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その日は、特に暑い日だった。
花火大会からしばらくは平和で、その日僕は小夜子さんと水族館の帰りだった。
少し早めの夕食も済ませてきたので、空はもう暗くなりそうだ。
小夜子さんと二人、電車に並んで座りながら揺られていると、小夜子さんのスマホのバイブが鳴る。
「あらあら、まあまあ」
スマホを確認して操作する小夜子さんは、だんだんと上機嫌になっていく。
「どうしたの?」
「未梨亜先輩が花火専門店に行ったみたいで、買い過ぎたからお裾分けくれるみたい。おまけにもらった変わり種の花火が沢山あるんですって」
「花火って、自分で火を点けるやつ?」
「ええ。打ち上げ花火もいいけれど、手持ち花火はまた違った良さがあるわよね。今日は夜も晴れるみたいだし、花火する?」
「いいの?」
「もちろん。やりたい事はやりたいうちにやるのが一番楽しいもの」
家の最寄り駅に着けば、既に待ってたらしい未梨亜さんと至道さんが改札のすぐ前に立っていた。
「良かった~気になったの全部買ったら、おまけもいっぱいもらっちゃって持て余してたの。もらってくれて助かる~!」
花火が入った紙袋を渡しながら未梨亜さんは言う。
「わ、こんなにいただいちゃって良いんですか?」
小夜子さんが受けとった紙袋の中には花火らしき物がぎっしりと入っている。
「うん、流石にあんまり多いと飽きちゃうし、そっちで楽しんでくれたら私も花火も嬉しいよ~」
「……電車の中で由乃くんと早速今夜花火をしようと話してたのですが、未梨亜先輩と至道さんも一緒にやりませんか?」
「ありがと。でも、今夜はこれから用事があるから、二人で楽しんで」
至道さんの腕を組んで、未梨亜さんは小夜子さんの誘いを断る。
「あら、残念です」
そこまで残念じゃなさそうな調子で小夜子さんが言う。
僕達は未梨亜さん達にお礼を言って家に帰ると、早速紙袋の中身を開けてみる。
出てきた花火はコンビニやスーパーには置いていないような変わった物も多かった。
人魂風の炎を糸で吊すものや、鳥の絵が描かれた大きなマッチ箱のようなもの、花火の途中で蛸の足みたいに別れるらしいもの。
「こんなにあるなら買い足さなくても大丈夫そうね」
「小夜子さん、早く準備して公園に行こうよ」
「ああ、待って由乃くん。家の前の公園は花火禁止なのよ」
ワクワクしながら僕が言えば、小夜子さんはスマホで確認しながら僕を止める。
「じゃあ、どこで花火すればいいの?」
「ちょっと待って、今調べるから」
小夜子さんがスマホで花火が出来る場所を確認している間、僕はロウソクやライター、バケツ等の準備をする。
「この辺りだと近所の土手の下辺りは大丈夫みたい」
「ちょっと歩くね」
たまに歩く道なので、なんとなくの場所はわかる。
「花火は大きな音が出るものもあるし、住宅街でやるとどうしても迷惑になっちゃうから仕方ないわよ」
「小夜子さんって、ストーカーさん達を手玉に取って好き勝手やってるように見えて、法律とか地域のルールとかしっかり守るよね」
「そんなに好き勝手はやっていないと思うけれど……そうね、何かあった時に守ってもらうには、普段からルールを守る必要があるのよ」
「ふーん?」
「後ろめたい事があると、自分も罪に問われるんじゃないかとか、心配になって通報できないでしょう? 例えば、家に泥棒さんが入ったとして、自分も泥棒だったら、自分も逮捕されるかもしれないから警察も呼べず完全に泣き寝入りするしかなくなるでしょう?」
「なるほど……」
「さて、じゃあ早速行きましょうか」
「うん!」
小夜子さんの言葉に、僕は花火セットを持ってウキウキしながら歩き出す。
「土手なのはいいけど、なんで橋の下なの? 空は晴れてるのに」
天井を見上げながら僕は尋ねる。
「少しでも私達の姿を遮るものはあった方がいいと思って」
「どういう事?」
「だって、花火を楽しんでる私達の姿を見て一目惚れしちゃう人が出たら可哀想だわ」
ロウソクに火を付けながら小夜子さんが言う。
「ああ、道を踏み外してストーカーさんになっちゃうから?」
「ええ、犠牲者は少ない方がいいわ」
ストーカーさんは犠牲者なのか……。
「そういえば、この前の花火大会で突き落とされてたママ太郎先輩も小夜子さんのストーカーさんだったの?」
「うーん、微妙なラインね」
紙袋の花火を並べながら、小夜子さんは首を傾げる。
「微妙なの?」
「元々ママ太郎先輩は私の二年先輩だったんだけど、何かと理由を付けては留年を繰り返して、結局私と同じ年に卒業してたわ」
「小夜子さん目当てで残ってたって事?」
もうストーカー認定してもいいような。
「どうかしら。私が大学一回生の時に告白されたけど、断った後も普通にそのまま友達として付き合ってたし、その後特にアクションも無かったわ。私のファンクラブ作って会長になってた位かしら」
「それは、結構な事じゃないの?」
「でも、そのおかげでストーカーさんになりそうな人を事前にブロックしたり、それは恋じゃない、推しへの想いだ! って言ってストーカー予備軍の人を更生してくれたりしたから」
並べた花火から一つを選んで、小夜子さんは火を付ける。
更生……更生なのか?
「小夜子さんはアイドルか何かだったの?」
「学校のアイドル、みたいなニュアンスならそうね。まあアイドルの語源は崇拝の対象だから、そっちでもあながち間違ってない気はするわね。仕事の方のアイドルは何度かスカウトが来たけど、何か取り返しのつかない事になりそうでスルーしてたわ」
「そうなんだ……」
小夜子さんが手に持った花火がくるくると回転しながら暗闇に輪を描く。
僕も小夜子さんに並んで、持ってきた花火に火を付ける。
未梨亜さんがくれた花火は初めて見るような珍しい物が多くて、初めは別の話をしていた僕達もだんだん花火に夢中になっていった。
「あら? 何かしらアレ」
最後の花火も終わってしまって、後片付けをしていると、小夜子さんが川の反対側を指さして不思議そうに言う。
川を挟んで向かい側の指さされた先には少し背が高い雑草が生い茂っている。
「え、どれ?」
「ほら、何か紐みたいな物が上から伸びてる」
言われて見れば、草むらから橋の天井まで、何か細い棒のような物が一本真っ直ぐ立っているように見える。
「ホントだ、なんだろ?」
「……ちょっと行ってみましょうか」
「う、うん」
「何も無ければ良いのだけど」
小夜子さんの表情が曇って、僕はなんだか嫌な予感がした。
僕達は背後にある土手を上ると、橋を渡って、また土手を下る。
「……何も無くは、無かったね」
天井から真っ直ぐ伸びていたのは一本のロープだった。
ロープの下にはコンクリートブロックが結びつけられていて、血まで付いている。
更にその下には、一人の男の人が頭から血を流してうつ伏せで倒れている。
「良かった、まだ息はあるわ」
男の人の口元に手をやって、小夜子さんは安心したように言うと、すぐに救急車と警察を呼んだ。




