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急募 私の本日のアリバイ 十六時頃~十九時頃まで 駅から自宅までの映像 日付もわかると尚よし
そんな言葉を並べて小夜子さんは記事を投稿する。
「いくら魅了体質だからって、そんな毎回都合良くストーカーさんが動画とか撮ってないよ」
僕が小夜子さんにそう言った直後、小夜子さんのスマホのバイブが震える。
「あ、匿名だけどいい映像もらったわ。ほら、これだと駅前の看板も映ってる」
「なにこれこわい……」
素直な感想だった。
その後すぐに救急車とパトカーが到着した。
僕達ができるだけ解りやすく状況を説明しつつ、アリバイを提示したら、用意周到過ぎて逆に怪しいという反応をされたけど、それ以上は追求されなかったのでたぶん大丈夫だろう。
「刑事さんも言ってたけど、今回はホントに被害者を見つけてからの行動に全く無駄が無かったね」
「一瞬でも、こんな事で疑われるのは嫌だもの」
帰り道、僕が小夜子さんに言えば、少し拗ねたように小夜子さんは答える。
「小夜子さん、もしかして犯人に心当たりある?」
「さあ、どうかしら」
「いつもなら、犯人は私のストーカーさん達の中にいるわ! とか言い出しそうなのにと思って」
「……私だって、いつもそんなんじゃないわよ。でも、そうね」
いや、いつもそんなんだったよ、と喉まで出かかったけど、僕はそれを飲み込む。
隣を歩く小夜子さんの目に、明らかな怒りの感情があったからだ。
「この落とし前はちゃんと付けてもらわないとね」
犯人が誰か、小夜子さんはもうわかっている。
わかったうえで、通報はしないでいる。
直感的に、そんな気がした。
「小夜子さん、お風呂あいたよ~」
ドアをノックして、僕は声をかけながら小夜子さんの部屋に入る。
すると、ベッドに腰掛けて本を読んでいた小夜子さんと目が合う。
「ああ、ありがとう由乃くん」
「それは?」
小夜子さんの手にある本は、なんだか僕の知っている本と少し形が違う気がする。
「ああ、これは学生時代の同人誌よ。文芸サークルの活動の中にはこうやって自分で書いた小説を本にするのも含まれててね、文化祭でこういう同人誌を作って売ったり、他の学校の人達ともそれぞれ書いた小説を見せ合ったりしたわね」
「ふうん、それって楽しいの?」
「私は楽しかったわ~特にこの人の小説がお気に入りだったの」
そう言って小夜子さんは本の表紙を僕に見せる。
「忙殺寺ミロク……変な名前」
「まあペンネームだから」
「そういえば、小夜子さんにもペンネームってあるの?」
「あるわよ。竹川夕っていうの」
そう言って小夜子さんはベッドの前にある本棚を指さす。
本棚には竹川夕が出版した本が何冊か並んでいた。
「どうしてその名前にしたの?」
「本名をちょっともじっただけね。本名でやると大変そうだから」
「じゃあ、皆ペンネームでやってるの?」
「本名でやる人もいるけど、大体はそうじゃないかしら。本名をもじったり、願掛けやダジャレで付ける人もいるわね」
言いながら、小夜子さんは膝の上に置いた小説の表紙をなでる。
「それ、文芸サークルの人の小説?」
「内緒。でも、一番好きな作家さんだったわねえ……また書いてくれないかしら」
「忙殺寺ミロクって人は、どんな小説を書いてたの?」
「主に推理小説ね。鬱屈した自我を研ぎ澄まして切りつけてくるような、私には書けないタイプの小説だわ」
「ふうん、小夜子さんそういうのが好きなんだ」
一瞬、小夜子さんの瞳が見開かれる。
「ええ、好きよ。この人の小説はね。じゃあ、私もお風呂入ってくるわね」
「その本も持ってくの?」
「なんだか久しぶりに目を通したら、止まらなくなっちゃって」
そう言って小夜子さんはお風呂へ向かう。
僕は自分の部屋に戻って考える。
今日、僕達以外に僕達が花火をすると、知っていた人間がいる。
僕達に花火をくれた未梨亜さんと至道さんだ。
花火をもらった直後に小夜子さんはこれから花火をやるから一緒にどうかと二人を誘っていた。
でも、元々小夜子さんの性格をよく知っていたのなら、今回の小夜子さんの行動はもっと早い段階で予想しやすい。
小夜子さんは基本的に興味を惹かれたらすぐ行動したいタイプの人間で、変わった物や新しい物も好きだ。
花火専門店で沢山変わり種の花火を買ったからお裾分けすると言われれば、すぐに試したがると簡単に想像はつく。
そして、法律やルールはちゃんと守る性格なので、小夜子さんの住むマンションからあの土手が一番近い事がわかる。
魅了体質やその事に関する小夜子さんのスタンスをどの程度理解しているかはわからないけれど、こんな時、小夜子さんなら橋の下を選ぶ事も予測できただろう。
こうして、小夜子さんが花火をする日時と場所は特定出来る。
次に被害者のストーカー、この人が橋の下で花火を楽しむ小夜子さんを気付かれないよう撮影しようとした場合、僕達のいた場所では見晴らしが良過ぎて隠れる物が無い。
一方で川を挟んだ対岸なら、正面から花火で遊ぶ小夜子さんを撮影出来るうえ、川岸に沿って生えている少し背の高い雑草に寝そべって身を隠せる。
小夜子さんのいる対岸の、川からカメラを一台挟んだ程度の距離、その横軸さえわかれば、後はその真ん中のちょうどいい位置にロープをかけて、コンクリートブロックが頭を直撃するような高さに調節すればいい。
……ものすごく手間で、小夜子さんの性格やその他関連情報を熟知している必要はあるけれど、出来ない訳じゃない。
なんだか小夜子さんは最初から気付いていて、僕にソレを隠そうとしているような気がするけれど。
「忙殺寺ミロク……」
僕は小夜子さんの読んでいた小説の作者を思い出す。
スマホで検索してみたけど、そんな名前は出てこない。
ただ、関連で弥勒菩薩の記事が出てきた。
弥勒菩薩……将来悟りを開くことを約束された存在。仏陀になるために修行していて、衆生を救済してくれる菩薩。
ペンネームは、本名をもじっただけの場合もあると、小夜子さんは言っていた。
この時、僕にある想像が浮かんだ。
「シドウロクって、どういう字だろう」
スマホでシドウ、と打って変換する。
始動、指導、私道、志藤、至道……六、録、禄、碌、勒……。
「道に至る弥勒……弥勒菩薩……菩薩……忙殺……」
少し強引な言葉遊びだけど。
でも、もし至道さんが忙殺寺ミロクで、小夜子さんの元彼なら、色々と合点がいく気がする。
だとすると、最初会った時に至道さんが小夜子さんと初対面みたいな反応してたのは、なんでだろう?
僕は至道さんと未梨亜さんに初めて会った時の事を思い出す。
あの時、最初に未梨亜さんが小夜子さんに気付いて話しかけて来たんだ。
そして、話の流れでお互いの連れを紹介していた。
……未梨亜さんは、小夜子さんと至道さんに面識があったと知らなかったんじゃないか?
二人が元恋人同士なら、至道さんは今の彼女を連れてて、気まずいと思うかもしれないし、小夜子さんも未梨亜さんが自分達の過去の事を知らないなら、あえてその事を言わなくてもいいと考えたのかもしれない。
もし、未梨亜さんがとても焼きもちを焼きやすい性格なら、余計に二人はその事を黙っていようと考えそうだ。
だとすると、至道さんは別の大学の文芸サークル出身か、未梨亜さんが卒業した後に入った人だろうか。
……もしかして花火大会の夜、ママ太郎先輩を突き落としたのは至道さんなんじゃないか?
本当に小夜子さんは鏡を使って林の奥で至道さんがママ太郎先輩を突き落とす瞬間を見ていた……なんて。
東雲さんも、現場にはママ太郎先輩以外にもう一つ男物の靴跡があったと言っていた。
まあ、その足跡のサイズも、至道さんの靴のサイズも知らないんだけど。
小夜子さんは、犯人がわかっていたのに隠していた?
……でも、この落とし前はちゃんと付けさせると言っていたので、明日辺りにでも殴り込みに行くのかな。
それならそれで楽しみだ。
翌日、僕は小夜子さんが至道さんの所へ殴り込みに行くんじゃないかとワクワクしていた。
アクション映画でこれから敵との決戦だというシーンでワクワクするのに似ている。
そして当然僕は小夜子さんについて行って、その現場を見られるものだとばかり思っていた。
だって、今まで大体そうだったから。
ところが僕の期待は裏切られる。




