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楽しい修羅場の歩き方  作者: 和久井 透夏
第一章 小夜子さんストーカー殺人事件
3/41

1-3

「相変わらす下田さんは鋼の心を持ってるのね~」

 メインディッシュの口の中に入れたら溶けるように消えていくステーキを食べながら、小夜子さんは明るく言う。

 小夜子さんも相当な鋼の心を持っている気がする。

 結局、その日はお昼ご飯を三人で食べただけで解散になった。

「……ねえ、僕が今日小夜子さんの所に来るのは前からわかってたよね。なんであんな風に言ったの?」

 デート? の帰り道、僕は小夜子さんに手を引かれながら尋ねる。

「だって、その方が都合が良いもの」

「都合が良いって?」

「下田さんに私が面倒くさい奴だってアピールしたかったの。普通に断っても通用しない相手なら、向こうから離れていってもらおうと思って」

 あっけらかんと小夜子さんは答える。

 つまり、小夜子さんは断ってもしつこく付きまとってくる相手を遠ざけたかった?

「というか、下田さんって、小夜子さんとどういう関係の人なの?」

「うーん、友達の友達? 他の子も一緒に遊びに行った後、デートに誘われるようになったの。好みのタイプじゃなかったから適当に断ってたんだけど、友達に一回だけでもデートしてあげてって頼まれて了承したんだけど、直前のやりとりで妙に盛り上がってたから」

 まさかの今日が初デートだった!

「それは、普通にデートを断るとかじゃダメなの?」

「一回だけでいいから、どうしてもって頼まれたから、高級マカロン詰め合わせに免じてお昼に会うことにしたの」

「へ、へえ……」

 よくわからない世界だ。

 これが大人の世界なのか。

「それに、かなり盛り上がってる人をいきなり拒絶しても、逆上して悪意あるストーカーさんになったり、根も葉もない噂を流されたりなんて嫌がらせをされる可能性もあるわ」

「ええ……」

 理不尽過ぎない?

「でも、下田さんは小夜子さんが好きだからデートに誘ったんじゃないの?」

「強い好意はちょっとしたきっかけで強い嫌悪に変わりやすいのよ。だから由乃くんもその辺は気を付けないと、将来、色々こじらせた顔見知りにある日突然、無理心中させられてしまうわ」

「何そのピンポイントな警告」

「実体験よ。困っちゃうわね」

「えっ」

 からかうように言ってくる小夜子さんに僕が尋ねると、予想外の言葉が返ってきて思わず僕は立ち止まる。

 それに合わせて、手を繋いでいた小夜子さんも足を止める。

「困るけど、相手も人生が狂ってしまって可哀想だわ」

 物憂げな顔をして小夜子さんが言う。

「私があまりにも魅力的なばっかりに……」

「う、うん?」

 なに言ってんだこの人。

 この時、ようやく僕は目の前にいる綺麗なお姉さんに明らかな違和感を感じた。

 だけど、この違和感を上手く言葉にできない。

「だから、できれば相手が怒りださないギリギリの、怒ったら相手が悪者になるラインでめんどくささを演出して、勝手に冷めてくれるのを待つのが一番安全なのよ」

「でも、そのギリギリのラインで相手がキレちゃったらどうするの」

「その場合はすぐに共通の知り合い達へ根回しをすることで、相手をコミュニティから追放する口実にするわ。一度はデートもして友達の顔も立てた訳だし」

 もらった花束をがさがさとまさぐりながら小夜子さんが言う。

「盗聴機や発信機は無いようね。由乃くんも人から物をもらったら変なものが仕掛けられてないか家に持ち帰る前に確認してね。あと、何が入ってるかわからないから、食べ物にも注意してね」

 なにそれ怖い。

 さらっと自然に小夜子さんはプレゼントの危険性を教えてくるけど、その自然さが慣れを感じさせる。

 何者なんだこの人は。

 理不尽な出来事に遭っても、相手の事を思いやるというのは、立派な事だと思う。

 実際、小夜子さんは美人だし、魅了体質な事もあって、それが原因でトラブルに巻き込まれる事だって多いんだろう。

 だけど、なんなんだ。

 このしっくりこない感じと、妙な既視感は。


 前にも同じような事があったような?


「さあ、ここに立ち止まっていても日が暮れてしまうわ。行きましょう」

 小夜子さんが僕に目線を合わせるように屈んで、僕の頭をなでると、ふわっといい香りがした。

 シャンプーのにおいかな?

「引っ越しのもろもろは叶姉ちゃんと健兄ちゃんに合鍵渡してお願いしてあるから、今日はちょっと私と挨拶回りに行きましょうね」

「う、うん……」

 にっこりと笑う小夜子さんにつられて、僕はうなずく。

 挨拶回りってなんだろう?

 それから僕は小夜子さんに言われるがままに、小夜子さんがよく行くらしい本屋さんや洋服屋さん、ゲームセンターなんかを連れまわされた後、レトロな感じの喫茶店でアイスクリームを食べたりした。

 途中、小夜子さんの知り合いらしい人が何人か声をかけてきて少し話す事はあったけど、小夜子さんはずっとただ僕と遊びまわっているだけのように思える。

「さっきからただ遊んでるだけのような気がするけど、誰かに会いに行ったりしないの?」

「ああ、これでいいのよ。挨拶回りって言っても、主にこっそり私を見てるストーカーさんやストーカーさん予備軍への挨拶回りだから。普通にしてれば良いわ」


 ストーカーさんやストーカーさん予備軍への挨拶回りってなんだ。


 そう思っていると、小夜子さんが急に僕の耳元に顔を近づけてくる。

「途中で視線を感じても、キョロキョロしちゃダメ。目の端で捉える程度にして。間違ってもこっちが視線に気付いてるって気付かれちゃ絶対ダメよ。目が合ったら話しかけて来たり、勝手に盛り上がったりするから」

 温かい吐息とささやき声で背中のあたりがむずむずしたけど、話を聞いてみると一気にそれも吹き飛んだ。

「そ、そんな事、急に言われても……」

 途端に怖くなって、思わず辺りを見回したくなったけど、なんとかこらえて下を向く。

 今、この瞬間も見られているのかもしれない。

「うつむいたり、寂しそうだったり困ってそうにしてても声をかけてくるわよ」

 優しい声が頭の上から聞こえる。

 じゃあ、どうしろって言うんだ!

 そう思って僕が顔を上げると、小夜子さんは人差し指を口の前に持ってきて、内緒話でもするように言う。

「きっとそのうち慣れるわ」

 僕の手を引いて、小夜子さんはまた歩き出す。

 おとなしく手を引かれながら僕は平静を装っていたけど、その後はずっと誰かに見られているような気がして落ち着かなかった。

 きっと顔は緊張していたと思う。

 日が暮れる頃、僕達は小夜子さんのマンションに着いた。

 小夜子さんはオートロックのドアを鍵で開けて中に入ると、エレベーターへ向かう前に郵便受けのあるスペースに向かう。

 ダイヤル式の郵便受けを小夜子さんが明けると、中からいくつか封筒が出てくる。

「それじゃあ行きましょうか」

 封筒を反対の手で持って、小夜子さんは僕の手を引く。

「手紙?」

 エレベーターを待つ間、なんとなく僕は小夜子さんに聞いてみた。

「ええ、消印の無いファンレターとかラブレターがよく届くの。住所を教えた覚えのない人達からね」

 何でもないように小夜子さんは答える。

「えっ」

「個人情報が漏れないように気を付けるのはもちろん大事だけど、どんなに気を付けてもどうしようもない時も結構あるわ」

「結構あるの!?」

「だから、個人情報は重要度ごとに段階分けして、重要度の低い情報はあえてちょっと調べたら突き止められるようにしてるの」

 住所の情報は、かなり重要な個人情報だと思うけど……。

 小夜子さんは平然と話しながらエレベーターに乗り込むので、僕もその後に続く。

「な、なんでそんな事を……?」

「ストーカーさんが私の事を見ている時、私もストーカーさんの事を見ているのよ」 

 郵便受けから取り出した封筒を僕に見せながら、小夜子さんは言う。

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