3-12
「何、どういう事だ由乃くん!」
慌てて僕が言えば、タンクトップ山田さんが勢いよく食い付いてくる。
僕はスマホを取りだして、小夜子さんにかけてみる。
だけど、呼び出し音が鳴るばっかりで、全然反応が無い。
「未梨亜さんの家はどこ!」
床に転がったままの勒さんに詰め寄る。
「急にどうした由乃くん」
「この人の彼女の未梨亜さんが今、小夜子さんと無理心中を謀ってるみたいなんだ!」
「何!?」
僕達はタンクトップ山田さんが呼んだタクシーに乗り込み、勒さんの案内で未梨亜さんの住むアパートに向かう。
車内では一番奥の席に未だガムテープで拘束された勒さんの横にタンクトップ山田さんさんが座り、その反対隣に僕が座っている。
「どうやって死ぬつもりだとか、未梨亜さんから聞いてないの!?」
「睡眠薬は、一瓶買ったのを二人で分けたから、今までの計画に使われてないなら、それを使うんじゃないか?」
タンクトップ山田さんを挟んで僕が聞けば、勒さんがおずおずと答える。
「まさか睡眠薬を大量に飲ませて……」
「いや、最近の睡眠薬はどんなに飲んでも早々死ぬような配合じゃない。俺はサプリメントには詳しいんだ! 健康な筋肉は健康な身体に宿る!」
僕の考えを、力強くタンクトップ山田さんが否定する。
「そういえば、勒さん随分ぐるぐる巻きにされたね。というか、よくそんなにガムテープ家にあったね」
改めて勒さんを見る。全身ガムテープに巻かれた姿はまるで芋虫だ。
「……未梨亜が、メーカーごとガムテープの粘着力を試していたから、その余りを押しつけられたんだ」
「あっ……」
決まり悪そうに答える勒さんの話を聞いて、僕は嫌な考えが浮かぶ。
「どうした由乃くん」
「睡眠薬飲んで、部屋に目張りして、ガスを部屋に充満させて一家が自殺するドラマ、昔お父さんが見てて怖かった記憶があるんだけど……」
騒がしかった車内が沈黙に満ちた。
「急いでくれ! 俺達の大切な人の命が失われようとしているんだ!」
タンクトップ山田さんの声が車内に響いた。
未梨亜さんが住んでいたのは四階建てアパートの三階にある一室だ。
勒さんはタンクトップ山田さんに抱えられて案内をさせられている。
「小夜子さん! 返事をしてくれ! ダメだ、鍵がかかってる」
「未梨亜さんの家の合鍵は!?」
「最初から渡されてない! 俺の家の鍵は渡したのに!」
僕が背後に立てかけられた勒さんに問えば、哀しみに満ちた答えが返ってきた。
「隣の部屋から移れないか!」
「ダメだ、チャイム押しても出ない」
しかも未梨亜さんの部屋は角部屋なのでその部屋以外お隣さんは存在しない。
「あの窓の柵外せない? 僕ならあそこから入ってドアを開けられる」
僕は玄関横に取り付けられた柵に目をつける。
あの柵ならタンクトップ山田さんの筋力でどうにか出来るかもしれない。
「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
力強い雄叫びと共に、柵は大きな音を立てて外れた。
中にある窓にも鍵は掛かっていたけれど、タンクトップ山田さんは来ていたタンクトップを脱いで右腕に巻き付ける。
「ふん!!!!!!!!」
かけ声と共に、小窓の磨りガラスも割れた。
「頼んだぞ由乃くん! ガスを吸わないように息を止めるんだ!」
タンクトップ山田さんに持ち上げられて、僕は小窓から室内に侵入する。
窓の下はキッチンで、すぐ下で空気が抜けるような音がする。
ホースが切られたガス栓を閉めてドアを開けようとすれば、想像以上にがっちりガムテープで目張りされていた。
これじゃドアが開けられない!
窓も、ドアも、全部しつこい位にガムテープで目張りされてて、どれも剥がしきるまで僕の息がもたない。
小夜子さんと未梨亜さんは奥の窓の前で寝ているけど、そっちの窓にもぎっちり目張りがされている。
何か窓を割る物があれば!
僕が部屋を見回すと、未梨亜さんが随分立派なトロフィーを抱えている。
奪い取るようにそのトロフィーを持って、僕は重たい台座部分を窓ガラスに叩き付ける。
窓が割れた瞬間、目の前の窓から、玄関の小窓に向かって風が吹き抜けていく。
これならいける。
それから僕はしばらく目の前の窓が窓枠しか残っていなくなるまで叩き割り続けた。
途中ちょっと手を切ったけど、そんな事気にしてなんていられない。
なんとか窓を割り終わって、手に持っているトロフィーを見れば、【文芸サークル合同 第一回小夜子杯】と書かれていた。
「小夜子さん! しっかりして! 小夜子さん!」
窓を割り終わった僕が駆け寄って身体を揺すりながら声をかければ、小夜子さんは起きなかったけど、身じろぎをした。
口元に手を持って行って、寝息を立てているのを確認して、僕は一息つく。
そしてふと後ろに眠っていた未梨亜さんの方を見たら、寝転がったまま無言でこっちを見つめていた未梨亜さんと目が合った。
心臓が止まるかと思った。
怖い。
僕はもう、散々この人が色んな仕掛けで人を殺そうとしたり、小夜子さんを陥れようとしたりしていたのを知ってしまった。
というか、今まさに小夜子さんと無理心中しようとしていたのを目の当たりにしている。
「な、なんでこんな事するの! 僕から小夜子さんを取らないで! ストーカーさんならちゃんとガイドライン守ってよ! もっと周りの人を大切にしてよ! 相手を大切にしないから大切にされないんだよ!」
自分でも何を言ってるのかよくわかんなかったけど、とにかく何か言わないといけないような気がする。
実際、怖くてちょっと泣いた。
よく吠える臆病な犬って、こんな感じなんだろうなって思う。
「好き……」
だけど、未梨亜さんの第一声は全く予想外なものだった。
「えっ」
「私、これからはガイドラインを守ってちゃんと優しくする……ごめんなさい……」
「えぇ……」
目に涙を溜めて、未梨亜さんはそんな事を言い出して、僕はただただ困惑した。
結局、発見が早かったおかげで小夜子さんも未梨亜さんもすっかり回復した。
小夜子さんは睡眠薬を盛られ過ぎたせいで救出された後も丸一日寝ていたけど、目を覚ました後はすっかりいつもの小夜子さんだ。
勒さんに監禁されかけた件について、僕は小夜子さんに報告していない。
未遂だったし、あの一件から自分を変えようとしているみたいだから。
最近、勒さんはタンクトップ山田さんに鍛えられている。
「筋肉が足りないからそんな卑屈な考えになるんだ! ほら、ラスト一回!」
「ぐっ! もうダメだ……」
画面の向こうでは、中々暑苦しい筋トレ風景が広がっている。
「よく頑張ったな! 勒くんの筋肉が喜びの声をあげているぞ!」
「由乃くん! 僕、頑張って由乃くんを守れるような強い男になるからね!」
「うん、二人共頑張ってね」
タンクトップ山田さんとも普通に仲良くなった。
最近はなぜかモチベーションアップの為とかで、ビデオ通話でトレーニング風景を見せられる事が多いけど。
未梨亜さんは退院後、小夜子さんと和解し、今はネット上で小説を公開している。
「小夜子殺すべし……すごいタイトルだね」
「可愛い弟、由乃をさらっていったショタコンの天才女剣客小夜子を一般人の主人公があの手この手で殺そうとする話なの。でも話自体は弟視点のミステリーなんだよっ」
僕がスマホで未梨亜さんの小説を見れば、すぐ隣で未梨亜さん嬉しそうに内容を説明してくる。
「というか、あんな事があったのに結局和解するんだ……」
僕が呟けば、未梨亜さんとは反対側に小夜子さんがやってくる。
「だって、それが一番未梨亜先輩へのダメージが大きいんだもの」
「わかっててやってたんだ」
「ええ。だって私、未梨亜先輩の小説は好きだけど、未梨亜先輩個人は嫌いだもの。だから未梨亜先輩の事は許すし仲良くし続けてやるのよ」
「……つまり、好きって事?」
「ごめんなさい、私リアルなショタコンの人はちょっと……」
「違いますー私は由乃くんが好きなの。他の子供には興味ないし、由乃くんが大人になっても大好きだよっ」
からかうように小夜子さんが言えば、未梨亜さんは口を尖らせて拗ねながら僕に抱きついてくる。
「えっと、未梨亜さんはなんで急に僕に興味を持ちだしたの?」
「だって由乃くんったら、まだこんなに小さいのに、あの日私が本気で死ぬ為に準備した計画をほとんど一人で壊して、私を救って、私の為に泣きながら叱ってくれたんだもん」
なんだか未梨亜さんの記憶がかなり脚色されている。
「あの、勒さんは……」
「別れたよ。今はあいつもライバルだから」
「そ、そう……」
「あらあら、由乃くんモテモテね」
茶化すような、微笑ましいものを見るような目で小夜子さんは言うけれど、僕としては今まで未梨亜さんがやらかした事が怖過ぎてそれどころじゃない。
そして、勒さんが一瞬僕に向けてきたあの感情は、一時の気の迷いであって欲しい。
「僕に言わせればほぼ修羅場なんだけど……」
「由乃くん、修羅場は楽しむものよ!」
心底楽しそうに小夜子さんは言う。
僕にもいつか、この状況を楽しめる日が来るんだろうか。
まあでも、小夜子さんと一緒ならそれも悪くない。




