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楽しい修羅場の歩き方  作者: 和久井 透夏
第三章 昔馴染み冤罪事件
22/41

3-1

「こっちよ。足下に気を付けてね。あと、この辺に生えてる木には触れない方がいいわ。毒があるから」

「えっ、毒ですか!?」

 祭り囃子が遠くに聞こえる。

 僕と小夜子さんと美桜さんの三人は、土がむき出しの坂道をのぼっていく。

 街灯の灯りも届かない暗い道は、スマホのライトだけが頼りだ。

「夾竹桃は街路樹なんかで結構その辺に植えられてたりするけど、最悪死ぬような強さの毒があるから注意が必要よ」

「なんでそんな危険な花が平気で植えられてるの……」

 僕は周囲に生えている木々が急に気になりだす。

「花が綺麗だし育てやすいのよ。他にもスズランとかダチュラとか、綺麗だから園芸用に規制もされず植えられるけど強い毒を持っている花は案外沢山あるわ」

「怖いですね……」

 心配そうに美桜さんが言う。

「ちゃんと扱いを間違えなければ大丈夫よ……もっとも、コレを私に初対面の時ドヤ顔で語ってきた人は、実際に花の毒で次々人を殺していったけれど」

「ああ……」

 その人が誰だかわかった。

 たぶん、小夜子さんの生活ゴミに毒入りジュースを混ぜてた人じゃないかな……。

「小夜子さんって、時々シームレスに冗談言いますよね~」

 クスクス笑いながら美桜さんが言う。

 残念ながらこの話は冗談じゃない。

 そもそも、小夜子さん自体が冗談みたいな存在だけれど。

 それにしても、浴衣に下駄だと歩き辛い。

 足の親指と人差し指の間に鼻緒が食い込んで痛いし、そろそろ疲れた。

 いい加減僕の足が限界を迎えそうだと思った時、辺りは急に開けた。

 僕達がのぼった高台の下には町の夜景や祭りの出店、行き交う人達が小さく見える。

 直後、目の前が明るく照らされて、色とりどりの光が弾けた。

 身体中が震えるような重低音が辺りに響く。

 目の前にある柵の下を覗き込めば、急な斜面が続いていて、もし落ちたら最悪死ねる高さだ。

 一応、柵はあるけど花火が綺麗だからって柵から外に身を乗り出すのは辞めた方が良さそうだ。

「間に合ったみたいね」

 小夜子さんが安心したように息を吐く。

「花火がすごい綺麗に見える……小夜子さん、よくこんな穴場知ってましたね。私子供の頃からこの辺に住んでたけど全く知らなかったです」

「花火大会に行くならって、この場所を教えてくれた親切な人がいたのよ」

 にっこりと笑顔で小夜子さんは答える。

「……その情報の出所、大丈夫なの?」

「大丈夫、その人は大学時代からの友達だから!」

 小夜子さんは笑顔で答えるけど、僕には副音声で、

「大丈夫、その人は大学時代からのストーカーさんだから!」

 と聞こえる。 

 僕の気のせいなら良いのだけれど。

 柵からすぐ手前にあるベンチに僕達は腰掛ける。

 周りにはほとんど灯りが無いけど、花火が上がる度に当たりが照らされていく様はどこか幻想的にさえ感じる。

「こうして花火の綺麗に見える穴場にはちゃんと来れたのに、なんで今更その人の信用の話になるの?」

 不思議そうに美桜さんが聞いてきた。

「例えば、こういう人気の無い所で花火に夢中になってる所を後ろから襲われたら危ないでしょ」

「え~、由乃くん考えすぎだよ」

 美桜さんはもう高校生なのに、こんなに危機意識が低くて大丈夫だろうか。

「いいえ、由乃くんの話ももっともだし、まずはその辺を疑って本当にその人は信用出来る人なのかは確認する必要があるわ」

「そうなんですか?」

「ええ、世の中は意外と物騒だから、気を付けるに越した事は無いわ」

 言いながら小夜子さんはスマホを取り出しケースを開くと、花火にカメラを向ける。

 空いっぱいに広がる花火を写真に収めようと小夜子さんは、ああでもないこうでもないとカメラの向きや角度を変えながら写真を撮る。

 スマホケースの内側についている鏡がたまに花火や地上の灯りを反射してチラチラ光った。

「小夜子さん、写真を撮るのも良いですけど、やっぱりこれは肉眼で見た方が綺麗ですよ」

 空いっぱいに広がる花火を見上げながら、美桜さんが言う。

「うーん、わかってはいるんだけど、つい写真に収めたくて」

 なんて言いながら小夜子さんは花火が終わるまでスマホを手放さなかった。

 だけど、僕は小夜子さんが写真を撮りながらたまにスマホケースの鏡で背後の確認をしていたのを知っている。

 気付いていないフリをして、小夜子さんは辺りを警戒はしていた。

「花火綺麗だったわね~」

「これで街灯があったりもうちょっと道が歩きやすかったら最高なんですけどね~」

「たぶん、そうなったら穴場じゃなくなるんじゃないかな」

 打ち上げ花火も終わって、僕達が来た時と同じようにスマホのライトで道を照らしながら坂を下りていると、坂の下で赤いライトがチラついていた。

「あら? どうしたのかしら……」

 小夜子さんの声が少し低くなる。

 坂を下りきった場所には、パトカーと救急車が止まっていて、ちょうど誰かが搬送される所だった。

「ママ太郎先輩!」

 担架に乗せられている血まみれの男の人を見ると、突然小夜子さんが駆け寄る。

「何があったんですか! しっかりしてください!」

「大丈夫、まだ息はあります」

 慌てる小夜子さんを救急隊員の人がなだめる。

 小夜子さんと暮らし始めてまだそんなに経ってはいないけれど、こんなに取り乱した小夜子さんを見るのは初めてだ。

 それから小夜子さんはいくらか救急隊員の人と話すと、サイレンを鳴らして走り去る救急車を見送った。

 その頃には周囲に人だかりが出来ていて、僕達は注目の的だった。

「あの人のお知り合いですか?」

 救急車が走り去った後、中年のおじさんが警察手帳を見せながら小夜子さんに話しかけてきた。

「はい、大学時代の先輩です。一体どうして……」

 小夜子さんが刑事さんの言葉に頷けば、その人について詳しく聞かせて欲しいと刑事さんは言う。

 僕と美桜さんは一応隣で話を聞いているけれど、救急車で運ばれて行った人の事は知らないので、特に話す事は無い。

「ママ太郎先輩……真島(ましま)(こう)太朗(たろう)さんは私の通っていた大学の先輩で、同じ文芸サークルに所属していました。卒業後もサークルの人達とはSNSで繋がっていて、最近は写真にはまっているようでした。SNS上に素敵な花火の写真が投降されていて、私が花火大会の話をしたら、ここの丘の上が穴場だと教えてくれたんです」

「ちなみに、真島さんと今日は一緒に花火を見る予定だったのではないのですか?」

「いえ、ママ太郎先輩には、今年も行きたかったけど別の予定が入ったので自分の分まで楽しんできて欲しいと言われました」

 三日前に突然花火大会に行こうと言われた時はどうしたのかと思ったけど、そんな下りがあったのは知らなかった。

「なるほど……ちなみに、彼はこの丘の頂上から落下したようなのですが、その時の詳しい話を聞いてもよろしいですか?」

「小夜子さんはずっと僕達と一緒に花火を見てたよ」

「そうです! 三人でずっと花火を見ながらおしゃべりしてましたし、頂上に他の人もいて、しかも落ちてたなんて全然気付きませんでした」

 なんだか不穏な気配がして僕が頂上での事を話せば、美桜さんも話に入ってくる。

「この二人は?」

「この子は親戚の子で由乃くんといいます。こっちの女の子は友達の美桜ちゃんです」

 小夜子さんは僕の肩に手を置きながら、刑事さんに僕と美桜さんを紹介する。

「なるほど、お話はわかりました。ちなみにそれを客観的に証明はできますか?」

「いいえ」

「ちょっと待った!」

 小夜子さんが首を横に振った直後、背後から妙に勢いのある声が聞こえる。


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