようにテーブルの上に置かれたモバイルバッテリーを見た。
未梨亜さんのスマホに繋がれているそれには、通販と同じブランドロゴがあしらわれている。
「最近、特定の音源を切り貼りしたら色々なシチュエーションのドラマボイスを作れるんじゃないかって思ったの」
僕達の前にご飯をついだお茶碗を置きながら未梨亜さんは言う。
もはや僕と小夜子さんは今更盗聴されていた事くらいじゃ驚かないけど、未梨亜さんも今更それがバレた程度では動じない。
「ちなみに、未梨亜さんは僕にどんな台詞を言わせたいの?」
「えっ……えっと、じゃあ、おやすみ、お姉ちゃん……って優しく囁くように言って欲しいなっ」
尋ねてみれば、途端に未梨亜さんがちょっと嬉しそうにそわそわしだす。
「言ったら電源切ってね」
「きゃあっ、由乃くん神対応!」
思ったより控えめな要求に拍子抜けしつつ僕が言えば、途端に未梨亜さんがはしゃぎだす。
「電源切ったボイスレコーダーは、帰りまで私が預かっておくわね」
「うんうん、それでいいよ!」
小夜子さんが釘を刺すけど、未梨亜さんは随分嬉しそうだ。
「……おやすみ、お姉ちゃん」
「あーっ! 好きっ!!」
「う、うん……」
とりあえずボイスレコーダーを持って指定された通りに囁けば、未梨亜さんは両手で顔を覆って天を仰ぎだした。
「早く帰ればその分早く音声を確認出来ますよ、未梨亜先輩」
「晩ご飯作ったタイミングでそれ言う?」
ボイスレコーダーを僕から受け取って電源を切った小夜子さんが言えば、未梨亜さんは急に真顔になって小夜子さんを見る。
テーブルの上にはご飯に味噌汁、夏野菜のサラダにおひたし、鶏肉のグリル焼きなど久しぶり店屋物でもお惣菜でもない手作り料理が並んでいる。
こんな食事、たまに実家に帰った時くらいしか食べられない。
早速味噌汁を一口飲んでみれば、すっかり慣れたインスタントとは違う、どこか懐かしい味が広がる。
鶏肉やおひたしを食べながら、そうそう、家で食べる料理ってこんな感じだよな、と妙な嬉しさがわき上がった。
「美味しい……」
「えへへ、よかったぁ」
思わず漏れた僕の言葉に、未梨亜さんが満足そうに微笑む。
「そういえば、未梨亜さん髪の毛の内側黒くなってない?」
しばらく未梨亜さんの手料理を堪能していた僕は、ふと未梨亜さんが今日家に来た時から感じていた違和感の正体に気付く。
「うん、こっちの方が指名を取りやすいから」
「指名?」
「清楚系かギャル系は広く需要が高いけど、サブカル系はコアだから」
「ううん?」
僕が聞き返せば、未梨亜さんは説明してくれたけど、何のことだかわからない。
「由乃くん、この髪どう? 似合ってる?」
「うん、いいんじゃない」
ファッションの事はよくわらからないけど、似合ってるとは思うので、僕は頷く。
その瞬間に未梨亜さんがとても嬉しそうに笑う。
「よく似合ってますよ、とても若々しくて、まるで中学生みたいです」
「もうっ、小夜子ちゃんったら私と由乃くんがお似合いだなんて照れる~」
小夜子さんも楽しそうだ。
対する未梨亜さんもそんな小夜子さんを適当にあしらう位にはご機嫌らしい。
さて、さっきの未梨亜さんの反応からしてこのボイスレコーダーは囮だ。
あ、あそこのコンセントタップ朝はなかったな。
最近は盗聴器やカメラを仕掛けるならここ、というのもだんだんわかるようになってきた。
食後の宝探し、今日こそ僕は小夜子さんに勝てるかもしれない。




