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ニコニコしながら小夜子さんが聞いてくるので、少し恥ずかしくなりながら僕はさっきまでの自分の考えを話してみる。
「確かにありそうね」
楽しそうにクスクス笑いながらコメントする小夜子さんの反応を見て、僕はどうやら自分の推理がはずれているらしい事に気付く。
「ええ~、どこが違ってたの?」
「だから最初から隠してなんかないってば。でも面白かったから帰りのコンビニで何か一つ好きなおやつ買ってあげる」
「やった! 小夜子さんありがとう」
僕と小夜子さんが手を繋いで話していると、不意に後ろから声をかけられた。
「もしかして、小夜子ちゃん?」
その言葉に僕と小夜子さんが振り向けば、内側の髪が紫色のおかっぱ頭をした女の人と、大人しそうな雰囲気の男の人がいた。
「まあ未梨亜先輩、お久しぶりです」
「やっぱり小夜子ちゃんだ! 久しぶり~」
そう言って二人は近づいて、お互いの両手を合わせて楽しそうにしていたけれど、僕は首を傾げる。
この人が先輩?
身体より大きい服や靴を身につけていて、化粧はしているけど子供っぽい顔だし小夜子さんより背も低いのもあって、全体的に幼い感じがする。
「わあ、この子可愛い! 小夜子ちゃんって弟いたっけ?」
「この子はうちで預かってる親戚の由乃くんです。可愛いでしょう。未梨亜先輩は彼氏さんとのデート帰りですか?」
「えへへ、そうなの」
未梨亜さんは嬉しそうに隣にいる男の人と腕を組む。
「ど、どうも……至道です」
緊張したような、気まずそうな様子で至道さんは頭を下げる。
「あー、勒くん小夜子ちゃんが美人だからって緊張してるでしょ。勒くんはぁ、アタシのなんだからね!」
「う、うん……!」
拗ねたように未梨亜さんが至道さんを自分の側に引き寄せて頬をつつけば、至道さんは未梨亜さんに合わせて身をかがめながら嬉しそうに顔をにやけさせる。
僕達は一体何を見せられているんだろう。
「そういえば、そっち駅とは逆方向だけど、もしかして地元?」
「ええ。最近こっちに引っ越してきたんです」
「そうなんだ! 私も今この辺に住んでて、今日は勒くんとお泊まり会なんだよ」
「二人のラブラブっぷりが眩しいです」
「ありがと。また今度久しぶりに遊ぼうよ」
「いいですね、是非」
こうして小夜子さんと未梨亜さんはにこやかに別れた。
「今の人も文芸部の先輩?」
「あら、よくわかったわね」
さっきの推理ははずれてたけど、今度は当たりらしい。
「文芸サークルの人達とは今もSNSで繋がってるって言ってたから」
「由乃くんは名探偵ね~」
調子よく小夜子さんは笑っていたけど、僕はなんだか胸の奥がワクワクした。
家に帰ると、生暖かい空気に包まれた。
「うわ、暑い……」
「夜だしそんなに暑くならないだろうって思ったけど、まずは換気した方が良さそうね」
小夜子さんはドアの戸締まりをした後、リビングの窓を開ける。
僕は早速苦しかった青い浴衣を脱ぎ捨ててパンツと肌着だけになると、ベランダで夜風にあたる。
「あー、風が涼しい……」
「あら、ダメよ由乃くん」
行儀が悪いのはわかってる、でも……。
「だって、慣れない浴衣で歩き回って疲れたんだもん」
外を歩いている時はそうでもなかったけど、家で腰をおろしてくつろいでしまったらもうダメだ。
疲れが一気に押し寄せてもう何もやる気が起きない。
「そうじゃなくて、たぶんベランダは外からこっちを定点で見てるストーカーさんがいるから……」
そっちか……。
考えてみれば、外であれだけストーカー達に監視されているのだから、ベランダだけ見られてないって事もないだろう。
だけど、僕はそのままベランダに足を投げ出した状態で床に寝転がる。
ひんやりして気持ちいい。
「今日はもうこのまま寝ちゃダメ?」
「風邪ひいちゃうからベッドで寝ましょうね。それと、せめて足のゆびの間は消毒しておきましょうか」
エアコンのスイッチを入れた小夜子さんは、呆れたように僕を家の中に引き込む。
「…………」
そのまますぐ窓を閉めず、小夜子さんはじっと窓の外を見る。
「小夜子さん、どうかした?」
「いいえ、なんでもないわ」
声をかければ、小夜子さんはすぐに窓を閉めて鍵をかけてカーテンを閉めてしまった。
それから僕は赤くなっていた足の親指と人差し指の付け根を手当てしてもらってから眠りについた。
窓の外を見ていた小夜子さんは、まるで何かを探しているような気がしたけど、気がしただけなので、よくわからない。
翌日の昼過ぎ頃、僕達の元へ東雲さんがやって来た。
「昨日、真島光太郎さんが意識不明の重体になった事件ですが、小夜子さんの言った通り、事故ではなく何者かに突き落とされた可能性が高いです」
「ママ太郎先輩の容態はどうでしょうか」
「危険な状態は脱したそうですが、まだ意識は戻りません。下がコンクリートでなく土だったのが不幸中の幸いです。後遺症が残る可能性もあるそうですが、現状はまず本人が目を覚まして確認しないことにはわからないとの事です」
「そうですか……」
「あの後、すぐ現場は封鎖したのですが、突き落とされた現場には、真島さんが履いていた物と別の足跡がありました。大きさからして恐らく男性でしょう」
「真島さんが落下した地点や突き落とされた場所、搬送された真島さん本人の持ち物も確認してみましたが、カメラもスマートホンもありませんでした。それらに残されたデータが物的証拠となるのを恐れた犯人が持ち去った物と思われます」
「それで、犯人は見つかりそうですか?」
「いえ、現状ではなんとも……真島さんが対人関係で誰かと揉めていたり、折り合いが悪いという話は聞いたことはありませんか」
「人当たりも面倒見も良い人でしたから、表だって何かトラブルがあったという話は聞きませんし、私にも見当がつきません」
「では、真島さんが所属しているというSNSの元文芸サークルの集まりについてですが……」
東雲さんはその後しばらくママ太郎先輩の事をたまに思い出したようにからめつつ、小夜子さんの大学時代の話やサークル活動、小説の話や普段の生活について尋ねていた。
個人的な興味や感想がかなり混じっているような気がしないでもない会話が続く。
結局、東雲さんは一時間以上、小夜子さんと楽しそうに話すと満足したように帰って行った。
何しに来たんだあの人。
「犯人、すぐ捕まるといいね」
「……そうね。これで終わると良いんだけど」
困ったように小夜子さんは呟いた。




