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楽しい修羅場の歩き方  作者: 和久井 透夏
第二章 ドッペルゲンガー殺人事件
21/41

2-9

「やっぱりもなにも、島田さんは今日、最初から私を殺す気だったじゃないですか」

 そう言った小夜子さんの声が聞こえた後、何かがさがさと音がする。

「ほら、やっぱりお金も偽物じゃないですが。全部お札の大きさに切った新聞紙じゃなくて、せめて一番上の一枚だけでも本物にしてもらいたい所です」

 目の前にわかりやすく防波堤になってくれる人間がいるからか、今日は小夜子さんが一段と生き生きしているように思う。

「僕がここにいる時点で、前と同じ手は通用しない」

「……わかったよ」

 しばらくの沈黙の後、安心したように息を吐く音が聞こえた。

「良かった。幸信、僕達は家の都合で別々になってからは疎遠になってたけど、今からだって昔に戻れると思う。幸信が会いに来てくれた時は、本当に嬉しかった……こうなる前に、もっと早く頼って欲しかった……仕事に悩んでいたなら相談に乗ったし、お金に困ってたなら援助だってした……自首しよう。罪を償った後は僕が仕事を紹介するから」

 切々と、優しく石林さんは語りかける。

 ここだけ聞くと、何も知らずに犯罪に協力させられても弟を大切に思う心優しいお兄さんのように聞こえる。

 いや、実際に島田さんに対してはそうなのかもしれない。

けど、この人、小夜子さんの後をつけ回して盗撮したり、盗聴器をしかけた抱き枕を贈ってくるんだよなあ……。

「ははは……」

 島田さんの、乾いた笑いが聞こえる。

「あんたはいつもそうだ。そうやって恵まれた立場から人を哀れんで、上から人格者を気取る。昔はあんたと俺に違いなんて無かった。見た目も同じなら、頭の出来も運動能力も変わらない。違ったのは父方と母方、どっちに引き取られたかだ……」

 笑っているような、怒っているような声で島田さんは言う。

「父さんは……幸信が成人するまでの養育費も含めて一括で慰謝料を払ったって……」

「要するに手切れ金だ。この金と次男はくれてやるからもう二度とこの家に関わるな、子供同士が日常的に交流してるとお互いに興味を持つから学校も転校させる。この条件も含めての金だ」

「でも、十分な生活と教育が約束される額だったはずだ」

「ならなんで俺がこんなしみったれた生活してると思う? 本当に何も聞かされてないのか? でもお前は母さんの事も聞いてこなかったよな? それどころかなぜか母さんが死んでた事も知ってたな?」

「それは……お祖母様に母さんの事を聞いたら事故で死んだって聞かされたから……」

「へえ、じゃあ俺はその後親戚をたらい回しにされたあげくに遺産を使い込まれて虐待されて、石林の家に助けを求めに行ったらそのお祖母様に悪影響だからって門前払いされた事も聞いたのか?」

「知らなかった……」

 愕然としたような、声が絞り出される。

「本当にお前は良いよなあ! 幼稚園から名門私立でエスカレーター式に学校に通って、卒業して、その後は親の会社の跡を継いで! なんの苦労も知らないでよお!」

 ますます島田さんの声はヒートアップしていく。

「そんな事ない、母さんと幸信が出て行ってからも父さんはほとんど家に帰ってこないし、僕はお祖母様と二人きりで父さんの子育てで失敗した分も取り戻すって朝から晩まで監視されて交友関係も制限されて……」

「んなもん俺の環境に比べたら苦労のうちに入らねえんだよ!!」

 絶叫に近い声の後、何か取っ組み合いでもしているような、島田さんと石林さん、どちらのものともわからない、言葉にならない怒号のような声がしばらく続いた。

「死ね!」

 そんな声が聞こえて、声を聞いているだけの僕の身体がこわばる。

「あぐぁ!」

「まあまあ、さすがにそれはやめておきましょうよ。これ以上自分の首を絞めてどうするんですか」

 だけど、その後すぐに小夜子さんの声がした。

カエルが潰されたみたいなうめき声と何かが落ちたような金属音も聞こえて、僕は安心する。

「小夜子さん!」

 驚いたような石林さんの声が聞こえる。

 きっと小夜子さんが暴れる島田さんを取り押さえたんだろう。

「すいませーん、そろそろ出てきてもらっていいですかー?」

「あっ、はい……」

「今の殺人未遂の現行犯ですよね。例の殺人事件でのこの人のアリバイについてももう一度話を聞いてみてはいかがでしょうか、今度はこのお兄さんも交えて。それとこれは正当防衛ですよね?」

「そ、そうですね……」

 そんなやり取りがしばらく続いて、少ししたら手錠をかけられて刑事さん達に連行されていく島田さんと、小夜子さんと石林さんが学校跡地から出てきた。

 石林さんは顔や髪型、背格好も島田さんと同じはずなのに、くまが目立って全体的にやつれた感じのする島田さんと違って、健康そうに見える。

 島田さんの所々すり切れたTシャツやジャージのズボンという全体的にくたびれた服と、石林さんのキレイに洗濯されてきっちりアイロンがけされた服の対比もあるのかもしれない。

 同じ顔でも、健康状態や服装で随分印象が変わるんだなと思う。

 パトカーから降りて、僕が小夜子さんに話しかけようとした時、突然石林さんは小夜子さんの前に片膝をついた。

「小夜子さん、僕と結婚して欲しい」

「え」

 唐突なプロポーズに、僕の足が止まる。

「は?」

 ちょうど小夜子さんの隣にいた東雲さんも驚いたように石林さんを見る。

「あら、随分いきなりねえ」

「貴女は、僕が好意を寄せても嫌がったり通報するでもなく当たり前に受け入れてくれた。しかも、僕が幸信に襲われた時は身を挺してかばってくれた! これはもう両思いと行っても過言じゃない! そうだろう!?」

 過言だよ!

 というか、好意を嫌がったり通報しないって、まさか今まで気になった人全員にあんなストーカー行為をしてたの!?

「うーん、いきなりそんな事言われても、私あなたの事何も知らないわ」

 小夜子さんはもっともらしい事を言うけど、少なくとも気になる相手のとの距離の詰め方がわからない人だって事は僕でもわかる。

「これから知って欲しい。まずは恋人から……それが無理なら友達からでもいい」

 なんでこれで譲歩したつもりになってるんだこの人。

 というかこの人、交友関係もおばあちゃんに管理されてたとか言ってたけど、恋人の作り方どころか普通の友達の作り方もわかってない可能性まである。

「そうねえ、でもたぶんなんだけど、石林さんって私のタイプから外れてると思うの」

「それなら君好みの男になるよ! 一体どんな男が好きなんだい?」

「まともに会話が成立する人ですね」

「それってつまり……僕じゃないか!」

 ……石林さんは無理かな。

 小夜子さんの言ってる事は高望みしてる風に聞こえないのに、小夜子さんに寄ってくる男の人達の事を考えると、当分小夜子さんに恋人はできなさそうに感じるから不思議だ。

「由乃くん、もしかして小夜子さんは、頭のおかしい人間を惹き付けるフェロモンでも出してるんじゃないか?」

 僕の所にやってきた東雲さんが、こそっと僕に耳打ちしてくる。

「そうかもしれません」

「そうか……やはり、俺があの人を守らねば」

 魅了体質ってすごいなあ。

 僕にしか聞こえないような小さな声で決心する東雲さんを横目に、他人事のように思った。


 結局あの夜、学校跡地にいた人間は全員パトカーに乗って警察署に行く事になった。

 僕と小夜子さんは話を聞かれるだけで済んだけど、島田さんは石林さんへの殺人未遂で現行犯逮捕された後、会社近くであった殺人事件への関与も改めて追及されるらしい。

 今度は替え玉になった石林さんや、逮捕直前の自白もあるのでもう言い逃れはできないだろう。

 小夜子さんは石林さんは共犯にされるかもしれない言っていたけど、どうなるかはわからない。

 この前の下田さんの事件に引き続いて踏んだり蹴ったりな目に遭っている小夜子さんだけど、良い事もあったらしい。

「この前の事件を元に考えた企画が通って連載が決まったの! 今の担当さんになってから初めてよ!」

 今日は小夜子さんの家で久しぶりに企画が通ったお祝いをしている。

 机の上には美味しそうなフルーツタルトと、いくつかの軽食が並んでいる。

「良かったね、小夜子さん」

「おめでとうございます。小夜子さん」

 僕の隣で一緒にケーキを囲んでいる美桜さんは嬉しそうにニコニコ笑っている。

 今日の美桜さんは小夜子さん風のメイクをしているけれど、マスクを付けていないから、まるで目元だけそっくりな小夜子さんの妹みたいだ。

「それで、どんな話なんですか?」

「殺人現場を目撃した女の子の元に、イケメンの犯人がやって来てドキドキの監視生活が始まるのよ! 私はラブコメのつもりで企画と全六話の簡単なプロットや第一話のさわりを送ったのだけど、なぜかクライムサスペンスホラーとして絶賛されてしまったわ」

「まあ、コメディで流せる軽さじゃないよね」

 そんな軽さで流せる人間がいるとしたら、それは小夜子さんくらいだ。

「ちょっと思ってたのとはズレた評価をされちゃったけど、このまま行けばまた本も出版できるし、この企画を思いついたのは美桜ちゃんのおかげよ!」

「いえそんな、私はただ自分の趣味に勤しんでただけです」

 照れくさそうに美桜さんが言うけど、物は言い様だな、とちょっと感心した。

「それでね、お礼といってはなんなんだけど、この後一緒にお買い物行かない? 何か可愛い服でもプレゼントできたらなって」

「えっ、そんな、そこまでしてもらうのは申し訳ないです!」

 慌てて美桜さんは頭を振る。

「私、姉妹っていなかったから妹って憧れてて……お揃いの服とかしたいな、なんて思っているのだけれど」

「いいんですか!?」

 だけど、小夜子さんがちょっと照れたように言えば、たちまち美桜さんの目が輝く。

「美桜ちゃんが嫌でなければ、だけど」

「もちろん嬉しいです! 小夜子さんとお揃いなんて……」

「私も美桜ちゃんとお揃いの服で出かけられたらとっても楽しいわ。あ、マスクはなくても十分可愛いと思うわ。それにちょっと違うパーツがあった方が姉妹っぽいなって」

「そうですか? えへへ……」

 嬉しそうに美桜さんは笑う。

……たぶん小夜子さんは美桜さんに自分と同じ服を着せて、目元だけ似てる別人としてストーカーさん達にあいさつ回りをするつもりなんだろう。

美桜さんが勘違いされたままだと今後また何か巻き込まれるかもしれないという配慮なのかもしれない。

小夜子さんの性格からして、単純に自分と同じ服を着た、自分そっくりの美桜さんを連れ歩いてストーカーさん達をからかいたいというのもありそうな気もするけれど。

なんにせよ、二人とも楽しそうだからそれはそれで良いのかもしれない。


うん、訳がわからない。

だけど、訳が分からな過ぎて面白い。

普通は絶対こんな事、起こらないはずだ。

……もしかしたら魅了体質って、楽しいのかもしれない。


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