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その手口は間違いなく下田さんだ。
「えっと、勒さんはその事件の事、どこまで知ってるの?」
「彼女のスマホでそいつの名前を突き止めたら、その後すぐに逮捕されたニュースを見ただけだよ」
……だけってなんだ。
勒さんはサラッと未梨亜さんのスマホを勝手に見てます宣言をする。
これは、お母さんが好きなドラマやバラエティ番組でよく話題になるやつだ。
恋人のスマホを見る事に抵抗がなくて、相手の動向を探ろうとするのは、ストーカー的な気質に繋がるんじゃないだろうか。
小夜子さんの性格や行動パターンを熟知していないと不可能な昨日の犯行を思い出す。
「由乃くんは、昨日一緒にいたあのお姉さんと暮らしているみたいだけど、両親はどうしたんだい?」
「えっと」
「……いや、答えたくないならそれでいいんだ。ごめん」
魅了体質の事は伏せたうえで、どう説明したら良いんだと僕が返事に困っていると、急に勒さんが申し訳なさそうな顔をして謝ってきた。
何か、変な誤解をされている気がする。
「家庭の事情で、十八歳になるまでは小夜子さんと暮らす事になったんだ」
「ごめん。不躾だったね」
僕が答えれば、ますます勒さんは恐縮する。
誰にでも話せる最低限の情報を開示すると、いかにも訳ありっぽくなってしまうけど、それ以外にどう説明したらいいのかわからない。
「勒さんはさ、未梨亜さんのどんな所が好きなの?」
こんな時はさっさと話題を変えてしまうに限る。
「……俺はさ、俺がいないと死んじゃうような、不安定でか弱くて、俺の愛情を確かめようとわがままを言っては余計に不安になってしまうような子が好きなんだ」
「へ、へえ……」
随分具体的に勒さんは例をあげる。
でも、たぶんそれはなるべく関わらない方がいいタイプの人だと思う。
「いつも、そんな感じの幻想を相手に期待するけど、実際皆たくましいよ。俺がいなくたって生きていけるし、強い。そもそも俺の代わりなんていくらでもいるんだ」
……もし、この人が小夜子さんの元恋人だとしたら。
この人が小夜子さんと付き合って別れた原因が少しわかるような気がする。
「それにここだけの話、男子校出身だからか、女の子って未知の生物に思える」
内緒話でもするように勒さんは言う。
僕にとって小夜子さんは未知の生物だけど、仮に小夜子さんが男でも同じような感想を持っていたと思う。
「勒さんの言ってる事はよくわからないけど、よくわからないから、知りたくなるんじゃないかな……僕、勒さんと友達になってみたいな」
「そ、そうだね……! 僕も由乃くんの事がもっと知りたいよ」
僕が連絡先の交換を提案したら、勒さんは二つ返事で連絡先を教えてくれた。
小夜子さんの態度も気になるし、今後勒さんの連絡先は役に立つかもしれない。
夕方の六時を回った頃、やっと小夜子さんは帰ってきた。
「ただいま~、帰りにお見舞いに行ってたら遅くなっちゃった。でも美味しそうなお惣菜買って来たわ」
そう言って小夜子さんはテーブルの上にヒレカツやロースカツメンチカツなんかが入った袋を置く。
「わあ、ほんとだ」
揚げ物はテンションが上がる。
「あと、犯人と思しき人はきっちりしめておいたから、きっともう大丈夫よ」
「そ、そっか……」
もしかして、勒さんが妙に挙動不審だったのは小夜子さんが怖かったからだったりするのかな?
「でも念の為に私の対ストーカーさん用アカウント注意喚起はしておきましょうか。大介侍さんも、汗止めに付けてたタオル地のヘッドバンドと生まれ持っての頭蓋骨の厚さが無ければ即死していたらしいし……怪我が治れば元通り生活出来るそうだから良かったわ」
「あの人、大介侍っていうの」
「ハンドルネームだけどね。一応調べてみたけど、ガイドラインに沿って活動していたクリーンなストーカーさんだったし、そんな人が命を落としてしまうのは心が痛むわ」
当たり前のように小夜子さんは言うけれど、クリーンなストーカーなんて存在しない。
なぜなら、大前提としてストーカーという行為そのものがクリーンじゃないから!
「じゃあ、もう事件は解決?」
今回は思ったよりもあっけない幕引きだった。
「そうね。また同じような事が起こらなければ」
「結局、犯人は誰だったの?」
「……まあ、昔の知り合いとだけ言っておくわ。幸い今回はまだ死人は出てないし。ママ太郎先輩も無事意識を取り戻して、犯人からは治療費以外はもらわないって言ってるの」
「ふーん」
確かにそれは良かったけど……。
「あら、由乃くん不服そうね」
「だって、いつもは犯人が誰でどうなったかまで教えてくれるのに」
「こんな日もあるわ」
「じゃあ、一つだけ教えてくれる?」
「なあに?」
「犯人は、忙殺寺ミロクさん?」
ニコニコしていた小夜子さんの顔が固まる。
「……どうして、そう思ったの?」
真剣な顔になって小夜子さんは聞いてくる。
「なんとなく。手口も推理小説に出てきそうな感じだったし、事件の後忙殺寺ミロクさんの小説を読んでた時の小夜子さんを見てたら、ああ、だから警察沙汰にしたくなかったのかなって思っただけ」
他にも色々と考えた事はあるけど、一番のヒントになったのはこの小夜子さんの言動だった。
「あと、花火大会の帰りに話した、実は犯人が小夜子さんの元彼っていうのも実はあってたんじゃないかなって思う」
「うーん、由乃くんを侮っていたわねえ……」
唸るように小夜子さんは言う。
「じゃあ、当たり?」
「半分だけね。あの人と私は別に恋人だった事なんて無いわ。あの人の作品は好きだけど、あの人個人をそういう対象としては見られないわ。致命的に面倒くさい性格してるし」
「そうなんだ……」
優しく僕の頭をなでながら小夜子さんは中々辛辣な事を言う。
「ただね、本当にあの人の作品は好きだから、あまり前科とか付けたくないのよ。あの人、気位の高さとおつむの出来の良さの割にメンタルが雑魚だから、また意味も無く自殺を図りそうで……」
ため息交じりに小夜子さんは言う。
なるほど、それは面倒くさい。
大人しそうに見えたけど、人は見た目によらないものだ。
「まあ、なんにせよ、一件落着ね!」
ぱちんっと両手を合わせて、小夜子さんは言う。
この話はここで終わり、という事だろう。
その日、僕達はそのまま解散して眠りについた。
だけど、事件の方は一件落着してなかった。




