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「よし、それじゃあ三人同時に開けようぜ」
放課後の秘密基地、クッションの上であぐらをかいた梨央が円になって座っている僕と凪を見る。
「俺はいつでもいいよ」
「じゃあいくよ、せーの……」
僕のかけ声で、僕と梨央、凪の三人は同時に手元のウエハースの包みを開封する。
「うわ、また猫又のミケかぁ。そっちは?」
星が三つ描かれた尻尾が二つある猫耳の女の子のカードを見て梨央がため息をつく。
「ミルイウのキケだった。まだ俺は持ってなかったしまあアタリかな。由乃は?」
凪は星が二つ描かれた猿っぽいモチーフのワイルドなお姉さんのカードを見せながら僕に尋ねる。
「あ、サーモンタイガーのニケだ」
僕の袋から出てきたカードには星が五つ描かれた、鮭と虎を従えた翼のはえたお姉さんがキラキラ光る背景を背負って微笑んでいる。
カードの裏には戦の女神であるニケのキャラ設定やストーリーが書かれている。
奇々怪々チョコは、チョコウエハースに神、妖怪、人間といった様々なキャラクターのカードが付いているものだ。
綺麗だったり格好よかったりするカードの絵ももちろん魅力だけど、カードの裏にはそのキャラクターの設定やカードに描かれた状況にまつわる物語が付いていて、同じキャラクターでも状況が違う別のカードがあったりする。
ミルイウ国の諜報員キケは行方知れずになった弟キクを探しているけど、星4カード、ベカラズのキクでは敵国に寝返っているらしい事がわかったりと、別のキャラクター同士の話が繋がっていたりするので、つい集めたくなってしまう。
最近僕は同じマンションに住むクラスメイトの神田梨央と新倉凪と秘密基地で一緒に買って来た奇々怪々チョコの開封式や交換、持ってないカードを見せ合ったりしている。
同じクラス、同じマンションの二人とは、魅了体質のおかげか転校初日から一瞬で仲良くなれた。
小夜子さんと一緒にいると魅了体質の負の側面にげんなりする事もあるけど、新しい環境でもすぐに友達ができる所は素直に良かったと思う。
「すっげ! 星5の最高レアじゃん!」
目を輝かせながら梨央は僕の手元のカードを覗き込んでくる。
「うん……」
「あれ、嬉しくないの?」
なんとも言えない顔をして頷く僕の反応に、凪が首を傾げる。
「昨日おやつに買ってもらった時にもう出たんだよね……」
そう、僕はもう既にこのカードを持っている。
「マジかよ、そんな続く?」
「これが物欲センサーというやつか……」
僕の言葉に梨央と凪も目を丸くする。
一方で僕は梨央の持ってるカードの上に僕のカードを重ねるように渡す。
「梨央、僕まだ猫又のミケ出てないから交換しよ」
「え、いいのか!?」
「由乃、前も俺のダブった星2と星5交換してくれたけど、無理してないか?」
嬉しそうに梨央が僕を見れば、凪はどこか心配そうに僕を見る。
でも、その反応も想定内だ。
僕は首から下げているスマホを操作してある写真を表示させる。
「ああ、それなら大丈夫。見て」
スマホには、輝く背景のカードがずらりと並んだカードケースとピースしている僕の左手が映っている。
「は!? 全星5揃ってんじゃん!」
「今売られてるバージョンの星5と星4は全部揃ってる」
「ピースしてるこの手のほくろ、間違いなく由乃だ……」
信じられないような顔で凪は僕の左手と写真にある左手を見比べる。
「なんか、妙にレアリティの高いカードばっかり揃って、逆に星1から星3まではあんまり揃ってないんだ」
梨央からカードを受け取りながら僕は言う。
表の絵を見た後、カードの裏面を見る。
猫又のミケ、三毛又族には珍しい男でそれがバレると大変な事になるので女と性別を偽っている……え、このキャラ男なのか。
「そんな事ある……?」
ミケのキャラクター設定に気を取られていたら、凪が理解できないとでも言いたげな顔をしている。
一瞬、ミケのキャラ設定についてかと思ったけど、凪の視線は僕のスマホと僕の顔を行ったり来たりしていたのでああ、こっちか、と思い直す。
「あるんだなぁ、ここに」
「由乃だけ排出率バグってるでしょ」
呆然とした顔で凪が言う。
「なんか特殊能力みたいだな……奇々怪々チョコを買いに行った時、由乃に俺と凪の分も選んでもらったら俺達も星5とか出まくるんじゃないか?」
「それだ」
ものすごい事実に気付いてしまったと言わんばかりの梨央と、真顔で頷く凪に僕は苦笑いをする。
それから早速僕達はまた奇々怪々チョコを買いに行った。
一応僕が選んだものを二人に渡したのだけれど、二人とも中身は星1でなぜか適当に選んだ僕の分だけまた星5だった。
星5と星4は一瞬で揃ったけど、別にそれは特別僕の引きが良かった訳じゃない。
どこからか僕が奇々怪々チョコを集めていると聞きつけた勒さんと未梨亜さんがそれぞれ個別に僕に星5、星4レアカードをプレゼントしてきたからだ。
おかげで現在既に星4以上のカードはもれなく全てダブっていてもはや僕の中でハイレアカードのありがたみは大暴落していた。
そのせいか、今まで自分で買っていた時は全く出なかった星4以上のカードがなぜか頻繁に出るようになり、逆に全然揃ってない低レアのカードとのエンカウント率が減った。
物欲センサーが仕事し過ぎている。
でも、それはそれとして、僕はここ最近の過ごし方がとても気に入っている。
同世代の友達と直接毎日遊べるというのもあるし、この秘密基地の存在も大きい。
転校初日に梨央と凪に案内された秘密基地は、マンションの敷地内にある駐車場と駐輪場の間にあるデッドスペースのような場所だった。
最近、梨央が偶然入り口を見つけて、その後凪も呼んで二人の秘密基地にした場所らしい。
三階建ての駐車場は緩やかならせん状の作りをしていて、駐輪場は駐車場の少しずつ上がっていく坂の裏側に作られている。
マンションの中から駐車場へと向かう途中にある階段の裏手には、柱とへりに囲まれた隙間がある。
段ボールで塞がれた秘密基地への入り口は結構狭くて、僕でも頭を腰の辺りまで下げて上半身を中に入れてから微妙な高さのあるへりをまたがないと中に入れない。
そうして入り口を塞ぐ段ボールをめくりながら入ったスペースは、小学生の僕達が辛うじて立てるけど大人だったら間違いなくちゃんと立てない位に天井が低かった。
駐車場のを覆う鉄の板とコンクリートの隙間から辛うじて多少の光は入るけど、それだけじゃ隣にいるのが梨央か凪かわからない識別出来ない位には薄暗い。
梨央は手のひらサイズのLEDランタンを持参していて、灯りを灯す。
途端に狭い空間は明るく照らされる。
キャンプやバーベキュー等、アウトドアな趣味の梨央の両親はしょっちゅう良さげなキャンプ用品なんかを見つけては買っているせいで家は物で溢れているらしい。
その流れで不要になったキャンプ用のランタンももらったらしい。
「という訳で、これが由乃の分な」
秘密基地を照らしているのとは別のLEDランタンを僕へ差し出しながら梨央は言う。
「えっ、いいの?」
「うち、使ってないランタンは大量にあるから言えば使ってないの簡単にもらえるんだ。充電ケーブルはこれな。これで俺がいなくてもいつでもここを使えるだろ」
「もらっとけって。俺ももらってるし実際コレが無いと滅茶苦茶不便だし」
ニコニコと梨央が差し出して、隣で凪が頷く。
ランタンを受け取って使い方の説明を聞きながら、まるで秘密基地を起動させる特殊アイテムみたいだなと思った。
「いいか、ここの事は俺達だけの秘密だからな」
梨央は言いながら右手の小指を立てて僕達の前に出す。
「大人にバレたら絶対使えなくなるよね」
凪も同じように右手の小指を差し出すと、梨央の小指に絡ませる。
「うん、僕達三人だけの秘密ね」
梨央と凪の言葉に頷きながら、僕も小指を差し出して、二人の小指に絡めた。
その日の晩、寝る前に電気を消した部屋でランタンをつけてみたけど、サイズの割に部屋の中がかなり明るく照らされて、とてもワクワクしたのを憶えている。
立ったら僕達でも頭すれすれな程低い天井、むき出しの地面、マンションのゴミ捨て場から持ってきたクッション、ちょっと埃っぽい空気。
カードを集めたり、おやつを食べたり、ゴミ捨て場にあった大量の漫画雑誌を読んで、一緒に携帯ゲーム機で遊んだりした。
行儀が悪くてもだらしなくても、誰にも怒られない。
LEDランタンで照らされたその狭い空間は、僕達だけのものだった。
この三日後、僕らの秘密基地は燃えた。




