3-2
僕達が振り返れば、そこにはバンダナを頭に巻いて眼鏡をかけた男の人が息を切らせて立っていた。
「……あなたは?」
怪訝そうな顔で刑事さんが尋ねる。
「通りすがりのカメラマンです」
「はあ……」
困惑した様子で刑事さんはまたバンダナの人を頭の上から足先まで見る。
「私はこの祭を楽しむ人々の光景を収めようと動画を撮っていたのですが、コレを見てください」
ゴツい一眼のデジタルカメラをバンダナの人が差し出す。
「これは……!」
バンダナの人が持ってきたデジタルカメラには、少し離れた場所から僕達が丘の上で花火を見ている様子が映っている。
アングル的に、少し離れた高い場所から撮っているようだ。
少しすると、画面の端で人影が一回転して落下していく様子と、バンダナの人の声と思われる驚いたような焦ったような声が聞こえる
「画面真ん中には彼女達が打ち上げ花火を楽しんでいる様子が見えますが、この左側に見える人影! 位置的に全く彼女達が関与しようがない場所から勝手に落下しています! これは彼の落下と彼女達とが関係無い事を示す紛れもない証拠と言えましょう!」
ママ太郎先輩とやらが頭から落下していく所で映像を一次停止してバンダナの人は早口にまくし立てる。
「……ところで、少しこちらのカメラをよろしいですか?」
刑事さんはデジタルカメラの映像をじっと見た後、バンダナの人に聞き、バンダナの人は大人しくカメラを渡す。
そして、刑事さんは映像を巻き戻す。
すると、なぜか夏祭りを楽しむ僕達の映像が流れ出す。
近くからだったり、少し離れた所からだったりするけれど、カメラの映像にはずっと僕達が映っていた。
「ちなみに、彼とはお知り合いですか?」
刑事さんが僕達に尋ねる。
僕達は全員首を横に振って知らないと答える。
「ひっ……まさか盗撮ですか!?」
「ち、違う! コレは違うのです!」
怯えたように美桜さんが言えば、バンダナの人が狼狽える。
「……あまりこういった行為がエスカレートすると、都の迷惑防止条例に引っかかる可能性がありますよ」
呆れたような哀れむような顔で刑事さんは言う。
「これは、そのぅ……」
バンダナの人の冷や汗がすごい。
「ええっと、どこのどなたかは知りませんが、この人の撮っていた映像で私達の潔白が証明されたのは確かですし、きっと彼はその為にこの少し離れた場所から走って来てくれたんだと思うので、ここはなんとか穏便に話を済ませられませんか?」
見かねたように小夜子さんが刑事さんや美桜さんに言う。
「まあ、あなたの方がよしとするのなら問題はありませんが……」
「僕は大丈夫だよ」
刑事さんは僕の方も見るので、とりあえず頷いておく。
「私も、証拠として使った後は処分してくれるのなら大丈夫です」
僕と小夜子さんの反応を見た美桜さんも、一応頷いてくれた。
バンダナの人はわかりやすく安心していたけど、たぶんこの人、まだまだ沢山余罪のある小夜子さんのストーカーなんだろうな、とも思う。
「しかしまあ、この動画を見る限り、これは単独の事故で決まりかな」
デジタルカメラの映像をもう一度見ながら刑事さんは言う。
「本当にそうでしょうか?」
けれど、小夜子さんはそれに異議を唱える。
「え?」
「先輩が落下したらしいこの辺には見たところ、カメラもスマホも落ちていません」
「それが何か?」
きょとんとした顔で刑事さんは首を傾げる。
「もし単独事故の場合、頂上には落下防止の柵があるので、そこから身を乗り出してバランスを崩したと考えるのが自然です。例えば、カメラやスマホで下の様子を撮ろうとした、柵の外側から見た花火の写真を撮りたかった等です。そうして何かに夢中になっていたのなら落下事故も頷けるのですが、何も持ってないのにそんなに身を乗り出すなんておかしいと思いませんか? ロケーションを肉眼で確認するだけなら、わざわざ落下するまで身を乗り出さないと思うんです」
「では、真島さんが落下したのは何が原因だと考えますか?」
刑事さんは小夜子さんの言葉を聞いて少し考えた後、小夜子さんに尋ねてくる。
「誰か一緒にいた人に落とされたんじゃ無いでしょうか。古典的ですが、柵の下の方を見てあれは何だと声をかけ、ママ太郎先輩が覗き込んだ瞬間に両足を持ち上げて柵の外に出すんです。咄嗟に抵抗する暇も無しに勢いよく放り出されたから、あの映像では一回転してから地面に落ちたんじゃないかと思うんです」
「つまり、頂上にはあなた達以外にも人はいたと?」
刑事さんの言葉に小夜子さんは頷く。
「花火に夢中でしたので、私は姿を見ていませんけれど」
「なるほど。そっちの二人は何か見ました?」
刑事さんに尋ねられて、僕と美桜さんは首を横に振る。
大体、視線は花火に釘付けだし、ずっと花火の音だってしてたんだから、街灯の無い薄暗い後ろの林で何かあったって、早々気づけるはずが無い。
「ママ太郎先輩はひょうきんでサプライズ好きな人なので、きっと自分は来ないと言っておいて私を驚かせようとしていたんじゃないかと思うんです。もし今私が言った方法で彼が落とされたのなら、顔見知りの犯行かもしれません……先輩が目を覚ましてくれればすぐわかる事でしょうけれど」
小夜子さんは沈んだ表情で言った。
その後僕達は、警察の人達からその場で小夜子さんの先輩が落ちたらしい頃の話を少し聞かれて終わった。
小夜子さんと美桜さん、バンダナの人は身分証の提示や連絡先を聞かれていたので、また今度この件について連絡があるかもしれない。
「ママ太郎先輩って、小夜子さんのストーカーさんだったの?」
美桜さんと別れた帰り道、僕は小夜子さんに聞いてみる。
「ストーカーさんと言うよりは、取り巻きかしら?」
「そこは友達じゃないんだ……」
「もちろん友達よ? だけど、それはそれとして、どんな感じの関係だったかと聞かれれば、そんな感じね」
どんな感じの友達なのか。
「ふーん。でもあんなに取り乱した小夜子さん初めて見たよ」
「そりゃあ、友達だもの」
小夜子さんの言葉を聞きながら、その言い方だとじゃあストーカーさんは友達じゃ無いの? と言いかけて辞めた。
当たり前だ。
ストーカーは友達じゃないし、友達と違っていて欲しい存在じゃない。
だめだ、少し小夜子さんのストーカー達との接し方に慣れたせいで大分感覚がズレてきている。
「さっきの推理、さ」
「うん?」
「妙に確信を持った感じだったけど、犯人に心辺りでもあるの?」
「どうかしらね」
「えー、気になるよ。もしかして小夜子さん、花火の写真撮ってた時、スマホケースの鏡で花火に照らされた犯人を見てたんじゃないの?」
「あら、後ろ見てたのバレてたのね。ママ太郎先輩が後ろから驚かしに来るかと思ってチラチラ見てたんだけど、残念ながら林の奥は真っ暗で何も見えなかったのよね~」
でも、鋭い洞察力ね!
そう言って小夜子さんは僕を褒める。
だけど、こんなタイミングで言われても、小夜子さんが実は何か隠してるんじゃないかと思ってしまう。
隠されると気になる。
ママ太郎先輩の顔見知りかもしれないと言っていたし、同じ文芸サークルの人だったりするんだろうか。
隠された謎があると知りたくなってしまう。
そう考える僕の気分は名探偵だった。
もしかして犯人は小夜子さんの元恋人とか、特別仲の良かった親友で、小夜子さんはその人をかばっているのかも。
でも、なんでその人はママ太郎先輩を丘から落としたんだろう。
死ぬかもしれないのに。
いや、殺すつもりで落としたのかも。
なんでママ太郎先輩を殺すつもりになった?
小夜子さんを巡っての三角関係?
……もし小夜子さんならそんな風にこじれる前にさっさとどっちか選ぶか両方ふってしまいそうだけど。
いや、ふられても諦め悪く付きまとっていて、それを止めようとした友達と揉めてあんな事になってしまったとか。
「たぶん由乃くんの推理は違うと思うけど、想像力を巡らせる事は、事前に危機を察知して先回り出来るようになったり、由乃くんの身を守る事にも繋がるから、良い事よ」
「へ!?」
まるで僕の頭の中を見透かしたような小夜子さんの物言いに、思わず僕は小夜子さんを見る。
「その反応は、やっぱりそうなのね」
僕と目が合った小夜子さんは、にんまりと笑う。
はめられた。
「聞いてみたいな、由乃くんの名推理」




